明かし時…4ドラゴン・キャッスル・ヒストリー4
「兄上……。」
高貴な紫色の長髪を持つ男が蛭子を呼んでいた。男は水干袴に烏帽子をかぶっていた。それと向かい合うように立っている歴史内の蛭子は現在とまったく変わっていなかった。
「私は兄ではない。父上、母上の子供は貴方達だけだ。月読……本当に向こうへ行くのか?」
蛭子は長髪の男を月読と呼んだ。
「……ええ。姉が行くと言っておりますので。」
月読は軽く蛭子にほほ笑んだ。ここは前回もナオ達の前に出てきた何もない空間。辺りは真っ白だ。
「そうか……。」
蛭子はため息交じりに答えた。
刹那、月読の隣にもう一神、紫色の髪をした男が現れた。こちらの男は髪が肩先までしかない。月読に似ている男だったが鎧のようなものを着ており、性格は真逆そうだった。
「俺も行くからな。アマテラスとは色々あったが別にここにいなきゃあいけねぇわけじゃねぇだろ。」
男は飄々と言った。
「……スサノオか。昔は散々色々やった貴方がアマテラスについて行くとはどういう風の吹き回しだ?」
蛭子の言葉にスサノオと呼ばれた男は軽く笑った。
「なんとなくだよ。向こうに行って俺達が認知できなくなっても誰か気づくやつがいたら面白れぇだろ?」
「貴方は昔から変わらないな。」
「あんたも蛭子神になったんならそんな真面目くさった顔じゃなくて人間が作ったあのほんわかした絵みてぇになればいいのにな。ふくよかでへらへら笑っているあれ。」
スサノオはゲラゲラと笑った。蛭子は頭を抱えてため息をついた。
「ああ、冗談だよ。あんたはここに残るのか?」
スサノオは咳払いをすると蛭子に尋ねた。
「……貴方達が新しく出現した伍の世界に行くのなら私はここに残る。娘もいるからな。貴方達を忘れないようにしたいものだ。」
蛭子がほほ笑んだ刹那、風景、歴史は砂の様に消えて行った。
ナオは再び暑い世界に戻ってきた。場所も竜宮へ向かう途中の観光道に戻った。
蛭子は動揺した顔で佇んでいた。
「……なんだ……今のは……。」
蛭子は戸惑ったままナオを見つめた。
「スサノオ尊と月読神でした……。あなたが持っていた本来の歴史部分が封印または消去されていたと思われます。」
「消去……だと……。」
ナオの言葉に蛭子は目を見開いた。まったく身に覚えのない記憶だった。概念になったとされる三貴神のデータ、概念という存在すべてが怪しく思えた。
「……アマテラス、月読、スサノオはついこの間までこの世界にいた……という事か……。」
「ええ。いきなり覗いてしまいまして申し訳ありませんでした。ですがこの歴史は本物です。」
茫然としている蛭子にナオは大きく頷いた。
ムスビと栄次はナオの横で成り行きを見守っていた。
「そうか……。……貴方達は本当は竜宮に何をしに行くのだ?ちゃんとした目的があるのだろう?」
蛭子はナオ、ムスビ、栄次を見ると小さく尋ねた。
「ええ。スサノオ尊についてとアマテラス大神についてを竜宮で調査するつもりで来ました。」
ナオは素直に答えた。
「そうか。」
蛭子は静かに頷いた。ナオが他に何か話そうとした時、観光道に銀色の髪が光った。
「?」
栄次は咄嗟に刀の柄に手を伸ばした。目の前に銀色の癖のある髪を持つ、龍雷水天神、イドさんが現れた。そのイドさんはつい先程会った雰囲気とはまるで違う雰囲気だった。どこか殺気のようなものを纏わせている。
故に栄次は刀を抜こうとしたのだ。
「……イド……さんですか?」
ナオは突然現れたイドさんに恐る恐る声をかけた。
「ええ。そうですが、ちょっとまずい事になりましてねぇ。竜宮には入ってほしくないんですよ。」
イドさんはナオが会った時と大して変わらない話し方だったが雰囲気が少し異様だった。
蛭子はイドさんを訝しげに見るとイドさんに尋ねた。
「貴方は龍神、竜宮の門を開くことができるはずだが何か理由があって竜宮に入れないのか?」
「……あなたは蛭子神か……それに歴史神達……何か嫌な予感はしましたがやはりここに来ましたか。入れないのではありません。入らないでください。」
イドさんは鋭い声を出し、蛭子を睨みつけた。
「イドさん、あなたは確か、北の権力者、縁神冷林を元に戻しに行ったはずですよね?」
ナオは記憶を思い出すように考えながら言った。
「ああ、そうですね。あれは他の神々とヒメちゃんに任せました。ヒメちゃんが罪神にならなくて良かったです。そういう面ではあなた達のおかげかもしれませんがね。」
イドさんが強い神力を漂わせながらナオに笑みを浮かべた。
「ええ。ヒメさんに関しましてはここと反転した世界、壱では人間を滅ぼす一歩手前まで行ってしまったようですからね。」
「そうですねぇ。そこは感謝をしているんです。壱の世界については僕はよくわかりませんが……まあ、僕は僕で今、それどころじゃないんですよ。」
イドさんは顔つきを厳しくすると手から水の槍を出現させた。
そのまま振りかぶりナオ達を攻撃してきた。水の槍は咄嗟に出てきた栄次に刀でうまく弾かれた。
「時神過去神……邪魔ですね。」
イドさんは水の槍で栄次に攻撃を仕掛けながらもう片方の手で水弾を飛ばした。
「……っ!ナオ、ムスビ避けろ!」
栄次が叫んだが水弾は鉄砲玉のように固く、そして速く、ナオ達が反応できる範囲を超えていた。
「……っ!」
確実にハチの巣になりそうだった時、蛭子が素早く前に出てきて両手を組んだ。
手を組んだ蛭子の前に透明な板のような結界が出現した。
その結界が飛んできた水弾をすべて叩き落した。
「……た、助かりました……。」
「な、なんだったんだよ?あの水鉄砲……。」
「貴方達はこのくらいの反応もできないのか?」
ナオとムスビの反応の鈍さを見て蛭子は深くため息をついた。
「……なんかこれ、自分の身を守る云々なんて無理だね。」
ムスビが頭を抱えながらナオを見た。ナオも同じ気持ちだったのか特に何も言わなかった。
栄次は先程からイドさんの攻撃を受け流している。
「やはりあなたは強い……僕も戦闘はそこそこできるはずなのですがあなたには負けそうです。」
イドさんが素早い槍さばきを見せるが栄次は軽々とかわしていた。
「お前はなぜ俺達を攻撃する……。冷林とやらを戻すのよりも竜宮の事が重要な案件なのか?」
栄次はイドさんの攻撃を受け流しながら尋ねた。
「今はそうですね。竜宮は誰も入れさせませんよ。ここで全員帰ってもらいます。」
「残念だがそうはいかない。」
栄次は間合いを取ると刀を構えた。
「ナオさん……あいつの歴史、見るんだろ……。栄次が心配だが今がチャンスだ!」
ムスビがナオにささやくように言った。ナオはハッと我に返るとイドさんの記述が書かれている巻物を取り出した。
「確かにそうですね。気がそれている今がチャンスかもしれません。」
ナオはムスビを経由させて巻物をイドさんに投げた。その行為を隣で蛭子が何かを考えるように見ていた。
巻物はイドさんを周りやがて光出した。
「……っ!またこの光ですか!……っ。また僕の記憶がっ……。」
イドさんが咄嗟に拒んだが巻物が反応する方が早かった。
まばゆい光が再び辺りを包み、やがて不思議な映像を映し始めた。




