明かし時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー9
「お前は凶悪な龍神だ。『あいつ』の関係者なんだろ?」
ふと男の声が響いた。辺りは海辺に変わり、たくさんの龍神が砂浜に群がっていた。その真ん中にはイドさんが座っていた。
一体いつの頃の歴史かはわからないがだいぶん前の事のようだ。
「お願いします!竜宮に入れてください!僕だけではなんの力も……。天津様の力を借りなければ……。」
「今更何を……お前はあいつと同じ神力だ。本当はあいつなんじゃないのか?」
イドさんはぼろきれのような着物を纏い、龍神の男達に頭を下げている。しかし、龍神達は皆、厳しいまなざしを向けていた。
「違います!僕はあいつとは違う!違うんです!」
「ムキになると余計にあいつの神力が漂ってくる。あいつのせいで俺達もひどい扱いをうけたんだ。信仰はスサノオにとってかわられた。まあ、スサノオ尊がなんとかしてくれたから俺達も助かったんだがな。」
「僕はあいつの事を知らない!あいつじゃない!」
イドさんは必死に男達に叫んだ。
「おい、こいつも罰した方がいいんじゃないのか?龍神の禁忌を犯したやつだ。天津様が制裁を加える必要はない。俺達でやろう。」
「そんな……。僕は……。」
「お前、自分の嫁も自分で殺したんだろ?ずいぶんと残忍な殺し方をしたそうじゃないか。」
「それは僕じゃない!僕じゃないんだ!僕じゃない!」
イドさんは頭を抱え、目を見開いて叫んでいた。
「今更罪の意識か?女神殺しも立派な犯罪だぞ。……ラチがあかない。やるぞ。」
「なっ……何をするのですか!」
イドさんは着物を脱がされ地面に押し付けられた。
「ふん、死にたくなるような苦痛だよ。」
男達はイドさんを押さえつけると龍の鞭でイドさんを叩き始めた。
龍鞭は鉄のように固く、イドさんの背中に打ち付けられると重い音と同時に血が噴き出した。
「うぐっ……がっ……。」
イドさんは耐えがたい苦痛に悲鳴を上げていた。
鞭で打たれた箇所は火花が散り、背中を容赦なく焼いた。砂浜はイドさんの血で赤く染まる。しばらくイドさんに暴行を加えた龍神達は最後に頬に刃物で傷を入れた。
イドさんの頬には竜宮に入る事が許されないプログラムが書き込まれており、それが血と共に流れ出ていた。
「うっ……うう……。」
イドさんは暗くなりつつある海辺で泣きながら呻いていた。
「一つ聞く。お前、娘がいるか?」
「……っ!」
イドさんを暴行していた男の一神がイドさんに鋭く尋ねてきた。
イドさんは目を見開き、黙り込んだ。
「……いるんだな。」
「いっ……いません!僕は独り身です。」
「どこに隠した?あの家系の龍神は根絶やしにせんといけない……。俺達もお前の娘には手を出したくはないが……こればかりは仕方がない。
神々は人間とは違う。気質を受け継ぐからな。娘も同じ事をやりかねない。殺しはしたくないから恐怖心を植え付けて俺達が管理していこうかと思っている……。俺達もこの世界を保たせるのに精いっぱいなんだ。わかるだろう?」
「恐怖心を与えるですって……。まさか僕にした罰をあの子にも……。」
イドさんの顔が青くなった。龍神達は皆、辛そうな顔をしていた。
「俺達だってやりたくねぇ!だが龍神の管理体制を守るには仕方ないんだ!」
男の内の一神がイドさんに向かって叫んだ。
「……そんなの酷すぎます……。……い、いえ……僕には娘はいません。」
イドさんはよろよろと立ち上がると血を滴らせながら海辺から去って行った。イドさんを追う龍神達は誰もいなかった。
イドさんはしばらく歩き、森の中へと入って行った。森の中を歩いているときれいな川が流れていた。その川のすぐ横に人が一人分入れるくらいの洞穴があった。
「……ヒメちゃん……ごめんなさい……天津様の神力をいただくことができませんでした……。それに僕はもう……竜宮には入れない……。」
イドさんは穴にいた女の子をそっと抱くと優しく頭を撫でた。女の子はすやすやと寝ていたが信仰心が集まらず、衰弱しているように見えた。
イドさんは女の子を抱きしめると静かに嗚咽を漏らしながら泣いた。
「僕は……君を守れない……。僕じゃ君を守る事ができない……。」
イドさんの涙が女の子の頬に当たる。女の子はその涙で目を覚ました。女の子はそっと手を伸ばし、イドさんの傷ついた頬を撫でた。
「……また僕のなけなしの信仰心をヒメちゃんにあげます……。これで少しは楽になりますよ。」
イドさんは女の子をそっと撫でると手から神力を発した。女の子は少し回復し、再び眠りについた。
「……まだ物心がつく前に……僕は彼女と縁を切らなければいけない……。親子の縁を切って龍神の神格を消滅させれば彼女は『あいつ』の汚名を継がなくても済む……。
彼女はひどく衰弱してしまうけれどダメもとで西にいるタケミカヅチ神に預けよう……。そうすればタケミカヅチ神の神力を少しは分けてもらえるかもしれない。別の神にもなれる……。
僕は……正直どうなってもかまいませんが……ヒメちゃんをずっと見守らなければならないので東に亡命しましょうか……。思兼神が僕を傘下にいれてくれるかはカケですが……。とにかく、ヒメちゃんだけでもタケミカヅチ神の傘下に……。」
イドさんは女の子を愛しい目で見つめ、再び涙を流した。
「離れたく……ないなあ……。」
イドさんの最後の言葉を残し、歴史は風のように消えていった。




