流れ時…2タイム・サン・ガールズ16
「大丈夫かの?」
ヒメちゃんはサルを治療していた。
と言ってもサルの歴史を戻す作業だ。
怪我をする前に戻せばサルは元気になるという仕組みである。
もともと霊的空間に生きる猿達には現世の歴史は関係ないので邪魔もなく歴史を戻せる。
「うう……痛いでござるなあ……。」
「もう元気じゃろうが。」
サルはもうぴんぴんしている。怪我もさっぱりなくなった。
まわりの太陽神達は戸惑いと後悔で皆沈んでいた。
自分達は神でありながら人間の時を守る神を消そうとしていたのだ。
人間を見守るはずの神が人間を狂わせようとしてしまった。
「あれでござる……。Repentance comes too lateでござる。リペンタンス カムズ トウ レイト、後悔先に立たず。」
サルはヒメちゃんに目を向ける。
「まだ後悔するのは早いのじゃ!ワシが来た事によっておぬしらは間違いを犯さず済んだ。これからは後悔を引きずるのではなく時神に何かないように全力で守るのじゃ!つまり予防策を考えろということじゃよ。」
ヒメちゃんはサルだけでなくすべての太陽神、猿を見回した。
「……そうでござる。まだ終わってはいない!小生は時神を助けにいくのでござる!Prevention is better than cureでござるな!プリベンション ベター ザン キュアー!転ばぬ先の杖!」
「なんかちょっと違う気もするのじゃが……。そしていちいちうるさいのじゃ。わかったから早く行くがよいぞ。」
ヒメちゃんの言葉で急に元気を取り戻したサルは慌ててバタバタと太陽神達を押しのけて走り去って行った。
実に単純な男だ。
「おぬしらもあのサルを見習ってなんか行動を起こしてみたらどうじゃ?のう?」
ヒメちゃんは太陽神達に笑顔を向けた。太陽神達の顔に光が戻った。
「その通りだ!まだ終わっていない!全力で時神をサポートするぞ!」
太陽神は急に気合の入った顔で立ち上がると猿達に指示を始めた。
まったく太陽神とは単純な神様だ。
神様の中では非常に純粋な者達だからしかたがない。
「うむ!神助けじゃ!良い事をしたぞい!ワシは良い事をしたのじゃ!」
ヒメちゃんは誰かに聞いてもらいたいのか大声で叫んだ。
「お、おい!もしかしてお前は剣王の……。」
「ん?なんじゃ?」
「い、いや、なんでもない。」
太陽神は何か言いかけたが口をつぐむと作業にとりかかった。
アヤとプラズマはエスカレーターを駆け上がり最上階へとたどり着いた。
「違う……。ここじゃない。この上だわ。」
「上?どうすんだ?」
アヤが天井を見上げる。
「私達のすぐ足元だけ時間を止めれば浮けるわ。」
「何かアヤ、冴えてるな……。」
「わからないけどなんだが前から知っているみたいなの。」
「先代時神の記憶かなんかかな。」
「そうなの……かしらね。」
ふとアヤは自分の目の前で消えたあの時神を思い出した。
見た目は少年という感じだったが歳は五百歳くらいだろう。
アヤの方が時神の力が強くなってしまったため彼は消えてしまった。
「まあ、とりあえず行こうか。」
プラズマは軽々と時間操作をやってみせた。
アヤよりも一段浮いたところでプラズマは振り向いた。
「結構簡単にできるぞ。アヤも早くやってみろ。……これ、栄次大丈夫かな。」
「栄次はなんとかなるでしょ。……たぶん。」
アヤもかろうじて自分の足元だけの時間操作ができた。
「まあ、ちょっと器物破損の罪に問われそうだがまあいいか!」
そう言ってプラズマは先程の空気銃を取り出しいきなりぶっ放した。
大砲のような音と共に天井が崩れ去った。
木片やら瓦やらがふってきて色々危なかったのでアヤは怒鳴った。
「ちょっと!いきなりすぎるわ!危ないじゃないの!天井壊さなくても窓から出れば良かったじゃない!」
「めんどくさいだろ?」
プラズマはさっさと開いた穴に向かって飛んで行った。
「もう……。」
アヤもプラズマの後を追い、ゆっくりと慎重に階段のような足場を作って行った。
天井から外へ顔を出すと女がこちらを見て笑っていた。
「あら、早いのね。すっごい音したわよ。彼女に当たったらどうするつもりだったの?ふふ。」
女は近くで倒れている高校生サキを眺める。
「お前、何しようとしてるんだ?これは色々禁忌だ。人間が神に関わると傲慢になったりするから困りもんだよな。」
プラズマが女を睨みつける。
「私はアマテラス神よ?誰に向かって口聞いているのよ。人間?笑わせないで。」
女、アマテラスはクスクスと笑っているが目元がはっきりしないためかなり不気味な笑みになっている。
「まず、そっちのサキを返してもらうわよ。」
アヤはぐったりしているサキを指差した。
「あら、この子?この子は別にいいわ。もういらないし。」
アマテラスの言葉にアヤの眉がぴくんと動いた。
「……自分の娘でしょ。いらないって何よ!」
「私の娘はこの子じゃないわ。この子は人形。私の娘は今、過去神を連れまわしているわよ。」
「……どういう事よ……。」
「このサキはあの子の身代わり。ふふ。」
アマテラスは相変わらず笑っている。
「身代わり……。」
「ヒントあげましょう。サキはもともと私から人間として生まれたの。これ、どういう事かわかる?」
「……人間か。なるほどな。その時にサキは二人できるわけだ。壱と陸にサキが誕生する。」
プラズマの回答にアマテラスは満足げに頷いた。
「正解ね。私はちなみに一人よ?なんたってアマテラスなんだから。太陽神はどちらかの世界に一神しかいない。これは常識よねぇ?」
「その時、まだ太陽は普通だったって事だな……。」
「その時は太陽なんて興味なかったから行こうとも思わなかったわ。ただ、私はアマテラスになった。ただそれだけよ。その時はね。
もう一つ教えてあげるわ。神様ってのは親が神権を持つのよ?知ってたかしら?そういえばあなた達は違うわね。」
プラズマに笑いかけたアマテラスは言葉を続ける。実際はおしゃべり好きのようだ。
「サキの神権は私がもっていたの。だから……わかる?」
プラズマとアヤの顔を交互に見つめ、またもにこりと歯を見せる。
「お前がサキの神権を剥奪したり与えたりしていたってわけか。」
「そうよ。あの子は太陽神でしょ?
サキは五歳の時に太陽神様になったの。
その時にもう一つの世界のサキが消えてしまっていた。
あの時は気がついてなかったけど後で調べたのよ。
そこで初めて太陽神が一神しかいない事ともう一つ世界がある事がわかった。」
アマテラスは腕を組むと一度言葉を切った。
何か質問は?といったような態度だ。
「サキをどうしようとしてるんだ。お前は。」
プラズマは栄次が来るまで時間稼ぎをする事にした。
「人間にしてあげようと思ってね。ふふ。あの子が私より力が強いなんておかしいでしょ?それに太陽神なんてかわいそうじゃない。あの子は人間になりたいのよ?」
「そういう事か。ただの妬みじゃないか。」
「あの子に神権をあげたり剥奪したりしてこっちの人形も育ててきたのよ?ただの妬みで片付けないで。親の愛じゃない。」
アマテラスの発言にアヤはもう我慢がならなかった。
この女は自分の子供で遊んでいる。
許せなかった。
「あなたね、いい加減にしなさいよ!何が親の愛よ!サキをいいように使っているだけじゃない!」
「あらあら。うるさい子ね。なんでそんなにつっかかってくるの?あなた、もしかして孤児?」
アマテラスの言葉にアヤは詰まった。
「あら、図星。ごめんなさいね。家族も知らない、親も知らない、なんてかわいそうな子。ふふ。」
「……くっ!」
今にも跳びかかりそうなアヤをプラズマが慌てて止めた。
「ま、待て!落ち着け!」
「……だって……だって!」
「わかっている!挑発だ。落ち着け。」
アヤは冷静さを欠いていた。プラズマにおさえられながらアヤは泣きじゃくった。なんだか涙が勝手にあふれてきた。
「何よ?その子。まるで子供じゃない。こんなのが人間の時を守っているだなんてホント、神の世界って何なのよ。腹立つ。」
アマテラスから笑顔が消えた。同時に怒りの感情がまわりを渦巻く。
プラズマは慌てて話題を変えた。
「聞きたいことがある。そこに倒れているサキを育てたのは本当に親の愛からくるものか?」
「それはそうよ。だけどもう一つあるわ。」
プラズマの質問にアマテラスは機嫌を戻して答えた。
「これは太陽の事を思っての事よ。
昔は太陽を見て作物が育つようにとかお願いしてたじゃない?
そして人間は太陽を見て時の流れを感じてた。
それがいつからか人間は数字をみるようになったの。
あなた達は昔からいたみたいだけど今の時代、あなた達はただの数字の番人になりはてた。そして太陽を拝む人間も対していなくなった。
これはいけない事じゃない?
だから、私が昔に戻そうと思ってね。数字の番人になりはてた時神を消去すれば人は時間から解放されるでしょ?それにはまず、時神をこちらに集めなければならない。」
アマテラスはまたプラズマに笑いかける。
「それで?」
「歴史神を騙したかったの。
人の歴史に関して敏感なあの神はサキに気がついていたわ。
それを欺くために太陽神のサキを小学校に通わせた。
もちろん行くだけよ。人には見えないんだから。
それをしばらく続けて私がサキの太陽神の神権を放棄、すると、向こうに人間のサキが現れる。
そのサキは夢か現実かの区別もわからないまま、『なんか学校に通っていた気がする』程度の記憶で人間として学校へ通う。
学校へ行くだけを忠実におこなったサキによりそこだけはぼんやりでも彼女に記憶が残るのね。
もちろん、こちらは人間なのだから普通に学校の授業に出るわ。
それをしばらく続けてサキをまた太陽神に戻す。
すると向こう側のサキは消えるでしょ?
続いて何年後かにまた太陽神に戻ったサキを高校へ通わせる。
そしてまた神権を放棄、向こうにサキが現れる。
太陽神は成長が遅いからこちらはあまり変わらないけど向こうのサキはもう高校生。体も当然、これくらい大きくなる。
必要なものは私が太陽を渡って全部用意してあげたわ。」
アマテラスは眠っているサキをちらりと横目で見る。
「……。」
「で、もうわかる通り、彼女は普通の人間と何ら変わりない歴史を持つ子に育つ。だから歴史神は気がつかない。
……ふふ。
この子は記憶がぶっ飛んでいるだけの普通の女の子なんだからね。
小学生の次が高校生の記憶なんだから。
おまけに神権を放棄し続ける事により太陽神のサキの力はどんどん衰え、人間に近づいていく。一石二鳥じゃない。ねぇ?」
アマテラスはクスクスと笑う。
「そこのサキにも感情があるのよ?人形なんかじゃない!あなたは最悪だわ!」
アヤはプラズマの胸に顔をうずめながら叫んだ。
「なんとでも言いなさい。このサキは私の娘、太陽神サキの延長線上でしかないのよ。感情なんて娘の気質を受け継いでいるだけじゃない。話を元に戻すけどいいかしら?」
「……。」
プラズマはアヤをなだめ、頷いた。
「後は勝手に歴史神が動いただけ。
私を監視するためにあの辺一帯を夜にしてサキを隔離した。
ほら、するとねぇ?
時間がおかしくなったって思うあなた達がおバカな事にこちらに来ちゃうでしょ?それをちょっと狙っていたのよ。
ただ、あの時、サキを太陽神に戻した時、サキの能力が太陽神からなんの能力も持たない神格ゼロのかぎりなく人間に近い神様になってしまったのが誤算ね。
それ故、向こうのサキは消えず神様として残ってしまった。
まあ、誤算と言ってもどうでもいいレベルだけどね。
ちょこっと太陽神の方のサキは力が戻ってきているみたいだから……このサキが消えるのも時間の問題じゃないかしら。
たぶん、このサキが消えて娘と合体したらまた娘の太陽神としての能力はかなり低下すると思われるわ。
もうあの子にはほとんど太陽神としての力は残っていない。合わさる時にどうしても人間の力が流れ込むからね。
だから娘を太陽神に戻した時にあの子は太陽神になりきれなかったんだわ。」
アマテラスは愉快そうに笑っている。
「それで?」
プラズマはまた話を促した。
「話す事はもうないわ。お仲間さん来ないわねぇ?ざーんねん。もう先延ばしはできないわ。ここで先に二人だけ消してしまおうかしら。」
「バレていたのか。さすが。」
プラズマの頬に汗が伝った。
相手は神なのか人間なのかよくわからないがあきらかに自分達よりも力が強い。
戦力が減った今、戦いたくはなかった。
勢いで来てしまった事にプラズマは後悔した。
なんとかなると思ったが実際アマテラスを前にすると何にもできなかった。
「あら、勢いよく来たわりには引け腰じゃないの。」
迫ってくるアマテラスにプラズマはじりじりと後ろに退いた。
今にも掴みかかりそうなアヤを引っ張りながらどうすべきか考えた。
……やっぱり栄次が来るまでなんとかするしかないんだよな……。
プラズマはアヤを背中に回すと銃を構えた。




