明かし時…3ジャパニーズ・ゴッド・ウォー5
……私らも選択を迫られたか。
歳のいった男の声がする。ナオがじっと聞き耳を立てていると突然、白いひげの生えた老人と今となんら変わりない剣王が現れた。
「……で?君はどうするの?思兼神。」
剣王は隣にいた老人を思兼神と呼ぶとクスクスとほほ笑んだ。
「タケミカヅチ、お前はどうするのだ?」
思兼神の質問に剣王は頭をかきながら唸った。
「うーん。それがしは……ほら、向こうに行っても守るものがないからさ。おまけに存在を否定されちゃうっていうしねぇ。こちらの世界ならばそれがしも他の武神も武神として存在できるからそれがしはこっちに残るよ。アマテラスは向こうに行っちゃったみたいだけどねぇ。」
「……そうか。私も向こうでは需要がないのでこちらに残ろうかな。」
剣王の答えを聞いた思兼神は気難しい顔で腕を組んだ。
「決まった?」
結論が出た二神の前にいつ現れたのかツインテールの幼女がいた。
「ああ、決まった。それがしも彼もこっちに残るよ。」
剣王の言葉にツインテールの幼女はにこりとほほ笑んだ。
「そう。じゃあこっちをよろしくね。」
ツインテールの幼女が去って行こうとした時、思兼神が慌てて声をかけた。
「ま、待ちなさい。君は何者なんだ?向こうの世界とこちらの世界の境界部分をなぜ知っている?」
思兼神が尋ねると幼女はその場に立ち止まり振り返った。
「……私はK。私の他にもKは沢山いるよ。私達、Kは第二次世界大戦で壊れてしまった世界からただひたすらに平和を願う存在。平和を願う少女達の心そのもの。
同じ時期に平和を祈った少女達の感情が数字化されてプログラムになったのが私達、K。
平和を願う人々、動物達、それから神々の感情が数字化されデータとなって世界を改変してしまったのが今の世界。
……神々がいるこっちの世界が夢の世界なのか……それとも神々が消滅してしまった向こうの世界、伍の世界が夢なのか、私達もわからない。だから別にどちらが正しいとは言えないよ。
ただし、向こうの世界(伍の世界)は神々をまったく信じていない世界だから、あなた達が向こうに行ったら向こうの人間の感情エネルギー、神はいないというプログラムが作動して消えてしまうかもしれない。」
Kと名乗ったツインテールの幼女はある程度丁寧に説明した。
「そうか。それで君はこちらに残るか向こうへ行くかの選択を私達に向けているんだな。」
思兼神の言葉にKは小さく頷いた。
「非常に興味深い。君達、Kが持っている知識や感情を私にも分けてくれないか?」
思兼神は興奮気味にKに詰め寄った。思兼神は人間の知恵を集めた神。人間の感情、知識はすぐに取り入れようとするようだ。
「平和を常に願っている少女達の心と知識がほしいの?……別にいいけど私達を中に入れたらあなた自身のシステムの改変が行われてしまうかもしれないよ?あなたというデータを上書きして新しいあなたが生まれるかもしれない。それでもいい?」
Kの少女はあどけない顔で思兼神を見上げていた。特に隠すわけでもないらしい。
「構わない。知識としてもらっておきたい。」
思兼神は薄くほほ笑んだ。
Kの少女は「わかったよ。」と一言言うと思兼神の手をそっと取った。
「じゃあ、私が持っているデータを渡すよ。」
Kの少女はそっと目を閉じた。Kの少女が目を閉じた時、緑の電子数字が思兼神を回った。沢山の数字が思兼神のまわりをまわる。
徐々に電子数字が速くまわりはじめ、それと同時に思兼神は足からゆっくりと消えていった。
「……ふん、神々がデータでできていると言うのは本当のようだねぇ。」
剣王が消えゆく思兼神を珍しいものを見るように眺めていた。
「そのようだ。」
思兼神は自分が消えているというのに能天気に笑っていた。
しばらくして思兼神が完全に消えてしまうとKの少女はすっと目を開けた。
「オッケー。」
「オッケーって彼、いなくなっちゃったけど?」
Kの少女に剣王はクスクスと笑っていた。
「大丈夫だよ。……ほら。」
Kの少女は剣王に前を見るように促した。目の前で再び電子数字が回り始めた。
すると、思兼神が消えたあたりから外見が全く違う神が現れた。
「……ん!」
剣王は目を丸くして驚いていた。剣王の目の前にいたのは赤い髪の少女だった。袴に羽織姿だった。
「なんだよ?なんか変わったな。」
赤髪の少女は自分の両手を眺め、足を眺め、首を傾げていた。
「……君、まさか思兼神?」
「そうだよ。」
赤髪の少女は思兼神のようだ。剣王は驚いていたがその後、笑い出した。
「ははは!なんだい?君、女の子になっちゃったのかい?はははー!」
剣王に笑われ、思兼神は自分が少女になっている事に気が付いた。
「なんだよ!これは!Kのデータはこんなにも強いっていうのかよ!」
思兼神は困惑した顔でKの少女に詰め寄った。
「だから言ったのに。Kのデータ量はけっこう多いんだよ。」
Kの少女は呆れた顔を思兼神に向けた。
「ま、まあ……いいけどよ、で?他にやる事はあるのかね?」
思兼神はため息交じりに尋ねた。
「うん。後は……そうだね……霊史直神、よろしくね。」
Kの少女と剣王と思兼神は同時にナオの方を向いた。
ナオがびくっと肩を震わせると目の前の真っ白な空間が砂のように消えていった。Kの少女と二神も消え、辺りは元の剣王の居城に戻った。
「……。」
ナオは目を見開いたまま、固まっていた。
「ナオさん!」
「はっ!」
ムスビの声にナオは我に返り、栄次に叫んだ。
「栄次!来てください!」
栄次は戸惑っていたが素早くナオの元まで走ってきた。ナオはそのまま動けないでいるムスビの手を握り、走ってきた栄次の手も握るとワープ装置を起動させ、判断の遅れた剣王が行動に出る前に素早くワープした。
「あーあ……逃げられちゃったか……。しかし、久々に色々と思い出したな。まあ、ワープ装置なら高天原東産だろうからおそらくワイズのとこにでも飛んでったんだろうねぇ。」
剣王はポリポリと頭をかくとため息をついた。
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「……また……また私が出てきました……。」
ナオは頭を抱えながら動いている歩道の上にいた。
「あー……逃げられて良かったよ……。ここは……高天原東かな?」
ナオの隣でぐったりしているムスビは辺りを見回しながらつぶやいた。
まわりは高層ビルとハイテクな機械がある近未来的な場所であった。歩道はすべて電子で動き、歩く神々は何もない空間をタッチし、アンドロイド画面を出している。すべてにおいて高天原西とは真逆だった。
「ここは……思兼神、ワイズの居城がある場所です。……ワイズ……。」
ナオは考え込んでいた。
「ナオ、あの歴史はまことなのか?」
ぐったりしているムスビを立たせながら栄次がナオに尋ねた。
「……わかりません。私は覚えていないのです。私の中ではワイズは少女の姿で定着しています。それからあのKと名乗った少女についてもよくわかりません。以前、アマテラス大神の歴史を覗いた時にいた子と同じ少女でした。」
ナオは青い顔のまま小さくつぶやいた。
「また今度はワイズの居城に乗り込もうとか考えてんじゃないよね?ナオさん。」
ムスビは疲れた顔をナオに向けていた。
「……そうですね。彼女の歴史も覗かなければなりません。……剣王は先程の記憶も知らなかったわけではなさそうです。太陽神達は歴史をなかったことにされておりましたが剣王はそうではないようでした。
つまり、ワイズの歴史も再構築されずそのままな可能性があります。歴史書の方でもデータの改ざんが目立ちましたので、あのKと名乗った少女と剣王、そしてワイズあたりが何かしらをしたのではないかと考えられます。」
ナオは表情をさらに険しくし、ムスビを見据えた。
「やっぱりか……。ワイズに捕まってもなかなかヤバいよ……。」
「太陽神達には申し訳ない事をしましたが私達は正当な判断で動いております。私達は世界から命じられた神々の歴史の管理が仕事です。存在理由であり、私達を構成するプログラムでもあります。
向こうが公平にこの異常な改ざんの調査に協力してくださっていたら私達も無茶はしなかったのです。ですのでそこまで責められる事ではないはずなのです。」
ナオの言葉にムスビはため息をついた。
「はあ……。開き直るなっつーの……。まあ、いいや……。どうせこれ、ワイズのとこに向かってんでしょ?」
ムスビの呆れた声にナオは真面目に頷いた。
しばらく動く道路の上に立っていると高層ビルの間から金色に輝く怪しい天守閣が見えてきた。
「なんだ。あれは……悪趣味だな……。」
栄次は太陽の光で無駄に反射している金色の天守閣を眺めながら顔をしかめていた。
「あれがワイズの居城です。」
ナオは栄次にこそっと耳打ちした。
「……嫌な予感しかしない……。」
「で?どうするの?ナオさん……。」
栄次のつぶやきを聞き流し、ムスビは顔色悪くナオに尋ねた。
「ワイズは知恵の神です。おそらくすべてのパターンを予想しているはずです。ですので堂々と入り口から侵入します!」
「ナオさんは作戦とか何にも考えないのかーい!」
ムスビは半分泣きそうな顔でがっくりと首を落とした。




