明かし時…2ヒストリー・サン・ガールズ8
ナオ達は最上階への階段を上った。最上階は下の階とは違い、やたらと狭かった。短い廊下に障子で締め切られた三つの部屋しかない。
ナオはその中で一番大きい奥まった部屋の障子を勢いよく開けた。
「無礼をお許しください!」
「ナオさん!そんないきなり……。」
ナオの声とムスビの声が同時に部屋の中に響いた。
「……あんたらかい……暴れまわっているのは。」
ナオ達の目の前には黒髪の少女サキと不安げな顔をしている照姫がいた。
部屋はかなり広い。その部屋の真ん中に布団がひいてある。おそらく、サキは今さっき起きたばかりなのだろう。
「お休みの所、申し訳ありません。」
ナオは深くお辞儀をした。
「……あれ?なんかあたしが思い浮かべていたイメージとだいぶん違うねぇ。散々に暴れているって聞いたからさ、こんな礼儀正しいとは思わなかったよ。」
サキはこちらを鋭く睨みながら笑みを浮かべた。
「消えてしまった神々の原因究明をしているナオと言う者です。あなたの歴史も見させていただきます。」
「……歴史?まあ、いいけどさ、あたしには何にも歴史なんかないよ。あたしはこないだ太陽神の上に立ったんだから。」
サキはとりあえず、手から太陽神特有の剣を出現させた。
「それはやってみないとわかりませんから。……輝照姫大神、太陽神……。」
ナオは素早く巻物を手から出すとサキに向かって飛ばした。
「……?なんだい?これは……。」
サキは自分の周りをまわり始めた巻物を訝しげに見ていた。
巻物はしばらくサキの周りをまわると突然電子数字に変わり、その場で跡形もなく消えた。
「……?」
ナオは今までとは違う現象に目を見開き、驚いた。
「な、なんだったんだい?今のは。」
「あ、アマテラス大神の加護を一番受けていながら……あなたには何の歴史もない……。これはどういう事なのでしょう……。それとも……ないのではなく、拒否のプログラムが書かれているのでしょうか……。」
「……なんだい?あたしは知らないよ。」
ナオが救いを求めるような顔でサキを見つめたのでサキはため息交じりに答えた。
「で、では……こちらを……。」
ナオは先程物置で見つけたアマテラス大神が記述されている巻物を取り出した。
「アマテラスの加護を一番に受けたのならアマテラス大神の歴史を何かしら持っているはずです……。」
ナオは自信なさげにアマテラス大神が記述されている巻物をサキに向かって飛ばした。
「……!?」
サキは再び自身を回り始めた巻物を鋭く睨みつける。
刹那、巻物が過剰に反応した。まばゆい光が部屋全体を覆う。
「こ、この光は……アマテラス大神の……。」
サキの表情は戸惑いに変わった。またもナオ達の目の前にアマテラス大神が現れた。
何かの記憶のようだが辺りが眩しすぎてアマテラス大神がいる事しかわからない。
アマテラス大神は何かを話していた。
ナオは素早く耳を傾ける。
「……私が消えたらこちらの世界の太陽神達が大変になってしまうわね。皆、元は私の分身……だから皆私の力を持っているけどちゃんとやっていけるようにもう少しだけ私の力を残しておくわ。」
アマテラス大神はその一言だけを言うと砂のように消えていった。それと同時にまったく違う歴史までナオの中に入ってきた。
「アヤメ!アヤメ!」
どこかの病院のベッドに寝かされている女性に必死に声をかけるもう一人の老いた女。
「アヤメ!」
女はベッドに寝かされている若い女をアヤメと呼んでいた。おそらく母と娘だろう。
母親と思われる女が叫ぶ中、アヤメと呼ばれた女の声がナオに響いた。
……私は神社の娘。私は太陽神が祭られている神社の娘……。あまり皆信じてくれないけどすごい力を持った巫女なの。だから……私だったら何でもできる。
アヤメはハッと目を開けた。
「アヤメ!」
アヤメを呼ぶ自分の母の声にやっとアヤメは気が付いた。アヤメの体にはたくさんの管が通っており、体がまったく動かせなかった。
……ああ、そうか。私事故に遭ったんだ。
アヤメは泣き崩れている自分の母にか細い声で一言尋ねた。
「私は……もとに戻れる?」
アヤメは感づいていた。
「……。」
母は何も言わなかった。
「……体が……まったく動かない……の。指も……動かせないの。」
アヤメはさらにそうつぶやいた。認めたくなかった。
「お母さん……ねぇ……体中の感覚が……ないの……。ねぇ……大丈夫なのよね?」
「……。」
母は何も言わなかった。
「はっきり……言ってよぅ……。」
「……ごめんね。アヤメ……ごめんね。」
母はアヤメにただ泣いてあやまっているだけだった。
「なんでしょう……この記憶は……アマテラス大神と何か関係が……。」
ナオが頭を抱えたままつぶやいたが記憶は止まることなく流れていく。
アヤメはどうやら事故で体が動かなくなってしまったらしい。
……嫌だ。私はまだやりたいことがたくさんあるの……。こんなのあんまりよ……。
「でも、でもね、リハビリをすればまた動けるようになるってお医者様が……。」
「……医者なんて信用ならないわっ!」
自分は医者に助けられたというのにこんな事を言ってしまった。医者のいう事を聞いてリハビリに励んだとしてもいつ元通りになるかわからないし元に戻らないかもしれない。
……一番楽しいこの時期をリハビリに費やしたくはないわ!何年かかるかわからない。動けるようになった時、もう自分は歳をとっているかもしれないし、楽しいこの時期を逃しているかもしれないじゃない。
アヤメは瞳だけを太陽に向ける。
……人間になんて頼らない……私は神に仕える巫女なんだ……だったら神に祈ればいいのよ。
アマテラス大神を体に宿してやる!
アヤメは昔から神社に伝わる禁忌、アマテラス大神をその身に宿す呪文を病院のベッドにいながら口にした。アヤメは霊力をかなりもった巫女。何の道具もなしにアマテラス大神の力を人間でありながら取り込んだ。
「……これはいつの記憶なのかわかりませんがもうアマテラス大神は概念になっているようですね。」
ナオはアヤメの周りを纏う神力を見てつぶやいた。記憶は続く。
アヤメはアマテラスの力により医者も驚くほどの回復を見せた。
……ほら、人間になんて頼らなくてもすぐに元に戻るじゃない。
アヤメはケラケラと笑っていた。アヤメはそのまま退院し、自分を祭る神社を建てた。
記憶は流れ、アヤメは人間の男と恋に落ち、子供を授かった。女の子だった。
「あの子は……。」
ナオは同時に同じ記憶を見ているサキに目を向けた。サキはどこか苦しそうに目を伏せた。
アヤメはその後、自分が太陽神の頭であると言いながら過激な信仰を始めた。結婚した男性はアヤメの狂気に耐えられずに離れていった。この時、アヤメのそばにいたのは今の面影が残る幼いサキ。
また記憶が流れる。
アヤメはいつでも信仰される信仰心を集めていた。
……困った時だけ神に頼むなんてありえないわ。私が太陽の上に立って今の太陽を変えてやる。
「おかーさん……。」
幼いサキが悲しそうな顔でアヤメの服を引っ張っていた。
「何?どうしたの?サキ。」
「あたし……人に見えなくなっちゃったみたい。」
サキの一言にアヤメの目つきが変わった。
……人に見えなくなったですって?しかもこの力……アマテラス大神の力……。私よりも遥かに強いアマテラス大神の力……。この子は太陽神になった……?
……私じゃなくてこの子が太陽神の上に選ばれた……。私じゃなくて……この子が……。
アヤメは自身の娘、サキに嫉妬の念を抱いていた。
……私が一番よ。この子が一番なんてありえない。この子の太陽神としての力を落としてやるわ……。




