明かし時…2ヒストリー・サン・ガールズ2
ナオ達はエンに連れられて天守閣内へ入った。長い木の廊下が続いており、その両脇に障子戸の部屋がある。どれだけの太陽神がいるかはわからないがかなりの数の部屋があった。
その部屋を通り過ぎると階段があり、エンがその階段を登り始めたのでナオ達も慌てて続いた。
天守閣内はかなり広いようだ。障子戸の先にも何かしらの部屋があるらしい。
エンは三階まで来るとまた廊下を歩き始めた。
「あの……どこまで進むのですか?」
「もう少しだ。この階に照姫神がいる。」
エンの返答にムスビの眉がぴくんと動いた。
「おい、輝照姫大神サキに会えるんじゃないのかよ?」
「サキ様は壱の世界の会議でお疲れである。故に陸の世界での代理、照姫がお相手を致す。」
「……そうですか。代理ですか。太陽神は陸と鏡の世界壱に一体しか存在していませんでしたね。という事はあなた達は壱の世界と陸の世界の両方の世界事情を知っているというわけですね。」
ナオはエンに目を向けた。エンは特に表情なく黙々と歩きながら答えた。
「そうだ。両方とも知っているが、私は壱の世界では休んでいる故、壱の世界の事はほとんど知らない。……ここだ。」
エンは話しつつ、一つの障子戸の前で止まった。
「ここか?」
ムスビは障子戸を眺めた。サキの代理をしているとの事だったが特に特別な待遇になっているわけではなく、他の部屋と同様の作りだった。
「照姫、連れてきたぞ。」
「どうぞ。お入りになって。」
エンが障子戸を軽く叩くと奥から女性の声が聞こえた。
エンは障子戸を静かに開くとナオ達に入るよう目で合図してきた。
ナオ達は息を飲みながらエンに頷くとそっと部屋の中に入り込んだ。
「あら、あなた達が例の歴史神ね。どうぞ。おかけになって。」
畳の部屋の真ん中に橙色と赤色が混ざったような髪の少女が座っていた。真ん中には机が置いてあり三人分の座布団が少女と向かい合う形で置いてあった。
「とりあえず、座りましょうか。」
ナオはムスビと栄次に目配せをすると置いてある座布団にそれぞれ腰掛けた。
「こんな朝早くからごめんなさいね。ゆっくりお話しできるお時間が今しかありませんの。とりあえず、お茶をお出しするわね。」
少女が一言発すると少女付きのサルがどこからともなく現れ、机に四人分の緑茶を置いて去って行った。
「……あの、輝照姫大神サキさんとはお話できないのでしょうか?」
ナオの質問に少女、照姫の顔が曇った。
「うーん。サキ様は現在お休みになられておりますので……難しいわ。」
「そうですか。……私達を太陽へ呼んだのは元時神の件でしょうか?」
ナオは照姫への質問を変えた。
「ええ。その件よ。あなたの言動で生まれるはずもなかった太陽神が生まれてしまったのよ。あなたは歴史神だからわかると思いますけど……進んでいくべき彼の歴史をあなた達が変えてしまった。ですので、高天原の四大勢力に協力していただき、彼のデータの消去をせざるえなくなった。」
照姫はナオ達を鋭く睨みつけた。
「……私達を咎めるつもりですか?しかし、こばるとさんはもうあそこで歴史が終わっていたはずです。太陽神として新しく生まれ変わったとしても支障はないはずですよ。」
ナオは負けじと声を上げた。
「はあ……そういう問題ではないの。これは罪に問われる可能性があるわ。いいかしら?この世界は陸の世界だけじゃないの。
あの元時神は壱の世界にも存在している。壱の世界の彼は寿命を全うし、現在は霊魂となり夢幻霊魂の世界、弐で時神アヤの心に住んでいるわ。
それが陸の世界で太陽神になってしまったら向こうの世界の彼はどうなってしまうのかしら?太陽神は二つの世界に一体しかいないのよ。」
「……。」
ナオは照姫の厳しい顔つきをただ黙って見つめていた。
「私達が太陽神になってしまった彼の中身を消去しなかったら壱の世界の方の彼は消えてしまうわ。太陽神は壱か陸のどちらかにしかいないのだから。」
「それで……あなた達は私達をどうするおつもりですか?」
ナオの頬に汗が伝った。
「捕縛して高天原裁判にかけるわ。」
「そ、それは困ります!私はどうしてもサキさんに会わないといけないのです!」
「この件は私だけでも処理できるのであなたがサキ様に会う事はないでしょうね。」
ナオの言葉に照姫は冷たく言い放った。
「そうしましたら意地でもサキさんに会わせてもらいます。」
ナオが勢いよく立ち上がった時、ムスビが怯えた表情でナオをつついた。
「な、ナオさーん……ずっと前からなんだか囲まれているみたいなんだけど……。」
「え?」
ムスビの震える声でナオは背中に何かを突き付けられている事に気が付いた。
「……動くな。大人しくしていれば何もしない。」
ナオの背中に剣を向けていたのは先程の青年、エンだった。
エンは隣の栄次も警戒しているようだった。栄次は刀の柄に手を置いて構えていた。
「……ムスビ、栄次……逃げましょう。」
ナオは冷汗をかきながら手から一本の巻物を出現させると素早く読んだ。
……天御柱神……厄災、風雨の神!……
ナオが一言叫んだ刹那、ナオの周りに台風並みの風が現れ、エンを軽く吹き飛ばした。
「今のうちに行きますよ!」
ナオは腰が抜けているムスビを無理やり起こすと走り出した。
「……っく……歴史神が逃げたわ!追って!」
照姫の掛け声であちらこちらの障子戸から太陽神、使いの猿が飛び出してきた。
栄次は刀を抜き、襲ってくる太陽神達の剣技を受け止めてナオ達を守っていた。
「……力が強いな……。」
栄次は太陽神達の力の強さに若干押されていた。
「ナオさん!逃げるって無茶苦茶だよ!」
「ムスビ、このまま捕まっては何もできません!あなたも何かやって逃げ道を確保してください!大丈夫です。太陽はこの間まで頭がおらず、どん底でした。彼らもまだ完璧には回復していないはず……。」
「ナオさん……鬼だな……。」
ナオの発言に頭を抱えたムスビはとりあえず威圧を込めて太陽神達を睨みつけた。
「……どけ。」
ムスビが一言発すると強力な力が辺りを走り抜けた。立っていたほとんどの太陽神、猿が両膝をついて何かの力に抗っていた。
「こ……これは言雨……。」
エンが周りの太陽神達の様子を見、つぶやいた。
言雨とは威圧と神力を言葉で発する事により、雨のように威圧と神力が相手に降り注ぐというものだ。
しかし、これはムスビと同等か上の神格を持っている神には効かない。
エンと照姫は平然と立っていた。
「やべっ……あいつらには効かなかった!」
「とりあえず、逃げましょう!」
ナオ達は苦しんでいる太陽神達の間を縫うように進みながら階段を降りた。後ろからエンが襲ってきていた。手には炎が巻き付いた剣を持っている。
栄次が走りながら刀を構え、エンの攻撃をかろうじて受け流していた。
「これからどうするんだよ!ナオさん!」
「……太陽の門を太陽神が開かないと現世に戻れません。今はとりあえず身を隠すところを探しましょう!」
ナオはムスビに小声でささやいた。エンの攻撃は素早く、威力も強いため栄次は押されていた。
「こいつは……強いっ!」
栄次が着物を翻しながら刀を振るうがエンは軽やかに避けている。
「……貴方の腕も相当なものだ……。」
栄次と対峙しているエンもやや本気でぶつかっているようだった。
「せめてもっとしっかりと対峙できれば……。」
栄次はナオとムスビを庇うように戦っているためうまく力が発揮できていないようだった。
「仕方ありません……。」
ナオは再び巻物を手から出現させた。そして巻物を素早く読んだ。
……カグヅチ神、火の神、炎の神!……
巻物を読んだ刹那、エンの目の前に大きな火柱が上がった。火柱はナオ達を完全に隠した。
「ナオさんっ!ここ!」
ふとムスビが物置部屋になっている空き部屋を見つけていた。その空き部屋の畳の一部をムスビが上げていた。
炎を突破されるのも時間の問題だと考えたナオは栄次を連れて何も考えずにムスビの元へと走った。
太陽神に火は通じない。エンは堂々と炎を潜ってきた。
「……っ!」
しかし、もう目の前にはナオ達はいなかった。




