明かし時…1ロスト・クロッカー6
トラック事故の少し前……。
アヤはお腹がすいたのでコンビニで何か買おうと思い、部屋から外に出た。
「あら?」
アヤがマンションの階段へと向かう途中、アヤと同じくらいの歳に見える小柄な男の子が廊下で座り込んでいた。
「あの……?どうしたの?」
アヤは様子がおかしい男の子に小さく声をかけた。
「あ……。君は……アヤだよね?」
男の子は弱々しい瞳でアヤを見上げた。
「なんであなたは私の名前を知っているの?お初よね?」
アヤは訝しげに男の子を見据えた。
「え?あ、ああ……えっと……お、同じ学校なんだ。君と。」
「制服が違うんだけど。」
アヤは男の子の格好を見て、目を細めた。男の子は学ランを着ていた。アヤの学校とは似ても似つかない制服で、ひと昔前のもののような気がした。
「こ、これはファッションで着ているだけだよ。そう、ファッション!」
「そ、そう。……それで……なんでマンションの廊下なんかにいるの?」
「君を探していたんだよ……。さっきはいなかったみたいだけど、うちに帰っていたんだね。」
「……よくわからないわ。なんで私を探してたの?……私達初対面じゃない。」
「うん。それは後で説明したいんだけど……今はとにかくお腹がすいていて……ここから動けないんだ……はあ……。実は三日も食べていなくてさ……。」
男の子は大きなため息をつき、うなだれた。
「三日も?一体何をしていたの?いままで。親は?……ごはんならコンビニとかで買えば……。」
「……コンビニね。今、お金を持っていないんだ。それと……しゃべりたくないことってあるでしょ?あんまり聞かないでほしいな。」
アヤの質問に男の子は陰りのある表情で答えた。
「……そう、ごめんなさい。深くは聞かないわ。……これからコンビニに行く予定なんだけど、おにぎりくらいならおごってもいいわよ。」
「ほんと!嬉しいな!ありがと!じゃあ、早くコンビニに行こうよ!」
男の子は急に元気を取り戻し、勢いよく立ち上がった。
「……切り替え早いわね……。それと元気じゃないの。あなた、名前は?」
アヤは呆れながら男の子に尋ねた。
「僕は立花こばるとって名前だよ。よろしく!」
「こばると……不思議な名前ね。」
元気に声を発したこばるとを見ながらアヤは彼にどこかであったような気がしていた。
「じゃあ、悪いけど食べ物恵んで下さい!」
こばるとは愛嬌のある顔つきでアヤに頭を下げた。
「……わかったわよ。あんまり高いのはダメだからね。」
アヤはこばるとの雰囲気に心を許し、ほほ笑んだ。そしてそのまま二人はコンビニに向かうべくマンションの階段を降りて行った。
近くのコンビニでいくつかのおにぎりを買い、帰り道である細い道路を歩いている時だった。急に背後が光った。
「……っ!?」
アヤが何かしらと振り返った時にはもう遅く、目の前にトラックの影が映った。
……トラック!?なんでこんな細い道を……っ。轢かれる!
アヤが動けずにその場に棒立ちになっているとトラックの運転手はすぐにアヤに気が付き、アヤを避けようとハンドルを切ったがそのまま電信柱に激突してしまった。
はじける音とタイヤが擦る音が閑静な住宅街に響いた。何かの破片やらガラスやらがアヤの足元に散らばった。
「……はあ……はあ……。危なかったわ……。」
アヤはその場に尻から落ちた。
「アヤ!大丈夫?」
しばらく茫然としていると目の前に心配そうな顔をしているこばるとが映った。
「ケガは?大丈夫?」
「え、ええ……私は大丈夫だけど……運転手さんは大丈夫かしら?」
アヤは冷汗をかきながら電信柱にぶつかったトラックを見つめる。トラックの運転手は外に出てこない。
「そ、そうだわ!きゅ……救急車を呼ばないと……。」
アヤは絞り出すように言葉を発したがアヤは携帯を持っていない。こばるとも何も持っていなそうだった。
「そ、そうだね!救急車か!よし!きゅーきゅーしゃあああ!」
こばるとはとりあえず原始的に救急車を呼んだ。この時のアヤは気が動転しており、こばるとに突っ込むことはできなかった。
そのうち、近隣住民の誰かが救急車を呼んだようだ。救急車のサイレンの音とパトカーのサイレンの音が同時に聞こえてきた。
頭が冷静になってきたころ、アヤはようやく救急隊にケガの有無を聞かれている事に気が付いた。
「私にケガはありません。それよりもあの運転手さんが……。」
「奇跡的に運転手もケガがないようですね。」
救急隊の人と軽く言葉を交わし、アヤは解放された。
「……じゃあ、お気をつけて帰ってくださいね……。」
「はい。すみません。」
アヤは安堵のため息をつくと隣にいたこばるとに目を向けた。
こばるとは少しずつ集まりつつある野次馬達を見つめていた。一点をじっと見つめ、どこか怯えた表情をしていた。
「……?こばると君……だったわよね?大丈夫?どうしたの?」
アヤはこばるとの様子を見て、不安げに声をかけた。
「え?あ、ああ、うん。大丈夫だよ。行こうか。おにぎり、おうちでごちそうになってもいいかな?そしてそのまま一泊させていただいたりとかは……ダメ?」
こばるとは我に返り、不安げな表情をしているアヤに向き直った。
「え?うちに来るつもりなの?あなたなら大丈夫そうだけど……見ず知らずの男性を家に入れるのは……ちょっとね。しかも泊まるって……うーん……。」
「……僕、帰る家がないんだよ……。おまけにお金もない……。」
こばるとは絶望的な表情で目を伏せた。今にも泣きだしてしまいそうだった。
「……ちょっ……泣かないでよ。わ、わかったわよ。い、一日だけなら泊まらせてあげるわよ!どうせ一人暮らしだしね。」
こばるとの表情にアヤは折れ、彼を家に入れてあげる事にした。
再びマンションへと戻り、階段を上ってアヤの部屋へとたどり着いた。
鍵を開けて自室に入る。
「上がっていいわよ。どうせ誰もいないから。」
アヤは玄関先でまごついているこばるとに声をかけた。
「う、うん。独り暮らしって大変そうだね……。」
こばるとは靴を脱ぐと小さく「おじゃましまーす。」とつぶやき、部屋に上がった。
アヤは時計が沢山ある自室の真ん中に小さいちゃぶ台を置いた。
「ごめんなさい。机がなくて、このちゃぶ台になっちゃうけど……ごはんにする?」
アヤはちゃぶ台の上にコンビニで買ったおにぎりを並べる。
「あ、お湯かけるだけの味噌汁とかならあるわよ。」
「う、うん。」
こばるとはどこか上の空で返事をしていた。
「こばると君……?あ、ごめんなさいね。私の部屋、時計だらけで気持ち悪いでしょ?これ、私の趣味なの。」
こばるとがじっと時計を見つめているのでアヤが慌てて口を開いた。
こばるとはそんなアヤにはおかまいなしに部屋にたった一つだけあった和時計を凝視していた。
「こばると君……。それはうちの家宝。江戸後期の和時計よ。」
「……。これを使って一度、彼女を連れて江戸に……。」
「……こばると……君?」
こばるとはアヤの問いかけに答えず、何かを考え込んでいた。
「……いや、もう一度、江戸に行くのは危険だ……。こっちの時計を使って五年か六年前に飛ぶのもありだね……。」
こばるとは和時計の隣に置いてある比較的新しい時計を見つめる。
「……こばると君!」
「はっ!あ、ああ、ごめん。ごめん。い、いい時計だね。これ。」
何回目かのアヤの呼びかけでこばるとは我に返った。
その時、ピンポーンと玄関先でチャイムが鳴った。
「あ、はーい。」
アヤが返事をして玄関先へ向かおうとした刹那、アヤの手をこばるとが素早く掴んだ。
「きゃあ!何?」
「あれは歴史の神だ……。さっきの野次馬の中にいたあの子達だ……。僕を追って来たんだ!」
「え……?神?……神って……どっかで……。」
アヤはついさっき会った神様だと名乗る赤髪の少女を思い出した。
「アヤ、君を巻き込んじゃう形になるけどここから逃げよう!」
こばるとはアヤの手を引くと立ち上がった。
「え?ちょっと!なんだかわからないわ!に、逃げようって……どこへ?私、関係ないわよね?」
アヤは怯えた表情でこばるとを見つめていた。玄関先のチャイムがもう一度鳴った。
「……よし。この時計でいいや。」
こばるとは一番新しそうな時計を掴むと大きく頷いた。
「ちょっと何するのよ!その時計は昨日買った新品なのよ!」
「僕達はこれからこの時計を使って昨日へ行く。」
こばるとの発言にアヤは半笑いで首を傾げた。
「あなた……頭……大丈夫?何?昨日へ行くって……。」
「僕はいたって正常だよ。……僕は時神なんだ。時を渡れるんだよ……。そして君も時を渡れる。」
こばるとは軽くほほ笑むとアヤの手を強く握り、新品の時計にもう片方の手をかざした。時計は突然輝きだしアヤとこばるとを光で包んだ。
「えっ……ちょ……なにこれ……。」
アヤの戸惑いの声を残してアヤもこばるともその場から忽然と姿を消した。




