明かし時…1ロスト・クロッカー5
「ナオさーん……。これからどうするんだよ?神力ってそんなに簡単に辿れるものなの?」
ムスビがナオの顔色を窺いながら不安げに言葉を発した。
今はアヤが住むマンションから出て何の考えもなしに道を歩いている。
「神力を辿るのは私達ではなく、栄次に任せます。」
「俺か。なんとなくは感じるがなんとなくだぞ。」
ナオが期待を込めた目で栄次を仰いだので栄次は眉をひそめ、自信なさげにため息をついた。
「構いません。私も……何か神力を感じるのですが……それが時神のものかわかりません。」
「ナオさんが感じている神力は歴史神のものなんじゃない?俺も感じるよ。」
ムスビは険しい顔で道の先を睨んでいた。
「そのような気もします。近くにおりますね。」
ナオがあたりを見回していると、すぐ近くで女の子の声がした。
「おおい!おおい!お主らじゃ!おおい!」
「ん?」
ナオ達は遠くを眺めるのをやめ、声の方に目を向けた。いつの間にか目の前に外見七、八歳くらいの少女が立っており、どこか必死の表情でナオ達に声をかけていた。
少女は長い黒髪に赤い着物を着こんでいた。目は大きく可愛らしいが格好が奈良時代くらいの雰囲気が出ていた。
「ああ、やっと気づきおった。」
「あなたは……どちら様でしょうか?」
焦っている少女とは裏腹、ナオは冷静に言葉を発した。
「わ、ワシを知らんのか!ワシは人間の歴史の『ばっくあっぷ』をとっている歴史神、流史記姫神じゃ。ヒメと呼んでくれて構わんぞい。」
ヒメと名乗った幼女な歴史の神は腰に手を当てて胸を張ると大きく頷いた。
「ちっちゃくてかわいいな。よしよし。」
「な、なにをするのじゃ!」
ムスビがほほ笑みながらヒメの頭を撫でた。ヒメは恥ずかしそうにしていたが拒んではいなかった。
「お菓子たべるか?饅頭あるよ。」
「お饅頭?わーい!食べるぞい!」
ヒメはムスビから饅頭をもらうと幸せそうに食べ始めた。
「かわいい!かわいすぎる!」
「……ムスビ、少し落ち着きなさい。変態になりかけていますよ……。」
興奮しているムスビをナオが呆れた目をしつつ、なだめた。
「こ、こほん……。」
ムスビは咳払いをし、心を落ち着けた。
「ところで……先程焦っていたのはなんだ?」
ムスビが落ち着いた後、栄次が優しくヒメに声をかけた。栄次は目つきが鋭く、少しきつく見えるため、怯えさせないための配慮のようだった。
「あ、そうじゃった!人間の歴史が一部『ばっくあっぷ』のと違うのじゃ!」
「お前が言う、ばっくあっぷとは何だ?」
再び興奮し始めたヒメをなだめながら栄次は首をかしげた。
「元ある歴史が壊れてしまったときのために同じ記録をもう一つ作っておく事じゃ。その予備の記録の方をワシが預かっておる。」
ヒメは目を忙しなく動かし、小さくつぶやいた。ヒメは動揺しているようだった。
「ヒメさん、落ち着いてください。私は神々の歴史のバックアップを取っている神ですが、人間の管轄である時計が狂ってしまった件について調べております。」
ナオはヒメの肩を両手で抑え、ヒメを落ち着かせた。
「や、やはり、時計が狂った事と歴史が変わってしまった事は同事件なのじゃな?」
ヒメは口にあんこをつけた状態のまま、ナオを不安げに見上げていた。
「それはわかりませんが関係はあると思われます。」
「で?ナオさん、どうするんだい?」
隣でムスビがナオの判断を待っていた。
「そんな、なんでもこちらにふらないでください。そうですね……。とりあえず、栄次に時神の神力を追ってもらいましょう。」
ナオがため息をつきながらそう発した刹那、ヒメの顔に怯えが浮かんだ。
「ん?どうしたんだい?」
ムスビが心配そうにヒメを見た。
「……今、ここ数分間の歴史がバックアップと変わったのじゃ。」
「なんでまた、そう唐突に変わるんだ?歴史を変えるんなら過去に戻らないとダメじゃないか?誰かよくわからん神が過去に戻ってんのかな?」
ヒメの頭を撫でながらムスビは不思議そうにナオを見た。
「過去に戻る事は普通の神でもできませんよ。時神ならばわかりませんが。」
ナオは腕を組みながら栄次を一瞥した。
「っむ……。俺は過去戻りなどできんぞ。過去を見る事はたまにできるけどな。俺は。」
栄次は表情変わらずそっけなく答えた。
ナオが何かを言おうとした時、救急車とパトカーが勢いよくサイレンを鳴らしながらナオ達の横を通り過ぎていった。
「ん?なんだ?」
栄次はサイレンの音に耳を塞ぎながら去っていく車を不思議そうに見つめていた。
「パトカーと救急車?なんか事故でもあったのかなあ。」
「なんだかいやな予感がします……。救急車とパトカーを追いましょう。」
のんびりと遠くを見つめているムスビを引っ張り、ナオは足早に歩き出した。
「ちょっ……ナオさん!事故現場見に行くなんて悪趣味だぞ!野次馬は邪魔でしょ?」
「あの方面、アヤさんのマンションがあった所に近いのですよ。少しアヤさんの様子を見に行くだけです。」
ムスビはナオに引っ張られてナオに続いて足早に歩き出した。その後をなんとなく栄次とヒメも追った。
住宅地の道を戻り、アヤがいたマンションへと足を進める。
少し行ったところで大型トラックが電信柱にぶつかり止まっていた。運転手は無事のようだ。
ナオ達がたどり着いた時、運転手の男が警察に色々と質問をされていた。
「あーあ。やっちゃったんだね……。でも無事そうだ。誰かがとりあえず救急車をよんだのかな。」
ムスビがほっとした顔で警察官と運転手を見つめた。
ナオもほっとした顔を向けていたが少し遠くで救急隊と話している少女に気が付いた時、目つきが厳しくなった。
「あ、あの子はアヤさんではないでしょうか。」
ナオの言葉にムスビと栄次もナオが指差した前方を向いた。
「……そのようだね。救急隊があの子のケガの有無の確認をしているように見えるけど。」
ムスビが目を凝らしてアヤと救急隊員の雰囲気を伝えた。
「……この歴史が変わったのじゃ……。バックアップでは事故が起きておらん。だいたい、あのトラックはこの道を通らず、一本ずれた道を通っていたはずじゃ。」
「はずじゃってわからないけどそうなの?」
腰に手を当てて胸を張ったヒメにムスビは困惑した顔で聞いた。
「そうじゃ。」
ヒメが大きく頷いた時、トラック運転手の会話が聞こえてきた。
「この道ともう一本向こう側の道の合流部分で鉄骨が引いてあって通れなかったんです。急ぎだったのでとりあえずこちらの道を選び走行しましたが歩いている彼女に気が付かずに走行してしまい、慌ててブレーキを踏んだら電信柱にぶつかっていました。」
運転手は動転しながら警察官に話していた。
「道路に鉄骨が引いてあるって……おいおい。」
ムスビは呆れた顔で運転手を見ていた。
「……道路に鉄骨ですか……。ヒメさん、鉄骨がある状態でもう一本の道は通らないですよね。あの運転手さんがもう一本の道を通るのが本来の歴史とおっしゃっていましたね。」
「そうじゃ。故に鉄骨が道路に転がっているわけないのじゃが……。」
ナオとヒメはお互い顔を見合わせて唸っていた。
しばらく眺めているとアヤは救急隊員から解放され、近くにいた学生服の男の子と一緒に歩き出した。
「ん?あれはあの子の彼氏かなんか?」
ムスビは素早く、何気なく隣にいる男の子を見つめた。
「わかりませんが……そうなのではないですか?」
「……あれは時神か?時神の神力を感じるのだが。」
ナオの横で小さくつぶやいた栄次にナオ達は目を丸くした。
「時神!」
「いや、俺は神力をあまり感じられない故、間違いかもしれぬが……。」
「とりあえず、追いましょう。」
ナオはさっさと決断を下し、アヤと男の子の跡をつけることにした。
「あの、ワシはちょいと鉄骨が気になるのでそちらに行くぞい。」
「ひとりで大丈夫かい?暗いから俺もついてってあげる。」
「ありがとうなのじゃ。」
「かわいい!」
ムスビはほほ笑みながらヒメを撫でる。
「……ムスビ、ほどほどにしてくださいね。」
「大丈夫だって。何にもしないからさ。ただ、ひとりで行かせたらかわいそうだなあって思ったからだから。」
ナオはため息をつきながら歩き出したヒメとムスビを見つめていた。
「では。私達はアヤさんとあの男の子を追いましょう。」
ナオは頭を切り替えて栄次を仰いだ。
「俺は構わん。ついて行くぞ。」
栄次の言葉にナオは大きく頷きほほ笑んだ。




