明かし時…1ロスト・クロッカー2
「……時神、過去神を呼びます……。」
ナオはムスビに歴史書を渡すと他の歴史書を横にどけ始めた。
「過去を守っている時神か。そいつは過去にいるんだろ?呼べたとしてもそれはやっていいの?」
「……いけません。神々の歴史が変わってしまう事があります。」
「じゃあダメだろ……。」
ため息交じりのムスビにナオはきりっとした瞳を向けた。
「ですが、神々がいなくなってしまった時点の記憶、過去を見るには過去神がいなければなりません。ですので連れてくることにします。」
「ずいぶんと……まあ、強引だね。高天原の四大勢力に罰せられるんじゃないの?俺、怖いんだけど。」
「では、私だけでこの件は行います。手伝いをさせてしまい、申し訳ありません。」
ナオは一言そういうと、頭を丁寧に下げた。
「うっ……嘘だよ。全然怖くないって。俺もこの世界から消えてしまった神々の事、知りたいしさ、その……ナオさんを放っておけねぇんだよ。ナオさんはなんだか危なっかしいからさ。」
ムスビは慌ててナオに言葉を発した。
「そうですか。ありがとうございます。頼りにしております。」
「う、うん!」
ナオが向けた笑顔にムスビは何度も首を縦に振った。
「では。さっそくですが……過去神を呼びましょう。」
「ど、どうやって呼ぶんだ?ナオさん……。」
不安そうなムスビをちらりと見たナオは、一冊の歴史書を取り出した。
「……それは……?」
「これは時神の記述が書いてある歴史書です。この歴史書と私の歴史監視能力を使えば現代であるこの世界に過去を守る過去神を連れてくることができます。おそらくですが。」
「な、なんだかよくわかんないが……。」
「この歴史書と私の記憶との照合、それから歴史を結ぶムスビの能力で過去神の歴史を結び、この現代に出現させるのです。」
「悪い。もっとわかんなくなった。まあ、とにかく俺は何をすればいいんだよ?俺の能力を使うんでしょ?」
「ムスビは何もなさらなくて良いです。ここにいるだけで能力が出るでしょう。」
「は、はあ……。」
ナオの言葉にムスビはぽかんとしていたが、とりあえず返事だけはした。
ナオはムスビの返事を聞き流し、準備を始めた。準備といっても時神の過去神に関する歴史書を開いただけだ。
「では、行きます。」
ナオが目を閉じ、歴史書に向かい念じると、ナオの周りに突然風が吹き荒れ、巻物が出現した。巻物はなんだかわからない文字を浮かび上がらせながら、ナオの周りをまわっていた。
「ナオさん……なんだか召喚術みたいになっているけど……。」
ムスビは目を見開いてナオを凝視していた。巻物はナオを一周するとムスビの方に飛んできた。
「うえああっ!ナオさん!なんか巻物が飛んできたぞ!」
「大丈夫です。そのままでいてください。歴史書と私の記憶を照合し、ムスビの元で結んでもらうのです。」
「わけわかんないけど俺はこのままでいいんだよな!」
冷静なナオの声にムスビは目を閉じたまま叫んだ。
「はい。そのままでお願いいたします。」
ナオの声が聞こえたと同時に風が鳴りやみ、ムスビを回っていた巻物も光に包まれて消えてしまった。
「……っ!?」
ムスビが恐る恐る目を開けようとした刹那、小さくナオの悲鳴が聞こえた。
「きゃっ……。」
「ナオさん!」
ムスビは目を開け、ナオを見た。ナオは本がたくさん積まれている部分を見つめ、固まっていた。
「ナオさん?」
ムスビは慌ててナオのそばに駆け寄った。
「うえああっ!?」
高く積まれた本の壁と、その隣にある本の壁の間にわずかな隙間ができており、そこに男が倒れていた。男は茶色の長髪で髪が腰辺りまであった。
それよりなにより驚いたのがその男が素っ裸だった事だ。
ナオは頬を真っ赤にし、顔を手で覆っているが指の間からちらりちらりと目が覗いていた。
「変態だね……。こんなとこで素っ裸で寝ている奴は誰だよ!こんなやつ、さっきまでいたかい?」
ムスビはナオの照れている表情をかわいいと思いつつ、叫んだ。
「う……。」
茶髪の男が小さく呻いた。目を開いて顔だけをこちらに向ける。男は鋭い瞳を持つ、端正な顔立ちの青年だった。
「こ……ここはどこだ……。お前達は誰だ……?」
男は困惑した声でムスビとナオを見つめた。
「お前こそ誰だよ!素っ裸でこんなところで寝て……。」
「……ムスビ、落ち着いてください。この方は時神過去神であると思われます。」
「ええっ!?過去神って着物も着ずに裸なのかよ!」
「ち、違うと思います……。ムスビ……。」
なぜだか興奮しているムスビをナオが控えめに落ち着かせた。
「……俺はなぜ裸なんだ……?着物を着ていたはずなのだが……。髪紐もなくなってしまっている……。」
男はゆっくり起き上がると長い髪を触った。髪紐で一つに結んでいたらしい。
「たっ……立たないでください!」
男が立ち上がったのを見て、ナオは再び顔を手で覆う。
「す、すまん……。今着替える。」
男はナオの反応に頬を若干赤く染めると手を横に広げた。刹那、男が光に包まれた。すぐに光はなくなり、代わりに緑色の着流しに黒い袴を来た男が現れた。
腰に刀を差し、髪を総髪にしていた。
神々はそれぞれ霊的着物というものを持っている。その着物に着替えるには手を横に広げればいい。そうすれば勝手に着物が光となって体に巻き付いてくるのだ。
「お前、はじめからちゃんと霊的着物を着ていたのか?初めから裸だったのか?」
ムスビが訝しげに男を見ていた。
「なんだ?この失礼な男は……。裸で外を出歩く事などまずなかろう。そこの娘、不快なものを見せてしまったな……すまない。」
男がため息交じりにナオにあやまった。
「い、いえ……よくしまっているおきれいな体でした。ふ、不快なところなど何も……。」
「おーい……。ナオさーん……。」
真っ赤になりながら話すナオにムスビは呆れた顔を向けた。
「はっ!」
ナオは自分がトンチンカンな事を言っていると気が付き、手で口を覆った。
「で?お前は過去神なのかな?」
ナオが恥ずかしそうにしているのでムスビが代わりに質問をした。
「ああ。そうだ。俺は時神過去神、白金栄次だ。」
「じゃあ、過去から来ちゃったってわけだね……。」
「なんだ?ここは未来なのか?俺も突然の事でよくわからん。」
栄次と名乗った男とムスビがお互い首を傾げている中、少し落ち着いたナオが話に入ってきた。
「え、ええ。ここはあなたにとって未来です。私が時神過去神であるあなたをここに呼びました。まさか霊的着物まで剥がれてこちらに来るとは思わなかったのですが……色々と申し訳ありませんでした。」
ナオは冷汗をハンカチで拭いながら、動揺した顔を栄次に向けた。
「……あ、ああ。俺は別に……。ところで俺はなんでこの世界に呼ばれたんだ?お前達も神なのだろう?」
栄次も戸惑った顔でナオとムスビを見ていた。ナオは慌てて自己紹介をした。
「ええ。紹介がまだでございました。私は霊史直神、ナオでございます。そしてこちらの青い髪の男が暦結神、ムスビでございます。どちらも歴史神で神格はあまり高くありません。」
「ナオさーん……ムスビって紹介しないでほしいなあ……。」
ナオの言葉にムスビは頭を抱えてうなだれた。
「ナオにムスビか。俺を呼んだ理由とは何だ?俺は元の時代に戻れるのか?」
栄次が心配そうにナオとムスビに尋ねた。
「元の時代に戻る事は可能です。来ていただいた理由ですが、あなたの過去見を利用させてもらおうと思いましてお呼びいたしました。」
「過去見か……。正直、過去を見る事ができる自信はないぞ。」
「構いません。あと、図々しいお願いでございますが、私達の護衛をしていただこうかと……。」
ナオが控えめに栄次を見据え、様子を窺っていた。
「用心棒か?何をするのか知らんが……俺でよければ助けよう。」
栄次の即答でムスビは眉をひそめた。
「なあ、栄次だったかな?あんた、疑ったりとかしないの?なんでも信じちゃってさ……。」
「ああ。俺は長く存在しているからか、感情をある程度読めるようになってしまってな。嘘を言っている感じではないのでそう言ったのだ。……どうせやる事もないんでな。元の時代にまた戻れるのであれば俺はなんでもいい。」
「ふーん。そうか。感情が読めるって怖いな……。」
栄次の言葉にムスビは引け腰に会話をしていた。
「それではご協力していただけるのですね?色々と突然で申し訳ありません。」
ムスビを横目でちらりと見つつ、ナオは栄次に確認をとった。
「俺の力が必要だと言う歴史神の頼みを断る理由もない。することもないので協力しよう。」
栄次は一息つくと歴史書が連なる机をただ見つめていた。
「それではさっそく過去見を……。」
ナオがさっそく仕事にとりかかろうとした刹那、空気が歪んだような気がした。
「……っ!?」
ムスビも栄次も気が付き、辺りを見回したが歪んだように思えたのは一瞬だけであとはなんともなかった。
「なんだ……?今、全体的に何か歪まなかったかい?」
ムスビの不安げな声に栄次は眉をひそめた。
「うむ。時間が激しく歪んだな……。俺を呼んだことで起こった事なのか?」
「いえ。違います。私は時間が歪まない方法で、あなたをこちらに連れてきました。神々はこの世界にデータ化して生きています。ですので、私はそのデータの一部をこちらに持ってきただけで、あなた本神をこちらに連れてきたわけではありません。歴史が狂わないごく一部のデータしか持ってきていません。」
ナオが困惑した顔で焦りながら栄次に弁明した。
「よくわからんが……違うんだな……。とりあえず、時間を確認してくれ。」
「はい!」
栄次の険しい顔に怯えながらナオは近くにあった時計を見た。
時計は午後三時を回っていた。
「……三時……?もうすぐ七時だった記憶がありますが……。」
「ナオさーん!向こうの時計は十時になっているよ。」
固まったナオに追い打ちをかけるようにムスビが本屋の奥にかかっている壁掛け時計を見ながら叫んだ。
「な……時計が急に狂って……栄次……これはどういうことなのでしょう?」
困った挙句、ナオは栄次に助けを求めた。
「……俺にもわからん。俺にとって未来の世界という、ここの時間管理がよくわからん。とりあえず、外に出て他の時計を確認してみるのはどうだ?原因がわかるかもしれんぞ。」
「そ、そうですね……。ムスビ、今から外へ行きます。あなたはどういたしますか?」
ナオは栄次に頷くとムスビに目を向けた。
「え?俺?外に行くの?俺は別にいいけど。ナオさん、この時計、なんで狂ったんだ?時間が直せないんだけど……。」
ムスビは壁掛け時計の針を動かそうとするが、時計の針はまるで動かない。
「それを今から原因究明です。いままで狂った事のなかった時計が突然、狂ったのですから、壊れたとは考えにくいです。私達がおこなったこととはおそらく関係はありませんが、もし関係していたら大変ですから。」
「そうか。そんなら俺も行くわ。」
ナオとムスビと栄次はお互い頷きあうと木の扉を開き、外へと出ていった。




