ゆめみ時…最終話夜の来ないもの達最終話
しばらく時間が経った。寒い冬は完璧に終わりを告げ、今は桜が散り始めている少し蒸し暑い季節である。現にライは上着を脱ぎ、ボーダーのワンピース一枚で桜並木の有名な公園を歩いている。自分よりもはるかに高い木々を見上げながら落ちてくる花びらを眺め、ほほ笑んでいた。
太陽は真上にある。今は昼過ぎだ。
ちなみにセイは今、通常業務に取り組み、真面目に生活しているため、ライとは少し疎遠になっている。
「きれいな桜。散っている桜もいいわね。」
目を輝かせているライは軽い足取りで公園内の遊歩道から広場の方へと足を向けた。
今日はある神々との待ち合わせをこの広い公園内でしていた。桜並木の遊歩道を少しそれると子供達が遊んでいる広場に出る。この広い草原のような広場でライは立ち止まった。
「……サキ、どこにいるんだろう?」
ライがそこら辺でシートを広げてピクニックをしている人達を一人ひとり見つめながらサキという少女を探した。
「ああ!いたいた!ラーイ!こっちだよ!おーい!」
少し遠くの方でライを呼ぶ女の声がした。ライは声が聞こえた方に顔を向けた。視界の端で手を振っている黒髪の女が映った。女は深い青色のワンピースに白いレースがついているカーディガンを重ね着していた。シンプルにまとめているがとてもおしゃれな感じだった。
「ああ、いたいた!サキ、今行くよ。」
ライはサキがいる方向へと走って行った。サキは広めのシートを下に敷いて座っていた。
「久しぶりだね。ライ。はいはい。座って座って。」
ライはサキに促されるまま靴を脱ぎ、シートの空いている部分に腰を下ろした。
「いい席だね。ここ。桜がとってもきれいに見えるね。……ん?」
ライが桜に感動し、再びサキの方に目を向けた時、サキの隣にもう一人少女が座っていることに気が付いた。
サキの隣に座っている少女は茶髪を肩先までで切りそろえた髪形をしており、少し小柄な感じだった。ピンクのシャツに紅色のキュロットスカートを履いている。
「えっと……。」
「ああ、お初ね。私はアヤ。よろしくね。現世で時神現代神をやっているわ。」
アヤと名乗った茶髪の少女はライににこりとほほ笑み丁寧に答えた。
「時神さん!え、えっと……私は芸術神、絵括神ライです。で、こっちが太陽神の姫様の……輝照姫大神のサキ。」
ライは戸惑いながら自己紹介をすると今度はサキを紹介し始めた。
「知ってるわよ。彼女は友達だもの。ねえ?」
アヤはクスッと笑みをこぼし、サキを見つめた。
「ライはときたま天然だと思うよ。まったく面識がない神を公園のピクニックに誘うわけないじゃん。婚活パーティじゃあるまいし。」
サキはライの言動に大笑いをしていた。
「そ、そうだよね……。って、サキ、笑いすぎだってば!」
「あははは!ごめん。ごめん。アヤとライは面識なかったけどあたしは二人と知り合いだったのさ。この際、同じ年齢の神の友達を増やそうと思ってね。ライも色々あったみたいだし。ひとりで抱え込むのはなんだかなあってね。」
サキの言葉にライはドキっとした。ライはサキにいままで起きた事件をまったく話していなかったはずだ。
「い、色々って……?」
ライが動揺しながら平静を装う。
「隠しても無駄だよ。ここには時神アヤがいるんだからね。」
サキはライの肩を叩きながらアヤに「ね?」と目を向けた。
「まあ、私はあまり関係ないのだけれどこっちの世界の過去神栄次と未来神プラズマが弐の世界にいる更夜さんとスズさんとトケイが何かバタバタと動いていたらしいと聞いてね。あなたの名前が出たものだからお話を聞きたいなと思ったわけ。」
アヤはライにため息をつきつつ答えた。
「こ、更夜様とスズちゃんとトケイさんを知っているの?」
「知っているわよ。って、なに?更夜様って……。またなんで様付け……。」
「あはは!様とかライ、あんた面白いねぇ。」
アヤとサキはライの更夜様に反応をした。ライは顔を真っ赤にしながら下を向いた。
「ああ、ごめんなさい。サキ、笑いすぎ。……で、なんで知っているかよね?」
アヤは話を元に戻しつつ、サキの肩をパンっと叩いた。
「やっぱり……その時神さんのつながりとか……かな?」
ライは頬の熱を冷ましながら再びアヤに問いかけた。
「そうね。話すと長くなるのだけれどトケイを今の形にしたのは私なの。それで更夜さんと栄次は古くからの付き合いでプラズマはよくわかんないけど更夜さんとスズさんとトケイが住んでいる世界の主みたい。家とか花とか中にあるものは栄次が想像して作ったもの。あの時は大変だったわ。ちょっと前に起こった事件よ。……この話、更夜さんからされなかった?」
アヤは桜を眺めながら風呂敷包みを開く。中にはおいしそうなおにぎりが入っていた。
ライはおにぎりを眺めながら少し前の記憶を辿った。
……そういえば……スズちゃんに出会った初めの頃に何か言っていたような……。
ライはふと風呂に入ったことを思い出し、更夜に下着を見られたことが記憶として蘇り、顔を赤く染めた。
「え?何?今度はなんで顔赤くしているの?」
「な、なんでもないよ……。」
アヤは不思議そうにライを見ていたがライは両手で顔を覆い、首を横に振っているだけだった。
「ま、まあ、つまりね、そういうわけで私達時神も実は更夜さんやスズさん、トケイとかとつながりがあってね……色々と事件があったわけ。更夜さん達と関わった事件はけっこう危機だったのよ。過去神の栄次が弐の世界に入ってしまって……まあ、もう終わった事だけれど。」
アヤはふうとため息をついて水筒からコップにお茶を注いでそれぞれに配った。
「そ、そうなんだ……。その話も後で聞きたいな。」
ライはアヤからお茶を受け取ると一口飲んだ。ライの横でサキがおにぎりに手を伸ばしながら声を上げた。
「でさ、あたしはあたしで忙しかったわけよ。あんたんとこの姉貴がデッカイ事をしてくれちゃってさ。捕まえるのに苦労してさ……。結局、マイが持っていた笛がなんだったのかよくわかんないままマイはすがすがしい顔で捕まってねえ……。もうわけわかんないのなんのって……。」
サキはため息交じりにおにぎりを頬張った。
「そっか。お姉ちゃんらしいね。……サキ、迷惑かけてごめんね。ほんとごめんね!」
ライはいままであった事を話すわけにはいかなかった。マイが全力で守ったセイを罪神にしたくない。ここまで頑張ってくれた更夜、スズ、トケイ達に申し訳が立たない。
「あんたさー、なんか知ってんでしょ?ね?みー君が言ってたよ。マイとライは何かを隠しているって。」
サキの尋問にライは目を伏せた。
「ごめんね。サキ。それは言えないの。お姉ちゃんがやった事は許される行為じゃない事はわかっているよ。サキにケガも負わせた……私がお姉ちゃんの代わりになんでもするから許してください。本当にごめんなさい。お姉ちゃんはちゃんと罰していいから……鞭打ちでも火炙りでも封印でもなんでもいいから……どうかお姉ちゃんが守ったものには触れないで……お願い。お願いします!」
ライは苦しそうな表情でサキに頭を下げた。いくら知り合いだと言ってもサキの神格は破格だ。ライがサキに勝てる術はない。サキという友達も失いたくないし、マイが起こした事件の本当の事も知られたくない。ライはただ、頭を下げて懇願する事しかできなかった。
「ら、ライ……。いいよ。もうわかったよ。ごめんよ。もう聞かないからさ。やっぱり、マイは何かを守ってあんな非道な事をやったんだね。それがわかっただけでいいよ。ライ自身がこの件は解決したって思っているならもう詮索はしないでおく。マイに関してはみー君の部下だけどさ、みー君、紳士だからさ、マイに何にもできないみたいだし、もうこの件はお蔵入りかなーなんて思ってんだけどね。あたしは。」
サキは慌ててライの頭を上げさせた。ライは目に涙を浮かべながらこの優しい太陽神に心底感謝をした。
「本当にごめんね……。サキ……。」
「いい。いい。ただ、マイはこれから厳重に東のワイズに管理されることになると思うけど、それはもうしょうがないって思ってくれよ。」
「うん……ごめんね。サキ。」
サキは軽くほほ笑むと暗い顔をしているライにおにぎりを手渡した。
「それで……私達、これから友達よね?」
話の成り行きを見守っていたアヤはライとサキにそっと声をかけた。
「そうだね。」
「友達になってくれたら嬉しいな。」
サキとライはそれぞれアヤに正の答えを返した。
「じゃあ……今度、何かに困ったらすぐに三人に報告するっていうのはどうかしら?」
アヤの提案にサキとライは目を輝かせて頷いた。
「そうしよう!なんか友達って感じがするもんねぇ!知り合いじゃなくて友達!いいねえ!あたしは変わりもんだけど今後ともよろしく!」
サキはおにぎりを頬張りながら元気よくアヤとライに言葉を発した。
「じゃ、じゃあ、今度からはちゃんと報告するね。よろしく、アヤとサキ。」
ライは笑顔に戻り、アヤとサキを見据えた。
「そうね。よろしく。ライ、あなたとマイの事、言えるようになったら聞かせてちょうだいね。皆で今を楽しく生きましょう。私達の生はきっと長いから。」
アヤはライにそう言うと残ったおにぎりに手を伸ばし笑った。
「うん。」
ライもアヤにほほ笑んで答えるとサキと共におにぎりとお茶を頬張った。
桜の花びらが頬をかすめていく。暖かい日差しに抱かれ、ライは幸せとはこういうものなのかと思った。
そして更夜達もこのように楽しく生活していればいいなと思った。
神々も人も動物も皆、それぞれ心を持っている。悲しい事、負の感情の方が目立ち、渦巻きやすいかもしれない。
だが、その負の感情の裏側には必ず幸せだと感じる感情が存在している。
幸せだと感じる心はすぐに隠れてしまうが誰の心にでも必ずあるものだ。
それがたとえどんな運命でも。
ライは目を瞑り、今の幸せを胸いっぱいに吸い込んだ。
あれから数年の時が経った。
ノノカはタカトとショウゴの墓にそれぞれ参り、もう何度目かの手を合わせた。
……私、タカトの後を継いで有名な作詞兼作曲家になったよ。今回の作詞はショウゴの気持ちを書いてみたの。いろんな人が聞いてくれてる。それからね……私、子供ができたの。今、お腹に双子がいる。男の子ふたりだって。
……名前はもちろん……ねえ?
……また……会いに来るね。歌ができたら夢の中でまた聞いてね。
……タカト、ショウゴ……どうか私の世界で幸せに暮らしてください……。
ノノカはタカトとショウゴの墓がある墓地を眺め、深く頭を下げると涙を拭い去って行った。
未だに拭いきれない後悔があるがノノカは今を幸せに思っていた……。
ちなみに陸の世界のノノカはなぜか作詞家になっており、作曲家のタカト、ボーカルのショウゴと共にデビューを果たし、知らないものはいない有名なグループ、「おとくくり」という名で三人で楽しく歌を作っているという。




