ゆめみ時…最終話夜の来ないもの達16
あれから時間が経ったのか経っていないのかよくわからない。ここは弐の世界。
半蔵と才蔵は風の便りで聞く限りではまだこちらの世界に来ていないようだった。
彼らがどうなったのか、まだKの世界にいるのか……それはもうわからない。
別段、気にする感じでもなく更夜はぼんやりとこたつに入り温まっていた。
更夜が入り込んでいる大きなこたつにはミカンの籠が乗っている。ここは更夜達の家の一室であった。
「さて。こたつでミカンにするか。なんて意味わかんねぇよな。俺の妄想に付き合ってもらってすまねぇな。」
逢夜が目の前にあるこたつに滑り込み、楽しそうに笑っていた。
電気はないがここは弐の世界、どういう仕組みかはわからないがなぜか温かかった。
更夜、逢夜、千夜、憐夜、スズ、トケイはこたつを囲み、とりあえずミカンに手を伸ばした。
「このミカンはなかなかうまいな。そしてなぜか今、とても寒いのだが……。」
千夜はミカンを食べながら障子戸の外へと目を向けた。わずかに開いている障子戸からちらちらと雪が降っているのが見えた。
「……ええっ!いままで雪なんて降ったことなかったのに!」
スズは降ってくる雪を見、驚きの声を上げた。
「まあ、ここは弐の世界だからな。何が起きても不思議ではない。」
更夜は別に驚く風もなく淡々と答えた。
「あ、あの……それよりも……Kの使いになったら私達は何をすればいいのでしょうか?」
憐夜は雪よりもそっちが心配だった。
「まあ、別になんもしなくていいんだろうな。手伝ってくれって頼まれたら手伝えばいいぜ。ほら、ミカン。」
逢夜は憐夜の心配を吹き飛ばすような笑顔でミカンを憐夜に手渡した。
「ありがとうございます。」
憐夜は遠慮がちにミカンを受け取り食べる。
「おいしい!」
「だろ?Kの事は忘れろ、忘れろ。後で調べに行こうぜ。」
憐夜の輝かしい笑顔に逢夜は自然と憐夜の頭を撫でられた。
「こうやって皆でこたつ囲むのもいいね。僕も楽しくなってきたよ。」
憐夜の横に座っていたトケイは無表情だったが声が乗っていた。トケイの向かいに座っているスズがミカンを食べながら元気に声を発した。
「ねえ、憐夜、雪だるま作ろっか!」
「え?雪だるま?楽しそう!いいよ!スズちゃん。」
スズが立ち上がり、憐夜も紅潮した頬のまま元気よく立ち上がった。
「お、おいおい……。」
更夜が戸惑った声を上げているとトケイも勢いよく立ち上がった。
「うん!僕もやる!おっきいの作ろうよ!」
「あ、あのな……お前達……まだこたつを囲んで数分しかたっていないからもう少しこたつで……。」
更夜が三人をなだめるが三人はもうやる気満々だった。
「おいおい。外寒いぜ。」
逢夜も三人を止めるがこの次に発せられた千夜の言葉で重い腰をあげる事となった。
「手袋と長靴は玄関に置いておいたぞ。」
「お姉様いつの間に!」
「みなでかっこいいのを作ろうじゃないか。」
この千夜の一言で憐夜、スズ、トケイの心に火をつけ、更夜も逢夜もため息をつきながら立ち上がった。
「よし。じゃあリアルなダルマ作ろう!僕頑張るよ。」
「えー、かわいいのがいい。動物の耳つけよーよ。」
「私はトケイさんとスズに任せるわ。」
トケイ、スズ、憐夜が楽しそうに会話をしながら歩き出した。
「お兄様!お姉様!早くお外へ行きましょう!」
憐夜は更夜と逢夜と千夜を生き生きとした表情で見つめるとスズとトケイに連れられて玄関へと走って行った。
「っち、しかたねぇな。おい、憐夜、滑って転ぶなよ。スズ!ちゃんと手袋しろ!トケイ!上着を羽織れ!上着を!畜生、さみぃ!」
逢夜はふてくされたような声で楽しそうな三人に叫んだが顔はとても幸せそうだった。
「……更夜、すまない。これから我が兄弟がお世話になる。」
最後に残った千夜が更夜にそっと頭を下げた。
「お姉様、お顔を上げてください。私は構いませぬ。スズもトケイも楽しそうにしております。私は満足です。」
更夜は千夜にしっかりと答えた。千夜は優しくほほ笑んだ。
「私達はこれからKの使いとなった。やる事もあり、仕事もあるだろう。私は今を楽しもうと思う。ああ、そうだ。お前のところは居酒屋だったな。私もそこそこ料理が上手いんだ。使っていただけたら光栄だな。店長。」
千夜はいたずらっぽい笑みを更夜に向けた。更夜は千夜のこんな表情は初めて見たのでとても戸惑っていた。
「い、いえ……そんなたいそうなものではございませぬ。もし、手伝っていただけるならお願いしたいと思います。」
更夜はかろうじて言葉を返した。千夜はその反応を見て面白かったのかクスクスと笑うと「お前も早く来い。皆が待っているぞ。」と言い、小走りに玄関へと向かった。
更夜は一人和室に残された。外ではスズ達が楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。それに被せて何やら指示を出している逢夜の声も聞こえた。
……これが幸せか……。
更夜は一人そんなことを思った。
食べかけのミカンを口に含み、誰にともなくつぶやいた。
「……雪を降らせてくれてありがとうな。それから、住人が増えた。俺の兄弟だ。よろしく頼む。」
更夜が誰にともなくつぶやいた直後に男の声がすぐに頭に響いてきた。
……構わん。幸せに暮らせ。俺は現世からお前達の世界を守っているぞ。
「すまんな。壱の世界の時神過去神……栄次。」
更夜は声の主を栄次と呼んだ。その栄次の他にもう一人、違う男の声が頭に響いてきた。
……まあ、これは俺の世界だけどなあ。栄次のアレンジが強すぎて俺の世界かどうかもうわかんなくなっちゃっているが。まあ、いいや。
「壱の世界の時神未来神、プラズマか。すまないな。また疲れて眠った時に来るといい。きっとその時は今よりも良いもてなしができるだろう。」
ささやいた更夜に現世にいる時神未来神、プラズマと時神過去神、栄次は同時に笑い声を漏らし、消えていった。
……さて。
……春が来るまでこの美しい夢を見させていただくとするか。
更夜は一人、優しくほほ笑むと白く輝いている玄関に向かい歩き出した。
何物にも染まっていない真っ白な雪が太陽に照らされてきらきらと輝いていた。
夜を生きていた更夜にはそれはとてもまぶしかったが、なぜかとても心地が良かった。
これからこの幸せに色をつけていくのだと思えば寒さもまぶしさも特に気にならなかった。更夜は生きているうちに感じる事ができなかった高揚感を胸に手袋と長靴を履き、真っ白な世界へと飛び出していった。




