ゆめみ時…最終話夜の来ないもの達15
そんな天記神を置いてライとセイは壱(現世)の世界の図書館へと戻ってきていた。一般の壱の神々が唯一行ける弐の世界が天記神の図書館だ。
天記神の図書館は壱の世界の人間が使用する図書館とつながっている。しかし、人間は入れない。
霊的空間に入れる神々だけが天記神の図書館へと行く事ができるのだ。そもそも人間に霊的空間は見えないので入ることなど元々できない。壁の裏側など神々にしか見えない空間になっているのだ。
今、ライ達は天記神の図書館から現世の図書館へと帰ってきたので説明とは逆になる。
ライ達が立っている場所はどこかの図書館の霊的空間の中だ。
「セイちゃん。行こう!」
「はい。」
セイはライに従い、誰も歩いていない廊下を歩き始めた。少し歩くと急にがやがやした空間に出た。
「ここからは人間がいる図書館のようね。」
ライは辺りを見回すと再び歩き出した。セイも後を追う。
目の前で紙芝居の会と名乗っている大人達が子供に紙芝居の読み聞かせをやっているが誰もライ達に気が付くものはいない。ライ達が出てきた霊的空間はライ達には廊下と本棚が続いているように見えるが人間達には壁に見えているようだった。
そしてライ達は例外を除いて人間の目に映らない神なので元々人に気が付かれない。
そのまま何事もなくライとセイは図書館を出た。
外は暖かいのか寒いのかよくわからなかった。
「……あれ?今、何月だろう?」
「わかりませんが……三月が四月くらいではないですか?」
「ええっ!あれから時間まったく過ぎていないの!?」
セイの発言にライは声を上げて驚いた。弐の世界にかなりの時間いたような気がする。
「……弐の世界は不確定要素が強い世界のようです。時間感覚も入り込んだ世界によって違うので壱(現世)に住む神々は弐に行くと狂ってしまうのはわかるかもしれませんね。そもそも弐の世界は霊魂の世界。もう不変なのでしょう。世界によっては壱に戻ってきた時に半端なく時間が進んでいる場合もあるかもしれませんね。」
セイは少し迷いながらライに言葉を発した。
「そ、そうなのかな……。」
ライも戸惑っていると目の前にひときわ大きなカラスが飛んできた。
「……て、天様!」
セイがカラスを見て叫んだ。
「セイ。なぜ弐から出てきたか。お前はもはや、弐の世界で生活するしか居場所はないのであるぞ。」
カラスは突然、男になり天狗のような姿へと変わった。
「そ、それは……。」
セイが返答に困っていたのでライが真剣な表情で口を開いた。
「天さん。私は絵括神ライです。セイの姉です。私は何も言わないですけど見つかったらそれでいいと思っているの。マイお姉ちゃんははっきり言えば勝手にセイちゃんの罪を隠しただけ。お姉ちゃんが勝手にやった事なんだからお姉ちゃんに従う事もないと思うの。」
ライの発言に天は複雑な表情を浮かべた。
「それではマイがやった事が無駄になるではないか。これでも導きの神としてだいぶん見逃した方なのである。マイがやった事も本来なら許される行為ではないのであるぞ。笛はマイが取り返した事を忘れるでない。」
「……笛に関してはわかっているわ。だから私はこの罪の件を高天原には報告しない。だけど、何かの拍子でバレてしまった時は包み隠さず全部話すつもりでいるわ。」
「……。それはお前が決める事ではないであろうが。セイが決める事であるからして。」
天はセイを心配そうに見つめた。
「天様。私はもう間違いを犯しません。もう一度、この世界で音括神セイとしての業務をやりたいんです。罪滅ぼしではないんですが少しでも内に秘めたひらめきを外に出せたらいいなと今は思います。もし業務に戻り、高天原に真相が知れてしまって罪に問われたら私はそれに従います。でもそれまではマイお姉様のご厚意に甘えてできるかぎりの業務を行っていきたいと思っています。」
セイは天の様子を窺いながら言葉を紡いだ。
「はあ……。そうであるか……。そうしたらばワタシも罪をかぶらなければならないのであるな。見逃した罪を。」
「あ……。」
ライとセイは同時に声を漏らした。
「気づいていなかったのであるか?ワタシが罪に問われる事を。これだからこの姉妹は……。まあ良いのである。見つかったらワタシも罪を被ってやろう。」
「天さん……。」
「天様……。」
天の言葉にライとセイが同時に声を上げ、目を潤ませた。
「今回は色々と複雑なのである。よく考えて行動されよ。見つかったら罪を被ってやるつもりだがなるべく見つかりたくないものである。ワタシは後はお前たちに任せる。」
天はため息をつくとそのままカラスに戻り、空へと飛んで行ってしまった。
「……私、何も考えないであんな偉そうに言っちゃったよ。セイちゃん。」
ライは茫然とカラスが飛んでいった方角を見据えていた。
「やはり私は違う方向で罪を償っていくことにします。見つかってしまったら私だけ悪者になるように言って罰を受けます。」
「セイちゃん。私も罪を被るから!皆同罪でしょ。」
「お姉様は関係ありません。私だけ罰を受けます。それでいいのです。」
「じゃ、じゃあ私はやっぱり全力でセイちゃんの事がばれないように動くよ。」
セイとライも感情が入り交じり、単純に高天原に罪の公言ができなくなっていた。
このまま今の状態で均衡が保たれればいいとライは切実に思った。
「……まだ見つかっていないしさ、見つかったら何とかしよう?」
「……はい。」
セイも答えが見つからずにライに返答した。
「とりあえず、一回お姉ちゃんに会いに行こう!」
ライがセイの手を取った。
「はい。」
セイもライをまっすぐに見据え答えた。
そしてすぐに神々の使い、鶴を呼んだ。鶴はすぐに来た。
「よよい。お待たせ。……ん?絵括神ライに音括神セイかい。ずいぶん久方ぶりのような気がするよい。何してたか知らんけどな。」
鶴は人型をとっておらず、鶴のままで言葉を発した。男の鶴のようだ。その他に五羽ほどの鶴が待機しており大きな駕籠を引いている。
ライ達はその駕籠に乗り込んだ。駕籠は三人乗りで窓がついており、その窓にカーテンがかかっている。不思議な造りである。
「高天原まで行ってくれるかな?」
「はいはい。」
駕籠の外で鶴が緊張感のない声で答えた。鶴は特に色々と詮索をしてこなかった。そのまま素直に空に舞い、ライ達の乗った駕籠を引き、高天原へと飛んだ。
しばらく空を飛んだ後、高天原入場ゲートの前で鶴と別れ、身分証明と認証を終えてライとセイは高天原東へと入った。
「今度はちゃんとお姉ちゃんに会うよ!」
「今度はってお姉様、マイお姉様に一度会いにいらしたのですか?」
ライの独り言を聞き、セイは首を傾げながら尋ねた。
「うん。あの時はね……天御柱神……みー君に追い出されてね……。」
ライは肩をすくめると動く歩道の上に乗った。高天原東は人間の技術よりも少し先を行っている所である。
辺りは近未来的なビルが並び、道路はすべて勝手に動く。この高天原も霊的空間、特に電気などもない。東の頭である思兼神ワイズが想像し創り出した世界である。高天原も神も皆、霊的ものであり人に作られた者達である。
壱(現世)に住む人間達からすればこれは幻の世界であった。
「みー君には会いたくないけどたぶん、会うと思う……。でも今回はお姉ちゃんに会わせてもらう!」
「はい。私も会って言いたい言葉があるんです。」
ライとセイは会話をしながら迫ってくる城を見上げた。ワイズの居城は金閣寺を悪い意味で進化させたような城である。金の壁に金の屋根、目が眩しく、太陽の照り返しが強い。
ライとセイはその異様な城の前まで来るとなぜかついている自動ドアから中へと入って行った。
いつしかの時のようにライはまた誰かとぶつかった。
「ごめんなさい!」
「うわっと。すまんな。……ってまたお前かよ。」
ライがあやまってから顔を上げると目の前に不機嫌そうな顔で男が立っていた。橙の髪に青い着物、鋭い目、なんだかよくわからない鬼のお面。
高身長の男は見た目、少し怖い。
「みー君!また会っちゃった……。」
「会っちゃったって……俺に会いたくなかったのかよ。あ、別に変な意味じゃねぇぞ。お前がそんなに残念そうな顔でいるから気分が悪いだけだ。」
みー君はため息交じりにライを見た後、隣にいるセイに目を向けた。セイはライの影に隠れ、少し怯えていた。
「ん?お前はライの妹のセイじゃないか。いままでどこに行ってたんだ?」
みー君に問われセイは震えながらライの影に隠れた。
「えっと……その……。」
「……ま、いいか。セイ、そんなに怯える事はないぜ。俺は別に何もしないからな。怒ってもいないし。」
みー君はセイを落ち着かせようと優しく声をかけた。
「みー君は紳士だもんね。」
「そういう事だ。」
ライの言葉にみー君は大きく頷いた。
その後、めったに帰ってこないライとセイが何をしにここに来たのか思い出したようにみー君は尋ねた。
「で?お前ら、何しに来たんだ?ただ帰ってきただけか?」
「違う。違う。マイお姉ちゃんに会いに来たんだよ。」
「またマイか。いいがマイは重大犯罪神だ。会話などすべて記録させてもらうぞ。これは前にも言ったよな?」
「いいよ!」
みー君がため息交じりに確認をとった刹那、ライは会話に被せるように元気よく言い放った。
「そ、そうか。このあいだと態度がずいぶんちげぇな。……俺が同席して会話の記録をさせてもらうのが条件でなら会わせてやるよ。」
「うん。お願いします。」
ライははっきり言うとセイを見た。セイも控えめに小さく頷いていた。
「わかった。ついて来い。」
みー君はワイズの城内部の一階ロビーから地下牢へと続く隠し階段を開いた。ロビーの端の方で床を蹴ったら床の一部が横にずれて階段が現れた。
「ちょっと待ってろ。」
みー君はそう言うと目の前に浮かび上がるアンドロイド画面にパスコードを入力し、神力の提示をした。
「や、やっぱりそのままじゃ入れないんだ。」
「当たり前だろ。神力の提示にパスコード、おまけに結界が四層にもなって連なっている。お前達には強すぎる結界なんで消滅したくなかったら俺に掴まっている事だな。」
みー君の一言にライとセイは顔を青くし、急いでみー君にしがみついた。
「そ、そんなにくっつくんじゃねぇ!腕を掴むとかでいいんだよ!」
みー君に抱き着くようにくっついていたライとセイは慌てて腕を掴んだ。みー君の頬に赤みが差していた。みー君は女性に関してはとてもウブである。
頭を抱えたみー君はセイとライを連れて地下牢の階段を降り始めた。
みー君にくっついて歩いている限りだと何ともない。しかし、この階段には四つの強い結界がかけられているようなのでライとセイは警戒をしていた。
階段を降りきると廊下を挟んで沢山の牢部屋が並んでいた。牢の中には神はいなかった。
薄暗いのかと思っていたが意外に明るかった。
「あ、あの……みー君……。ここって誰も捕まっていないの?」
ライが控えめにみー君を見上げ恐る恐る聞いた。
「ああ。ほとんど使ってねぇな。ここは。そんなでかい騒ぎを起こす奴なんてめったにいないからな。」
みー君は軽く笑うとある一つの牢屋の前で立ち止まった。
「ここだぜ。おい、マイ。面会だ。」
みー君が牢の中にいる白い着物の女に声をかけた。牢の内部は畳の部屋が広がっており、端の方に布団がたたまれていた。
「これはこれは天御柱様。残念ながら今起きたばかりなのだ……。拷問もお仕置きも後にしてくれ。」
「お前は本当に変態かマゾか……。一度もそんな事、やったことねぇだろうが。」
「ははは。あなたはからかえばからかうほど面白い。」
マイはみー君の方を向くとクスクスと笑った。
「っち、調子狂うぜ。それより面会だ!面会!」
みー君が顔を曇らせながらライとセイを牢屋越しに突き出した。
「ライとセイか。ふむ。……偶然か必然か夢であなた達が出てきたぞ。」
マイはライとセイの顔を見るなり柔和にほほ笑んだ。
「うん。お姉ちゃん、一言だけ言いに来たの。セイちゃんと。」
「はい。」
ライとセイはお互い顔を見合わせるとマイに向き直り、一呼吸おいてから同時に声を上げた。
「ありがとうございました!」
ライとセイは一言だけ大きな声で言い、後は頭を下げていた。
「はははは!なるほどな。顔を上げろ。お前達の気持ちはよくわかった。」
マイはライとセイの一言を聞き、愉快そうに笑っていた。
弐の世界でつながっていたマイ、ライ、セイはこの一言だけで通じた。
説明する必要はない。マイには十分すぎるほどライ達の気持ちが届いていた。
記録をとってもこれではなんだかわからない。誰にもわからない。三神だけの秘密だった。
「……なんだ?」
訝し気な顔をしている者はみー君だけであった。
「すっきりした。じゃあ、行こうかセイちゃん。」
「はい。」
ライとセイはお互いほほ笑むとみー君を見上げた。
「な、なんだよ?もういいのか?」
「もういいよ。」
「はい。」
戸惑うみー君にライとセイは大きく頷いた。
セイを救ってくれてありがとう、笛を取り返してくれてありがとう……色々な意味を含む感謝の気持ちだった。
みー君にはこのありがとうの一言を発した意味がわからない。みー君はなんだかわからずにマイを見ていたがマイはくすくすと笑っているだけだった。
仕方なくみー君は歩き出し、ライとセイが続いて歩き出した。他にマイに何か言葉をかけるわけでもなく、颯爽とマイの前から消えていった。
一人取り残されたマイはフフっと不気味に笑うと
……本当に手のかかる……。
と一言つぶやき、二度寝をするつもりなのか布団を再び引き始めた。




