ゆめみ時…最終話夜の来ないもの達7
「お姉ちゃん!」
「ん?ライにセイ……それから……誰だ?」
マイは首を傾げると不思議そうに問いかけた。
「俺達はライとセイに関係のある者だ。」
「そうか。」
更夜の返答にマイは素直に受け入れた。どうやらマイは壱(現世)で眠っているようだ。マイにとっては夢の中の事なのでおかしく思わなかったのだろう。
「あの、お姉様、ここに平敦盛さんって方が来ませんでした?」
「……平家物語の有名どころか?ああ、それならさっきそれっぽい男が……。」
セイの質問にマイが答えようとした途中で着物を着た若い男が先程ライ達がいた草原の方に突然現れた。男はこの場所に戸惑い、きょろきょろと辺りを見回している。見知らぬ場所に迷っている感じだった。
「ほら、あれだ。」
マイはライ達に後ろを見るように顎を動かした。
ライ達は動揺しているように見える男を遠目からよく見た。セイが持っている笛と同じような笛を持っている。
「あ!敦盛さん!」
セイが男を見てそう叫んだ。
「あれがそうか。」
更夜がライ達を見回してから走り出した。ライ達も更夜に続いた。
「敦盛さっ……」
「……女の気配がする……。ここに玉織姫が……。」
セイが敦盛に叫んで呼び止めようとした刹那、敦盛は一言小さくつぶやくと突然消えた。
「えっ……!」
ライ達は咄嗟に足を止めた。
「消えたぞ。」
更夜が突然消えてしまった敦盛を素早く探したが見つからなかった。
「……ん?」
スズが先程まで敦盛がいた場所で何かを発見した。
「どうしたの?スズ。」
スズにトケイが近づき、それに気が付いたライ達もスズがいる場所へとやってきた。
「……ここ……なんだか空間が違うような感じがするの。」
スズは目の前を指差してつぶやいた。よく見るといままで続いていた草原の草が円形に一本一本が曲がっている。それは人が一人分くらい入れる隙間だけであった。
「ふむ。確かにな。この辺が違和感だ。」
更夜は自分の身長と同じくらいの高さから曲がっている草辺りまでを指でなぞった。
「ここ、空間が歪んでいるよ。敦盛って人、この歪んだ空間に入っちゃったかもしれないね。」
トケイが恐る恐る歪んだ部分を眺めた。
「ああ……ここから先はKの……世界だよ~ん……。まずいなあ。」
ふとさふぁが顔色を悪くしながらトケイの前に出てきて小さくつぶやいた。
「ええ!Kの世界!?」
さふぁの何気ない発言にライとスズとトケイは同時に声を上げた。
「うん~……。困ったね~ん……。」
さふぁがため息をついた時、後ろから迫る二つの気配に更夜がいち早く気が付いた。
更夜は素早く刀を抜き、居合斬りを放った。
「更夜様!?」
ライが突然の更夜の抜刀に驚いてよろけ、トケイに支えられた。
「大丈夫?ライ。」
「う、うん……。」
ライは怯えた顔で更夜が見据えている方向に目を向けた。更夜が見据えている先で才蔵と半蔵が音もなく現れた。
「才蔵さんと半蔵さん……。」
セイが困惑しながら声を発した。
「ちっ。失敗しましたかい。」
半蔵がクナイを手に潜ませたまま、にやりと笑った。
「そこからKの世界につながっているようですね。……入らせてもらいたいのですが……やはり邪魔をするのですか。」
才蔵は無表情のまま更夜を睨みつけた。
「ついてきていたのは知っていた。どこまで様子を見ているかと思えば、やはりKに関することが出て来てからか。」
更夜は静かに表情を消し、冷たく沈むような目つきに変わった。これが以前から持っていた更夜のもう一つの顔である。冷徹でまるで感情が読めない。
「おっ?やっとビジネスモードになりましたかい?」
半蔵が愉快そうに更夜を見て笑う。
「はわ……はわわわわ~ん。」
さふぁがビクビクと怯えだし震えながらライの影に隠れた。どうやら忍達が出す殺気にこの上ない恐怖を抱いたらしい。
「あんた……本当は怖がりなの?」
スズに問われ、さふぁはライにすがりながら首を上下に大きく振っていた。
「スズちゃん……私もあの更夜様は怖いよ……。」
「ライ……そりゃあわたしもちょっと怖いけど……。」
ライも怯えていたがスズも更夜を怖がっていた。
「さて、その空間がなくならない内に入らせてもらいますよ。」
才蔵が一言発した刹那、才蔵と半蔵が同時に地を蹴り、姿を消した。
「きゃあ!」
消したと思ったら唐突にライの近くで風が巻き上がった。気が付くと目の前に更夜が立っていた。
「こ……更夜さ……」
ライが更夜の名前を呼ぼうとしたらもうすでにライの前には更夜はいなかった。どうやら才蔵がライの方に近づいたのを更夜が防いだらしい。
「速い……。僕には何も見えないよ。」
トケイがライ達を守るように立ち、更夜と才蔵と半蔵がいる位置を探す。完全に目が遅れていた。風が巻き上がった所を目で追う事で精いっぱいだ。
「トケイ!ライ!セイ!避けて!」
スズが突然、ライ達に叫んだ。ライ達は反応ができず、その場で目を見開いていただけだった。それを見たスズが慌ててライ達を突き飛ばした。
「……っ!?」
ライ達が立っていた場所に複数のクナイが刺さっていた。
「また来る!」
スズはよろけて体制が整っていないライとセイとトケイを再び押した。
ライのすれすれにクナイが飛んでいく。ライが体制を大きく崩し、後ろにいたトケイとセイにぶつかった。
「……っ!」
ライ達は声を発することもできず、体制を立て直すこともできなかった。
「あっ!」
スズが小さく叫んだ刹那、ライとトケイとセイは空間の歪みの中に体をとられ、そのまま吸い込まれていった。
「スズちゃん!」
ライが空間に落ちながらスズの名前を呼んだ。
「ライ!」
まずいと感じたスズはライ達を追い、一緒に空間に入り込み助けようと試みたが歪みの重力に捉われてしまいそのまま吸い込まれてしまった。
「……くっ。」
スズはライとかろうじて手を繋げたがライをこの歪みの外へ出すことができない。おまけにもうライの姿は見えず、手先だけ見える状態だった。声も聞こえない。
「やばい!な、なにこれ……体が固まったみたい……。う、動けない……。引っ張られるっ!」
スズは必死で重力に逆らったが体が完全に歪みに捉われてしまい、そのまま消えていった。
「す……スズ……、トケイ……ライ……セイ……。」
更夜はわずかに動揺の色を見せたがとにかく今は才蔵と半蔵をあの歪みの中に入れないように戦う事を最優先にすることにした。
「あ~ん。Kの世界に入ってしまったわ~ん……。私は独断でここまで動いちゃったから後ろめたくてもうKに会いにいけないし~。とりあえず……敦盛って男を見つけてもらって~ん、あとはKがなんとかしてくれるよね~ん……。」
さふぁは怯えながらこそこそとマイがいる家の方へ避難し、戦闘をそっと見守っていた。
「なんだ?ずいぶんと騒がしいな。」
ふとさふぁの前にマイが現れた。
「び、びっくりさせないでよ~ん……。」
「あなたはKの使いか?」
「え?元だけどさ~ん。なんで知っているのさ~ん。」
マイの発言にさふぁは動揺の色をみせた。
「弐の世界であなたを見たような気がするんでな。そうか。元だったか。」
「う、うん……そうだけどさ~ん。どうしてもKのお手伝いをしたくてね~ん。」
さふぁの言葉にマイはケラケラと笑い出した。
「フフフ……。まったくいけない子だ。あなたは元Kの使いなはずだ。あそこの人形達もそれぞれ計算して動いているはず。あなたが勝手な事をしてしまうとあっちも困るのではないかな?
あなたはハムスターなんだろう?ハムスターは人間の子供の心を掴むのは早いが自身は単独行動をする生き物。あなたは他人の事を考える事が苦手なのだろう?その行為がKの迷惑になっていることに気が付いていない。」
「め、迷惑~?そっかあ……。迷惑だったのかな~ん。ま、いいか~ん。」
さふぁは大して気にもせずため息をついて腕を組んだ。
「やれやれ……これだからハムスターは……。まあ、K達はそんなあなたも軽く許してしまうのだろうがな。」
マイは再び笑みを向けた。
「ていうかさ~ん、なんでKについて詳しそうなの~ん?」
さふぁは不思議そうにマイに問いかけた。
「よくわからないが私の心の世界によくあのような歪みが現れる事があるんだ。それで詮索はしていないのだが勝手に情報が耳に入ってきてな……。……もしかすると私は人形を扱うのでそれでよくリンクしてしまうのかもしれないな。」
「ふーん。よくわかんないね~ん。」
聞いておいて興味なさそうな返事をさふぁがしてきたのでマイもそこで話を終わりにしておいた。
更夜と半蔵と才蔵の姿は全く見えない。だがクナイや飛び道具があちらこちらに散らばっている。どういう身体能力をしているかわからないが目に映らない速さで動いているようだ。
もしくは何か忍術を使っているのか。
さふぁには何にも見えなかったのでマイの横でとりあえず大人しくしておいた。




