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ゆめみ時…最終話夜の来ないもの達5

 逢夜と千夜はわずかに発した更夜の声で素早く現れた。すぐに現れた逢夜と千夜にスズは驚きと怯えの色を見せた。


 「ええっ……。今ので聞こえたの?……地獄耳。」

 「お嬢ちゃん、こんなもんだぜ。」

 逢夜は驚いているスズを嘲笑し、更夜に目線を向ける。


 「いままでの会話はすべて聞いているぜ。しかし、神ってすげーなあ。見つけるのがはえーのなんのって。で?どーすんだよ。」

 逢夜の問いかけに更夜は考えた計画を静かに話し始めた。


 「はい。私が考えた事でありますが場所の特定ができるセイを運ぶトケイ、セイの姉であるライ、そして私とスズとでとりあえず敦盛を追います。


そこのネズミも連れていきます。もし、才蔵と半蔵が襲ってくるならば敦盛に接近する組を狙ってくるでしょう。


それを含めて考えますと憐夜はこの世界に置いておかねばならずその憐夜を守るのは手負いのお兄様とお姉様、という形が一番良いかと思われます。憐夜はKの事について少し知っているようなので才蔵と半蔵が襲ってくる可能性があります。


我々の組と分散させれば憐夜よりも我々を尾行しに来る方が確率的には高いと踏みました。」


 更夜の言葉に千夜は深く頷いた。


 「ふむ。確かに何かが起きた時、手負いの私と逢夜では足を引っ張りかねないな。襲ってくる確率が少ない形で憐夜を守っている方が安全かもしれん。憐夜にとってもな。」


 「ただし、憐夜が嫌がるかもしれねぇぜ……。」

 逢夜はトケイにすがるように身を寄せている憐夜を一瞥し、ため息をついた。


 「すまないが憐夜……、すぐに戻るからお兄様とお姉様とも仲良くしてみなさい。大丈夫だ。お兄様もお姉様も昔とは違う。」


 「お兄様……。」

 憐夜は不安げな顔で更夜を見つめていた。


 憐夜があまりにも怯えた表情をしているのでトケイも見かねて憐夜に一言言った。


 「憐夜ちゃん。僕が戻ってきたらおいしいお菓子作ってあげるよ。だから、それを楽しみにここで待っていてほしいんだ。」

 「トケイさん……。」

 憐夜はトケイをそっと仰いだ。


 「本当は一緒にいてあげたいんだけど、話を聞く限り、危険が及ぶかもしれないし、何より僕は現世にいる神の……えっとライとセイをセイが導く世界に連れて行かないといけない。だから……たぶんちょっとの間だけ憐夜ちゃんにはここで待っててほしんだ。」


 トケイの言葉に憐夜は目を潤ませ、下を向いた。


 「……俺達と仲良くしてくれるのは無理か?憐夜……。」

 逢夜が憐夜の様子を見、切なげにつぶやいた。


 「……逢夜お兄様……私はお兄様を許せません……。す、少しでも近づいたら……た、戦います……。」

 憐夜は懐から小刀を出すと震えながら剣先を逢夜に向けた。


 「憐夜……やめなよ!危ないよ……。」


 トケイが慌てて憐夜のそばに駆け寄る。憐夜の顔は恐怖で埋め尽くされていた。目の前にいる敵を殺す目をしているが憐夜自身が相手に怯えていた。


 「わ、私は……お兄様に沢山傷つけられた……。だ、だからっ……。」


 「だから俺を殺したいのか?だったら俺ァ、お前に殺されてもいいぜ。ただし、ここは霊魂の世界だ。俺は何回殺されれば完全に消滅するのかわかんないぜ。」

 逢夜はやや強引に憐夜の方に歩き出した。


 「来ないで!来ないでください!来ないでよォ!」

 色々な事が憐夜の頭を駆け巡り、絞り出すような声で憐夜は逢夜に叫んだ。


 しかし、逢夜は立ち止まらず、ゆっくり憐夜に近づいていく。


 「いやっ!やめて!来ないで!トケイさん!助けて!あの人を殺して!今すぐに……お願い!」


 憐夜は恐怖心とその場から逃げたい一心で自分の兄、逢夜に酷い言葉をかけた。


 「憐夜ちゃん、僕はそんな事できないよ。あの人、すごく悲しい顔してるんだもん……。辛そうに見える。」


 トケイはこちらにゆっくりと近づいてくる逢夜を見、せつなげに声を発した。


 「いや……いやだァ……。」

 憐夜はすがるようにトケイに抱き着いた。トケイは震えている憐夜をそっと抱きしめると小刀を奪い取った。


 「これは危ないからここに置いておくね。」

 トケイは憐夜の頭をそっと撫でると小刀を横に置いた。


 逢夜は憐夜のそばまでもうすでに来ており、トケイにすがっている憐夜の前にしゃがみこんだ。


 憐夜は怖くて逢夜の顔を見る事ができず、トケイの胸に顔をうずめて泣いていた。


 「……憐夜……。俺は何もしない。お前にその刀で刺されようが何もしないぜ。今、その小刀で俺を殺してもいい。俺はもう後悔しないからな。」


 逢夜の言葉に千夜、更夜、ライ、スズは息を飲んだ。逢夜と憐夜の会話には誰一人割り込む者はいなかった。ただ、一同は憐夜のその先の行動を見守っているだけだった。


 「……できません……。できるわけ……ないじゃないですか。」

 しばらく間が空き、憐夜が小さく声を上げた。


 「……そうだ。お前は優しい子だ。俺はもう……お前の判断に任せる事でしかお前に許してもらえない。だからお前は俺を許さなくてもいい。でもな……俺はお前に許してもらいたいんだ。あ、あのな……こ、こたつでミカンとか……その……家族で寒い冬とかにな……こたつで暖まりながらミカンを食ったりするのが俺の夢なんだ。」


 逢夜は憐夜の行動に怯えながら声を発する。それはどこからどう見ても男忍だとは思えなかった。


 「……。」


 「そ、それでな……今日は雪が沢山降ってるなあとか笑いながら会話して……そんでお前が俺達と雪だるま作りたいとか心底楽しそうに笑っているんだ。……それで……。」

 逢夜の目から知らずと涙がこぼれていた。


 こういう会話を何度も夢に見た。これはただの逢夜の妄想でしかなかった。逢夜の夢でしかなかった。これは生前の逢夜もずっと夢に見ていた事だった。だが生前の逢夜は夢の中だけにとどめようと心を殺していた。


 「それでな……俺も更夜も……雪だるまなんて作らねぇよ、寒いし、面倒だしなあ、とか言って拒否するんだ。だけどな、お前がむくれていじけるから俺達はお前をなだめて盛り上げるんだ。


 そこでお姉様がどうせやるなら大きな雪だるまを作ろうかとかそんなことを言って結局、皆で外に出て俺は文句を言いながら雪だるまを作るんだ……。


 それでな、その後、皆で温かいしるこをこたつを囲んで食うんだよ。雪だるまの話で盛り上がりながらな……。意外に楽しかったぜとか言いながら……これが俺の夢だ。俺の叶わなかった夢だ……。初めからなかったものは……築き上げられない。……恥ずかしい妄想だろ? 笑ってくれてもいいぜ。」


 逢夜は乱暴に涙を拭うと目を伏せた。


 「……お兄様……。」

 憐夜は弱々しい逢夜を見てどう反応をしたらいいのかわからなくなった。


 「もう……俺は壊れちまった。」


 逢夜は憐夜の頭をそっと撫でようとしたが怯えている憐夜の数センチで手が止まった。

 逢夜の中で憐夜を殺してしまったときの事が鮮明に情景として浮かぶ。


 ……俺が憐夜を殺した……。俺が妹を……。


 「うっ……。」

 逢夜は手を引っ込めると脂汗をかきながら口に手を当てた。顔色は蒼白だ。


 「逢夜、どうした? 大丈夫か?」

 見かねた千夜が逢夜のそばまで寄り、背中をさすってやっていた。


 「だ、大丈夫です。申し訳ありません。お姉様。私が歩み寄らねば一向に溝は埋められませぬ……故。」


 憐夜に触れる事は逢夜にとっての最大のトラウマだった。温かさがなくなっていく憐夜が自分を憎しみと切なさを含んだ目で見つめる。


 冷たくなってから初めて頭を撫でてやれたあの日を忘れるわけはない。


 逢夜の心にある引っ掛かりと陰りは負のエネルギーになり、この世界を渦巻いていた。逢夜が抱えたものはこの後悔というエネルギーが消化できずに渦巻く弐の世界に色濃く残っていた。


 一番この兄弟で臆病なのは逢夜なのかもしれなかった。


 「……ダメだ……俺は弱い。憐夜、お前は俺を怖がっているみてぇだがな、俺はたぶん、兄弟の中で一番弱いぜ。自分でもわかってた。


 俺は……甲賀望月家の中で一番弱いとな。……お姉様のようにお父様に逆らう事もできなけりゃあ、更夜のようにお前を逃がしてやる度胸もない……。お前のように死を覚悟で逃げる勇気もねぇ……。俺はお前や更夜が思っているほど強くない。」


 逢夜は弱々しい瞳で憐夜をそして更夜を見つめる。更夜が何か言おうとしたが逢夜に手で止められた。


 「いいんだ。更夜。お前はいつも俺の肩を持ってくれる。……俺は本当は怯え症のなさけねぇ男なんだぜ。憐夜に許してもらいたくて勇気を出して近づいても怖気づいてここから近づけない……。ほんとダセェ男だぜ。俺は。……もうどうしたらいいかわかんねぇ。」


 逢夜の情けない声で憐夜は怯えているのは自分だけではない事に気が付いた。兄も一人の人間だったのだ。いくら心を殺していても心には自分の本質が残る。


 どれだけ消そうと思ってもそれは消せない。


 憐夜は気が付いた。自分よりも兄、姉の方が自分に怯えているのだと。


 ふと逢夜の手を見た。逢夜の手は震えていた。額には汗が滲み、明らかに自分に怯えている。


 「……ごめんなさい。お兄様。」

 憐夜は自然と逢夜にあやまっていた。あやまってしまった理由はわからない。


 「憐夜があやまる事は何もないぜ。むしろ……あやまるのは俺の方だった。」

 逢夜の苦しそうな顔を見、憐夜は勇気を振り絞ってトケイから離れた。


 「れ、憐夜ちゃん……?」


 憐夜はトケイが発した戸惑いの声を聞き流しつつ、震える手を逢夜に向けて伸ばした。


 憐夜は荒くなる息を抑え、逢夜の背中に腕を回した。逢夜がびくっと肩を震わせた。


 「……もう一度……お兄様を信じてみます……。」

 逢夜に背中から小刀で刺されたあの時と同じ状態だった。


 「憐夜……。」

 あの時の空気、匂い、情景が二人をかすめる。


 「俺も……勇気をださないといけねぇよな。」


 逢夜は大きく息を吸い込み吐き出すと憐夜の頭を震える手でそっと撫でた。

 憐夜の頬を涙がつたった。許せなかった兄を簡単に許してしまっている自分がいた。


 憐夜の頭を撫でる逢夜の手はとても優しく、そして温かかった。


 ……逢夜お兄様はもしかすると私が考えているのとだいぶん違うのかもしれない。


 憐夜の心に不思議な感情が沸いた。


 逢夜の腕に抱かれながらふと顔を上げると千夜が映った。千夜は憐夜と逢夜を見、優しくほほ笑んでいた。千夜の瞳にも憐夜に対する怯えのようなものが映っていた。


 「……あの……これから私と遊んでくれたりとか……優しくしてくれますか?」

 憐夜が誰にともなく小さくつぶやいた。


 その独り言のような言葉に逢夜も千夜もすぐに答えた。


 「ああ、好きなだけこれから遊んでやるよ。これでもかってくれぇに優しくしてやる。」

 「そうだな。それこそ、逢夜が言ったようなこたつでミカン食べて……をやってもいい。」

 二人の言葉を聞いた憐夜は自分が人であることを思い出した。


 ……私は道具じゃない……。人間……。私は死んでからやっと……人間としての幸せを掴んだのね。これが夢物語でもいい……。この夢がずっと終わらなければいい……。


 「……こたつでミカンは私もやりましょう。」

 更夜も自然な笑みで千夜に答えていた。


 「わたしもこたつでミカンさんせー。」

 「じゃあ、すべて終わったらここにこたつ置こうね!」


 スズとトケイも話に乱入してきてにぎやかになった。憐夜は人同士の優しさとつながりの深さをスズやトケイを見て感じた。


 ライはそんな憐夜を眺め、やはり自分に似ているかもしれないと思った。


 「それでさ~ん……平敦盛って人の事なんだけどさ~ん……。」


 会話が切れたところで若干ふてくされているさふぁが話を元に戻した。自分をそっちのけて勝手に盛り上がっている霊達の事が気に入らなかったらしい。

 さふぁは彼らの過去を知らないため、当然と言えば当然の反応だった。


 「あ、ああ、すまん。では、更夜の策でいこう。」

 千夜が不機嫌なさふぁをなだめ、さっさと動き出した。


 「もう……お話はよろしいのですか?」

 さふぁの横にいたセイが遠慮がちに更夜の兄弟達を見つめていた。事の成り行きをいままで黙って見守ってくれていたようだった。


 「あ、ええっと……わりぃな。すまねえ。もう大丈夫だ。憐夜、俺達と一緒にもういられるよな?」

 逢夜が慌てて雰囲気を元に戻すと憐夜に問いかけた。


 「は、はい。」

 憐夜はふとトケイの顔を見てから小さく頷いた。


 トケイは憐夜に大きく頷くと静かに立ち上がった。


 「じゃあ、行く?」

 「ずいぶん唐突だわね……。」

 トケイの問いかけにスズはため息交じりに答えた。


 「憐夜さん、本当に平気?」

 ライの問いかけに憐夜は再び小さく頷いた。


 「大丈夫です。ライさんは今、やれることをやってください。私は大丈夫ですから。」


 憐夜の反応が更夜とそっくりだったので、ライは本当に兄妹よく似ているなと思った。


 「更夜、さっさと行け。」

 千夜が更夜を一瞥すると厳しい顔つきで言った。


 「はい。……では行くか。」

 更夜の声かけでスズ、トケイ、ライ、セイ、さふぁは障子戸を開けて外へと出て行った。


 ライは一瞬だけ後ろを振り返った。憐夜が不安そうな顔でライを見ているのが映ったがどこか嬉しさを含んでいる顔つきだったので、もう大丈夫だとライは思った。


 そしてそのまま振り返らずに静かに障子戸を閉めた。

 

 


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