ゆめみ時…4夜は動かぬもの達12
陸の世界。セイは自室のベッドで目を覚ました。夢見神社のセイの部屋である。
人間が神社の扉を開けただけでは御神体があるだけだが神がその扉を開けると霊的空間が開き、生活感丸出しの部屋になる。御神体は霊的空間を出すためのカギに近い。つまり、神々からすれば家の鍵のようなものだ。
「……。」
セイはゆっくりとベッドから起き上がる。姉であるマイ、ライは家に帰ってきていないようだった。
「夢を……見た……。お姉様が必死で私に……。」
セイは霊的空間から神社の社外へ出た。なんとなく、タカトとショウゴとノノカの関係が不安になった。セイは三人を確認しに行く事にした。
「……お姉様がタカトにもショウゴにもノノカにも……関わるなって……言っていましたけど……。夢の中だったので……何かのお告げでしょうか。」
セイは神社の階段を下り、少し考えた。
「……見るだけならいいのでしょうか。」
セイは考えて見つからないように確認しに行く事にした。
まず、タカトを見に行くことにした。タカトの家に向かっている最中、のんびり歩いているタカトを発見した。セイは素早く隠れ、タカトを観察した。タカトは別に変ったところはなかったがどこかへ向かうようだった。
セイもタカトの後を追い、隠れながらついていった。
タカトは登山道に続く公園に入って行った。その公園内にショウゴの姿があった。
「ショウゴとタカト……。」
セイはこっそり近くまで寄ると木の陰に隠れ会話を聞くことにした。
「ショウゴ、いきなり呼び出して悪かったな。」
タカトはショウゴに一言そう言った。
「今日は暇だからいいよ。」
ショウゴはそっけなくタカトに言い放った。
二人は重々しい雰囲気の中、山を登り始める。セイはなんだかこの会話をどこかで聞いたような気がしていた。気になったセイは二人に見つからないように後をつけ始めた。
「ショウゴ、ごめんな。喧嘩の仲裁に入ってくれたのに俺、カッとなっててさ。」
タカトは素直にショウゴにあやまった。
「ああ……。別に。」
ショウゴはどこか投げやりな態度で頷いた。
「こうやってこの山に登るのも……久しぶりだな。」
タカトはぼそりとつぶやく。それを聞きながらショウゴは質問を投げかけた。
「なあ、タカトはノノカにあやまったのか?」
「……あやまってない。あれはノノカが悪い。」
「……。」
タカトの発言でショウゴは少し止まった。昨日の夢の事が頭をよぎる。
……私の事を信じないで。タカトを信じてあげて……。
泣きながら叫んでいたノノカの顔。ショウゴはただの夢で終わらせられないでいた。
ここでショウゴが押しとどまった事により、歯車は違った噛み合い方を始める。
そんな会話を聞きながらセイはある一つの未来が頭をよぎった。壱の世界のセイの記憶かもしれなかった。
この登山道でタカトを突き落とすショウゴ。タカトを殺してしまいおかしくなるショウゴ。そして最後にショウゴは……。
「だ……ダメっ。この道を登ったらっ……。」
セイは声をかけようとして止まった。
……もう関わってはいけない……。
その言葉が頭をまわる。
「……どうしよう……。」
セイは目に涙を浮かべ必死の顔で二人の背中を見つめた。
その時、夢の中でライが言っていた言葉を思い出した。
……こちらの世界の私を頼って……。
「お姉様……。」
セイは踵を返すとライの元へと走り出した。そんなセイをよそに二人は黙々と山を登る。
「ちょっと、大人が行くような登山道に行ってみようか。」
タカトは分かれ道の真ん中に立つと少し険しそうな緑地の方を指差してショウゴに微笑んだ。子供達はこの分かれ道の先には行かない。ここから先は大人が登山を楽しむための道になっているからだ。
「別にいいよ。」
ショウゴはまた投げやりな返事をするとタカトに続き、険しい山道に足を運んだ。
二人は何も話さずに黙々と山を登った。
ショウゴは隣を歩くタカトを信じ、少し違った質問をした。
「なあ、ノノカの事……なんだけどさ……。」
「ん?」
タカトは山を登りながらショウゴに目を向ける。
「どこまでが本当なんだよ。」
「……どこまでって?」
「僕、お前がそんなことをするやつじゃないって思っているんだけど。ノノカに曲作らせてさ、ノノカを奴隷みたいに扱ってさ……みたいな話。」
ショウゴの言葉にタカトは顔を曇らせた。
「ノノカはお前にそんなことを言っていたのか。俺はノノカにそんな事、した事ない。ノノカの事、俺好きなんだぞ。なんでそんな事しなきゃなんないんだよ。ショウゴまで俺をそんな風に見るのかよ。
なんでノノカがそんなことを言ったのか俺、わかんないんだよ。あいつ、俺と付き合うの無理してんのかな……。」
タカトは苦しそうな声でショウゴにつぶやいた。ショウゴはそれを見て、タカトの本心に気が付いた。
……ノノカが嘘をついているんだ……。タカトは不器用な奴だ。ノノカの事、わかっていないだけだ。
「タカト……。」
ショウゴはタカトに目を向け、はっきりと言った。
「お前、ノノカの事、何にもわかってない。」
「……?」
「ノノカはお前が構ってくれないのが不満なだけだ。お前が曲作りに没頭しすぎてんだよ。ノノカはな、お前の事が本当に好きなんだよ。僕なんかじゃ見向きもされなかった。僕はただ、ノノカの憂さ晴らしに使われただけだ。」
ショウゴはこぶしを握り締め、うつむいた。
「ショウゴ……。」
「だから……お前はちゃんとノノカと向き合え!確かに僕が入り込む隙なんてなかったよ。僕もノノカの嘘に踊らされる所だった。」
「ショウゴ……ごめんな。」
タカトはつらそうなショウゴを見ながらそうつぶやいた。
「あやまんな。惨めに感じるからさ。」
タカトとショウゴは登山道を登りながらそんな会話をした。
しばらく歩いた。お昼なのに登山客はいない。森のざわめきと鳥の鳴き声のみが二人の耳をかすめていく。もうずいぶんと高い位置に来たはずだ。
気がつくと隣は深い谷のようになっていて、下の方に小さい川が流れていた。かなり高い。そろそろ山頂かと思いながら山を登っているとタカトが急に声を上げた。
「何?」
ショウゴは突然声を上げたタカトに呆れた顔を向けた。タカトは崖の下をしきりに見ている。
ショウゴがタカトの見ている方向を向くと崖下の手の届くところにスマホが落ちていた。木の枝にひっかかっている。タカトがスマホを取り出そうとした時、手が滑ったかなんかで崖下にスマホを落としてしまったらしい。
「スマホをポケットから取ろうとしたら落とした。木の枝に引っかかって下に落ちなかったから取れそうだ。」
タカトは恐る恐るしゃがむと崖下に手を伸ばした。タカトは今にも崖から落ちてしまいそうだった。
「おいおい。危ないよ。」
「大丈夫。もうちょっとで届くからさ。」
ショウゴは冷や冷やしながらタカトを見つめていた。
「うっ!」
もう少しでスマホに手が届くというところでタカトがバランスを崩した。
「馬鹿っ!」
ショウゴは慌てて半分落ちかけたタカトの手を握る。
「はあ……はあ……危ない。危なかった……。」
ショウゴはタカトを元の場所まで引っ張り、二人はその場でしりもちをついた。
「お前、死ぬ気かよ!馬鹿野郎。落ちたらこれ……死ぬぞ。」
ショウゴが叫んだ時、ショウゴの頭にある映像が流れた。
憎しみに支配されタカトを突き落としている自分。谷底で血を流して倒れているタカト。
殺してやったと震えている自分。何もなくなってしまった自分。
「うう……うう……。」
なぜだかわからないがショウゴの目に涙が溢れた。
「ショウゴ?ごめん。大丈夫か?あ、ありがとう……。」
タカトはショウゴが泣いているのを動揺した表情で見つめていた。
「大丈夫なわけないだろ。ふざけんじゃねぇよ。」
「ご、ごめん。」
ショウゴはなぜだか涙が止まらなかった。谷底ではタカトのスマホが割れた状態で落ちていた。
しばらく山頂の風景を眺めていた二人は山を下り始めた。二人は黙々と何も話さずに山を下り、登山道付近の公園まで戻ってきた。
その公園で楽しそうに遊ぶ子供達を眺めながら二人は疲れた足を休めるため、近くのベンチに座った。
「昔はああやってなーんも考えずによく遊んでたよな。」
タカトはぼうっと砂場で遊ぶ子供を見つめた。
「そうだな。今は考える事が多すぎるんだよな。昔はノノカともああやって遊んでたけど今じゃそんなの無理だしな。僕、あいつを気軽に誘えないよ。」
ショウゴの言葉にタカトは複雑な表情を向けた。
「……。俺からは何も言えないけど……。俺はお前とノノカが二人で遊んでてもショウゴだから許すよ。ちょっとは嫉妬するかもしれないけどな。」
「馬鹿だな。お前は鈍感すぎるんだよ。僕がノノカと二人で遊んでお前が何も言わなければノノカはなんて思う?自分の事なんてどうでもいいのかって思わないか?」
「ショウゴは考えすぎているような気がする。」
「そうかな。」
タカトとショウゴはしばらくぼんやりとしながらベンチに座っていた。
二人の運命はショウゴとタカトの和解で別の方向へと進んだ。




