ゆめみ時…4夜は動かぬもの達6
「さっ……サスケさんとマゴロクさん。」
ライは戸惑いながら二人を見つめた。その後ろで更夜が不機嫌そうに二人を睨みつけていた。
「セイとトケイが襲ってきたのだが前もっての連絡などはなかったのか?」
「ん?えー、たしか俺のにゃんこをこちらに向かわせたんだが……いないかい?セカイにこのことを伝えるようにって言っといたんだが。」
更夜の言葉にマゴロクは首をかしげた。
「来ていないぞ。」
「あ、あの……。」
更夜がマゴロクに鋭く声を発した時、更夜の腰あたりから消え入りそうな憐夜の声がした。
「ん?どうした?憐夜。」
「あの……私先程、猫ちゃんを見ました。あの時、セカイともう一人のお人形さんが話をしていたので向こうへ行ってた方がいいよって遠くへ行かせました。」
「……。」
憐夜の言葉を聞いた更夜は頭を抱え黙り込んだ。
「ああ、つまり、うちのにゃんこがあんたのところの妹に危険を伝えたようだ。ふむ、にゃんこはあんたんとこの妹が伝言をセカイに伝えてくれると思ったようだね。」
マゴロクは楽観的に笑った。
「憐夜にはただの野生の猫に見えたわけだな。」
「蛇のがよかったかもって思ったんだけど、あんた以外女の子なのに蛇を送るのもなあと思ってね。ほら、女の子って爬虫類苦手な子多いだろう。」
「……わかった、もういい。」
マゴロクを冷ややかに見つめた更夜は大きなため息をついた。
「あ、あの……お兄様……ごめんなさい。」
憐夜はまた怯えた表情に戻ると更夜を震えながら見上げていた。
「仕方ない。お前は忍ではないからな。」
更夜はそう言うと憐夜の頭をそっと撫でた。憐夜は叩かれると思ったようで目を強くつぶっていたがゆっくりと目を開け、不思議そうに更夜を見ていた。
「なんだか知らないけど、あんたんとこの妹、ずいぶんあんたに怯えてんな。」
「まあ、色々あってな……。憐夜、俺は怒っていない。」
更夜はマゴロクにそっけなく言うと憐夜の方を向き、そっとささやいた。
「あァ、あんたらのそういう話はいィ。マゴロク、ワシらも加勢だァ。」
「ああ、そうだな。」
サスケがトケイとセイの元へ向かったのでマゴロクも頷き、その場から消えるようにいなくなった。
消えていなくなったと思っていたマゴロクがトケイの後ろに現れ、影縫いをかけるがトケイの動きが速すぎて失敗に終わった。
「まったく、何やってんだィ。」
サスケはセイの近くに寄ったトケイをクナイで誘導し、遠ざけた。
「悪いな。俺はあんたら化け物とは違って諜報の方が得意なんだ。」
「そうかィ。」
ライが出現させた更夜五人とサスケとマゴロクはうまく連携をし、トケイとセイを離した。
セイは変わらずに笛を吹き続けている。耳障りな音と破壊が絶えず繰り返されていた。マゴロクやサスケのような忍は耳が良いので地獄のように辛い戦いだった。
だがマゴロクもサスケも顔に出すことはなかった。
二人が攻防戦を繰り返している中、スズとライはセカイを気にしていた。
「……まだかな……。マゴロクさんもサスケさんもきっと辛いよね……。私はまだ我慢できる。」
「うーん……耳の良い忍には辛いね……。これは……。わたしも耳が壊れそうだよ。平然と立っている更夜もかなり辛いはず。」
スズはすぐ後ろにいる更夜をちらりと視界に入れた。更夜の雰囲気はいつもとまったく変わっていなかった。
「今、何秒過ぎたかわかんないけど……セカイはまだなわけ?」
「私はここにいる。」
ぼやいたスズの目の前でセカイがこちらを見上げていた。
「うっ……。あんたね、いつからあの結界から出てきたの?小さくてわかんなかったよ。」
「先程。準備はできた。今、私の力を使って門を開いている。後はノノカさんを連れたチヨメさんを待つのみ。
ノノカさんが来たら、更夜さん、スズさん、ライさんはノノカさんと一緒に陸へ行ってもらう。弐の世界をつなぐ役目としてライさん。弐の世界の時間管理をする役目として弐の世界の時神さん達、スズさんと更夜さんに行ってもらう。」
スズの問いかけにセカイは淡々と答えた。
「わたしと更夜も行くのね……。」
「せ、セカイさん。セイちゃんとトケイさんを遠くに飛ばしてほしいの。」
ライもセカイに気が付き、慌てて声を上げた。
「……現在、陸を開いている最中。私は力をそちらに使っているため、プログラムのアクセスはビジー状態。そろそろチヨメさんとノノカさんが来るのでそれまで持ちこたえてほしい。」
「えー……いつでも飛ばしてくれんじゃないの?」
セカイの返答にスズが文句をたれた。
「もうすぐで現れる。」
セカイがスズにそう発した刹那、更夜達のすぐ後ろにノノカを連れたチヨメが現れた。
「うわっ……。」
スズとライはびくっと肩を震わせて驚いたが更夜は呆れた声を上げた。
「チヨメ……あなたは背後からいつも突然来るな。……迷惑だ。」
「ごめんあそばせ。ノノカちゃんを無事この世界まで運べましたよ。ここはノノカちゃんのお姉さんの世界のようですのでけっこう簡単に入れましたことよ。」
チヨメは一安心した顔で更夜に流し目を送った。
「だからその目……やめてくれ。……ところで……そのノノカという小娘は生きているんだろう?こちらに戻ってくる時間制限とかそういうのはないのか。」
チヨメから目を離した更夜はセカイに目を向けた。
「調整はしておいた。陸の人物も壱の人物も弐を使って一定時間だけ夢にした。おそらく正夢という形になる。
弐の世界の肆(未来)でシミュレーションをし、現実にもう一度同じことが起こるという仕組みだ。
つまり、ノノカさんが行くのは完全な陸ではなく、陸の世界の中の弐の世界であり、その弐の世界の内の肆の世界である。」
セカイの説明を聞いたスズとライはぽかんとした表情になった。
「複雑すぎてわかんないんだけど。」
「つまり、陸の世界ではあなた達が関与することが夢と分類されるという事。
あなた達がこれから起こるルートを示し、陸の人間達が目を覚ました時に違う道へ誘えるようにすればいい。
あなた達が行く、陸の世界の弐で、その弐の世界の肆(未来)の世界とは正夢の世界。正夢で選ばせた選択を目を覚ました時にもう一度やってもらえれば壱の世界と同じ結末にはならないはず。
だがそれも陸の世界の人間次第。同じ結末を歩まぬよう、努力してほしい。」
ライ達はセカイの説明を聞いて、成功しない事もあるのではないかという疑問が生まれていた。
「セカイさんがやろうとしている事は私のお姉ちゃん、マイの能力と同じだわ。お姉ちゃんも弐の世界の肆の世界(未来)を出せて壱の世界の人の未来をシミュレーションする事ができるの。セカイさん達もそれに似ているの?」
ライの質問にセカイはこくんと一つ頷いた。
「……昔は人間の運命を決めるのに芸術神、語括神達が弐の肆(未来)を開きシミュレーションをしてその人にとって一番良い未来にしていた。マイもその一神だった。
あれは元々、我々人形の能力でマイ達も人形を使ってシミュレーションをしていた。だから、同じといえば同じかもしれない。
だが今は高天原の神々や地上で生活している神々が規定を変え、人の運命はいじらないようにしようと決まったよう。
人間達が『神が運命を動かしてくれる』という想像をしなくなったのもやめた原因の一つ。神々の干渉も人の願いも神々が自由に行い、人間達がそれを想像し決める故、常に変動している。
それに私達は関係しない。神々と人間達が創る世界を私達は見守っているだけ。……とりあえず、早く陸の弐へ行ってほしい。」
淡々と言葉を発したセカイはライが作った結界の中に入るように指示をした。
「あ、あの……セカイさん。成功しないこともあるの?」
ライが不安げにセカイを見据えた。
「それはあなた達と陸の世界の人間次第。」
セカイは感情を表に出さずにそっけなく言葉を発した。
「そんな……。」
少し顔色が悪くなっているライを眺めながら更夜はセカイに心配事を話した。
「俺達も行くとの事だが……憐夜を一人にしておけない。」
「あなたの心もよくわかる。だが心配はいらない。憐夜さんは私が守る。あなたが信頼していないあの忍達の心も私は読める。だからあなたが守りたいと願う感情の方向に憐夜さんを守ってあげる。」
セカイは一言そういうと憐夜の肩にぴょんと飛び乗った。
更夜は複雑な表情をしながらも
「……わかった。頼む。」
とセカイに憐夜を預けた。
「……私を信頼できないようだがノノカさんの手助けはしっかりと行ってほしい。私も全力で憐夜さんを守るから。」
セカイが発した追加の一言で更夜はセカイを少し信頼する事にした。
「では。目の前にある空間の歪みに飛び込んでほしい。」
セカイは先程ロクが映っていた空間を指差し、頷いた。
更夜とスズとライはふと後ろにいたノノカに目を向けた。ノノカは弱々しい目で戸惑っていた。
「ノノカちゃん。陸のあなたの未来とあなた自身の打開策のために頑張ってらっしゃい。」
「え?ちょっと!」
チヨメが優しい笑顔でノノカの背中を強く押した。バランスを崩したノノカはそのまま歪んだ空間に体ごと持っていかれた。
「チヨメ……私、どうすればいいのか全然わかんない!」
ノノカのこの一言を最後にノノカは完全に歪みの中へと消えていった。
「さて。更夜、ライ、スズ、ノノカちゃんをよろしくお願いしますね。憐夜ちゃんは私も守ってさしあげますわよ。あの何するかわからない男忍達からね。」
「……。」
チヨメを更夜は鋭く睨んだ。
「大丈夫ですわ。同じ甲賀望月ですから今回はしっかり守りますわ。」
「今回はな……。信頼はしていないがよろしく頼むと言っておこう。」
「堅苦しいお方。」
チヨメがくすくすと笑うのを横目で見ながら更夜はさっさと歪みに飛び込んでいった。
「更夜、思い切りよくない?」
「わ、私もちょっとこの歪んだところに入るの怖いよ……。スズちゃん。」
「あー、もう。ライ、しっかりしてね。行くよ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!スズちゃん!」
ライがもじもじとしているのでスズはため息をつくとライの手を力強く掴み、そのまま勢いよく歪みに飛び込んでいった。
「こういうのは思い切りが大事なの!」
「ううう……。」
スズとライの姿も声も歪みに吸い込まれすぐに消えてなくなった。




