ゆめみ時…4夜は動かぬもの達3
一方、静かな夜の世界、ノノカの姉の世界にいるライ達は去っていった女忍、チヨメを待っていた。
辺りは相変わらず静かで目の前にそびえる西洋風の城がどこか不気味に見えた。
以前この世界でライの妹である音括神セイの笛を奪い合ったことがあった。
初めに入り込んだ時からライはここの世界が気に入っている。着彩された木や月、城が美しいからだ。
「そういえば、チヨメがノノカを連れてくるって言ってたけど……連れてこれるの?彼女、生きているでしょ。」
世界を眺めぼんやりしていたライに突然声がかかった。
「え?」
ライはすぐ横で自身の服を引っ張っている少女に目を向けた。少女は光のない瞳でライを見ていた。
「ライ、聞いてた?チヨメがノノカを連れてくるって言ってたけど彼女、生きてるよね。」
「あ、そういえばそうだね。スズちゃん。でも、ここはノノカさんのお姉さんの世界だし、たぶん、大丈夫なんじゃないかな?」
ライは話しかけてきた少女、スズになるべく笑顔で答えた。
「それよりもセカイ、陸の世界とはどうやって出すんだ?」
ライとスズのさらに隣にいる銀髪蒼眼の男、更夜はちょこんと立っている人形、セカイに目を向けた。セカイは手の平に乗るくらいの大きさしかなかった。
とんがり帽子に茶色の髪、赤いスカートを履いている少女だ。彼女はKと呼ばれる者の使いらしい。
「すべての世界が少し歪むかもしれない。でも人の心のエネルギーがあれば弐から陸を開くことは可能。陸の世界のKの使いを媒体にエネルギーを流し込んで開く。今は陸にいるKの使いに通信中。」
セカイと呼ばれた少女は淡々と言葉を紡いだ。
「ごめん。何言ってんだかサッパリわかんない。」
スズがやれやれと首を振った。
「わからなければみていればいい。あなた達に説明する理由はない。」
「冷たいね……。」
そっけなく言い放ったセカイにライも肩を落とした。
それからしばらくまた静寂が包んだ。その静寂を破ったのは更夜の影に隠れていた銀髪の少女だった。
「あ、あの……お兄様……。」
「どうした?憐夜。」
弱々しく声を上げた少女に更夜はなるべく優しく声をかけた。
少女、憐夜は更夜の妹である。異端望月家の教育を受けた憐夜は暴力と服従で身も心も壊され、霊魂の世界である弐の世界をさまよっていた。
今は一応、更夜には心を開いてきているようだった。
「あの……大変申し上げにくいのですが……。その……。」
憐夜はもじもじとうつむきながら小さくつぶやいた。
「どうした?俺にできる事か?とりあえず、まずは言ってみなさい。」
更夜は憐夜の頭を優しくなでながら静かに言葉を紡いだ。
「や、やっぱり大丈夫です……。じ、自分でなんとかしますから……。」
「いいから言ってみなさい。独りでなんでもやろうと思わなくていい。」
憐夜は教育によって兄、姉を極端に恐れていた。
逆らえば無慈悲な懲罰を受ける、言われたことができなければ酷い仕置きが行われる……。
憐夜はそうやって身体を傷つけられ、心に深い傷を負った。
その傷と兄妹の溝はいまだ埋まる事はなく、憐夜にとって更夜は怖い存在だった。
憐夜が青い顔をして立っているのでスズが憐夜の肩をポンと叩いて落ち着かせた。
「憐夜、大丈夫だよ!更夜に言ってごらんよ。」
スズの一押しのおかげか憐夜は震える声で言葉を発し始めた。
「あ、あの……っ。ここにいたらなんだかお腹がすいてきてしまって……その……。」
「腹が減ったのか?ああ、ここは食べ物をうまそうに描くマンガ家の世界だからな。腹が減るのも無理はないか。」
更夜が憐夜の方に体を向けた時、憐夜はびくっと震えて更夜と距離を少しとった。
「ご、ごめんなさい。やっぱり自分でなんとかしますから許してください!」
憐夜は震えながら目に涙を浮かべる。更夜は無理に憐夜には近づかず、そのままの状態で優しく声をかけた。
「何をあやまっている。飯が食いたいんだろう?俺が作ってやる。この待ち時間にやることもないしな。」
更夜はどこか嬉しそうな表情でつぶやいた。そんな更夜を横目で見ながらライは一つの疑問を口にした。
「あ、あの……更夜様?お料理の道具とか材料がないんですけど……。」
「問題はない。ここは人間が描く夢の世界。なんだってできる。それにここは料理漫画の世界だ。道具などはこのように簡単に出る。」
更夜はライと会話をしながら手から調理器具を出してみせた。ついでに食材も勝手に出てきていた。
この食材も調理器具も人間の想像物だ。霊は基本、食事をしない。
だが、ホログラムのように想像で食べ物を出し、食事をすることもできる。つまり、弐の世界では生き物を食べるということはない。想像物を食べるだけだ。
「ふむ。卵とケチャップと米……油……にんじん……。オムライスにするか。」
「オムライスって更夜様……オムライスを知っているのですか?」
ライは更夜の発言に驚き、目を丸くした。更夜は戦国の忍だ。ある程度洋風な食べ物は知っているようだがまさかオムライスを知っているとは思わなかった。
「ああ。クッキングカラーで出ていたからな。」
「クッキングカラーは何度も言うけど少女漫画だからね。ここの世界を創っているノノカのお姉さんもずいぶん乙女ちゃんだよね。ていうか、更夜もまさかの乙女ちゃんで……。」
スズは更夜を嘲笑した。
「うるさいぞ。少し黙ってろ。」
更夜はむっとしたまま周りに落ちている枝を集め、石で火をつけた。
どこからともなく出したフライパンに油をひき、野菜を炒める。
右手は折れているため使わずに器用な事にすべて左手で行っていた。
香ばしい匂いと炒めている音で憐夜が少しずつ更夜に近づいてきた。
スズは憐夜の肩を素早く抱くとにこりとほほ笑んだ。
「更夜はね、料理が上手なの。わたしは下手だけど。こないだはライに彩りをやらせてたよ。」
スズは憐夜に話しかけながらライに目を向けた。
「あ~……黄色と赤のバランスがいいわ……。オムライスって絵で描くとすごく映えるから好き……。」
ライはうっとりとしながら出来上がりつつあるオムライスを眺めていた。
「ライは絵関係とか色関係になるとちょっとおかしくなっちゃう時あるわよねぇ……。」
スズは興奮気味なライをあきれた目で見つめた。
「ほら。憐夜できたぞ。食べなさい。」
更夜はお皿に盛ったオムライスを憐夜に渡した。
オムライスには可愛らしい星がケチャップで沢山描かれていた。
食器にも赤い星がついており、とてもかわいい感じのオムライスが出来上がった。食器も可愛らしいものを取り出していたようだ。
スズはオムライスを眺めながらクスッと小さく笑った。
「あれ?更夜、このオムライスのデザインってクッキングカラーで出たまんまのデザイン?あんたがこんなかわいいの素で描けるわけないもんねぇ。」
「いちいちうるさいぞ。女の子はこういうのが好きだという事がわかったから、俺なりにやってみただけだ。あの漫画では幼い少女が喜んでいたからな。」
更夜はスズに言い放ち、そっぽを向いたが頬に若干赤みがさしていた。
そんな様子を見ながらライは憐夜の背中をそっと撫でた。
「食べてみなよ。きっとおいしいよ。」
憐夜は戸惑いながらライを見上げるとこくんと頷いた。そのまま、スプーンでオムライスを切り分け、口に運ぶ。
「……お、おいしい……。おいしい!お星さまもかわいい!フフフ!」
憐夜は突然、子供らしい顔に戻ると幸せそうな雰囲気でオムライスを食べ始めた。
「うまいか?それは良かった。喜んでもらえたようだな。」
更夜も内心緊張していたようだ。
現状、更夜は妹への接し方がよくわからず、空回りをしてさらに怯えさせてしまったらどうしようと思っていた。
とりあえず、今回は成功し、更夜はホッと息をついた。
「あ!憐夜、わたしにも一口ちょうだい。」
「いいよ。スズちゃん。」
憐夜はオムライスを小分けにしてスズに食べさせてあげた。
「おいしいね!これは確かに好みかも。」
子供同士、波長があったのか憐夜とスズの関係は自然な感じに見えた。
「あ、私も食べたいな。」
ライもおいしそうに食べる二人を見て食べたくなってしまった。
「いいよ。はい。」
憐夜はライにもオムライスをあげた。
「おいしすぎる……。うう……。」
ライは感極まって涙を流し始めた。
「ライ、何泣いてんのよ。」
スズは呆れた顔でライを見つめた。
「わかった。スズと絵括……ライの分も作ってやる。だから憐夜のを食べるな。」
更夜は深いため息をつくと再び材料を手から出し始め、オムライスを作りだした。




