ゆめみ時…3夜が明けないもの達17
更夜はライ達を連れ、瓦屋根の家から外へ出た。そのまま白い花畑を走り抜ける。
「更夜様、お怪我は……。」
ライは更夜に手を引かれながら不安げな声で話しかけた。
「問題ない。」
更夜は一言だけ言うと口を閉ざした。更夜の怪我は問題ないわけがなかった。だがまるで野生動物のようにきれいに深手を隠していた。
「お、お兄様……離してください。」
ライとは反対側の折れた右手で手を握られている憐夜は小さく声を発した。
「駄目だ。もうしばし待て。」
「……はい。」
憐夜はビクッと肩を震わせると素直に返事をした。
更夜は花畑を抜け、雑木林に入り込んで立ち止った。
「ここから先はこの世界から出る。ライ、あなたはどうするんだ?」
「えっ……。あ、じゃあ、皆さんで味覚大会が開かれた世界に行きませんか?私はクッキングカラーの漫画を使えばその世界に行けますから。」
ライは木々に隠れながらそっと言葉を発した。
「それができるのならばそうしよう。俺達もその世界に行く。あなたは先に行きなさい。」
「は、はい。」
ライは更夜に返事をし、少女漫画クッキングカラーを服の中から取り出すと筆で絵を描き始めた。
「どこに漫画隠し持ってたの?」
スズはため息をつきながらライの筆の動きを見ていた。
「上着とスパッツの間……。ちょっと恥ずかしいから聞かないで。スズちゃん。」
ライは頬を赤く染めると描き上げたドアをそっと開けた。
「じゃ、じゃあ、先に行ってますね。」
ライは更夜とスズと憐夜に手を小さく降ると開けたドアの中へと入って行った。少女漫画が鳥のように羽ばたきはじめ、ライを引っ張った。ライはそのままドアに吸い込まれるようにドアごと消えて行った。
「不思議だね。よくわからないけど芸術神って凄い。」
スズはドアがあったところを念入りに見たが本当に何もなくなっていた。
「まあ、それは今はいい。俺達も早く行くぞ。」
更夜が再び歩き出そうとした刹那、憐夜が更夜の手を振りほどこうとしていた。
「も、もういいですよね。離してください……。」
「……憐夜、俺に守らせてくれないか?」
「……っ。」
いつもの威圧的な目ではなく、せつなげに揺れている更夜の目に憐夜は戸惑った。
「あんたね、いい加減にしなよ。更夜は昔の更夜じゃない。わたしだって怖いけどそのトラウマを失くすように頑張っているの。更夜は色々とわかってる。頭の良い男。過去にやった事をとても後悔している優しい人。」
スズは憐夜に言い放った。
「あなたに何がわかるっていうのよ?というかあなた誰?」
憐夜もやや挑戦的にスズを睨みつけていた。
「わたしの事はいいの!あんたのお兄ちゃんお姉ちゃん、逢夜も千夜もあんたを逃がした罪で酷い体罰を受けたって聞いたわ。千夜は裸で吊るされて殴られたり斬られたりの拷問、逢夜は気を失うほどの酷い拷問。逆に考えればあんたが逃げたせいであの二人は酷い目に遭った。だけどあの二人も更夜もあんたを責めていない。凄く優しい人達だと思わない?少し考えを変えなさいよ。あんたは悪く言えば自分勝手。」
「じ……自分勝手って……。」
スズの言葉に憐夜は困惑していた。
「スズ……お前の厚意はありがたいが……もういい。」
更夜が静かにスズを止めたがスズは更夜を睨みつけ声を上げた。
「よくない。このまんまじゃ気分が悪い!」
「あっ!」
スズは声を発しながら憐夜を更夜に向けて押し出した。憐夜は突然の事にバランスを崩し、更夜が慌てて憐夜を抱きとめた。
「スズ……。憐夜は忍ではない。お前の感覚で押し出したら転んでしまうだろう。」
更夜はスズを睨みつけたがスズは平然と更夜と憐夜を見据えていた。
「わたしの事はいいから優しく抱きしめてやんなよ。」
更夜はスズの言葉でハッと目を見開くと憐夜をそっと抱きしめた。
「ひっ!」
憐夜は怯えて身体を震わせていた。目を瞑り、身を固くしていた。
「憐夜……。俺はトラウマか?……覚えているか?お前は俺に優しくしてくれと願った。あの時はできなかったが今なら努力できる。俺も長年、人に親身になって接した事がないからお前の思うようにはいかないかもしれないが努力する。だから……普通の兄妹に戻りたい。……いままですごく小さな世界で異様な掟に縛られて……お前を本当に傷つけた。普通にお兄様、お姉様、そしてお前を連れて逃げれば良かったのだ。ただ、それだけだったのだ。だが……俺にはそれができなかった。だから俺は今、お前に精一杯優しくするつもりだ。」
更夜の優しげな声に憐夜は恐る恐る目を開けた。
「お兄様……。」
憐夜の目に涙が浮かんだ。
「お兄様、私、どうすればいいのかわかりません。」
「大丈夫だ。今後はお前の好きなように発言するといい。俺はそれに精一杯答えよう。……とりあえずここから出るぞ。憐夜、それでもいいか?」
「はい……。お兄様に従います。お兄様はお怪我をなさっているのでご無理はなさらずに。」
そっけなく言い放った憐夜に更夜はわずかに優しく微笑んだ。憐夜がまだ納得がいっていない顔をしていたが更夜はあまり気にしなかった。
「堅苦しいわね……。」
スズは不器用な兄妹にため息をつきながら半蔵と才蔵が来ないか確認していた。
「……では行くか。お兄様とお姉様が足止めをしてくださっている間に。」
更夜は憐夜を抱き上げると折れている方の手でスズの手をとった。
「ちょ、ちょっと、更夜?わたしはそんなに子供じゃないんだけど。腕折れてるんでしょ。手なんて握んなくていいって。」
スズは焦った声を上げたが更夜はスズに鋭いまなざしを向け、小さく言葉を発した。
「俺は勝手に動いてしまうお前も心配なんだ。……お前には傷ついてほしくない。この件を解決してトケイを連れ戻してまた幸せに俺は暮らしたいんだ。」
更夜はそう言うとスズを引っ張り歩き出した。
「更夜……。わたし達との生活、幸せだったんだ。」
スズはわずかに微笑むと素直に従った。
「お兄様、私も自分で歩けます。お怪我をなさっているので無理はしないでください。」
憐夜も更夜の負荷を気にして声をかけた。
「俺は大丈夫だ。お前達幼女を放っておくほうが俺の負荷になる。」
「幼女って……更夜……。」
スズの呆れた声を最後に更夜達は時神の世界から外へと出て行った。




