ゆめみ時…3夜が明けないもの達16
ライ達がしばらく黙り込んでいると突然、玄関先で荒々しい気配を感じた。更夜達は目を鋭く光らせ、廊下を歩く足音を聞く。
「……っ。この気配は……。」
更夜はこの独特の気配を知っていた。更夜だけではなく、逢夜も千夜も知っていた。
廊下側の障子戸が荒々しく開いた。ライもその人物をみて目を丸くした。
現れたのは銀髪の少女、憐夜だった。憐夜は憎しみのこもった目でセカイを睨みつけていた。
「れ、憐夜……!」
突然現れた憐夜に更夜も千夜も逢夜も驚いた。そんな中、セカイはまっすぐに憐夜を見つめていた。
「あなたは憐夜さん。すごく私達に怒りの感情を抱いている。」
「……やっと見つけた。Kの使い……。Kに会わせてよ……。いますぐに!」
憐夜は表情の変わらないセカイに叫んだ。更夜達は憐夜の声の大きさでまずいと感じた。外には半蔵と才蔵がいる。玄関先からやってきたところをみるともうすでに半蔵と才蔵には知られているかもしれない。
「Kに会わせる事はできない。私が要件を聞く。」
「ふざけんじゃないわ!私の人生返してよ!Kならそれができるんでしょ!」
憐夜はセカイを右手で掴むと力強く握りしめた。
「……。それはできない。あなたが存在するかしないかは世界が決めた事。運命は世界が決めた事。あなたが生きた環境はあなただけのもの。」
「何言ってんのかわかんないのよ!何?あんたは運命が見えるのに私を助けてくれなかったの?なんで?あんなにいっぱい叩かれて殴られて殺したくないのに殺しの事ばかりで挙句の果てに私は殺されて……。いいことなんて何一つなかったのよ!」
「それはあなたの運命。世界の大きな流れ。私達は神ではない。あなたの優しさ、願いを聞き入れる事はできない。」
セカイが困った表情でつぶやいたが憐夜の心には憎しみが溢れるばかりだった。
「ふざけんな!じゃあ私はどうすれば幸せになれたの?なんで私をあの世界に産んだの?」
「終わってしまった運命を変える事はできない。幸せになれた方法はもうわからない。あなたが存在しているのは世界が決めたから。それ以外はない。」
憐夜は怒りに満ちた顔でセカイの首を両手で締めた。行き場のない怒りをぶつける場所もなく、この世界を恨み続けた憐夜はKとKの使いを憎む方向へと変わった。
「まずあんたを拷問してKの居場所を吐かせてやるわ!」
「やめろ。憐夜。」
更夜が静かに鋭く声を発した。憐夜はビクッと肩を震わせると怯えた表情でセカイを離した。
「お兄様……。また私を叩くのですか?また痛い事をするのですか?死んでからも私は……。」
「違う……。違うんだ。憐夜。」
更夜は怯える憐夜に戸惑いの表情を見せた。更夜だけでなく、千夜も逢夜も同じ表情をしていた。
「憐夜、その人形に当たっても意味ないぜ。もっと違うやり方で真実を見つけようぜ?な?」
逢夜は憐夜に手を上げる事はなく、憐夜を優しくなぐさめた。
「私達が憐夜をここまで追い込んでしまっていたのはもうわかっている。もう望月家に私達は縛られていない。だから、やっとお前を妹として扱ってやれる……。」
千夜は憐夜に優しい表情を向け、近づいた。しかし、憐夜は千夜を拒んだ。
「来ないでください!逢夜お兄様もお姉様もどうしたのですか?なんで叩かないんですか?」
「お前は叩かれたいのか?だが私達はもうそんな事をしたいとは思わない。」
千夜の言葉に憐夜はどうしたらいいかわからずにその場にぺたんと座り込んだ。
「なんで……今更そんな優しい顔をするのですか……。私が望んだ時は酷い罰を与えられたのに……なんで?どうして?」
憐夜の目からは涙がこぼれていた。
「これが俺達の本当の姿だ。俺達は家族を大切に想っているんだ。お前はもう甘えていいんだ。憐夜。」
逢夜がなるだけ優しく憐夜に声をかけた。
「私は世界を恨んでいます。この世に私を生んだ事を恨んでいます。お兄様、お姉様があんな事をしなければならなかった運命を呪っています。そしてお兄様、お姉様が私にした事は消えません。」
憐夜は更夜達と一定の距離を保って立ち、近づこうとはしなかった。それを見た更夜はせつなげに憐夜に声を発した。
「その通りだ。あの時代、あの頃は俺達は狂っていた。お前が死んでからいつも思っていたんだ。俺も一緒に逃げてやれば良かったと……お前に優しくしてやれば良かったと……。」
「……更夜様……。」
更夜の言葉を聞いたライは悲しそうに目を伏せた。憐夜は更夜を暗く濁った瞳で見つめていたが、心では戸惑っていたようだった。
「お兄様が言っている事は嘘かもしれません。私はもう信用できません。信用できないんです……。」
憐夜は目に涙を浮かべ、畳に目を落とした。
「……そうか……。俺の言葉は信用できないか。当然だ。」
更夜の返答に憐夜は再び動揺の色を見せた。
「だから……何故、そんな優しく私に話しかけるのですか……。私はわかりますよ……。油断させて近づかせて殺すのでしょう?忍の手口です。私にはわかっています!」
怯える憐夜に更夜は悲しげな表情を見せた。ライもスズも更夜のこんな顔は初めて見た。
普段からあまり感情を表に出さない更夜が憐夜の前で忍の本能を忘れていた。
「憐夜さん……。私は違うと思うよ。」
更夜の表情に耐えられなくなったライが憐夜に強引に近づいた。
「な、何?あ、あなたはさっきの……。」
憐夜は突然近づいてきたライに驚いていた。
「更夜様は本当は優しい人なの。私は更夜様の過去を知らないけど、でも私はわかるの。」
「……あなたはわかってないわ。皆私に優しくなんてしてくれなかったもの。あなたは木の枝で背中から血が流れ出るくらいに叩かれた事はある?鼻血が出るくらい何度も頬を叩かれた事はある?身体を斬り刻まれて血まみれにされた事はある?人を殺せと言われた事はある?あなたは夜の地獄を見た事はある?」
憐夜はライに向かい泣きながら叫んだ。
「……ないよ……。だけど……私は更夜様の事がわかるよ。」
ライは憐夜の手をそっと握った。しかし、憐夜はライの手を振り払った。
「ふざけないで!あなたにわかるわけないのよ!痛かった!辛かった!逃げたかった!私はなんで生まれてしまったのかってずっと考えて……なんでこの世界に私を生んだのかって何度も考えて……うう……。」
泣きじゃくる憐夜をライはぎゅっと抱きしめた。
「憐夜さんが生まれた理由はあるよ。私はあなたから生まれたのよ。私はあなたに感謝しているの……。私ね、絵を描く事が大好きで芸術を守る神様なんだよ。更夜様の事、すぐに好きになってね……。それって憐夜さんの心が私にもあるから……なのかなって思ってたの。」
「そんな事……そんな事ない……。だって私はお兄様が大嫌いなのだから……。」
憐夜がライにちいさくつぶやいた。ライは憐夜を抱きしめる力を少しだけ強めた。
「そんな事ないよね?本当は更夜様の優しさに気がついていたはずだよ。だから……優しくしてもらいたかった。違う?」
「……。」
ライの言葉に憐夜は何も話さなかった。ライはさらに言葉を続ける。
「私もね、妹がいるの。今、その妹を……セイちゃんを助けるためになんでもしようって思っている。更夜様も、逢夜さんも千夜さんもきっと何をしてでもあなたを助けたいって思ってたと思う。そのやり方が……少しいけなかったんだね。私、その気持ちよくわかるわ。だから……大嫌いだなんて言わないで。」
「う……うう……。」
憐夜から静かに嗚咽が漏れた。今更、兄と姉にどう接すればいいかわからない。接していいのかすらわからない。しばらく何も話さなかった憐夜がふと小さく声を発した。
「セイは幸せ者だね……。うらやましい……。こんな優しいお姉ちゃんがいて……なんで甘えられるのに相談できるのに……。」
「憐夜さんはセイちゃんとどういう関係なの?セイちゃんを知っているの?」
ライの問いかけに憐夜は小さく頷いた。
「知ってはいる。けど、関わった事はないわ。ずっと追い回してKが現れるのを待っていたの。ただ……それだけ。」
憐夜が涙をぬぐいながら言葉を発した時、二つの気配が障子戸からあふれ出し、更夜達は素早く構えた。
「なーるほど。ただ、それだけでセイを追い回していたのですかい。」
「……まだ、Kについて何か知っていますね……。望月憐夜。」
障子戸が開き、半蔵と才蔵が現れた。千夜が小さく舌打ちをしていた。
「っち……。憐夜に気を取られて影縫いが緩んだか……。失態だ。……後で私を殴れ。」
「そ、そんな事はできませぬ……。」
逢夜と更夜は同時に同じ言葉を発した。
「それに……兄弟でしたか。更夜の回復が異常だと思いました。本当にソックリで騙されました。」
才蔵は細い目をさらに細くして逢夜を睨みつけた。
「っち。嫌な時にバレちまったぜ。」
「望月憐夜とKの使いに用があります。少しお話させていただいてもよろしいですか?」
「……要件があるならばここで言え。」
才蔵の言葉に逢夜は鋭く返答した。
「別に問題ねぇですぜ。それがしらは別にそんな幼い少女に拷問なんてしねぇですから。ただKについて聞きたいのと自分の世界に帰りたいだけですぜ。」
やれやれとため息をついた半蔵にセカイが口を開いた。
「あなた達の世界には私が帰してあげる。」
「っと、帰る前にKの事とこの世界の事を知りたいんだよ。それがし達は。Kの使いだったか?まず教えてくだせぇな。」
半蔵にセカイは首を振った。
「教えられない。」
「Kとはなんです?」
「お答えできない。」
才蔵の言葉にもセカイは答える気はなかった。
「この機会を逃すわけにはいきません。多少力づくでも聞きますよ。」
才蔵が構えた時、更夜達も構えた。
「おめえさんらはその得体のしれねぇものをかばうんですかい?なぜ、この世界があるのか知りたくはねぇんですかい?」
半蔵は目を見開くと突然襲い掛かって来た。逢夜は飛んできた半蔵のクナイを身体に仕込ませていた小刀で素早く弾いた。
「知ってもなんの足しにもならねぇから言えねぇんだろ。……更夜、女どもを連れて逃げろ。お姉様は……お任せいたします。」
逢夜は乱暴に更夜に言い放つと千夜に目を向けた。
「私も逢夜に乗る。久々に腕がなるな……。」
「逃がしはしませんよ。」
才蔵がセカイに手を伸ばそうとした刹那、千夜がクナイを放った。
「行け。更夜。」
才蔵が千夜の投げたクナイを避けている間に軽く更夜に目配せをした。更夜は一つ頷くとライと憐夜の手を引き、走り出した。逃げる更夜の後ろからクナイを放ちながらスズも走り去った。スズの肩にはセカイが乗っていた。
「おめぇさん達は今が平和ならそれでいい考えですかい?」
半蔵は自分を阻んだ逢夜と千夜を睨みつけた。
「ああ。そうだぜ。これ以上、状況をひっくり返さないでほしいんだが。」
「同感だ。」
逢夜と千夜の返答に才蔵と半蔵は顔を曇らせた。
「お前達は邪魔です。」
「ああ、邪魔ですねぇ。」
才蔵と半蔵は更夜を追うべく千夜、逢夜にぶつかっていった。




