ゆめみ時…3夜が明けないもの達14
空弾は今も逢夜とライを襲っていた。またも遠くで弾けるような音が響く。
「っち。セイに近づけない!」
逢夜はライを抱えたまま、避ける事で精一杯だった。
「逢夜さん……。」
ライは不安げな顔で逢夜を見あげていた。その顔が何故か憐夜と重なった。
「……そんな顔してんじゃねぇ。抱えているこっちも疲れんだろうが。」
逢夜はそっけなくつぶやいた。
……くそ……。こいつ……外見も顔もすべてがまったく違うのになんで憐夜が映るんだ……。
「あの……私重くてごめんなさい。」
ライは自分の体重の事を気にしていただけらしい。
「あァ?俺がそんな非力に見えんのか?問題ねぇよ。」
逢夜はライに再びそっけなく言い放った。
そのまま逢夜は飛んできた空弾を避ける。比較的安全そうな場所に軽快に足をつけた逢夜はライが自分の胸に顔をうずめている事に気がついた。
……俺が……憐夜を守ってやれてたら……。憐夜もきっとこの娘と同じ普通の子だったんだろう。俺が……俺達が……あいつを変えようとしてしまったから……。
「おい。お前、大丈夫か?」
優しい言葉をかけるつもりなど全くなかったのだが逢夜はこんな言葉を口にしていた。
「え?あ!ごめんなさい。ちょっと衝撃が強くて……。」
ライは頬を赤く染め、小さくつぶやいた。
「しっかりしろよ。俺が逃げてばっかで全く進展がねぇけどな。」
「私、一生懸命に考えてますから!大丈夫です!」
ライは逢夜をなぐさめるつもりで元気よく答えた。それを見た逢夜は深いため息をつくとライをしっかり抱きなおした。
またも空弾が飛んできた。逢夜が避けようとした刹那、十一センチくらいしかないとんがり帽子の少女が逢夜達の前に飛び込んできた。
「……っ!?」
逢夜は驚き、動きを止めたが少女は冷静に言葉を紡いでいた。
「弐の世界管理者権限システム内にアクセス……『止まれ』。」
少女はまるで呪文をつぶやくように声を出した。すると迫って来ていた空弾が突然ピタリと止まった。
「『弾き返せ』。」
それを確認した少女はもう一言追加でつぶやいた。つぶやいた刹那、空弾は飛んできた方向へと弾き返され、セイに飛んで行った。
「……なっ!」
逢夜とライは目の前で起こった謎の現象に目を見開き、驚いていた。
少女はちらりと逢夜とライを視界に入れるとそのままセイに向かい走り去って行った。
「……。」
「神としての本能を忘れた者。ここは時神の世界である。一端退くがよい。『いなくなれ』。」
少女はセイの元に素早く近づくとまたもプログラムを打ちこむように声を発した。
刹那、セイは跡形もなくその場から消えた。
「……っ!?」
ライと逢夜は目を見開いて眼前で起こっている事を呆然と見つめていた。
「せ、セイちゃんがっ!?」
「……心配はいらない。この世界から消しただけ。全体的な魂も神も私はそう簡単になくす事はできない。」
いつの間に戻って来たのか目の前に少女が立っていた。
「お前、何者だ?」
更夜になりすましている逢夜に少女は一礼すると丁寧に答えた。
「私はKの使い、弐の世界を担当するセカイと申す。この世界は後悔を持つ者が生活する世界。人々の心、動物の心は壱では解明されていないエネルギー。宇宙の物質ダークマター。私はそれらを守る役目をしている者。その私も人間の心から生まれた者。弐の世界は宇宙のようなもの。逢夜さん。あなたは先程会った才蔵さんと半蔵さんに自分の姿を見られたくないので更夜さんになりすましている……。という事。」
「……っ。」
セカイと名乗った少女に逢夜は珍しく動揺していた。まるで心が見透かされているようだった。
「嘘はつかないでほしい。私に嘘をついても無意味。私は人間達の感情というエネルギーを読むことができる。大丈夫。この件については黙っている。今、あなたは一瞬私を殺そうと思った。壱の世界ではそうやって生きてきたから。でも押し留まった。ここは弐の世界だから。私が幼い女の子の風貌だから。」
「……。」
セカイは淡々と言葉を紡ぎ、逢夜の心を見透かす。逢夜の頬からは汗がつたっていた。
「あなたは女の子に手を上げる事も女の子を殺す事もできない。憐夜という少女があなたのトラウマになっているから……。……もう言うなとあなたの心が言っているのでやめる。」
セカイはそこで言葉を切った。
「恐ろしいちびっこだな……。お前ならわかりそうだから聞くが俺達はなんで生きている?」
「それは存在しているから。それ以外にない。」
セカイの言葉に逢夜はため息をついた。
「そういう事じゃねぇよ……。なんで人間も動物も存在してんだって聞いてんだ。」
「それはあるから存在している。人間の心も妄想も想像も架空と定義しているものも物体もすべて存在しているからある。頭の中であっても想像すればそれは存在する事になる。この宇宙も世界もすべて存在しているからある。人間は壱の世界以外は気がついていない。だが他にも世界はある。理由はない。あるからある。人も動物も神も我々も大きな流れで見れば生きている意味はない。存在しているという事実だけが意味がある。何もなくなったら……それは我々も知りえない事。私達も存在しないのだからそれは知る事すらできない。存在するという事はとても意味のある事。」
セカイは吸い込まれそうなほど澄んだ茶色の瞳を逢夜に向ける。逢夜はセカイから目を逸らした。
「じゃあ……幸福な人生も不幸な人生も意味はないと言いたいのか……。」
逢夜はライを強く抱くと怒りを少し含んだ表情でセカイを睨みつけた。
「違う。人の生も動物の生も物の生も必ず後に影響している。例えば大切にしていた物が壊れたとする。そうすると人は次は壊れないようにしようとする。それだけだがその人にその物が影響を与えている。動物の進化もそうやって行われてきた。陸上で生活すると敵に食べられてしまう。だから海で生活するようになった……など。」
「……。」
「あなたは憐夜さんの事を言っているようだから教える。憐夜さんはあなたが大切に抱いている絵括神ライを生んだ。ライは沢山の人を助けている。……この世界は大きな流れの中で存在している。憐夜さんを想像した人々が絵を愛す神を創った。憐夜さんはそういう影響力を持っていた。」
セカイの言葉に逢夜は複雑な顔でライを見つめた。
「逢夜さん……。憐夜さんには私、感謝しているんです。私が生まれたのは憐夜さんのおかげ。憐夜さんに会いたいって思います。」
ライは逢夜を見上げ、小さく言葉を発した。
「そうか。そりゃあ良かったな。」
逢夜は納得のいっていない顔でライに答えた。
「セイは追い払った。……少し、あなた達にお話がある。瓦屋根の中にいる魂達にも聞いてほしい話。家に上がらせてもらう。」
「おい……。待て。」
「心配する事はない。才蔵さんと半蔵さんに気がつかれないよう裏からまわる。千夜さんからのお仕置きはあなたにはこない。」
セカイは背中越しで言葉を発するとさっさと歩き出してしまった。
「……っ。」
逢夜は心を完全に見透かされ怯えながら少女の後を追って歩き出した。




