ゆめみ時…3夜が明けないもの達12
ライは時神の本を使い、更夜達の世界にたどり着いた。
「やった!また来れた!ここまで来ると確実ね!」
ライはひとり喜び、白い花畑の中を走る。走りながら瓦屋根の家を目指していると
「おい。」
と鋭い声と共に目の前に銀髪の男が現れた。
「……っ!?更夜様!」
「……んん?」
ライが更夜と勘違いした男は逢夜だった。逢夜は外の気配をいち早く感じ取り、更夜の姿のままライの前に現れたのだった。
「更夜様、お怪我は……。」
ライが心配そうに逢夜を見ているが逢夜はライを知らない。
……んん?誰だこいつ。まあ、更夜が怪我してる事を知っているってこたぁ、なんか関係しているやつだな。
「いや、色々あったのだ。心配はない。」
「そ、そうですか……。無理しないでください。あ……、それとごめんなさい。向こうの世界にいなさいって言われていましたがどうしてもお聞きしたい事があって来ちゃいました。」
ライは怯えた目で逢夜を仰いだ。おそらく叱られると思ったのだろう。
……向こうの世界……?現世か。……という事はこいつは壱の世界の神か。
……なるほど……読めて来たぜ。
「そうか。それならばしかたあるまい。……話は中で聞こうか。」
逢夜はライに優しく声をかけ、ライを抱きかかえた。
「きゃあ!」
「黙れ。静かにしていろ。」
逢夜の鋭い声でライは身体を震わせながらコクコクと頷いた。逢夜はわざと遠回りをし、半蔵と才蔵がいる玄関先を避けて裏手に回った。
ライは逢夜の足の速さに目をまわし、涙目でごにょごにょ何か言っていた。
「スズ、俺だ。開けろ。」
逢夜はスズ達がいる障子戸の前で小さく声をかけた。すぐにスズが障子戸をわずかに開けた。
「スズちゃん!」
「え?ライ?」
スズは突然、現れたライに驚いていた。
「いやー、まいったな。やっぱ知り合いだったか?正面から走って来られた時はどうしようかと思ったぜ。」
「……ん?更夜様……?」
ライは更夜になりすましている逢夜に不思議そうな顔を向けていた。
「悪かったな。俺は更夜じゃねぇよ。あいつの兄、逢夜だ。」
逢夜はライの耳元でそっとささやいた。
「おっ、おにい……!」
ライが大きな声で叫ぼうとしたので逢夜は素早く手で口を塞いだ。
「あァ、でけぇ声上げんな。俺ァ、うるせぇ女が嫌いなんだ。」
逢夜の冷たい声がライを震えさせた。逢夜は涙目で小さく頷いているライをそっと離した。
「お兄様、申し訳ありません。後はこちらで何とか致します。」
ふと部屋の隅で存在を消していた更夜が小さく声を発した。
「更夜様!」
「だから声をあげんじゃねぇって……。」
逢夜は頭を抱えたがそのまま元の持ち場に戻って行った。ライは慌てて更夜の元へ駆け寄ると切ない顔を向けた。
「更夜様……お怪我の具合は……。」
「絵括……ライ、なぜここに来た?向こうで大人しくしていろと言ったはずだが……。」
ライは更夜に睨まれ、声を詰まらせたがささやくような声でつぶやいた。
「じ、実は少し気になる事ができて……。その……憐夜さんとKについてで……。」
「……っ。」
ライの発言でスズと更夜の表情が一瞬驚きの表情に変わった。
「なんでライが憐夜の事を知ってんのよ?」
スズは静かにライに詰め寄った。
「うん、実はね……味覚大会が行われた世界に行ってみたんだけど、そこで銀髪の女の子を見たの。その後に千夜さんに会ってあれは憐夜さんだって教えられてその後……望月チヨメさんに会った。」
「ほう……それで?」
更夜の相槌に頷いたライは話を続けた。
「チヨメさんはKに会ってノノカさんの世界を救ってもらおうって考えに変わったみたいです。そして憐夜さんもKを探しているようでした。セイちゃんとの関係性はよくわかりません。」
「ふむ。なるほど。」
「それともう一つ……憐夜さんはお亡くなりになってから絵括神レンとして祭られたそうです。現在は絵括神ライとして芸術神三姉妹として蘇ったとか。つまり……憐夜さんは私なんです。」
「なにっ!」
ライの最後の言葉に更夜は思わず叫んでしまった。更夜は慌てて口を塞いだ。
「更夜、声を上げるな。」
ふといつからいたのかわからないが千夜が立っていた。千夜は更夜の顔を刀の柄で殴ると更夜を睨みつけた。
「……も、申し訳ありません。お姉様……。」
更夜は丁寧にあやまるとらしくない自分に頭を抱えた。
「せ、千夜さん……いつの間にそこに?」
「ずいぶん前からいる。」
更夜を心配そうに見ているライに千夜はそっけなく答えた。
「ほんと、全然気がつかなかったわ……。」
スズも目を丸くしながら千夜を見ていた。
「まあ、私の事は良い。それよりもライの言った事同様、Kについて知りたいのだ。更夜、お前は何か知っているようだな。」
千夜は更夜に鋭く尋ねた。
「……そこまで詳しくは知りませんがKの使いについては少々、トケイから聞いたことがあります。弐の世界を自由に動き回る事ができ、ある時はネズミ、ある時は人形だったりと神ではない生物や物のようです。Kについての情報はないのですが使いに関しては目撃者は少しはいるようです。」
「では迷信ではないと。」
「おそらく。」
「では、探せるな。お前が持っている情報はそれだけか?」
「申し訳ありません。それだけです。」
「そうか。」
更夜の言葉に目を伏せた千夜は何かを考え、再び目を開けた。
「では、私は憐夜を追う。憐夜が何か知っているかもしれんからな。」
千夜がその場から去ろうとした刹那、大きな破裂音と凄まじい衝撃がライ達を襲った。
「きゃあ!何!?」
叫んだのはライだけだった。スズが素早く大人の姿になりライを守る姿勢を取った。地震のような地響きはまだ続いている。
「動くな。」
咄嗟に動こうとした更夜を千夜は厳しい声で止めた。更夜は動きを止め、元の位置に戻った。
「セイが来た確率が高い。」
「セイちゃんが!」
千夜の言葉にライは反応し叫んだが千夜の睨みで慌てて口を閉じた。
「騒ぐな。状況は逢夜が伝える。しばし待て。この騒がしさに乗じて才蔵と半蔵が逃げるかもしれん。スズ、お前は奴らに見られても良い者だから監視して来い。」
「う……わ、わかったわよ。」
千夜が怖かったスズは怯えながら頷くとライを離し、立ち上がった。
「お前の姿はすぐにバレてしまうだろうが、とりあえず、バレないように監視しろ。いいな。」
「りょーかい。」
スズはビクビクと怯えながら部屋を後にした。
「さて、そろそろ逢夜が来るか。」
千夜がぼそりとつぶやいた刹那、障子戸の外でわずかに声がした。
「私です。」
「……入れ。」
千夜は迷う事無く答えた。障子戸がゆっくりと開き、逢夜が現れた。ライはそのタイミングの良さに驚いたが声は出さなかった。
「お姉様、セイが現れました。この世界を攻撃しています。」
「逢夜、ここにいてはライが怪我をする恐れがある。お前はライを連れ、外を逃げ回れ。家の中にいるよりも外で攻撃を直に見た方が避けやすかろう。私と更夜はここでスズと半蔵と才蔵を守る。」
千夜は更夜を見据えた。
「はい。」
更夜は軽く頷き返事をした。
またも大きな爆発音が響き、地面が大きく揺れた。
「逢夜、さっさと行け。」
「はい。」
逢夜は怯えているライを抱きかかえると障子戸から外へと飛び出して行った。
「きゃああ!」
ライはあまりの速さに声を上げた。逢夜は高く飛び着地すると白い花畑を走り始めた。逢夜が高く飛んだ場所は隕石か何かが降って来たみたいに陥没していた。
「騒ぐんじゃねぇ。うるせぇぞ。俺はうるせぇ女が嫌いだって言わなかったか?」
「……ごめんなさい。」
逢夜の一睨みでライは素直にあやまった。
逢夜は少し距離を取り、攻撃してきたセイを探した。セイは少し離れた所で笛を吹いていた。禍々しい笛の音は空弾となって激しく飛び、白い花畑のまわりを囲う木々を破壊していた。
「せ、セイちゃん……。」
「……泣くんじゃねぇ。泣いたらこの状況が良くなんのか?無駄な事はやめるんだな。」
「……セイちゃんはかけがえのない妹で……死んだって言われて……今はあんな状態で……。」
ライは耐えきれずに涙を流していた。セイに対しての状況が悪くなりすぎた。ライはどうする事もできずにただ泣くだけしかできなかった。
「おい。じゃあ俺ァ、どうすりゃあいいんだよ。おめぇをセイってやつの所に投げ捨てりゃあいいのか?ああ?」
「セイちゃんとお話ができれば……。」
「話ってあれじゃあ無理だと思うがな。……ん?」
逢夜は遥か上空でトケイが浮いているのを見つけた。トケイは動いていなかったがロボットのように攻撃対象であるセイを目で追っていた。
「あいつ……セイを攻撃しねぇのか?……いや、ありゃあ、攻撃できねぇんだな。」
逢夜は飛んでくるセイの攻撃を軽やかにかわし、トケイを再び見上げる。ここはトケイ達、時神が住む世界。トケイは攻撃対象に攻撃をした時、この世界を傷つけてしまう事を避けているようにも見えた。
「しかしなあ、事実あいつが攻撃してくれねぇと俺達は神に勝てねぇってな。」
「トケイさん……セイちゃん……どうしてこんな事に……。」
「……お前、やっぱり現世に帰れ。邪魔だ。後は俺達が何とかしてやる。」
静かに泣いているライに逢夜は困惑した顔でつぶやいた。
「そ、それは出来ません!私にも何かやる事が……。」
「なんでそこだけは頑固なんだ……。さっき、めそめそ泣いてやがったのに。理解できねぇな。」
何故か急に元気になったライに逢夜は頭を抱えた。
「でもなんか更夜様の外見でそう荒っぽくされるのも何かいいですね……。なんだか新しいです。」
「お前な、危機感持ってんのかふざけてんのかどっちなんだ?」
「ご、ごめんなさい。」
逢夜はライをちらりとみるとため息をつき、飛んでくるセイの攻撃を軽やかにかわした。
「……お前の妹、先程から全く意識を感じねぇな。感情がねぇ。」
「……どうしたらセイちゃんを元に戻せるのでしょうか……。」
ライがそうつぶやいた時、セイの攻撃が瓦屋根の家に向いていた。
「はっ!まずい!」
逢夜がそう叫んだ刹那、瓦屋根に直撃だったはずの空弾が突然横に逸れ、逢夜達に飛んできた。逢夜はかろうじて避けると後ろで弾ける轟音を聞きながら瓦屋根に目を向けた。
「な、なんだ?はずれた?」
「……?」
逢夜とライが目をこらしてよく見ると、屋根の部分に小さい人影が揺れた。身長十一センチくらいの少女のようだった。少女は魔女がよくかぶっているような紺色のとんがり帽子をかぶっており、それと同じ色のマントをつけていた。下は花柄の上着にピンク色のスカートを履いており、足は素足だった。
少女は茶色の髪をなびかせ、屋根から飛び降り消えた。
「なんだよ……ありゃあ……。」
「お人形さん……みたい。」
ライの言葉に逢夜はそっと目を細めた。




