ゆめみ時…3夜が明けないもの達11
昔々のお話でございます。絵を描きながら歩く少し変わったお爺さんがおりました。紙は貴重なものだからと子供達に見せるのはいつも砂地に描く絵でした。
お爺さんは毎日、木の棒で絵を描き、村の子供達を喜ばせておりました。
そんなお爺さんはある時、たまたま、森の奥深くへと入ってみようと思いました。
明け方、険しい山道を歩いていると幼い少女に出会いました。少女はまだ子供だというのに髪が何故か銀色でした。
「こちらにおいで。」
お爺さんはそっとささやきましたが少女はお爺さんが持っている木の棒に怯え、こちらに来ませんでした。
そこでお爺さんは木の棒で地に馬を描いてやりました。それを見た少女は興味津々にお爺さんに近づき、輝かしい笑顔を向けました。
「お馬さんだわ!凄い!」
少女は楽しそうに笑い、お爺さんも幸せな気持ちになりました。お爺さんはまたここに来て絵を描いてあげようと約束し、少女と別れました。
それからお爺さんと少女は明け方近くによく会うようになりました。絵の描き方も教えてやりました。
「君はなかなか上手だねぇ。地面ではなく筆と紙で描かせたいくらいだよ。」
お爺さんは少女の腕前に驚き、楽しそうな少女にそう語りかけました。
「ほんと!?」
「ああ。今度は紙を持ってくるから約束として筆は君が持っていなさい。君、名前は?」
お爺さんは喜ぶ少女に筆を渡し、名前を尋ねました。
「私、憐夜。望月憐夜。」
「望月!」
少女は自分の名前を笑顔で言うと颯爽とその場から去って行きました。お爺さんはその去って行く少女の背を見、呆然としました。
「忍の者か……。」
お爺さんに恐怖の色が浮かびましたがあの少女を放っておけずにおりました。
その次の日、お爺さんは再び少女がいるであろう場所へと向かいました。
少女は何故か怪我を負っておりましたが筆を眺めながらお爺さんを待っていました。
「君、君、その怪我はどうしたんだい?」
お爺さんが少女に尋ねると
「こ、これは何でもないの。それよりも紙持って来てくれた?」
少女は戸惑いながらお爺さんに答えました。お爺さんは他に何も聞かず、少女と一緒に紙に絵を描きました。少女は自分が描いた絵にとても感動しておりましたがふと悲しげな顔に変わりました。
「どうしたのかな?憐夜。」
お爺さんは少女の悲しげな顔を不思議に思い、話しかけました。
「私は……絵が好き。だけど……私は……。」
「逃げたいならば逃げてもいいんじゃないかな。」
お爺さんは少女が何かから逃げていると思い、優しく言葉をかけました。
少女は何も言わずにせつなげに微笑むとその場から去って行きました。
それからお爺さんはその少女に出会う事はありませんでした。
山を下り、しばらく歩いた先で少女に渡したはずの筆が血に塗れて落ちていました。
少女は絵描きになるために忍から逃げましたが仲間に殺されてしまったようでした。
お爺さんは自身の言動と判断を悔やみ、少女にあげた筆を祭り、少女の幸せと絵をこれからも愛してくれますようにと祈ったのでした。
「……悲しいお話ですね。」
ライは一通り物語を読み終わり、せつなげにため息をついた。
「ライちゃん、その後のページに解説が載っているわよ。」
天記神に言われ、ライは慌てて次のページに目を向けた。
「え……。……憐夜の説は色々とありますが現在、芸術の神である絵括神憐(現代は莱〈らい〉)として祭られております。のちに音括神静、語括神舞と姉妹として蘇り、現代の芸術三姉妹として夢見神社の御祭神となっております。……って……ええっ!?」
ライは最後のページを読みながら叫んでしまった。
「あ、あらあら……。」
「憐夜さんが……私の産みの親?」
「そうみたいね……。」
「その憐夜さんがセイちゃんと関係するの?」
ライはふと天記神を見上げた。
「それはわからないわよ……。私を見ても……お力にはなれません。」
困惑している天記神を一瞥し、それもそうかと思ったライは本を静かに閉じた。
「……弐の世界で会った、望月チヨメさんという忍者さんがこの世界は後悔に縛られている世界でその後悔の念をなくすためにKを探しているって言っていました。Kとはそんなに有名なのですか?」
「Kについては全く知りませんが……Kの使いであれば多少知っているわ。……弐の世界を自由に動けるし壱の世界の神を運べるようよ。」
「それはつまり、トケイさんと同じ能力を持っているという事ですか?!」
ライの声が大きかったのか天記神は押されるように答えた。
「え、ええ。そのようですが……Kの使いの場合、多数の者を連れる事ができるみたいで肌に触れなくても運べるようね。私も一度Kの使いに会った事がありますが後ろをついていくだけで弐の世界を渡れました。あ、この図書館外に出るのは私にとっては違法だから他の神には言わないでね。」
「は、はい。……それにしても不思議ですね……。Kの使いに会う事はできるのでしょうか?Kの使いに会ってセイちゃんの件の協力を仰ぐとかって難しいですかね。」
ライの言葉に天記神は顔を曇らせた。
「うーん……。実はKの使いはどこにいるのかいまいちわからないの。高天原の権力者ですら西と東しかKの存在を知らなかった。」
「……という事は東のワイズと西の剣王は存在を知っているって事ですね。」
「そうですけど……ライちゃん、この件は上の神に漏らしたくないのでしょう?」
「……っ。は、はい。」
ライはうっと言葉を詰まらせ、小さく頷いた。
「Kの使いはそう簡単に現れません。弐の世界で何かしらの仕事をしているのは間違いないようですが……。」
「じゃあ、Kの使いは弐の世界にいる事は間違いないんですね?」
ライは天記神に鋭い目線を送る。
「そうとも言えないですが……おそらくいるでしょうね。でもね、そのKの使いをどうやって見つけるの?」
「うう……。」
またまた天記神に言われ、ライは言葉を詰まらせた。
「……Kの使いを呼ぶ方法を私は知らないわ。ライちゃん、どうする?」
「……じゃあ……一度、更夜様の所に行きます。更夜様の日記にKについて書いてありました。もしかしたら知っているかもしれません。」
ライは迷いながら天記神に声を発した。
「……弐の世界の時神ね。あのね、ライちゃん、何度も言うけど向こうの神達からここにいろって言われたんじゃなかったの?」
「は、はい。ですが……頼ってばっかりもいられませんので。」
「……もー……しかたないわね。」
ライはすぐさま、時神の本を持つと天記神に一礼して走り去って行った。残された天記神は深いため息を漏らしていた。




