ゆめみ時…3夜が明けないもの達10
「よし!じゃあ、私の能力で……。」
ライは弐の空間に入ってから想像の弐を出現させるため筆を振るった。弐の世界で絵を描き、自分の世界を作る。ライは一つのドアを描いた。
「お姉さんの世界に行けますように……。」
ライは手をそっと合わせるとドアノブを握り、中へと入った。ライが持っていた少女漫画が突然、空を飛び始めライを引っ張って行った。
気がつくと西洋風のお城の前に立っていた。あたりは暗く、月が出ていた。
「つ、着けた?……着けた……ね。」
ライはあたりをよく見まわし、この間来た場所なのかを念入りに見た。
ライは以前、この世界に来た事があった。本来、壱の世界の者は弐の世界に入れない。だがライは以前、この世界観を持っているノノカの姉を救った事があったため、入れたようだ。
……この世界で以前、笛の争奪戦があった……。
ライは思い出すように頷きながら一歩一歩歩き出した。
……そこから笛はセイちゃんに渡り、セイちゃんは平敦盛の世界を探している……。
……ああ……ダメだわ。ここに来て何かわかるわけないか。ノノカさんのお姉さん、関係ないし……。おまけにノノカさんいないし。
しばらく探偵気分だったライは深いため息をついた。
ライは唸りながら歩いていると木々の隙間から銀髪の女の子が立っているのを見た。
「……?霊かな……。あれ?なんか昔から知っているような気が……。」
ライはその銀髪の女の子にそっと近づいた。とりあえず近くの草むらに隠れ、観察を始めた。
「……すごくきれいな世界……絵に描いたみたい。……この世界も後悔の念に縛られた世界……。どこへいってもそうだわ。」
銀髪の少女はぼそりとつぶやいた。
ライはその少女が更夜に似ている事に気がついた。
「あの子……更夜様に似ている。ちょっと話しかけてみよう……。」
ライはそっと草むらから出た。その時、わずかに草を揺らしてしまい、がさっとやや大きめの音が響いた。刹那、銀髪の少女はハッとこちらを向いた。
「……誰?K?」
「……K?」
銀髪の少女の言葉にライは首を傾げた。Kという言葉……どこかで聞いたことがあった。
「……Kじゃない……?」
少女はライを見て小さくつぶやくとそのまま走り去った。
「ああ!待ってよう!」
ライは少女に向かい叫んだが少女がこちらを振り向く事はなかった。
ライは追いかけるのを諦め、先程の単語、Kについて考え始めた。
……K……どこかで……あっ!
ライは更夜の日記を読んでしまった時の事を思い出した。
……あの秘密の日記にKについて書いてあった!Kって何なんだろう?
ライが唸っているとすぐ後ろで威圧感のような気配がした。
「ひっ!?」
ライはビクッと肩を震わせ、恐る恐る後ろを振り向く。すぐ後ろには先程の少女と似ているが先程の少女よりも身長が低い少女がいた。銀髪の髪に羽織袴。
「あっ!えっと……更夜様のお姉さん!」
「千夜だ。」
ライの後ろに立っていたのは千夜だった。
「せ、千夜さん。どうしてここに?」
「妹を追って来たのだ。名を憐夜と言う。今の少女……憐夜の可能性が高い。」
「憐夜さんをなぜ追っているのですか?」
ライは恐る恐る千夜に質問をする。ライにとって千夜はよくわからないがとても怖かった。
「セイに関係するとの事だからだ。」
「セイちゃんに!?」
「ああ。言っておらんかったか?そうか。お前はいなかったな。」
千夜は顔色が悪いライに丁寧にいままでの事を説明した。
「そんな……セイちゃんが……。」
ライはその場に崩れ、泣きはじめた。
「ライだったか?泣いても変わらんぞ。セイは死んだ。それは事実。だが弐の世界ではまだ生きておる。暴れるセイを止められるのはライだけかもしれぬのだぞ。」
千夜はライの背中をそっと撫でると優しく声をかけた。
「じゃあ、もう平敦盛さんの世界に行っても意味はないって事ですね。」
「そうだ。もうない。」
「……何とかして敦盛さんの世界も元に戻してあげないと……。」
ライがかなしげにそうつぶやいた時、世界が歪むような感じがした。
「……む……。この感覚は……。」
千夜はライをかばうように立つと夜空を見上げた。ライも千夜に習い空を見上げる。
「……っ!セイ……ちゃん!」
千夜とライの上空に禍々しいものが纏いついているセイが表情なく浮いていた。
「やはり……。」
千夜はつぶやくとクナイを構えた。セイはそんな二人には構わず、世界を壊しはじめた。
持っていた笛を乱暴に吹く。まわりの風景がまるで爆弾でも落とされたかのように弾けて消えた。
「ううっ!」
ライと千夜は気味の悪い音色に思わず耳を塞いだ。まったく動くことができなかった。
ふとライの瞳にオレンジ色の髪が映った。オレンジ色の髪の男はセイを攻撃し、遠くへ弾いた。
「あ、あれは……トケイさん!?」
ライは無表情で飛び去るトケイをただ茫然と見つめていた。
「あれはセイを排除しようとしているのかなんなのかわからんな。」
千夜は耳から手を離すとため息をついた。
「鎮圧システム……。トケイさんが言ってたあれだわ!きっと!」
「ふむ。よくわからぬがセイを止める方法はないのか?」
「わかりません……。」
ライは戸惑いの表情で千夜に目を向けた。
「そうか。ならば仕方あるまい。一時退くことにしよう。」
千夜がそうつぶやいた時、ライの頭に先程の事が浮かんだ。
「ちょっと待ってください!千夜さん!」
「ん?」
「さっき、憐夜さんって方がセイちゃんと関係があるって言ってましたよね?その憐夜さんがKという単語を漏らしました。Kは以前、更夜様のご自宅の日記に名前が書いてあって……。」
「更夜の日記?では一度更夜の元へ行くとしよう。この世界はセイから守られたようだが早めにここから出る事をお勧めする。」
千夜は表情なくつぶやくとさっさと消えてしまった。
「……千夜さんって感動とか驚きとかそういうのないのかな……。」
ライは千夜を追う事を諦め、セイを追う事にしたがセイはもうこの世界からは出て行ってしまったようだ。トケイも見つからなかった。
「……やはりKにいきつきましたか。」
「ひぃ!」
ふとライの背後で先程とは別の女の声がした。ライはビクッと肩を震わせゆっくりと後ろを向いた。
「え……えーと……。チヨメさん?」
ライの背後にいつの間にか立っていたのは茶色かかった髪を腰辺りまで伸ばしている女だった。体つきは細いがどこか色っぽさがある。ライは以前、この女と何回か会っているので顔は知っていた。名前は望月チヨメという。
「さっきのは千夜ですか?私も望月家ですから顔くらいは知っていますが彼女についてはほとんど知りませんね。」
チヨメは妖艶に笑うとライをじっと見つめた。
「な、なんでしょうか?」
「別に何でもないのだけれど、あなた、Kについてはどれだけ御存知?」
「え?まったく知りません。」
「ふーん。そう。私もほとんど知らないわ。Kの使いはこういう弐の世界での事件の時に現れるって聞いた事はあります。もしかしたらノノカちゃんの心も救ってはくれないかと思って探しているのですが……。」
チヨメはため息交じりにライを見つめた。
「あれ?チヨメさん……笛を追う事は諦めたんですか?」
「馬鹿ね。今更あんなもの追ってどうするのよ。私は途中で笛をノノカちゃんに渡す事が無意味であることに気がついたの。だから状況を少しかき混ぜて、Kを出そうと思い始めたのですよ。……今はああやって世界を壊していくものが出て来ちゃったからそれを防ぐ事も考えないと。ノノカちゃんの世界が壊れてしまったら大変ですからね。」
「そ、そうですか……。」
ライはチヨメに押されるように頷いた。
「あ、そうだわ。私も甲賀望月でしたからわかりますが更夜の妹、憐夜ちゃんは後にあの辺の村一体の昔話になっているそうです。なにせ幸薄な人生でしたから。……その昔話をあなた、読んであげなさい。あなたは絵の神様なんでしょう?」
「……?は、はい。」
ライはチヨメの言動がよくわからずに首を傾げた。
「この世界のほとんどが後悔の念に縛られている……。その後悔の念を解き放つ方法をわたくしは探しています。Kならば何か知っているはずなのでわたくしはKを追っているのです。おそらく憐夜ちゃんもそうなのでしょう。……あなたと憐夜ちゃんは何か関係しているのではとわたくしは思うのです。」
チヨメはよくわからない言葉を言い残し、その場から去って行った。
「……更夜様の妹さんの昔話?セイちゃんにも繋がってKにも繋がる?……とりあえずそこから調べて行こうかな……。天記神さんの図書館に置いてあるかな……。」
ライはいったん天記神の図書館に戻る事にした。ドアを描き中に入る。「クッキングカラー」がタイトルの少女漫画が光りだし、ライを導いた。
ライは気がつくと天記神の図書館の前にいた。
「やった!やっぱり元に戻れた。」
ライは鳥のように飛んでいる少女漫画を手で掴むとそっと図書館の重たい扉を開け、中に入った。
「あら、お帰りなさい。ライちゃん。やっぱりちゃんと戻れたのね!……よかったわ。何か収穫はあったかしら?」
「天記神さん!すぐに甲賀望月の憐夜さんについての昔話を出してもらえますか!」
ライは戻るなりまっすぐに天記神を見つめ、勢いよく言葉を発した。
「えっ?ええ?憐夜って子の昔話……?ええっと……確か……。」
天記神はライに押され、戸惑った顔で手を横にかざした。すると天記神の手にどこからか一冊の本が現れた。
「……これ……かしら?」
天記神は『忍の少女』という物語本をライに差し出した。物語の表紙絵は銀髪の少女が悲しげに佇んでいるものだった。
「……あ!たぶんこれです。ありがとうございます。」
「これが……どうしたの?」
天記神はライに本を渡すと不思議そうに表紙絵を眺めた。
「実は憐夜さんは弐の世界の時神である更夜様の妹さんでセイちゃんにも繋がっているらしいのです。」
「そうなの?」
天記神の言葉に頷いたライは本をそっと広げた。




