ゆめみ時…3夜が明けないもの達7
更夜は憐夜の修行に力を入れ、気がつくと夜になっていた。真っ暗だが憐夜も更夜も夜目の訓練をしているため夜でも関係なかった。
「メシにするぞ。いつものように食べられるものを持ってこい。」
「……はい。」
憐夜は珍しく素直に返事をした。更夜は憐夜の調子を見、何か様子がおかしい事に気がついた。
憐夜が足早に去って行くのを見、しばらく経ってから憐夜の尾行をする事にした。
更夜は木から木へと飛び移りながら下で走っている憐夜を監視した。憐夜は更夜が指定した場所ではない所へと入って行った。
……そちらへ向かうと山を降りてしまうぞ……憐夜。
更夜は憐夜が何をしようとしているのかわかった。憐夜は更夜の目を盗み、逃げるつもりのようだ。
……そんなにここから逃げたいか……憐夜。
更夜はさらに憐夜の後を追った。
……ん?あの子はこの周辺をウロウロと何をしている?
憐夜は同じところをグルグルと回っていた。
「あれ?おかしいな。たしかこっちのはずだったんだけど……道が……わかんなくなってしまったわ。」
憐夜は不安げに独り声を漏らした。どうやら逃げ道を見つけていたようだが夜だったため場所がわからなくなってしまったようだ。
……場所が……わからなくなってしまったのか。このまま右に行けば山を下りられるが……。
更夜はふと甘い考えが浮かんだ。
……このまま俺が憐夜を逃がしてやれば……今ならば誰の気配も感じないので憐夜を逃がしてやれるかもしれない。逃げた後、探されるがそれをうまく操れば見当違いの場所を探させることができるかもしれない。そうすれば憐夜は遠くに逃げられる……。
更夜は右に行くように誘導してしまった。憐夜がいる木の近く目がけてクナイを放った。憐夜は飛んでくる風に気づき、咄嗟に更夜の方を向いた。
「見つかった?あっちからクナイが……。逃げなきゃ!捕まったらまた……。」
憐夜はクナイが投げられた方向とは逆に逃げて行った。
……そうだ。そっちに走れ。
更夜は必死で走る憐夜を黙って見つめていた。憐夜を追い、わざと足音を立てたりクナイを放ったりなどして的確に誘導してやった。憐夜が山を下り、もう少しで抜け忍とみなされる場所まで来た時、更夜は淡い幻想を抱いていた事に気がついた。
……ダメだ。俺は何をしている。俺の家系を甘く見てはいけない!あの子の能力では俺の家系には勝てない……。いますぐ捕まえて連れ戻さないと殺されてしまう……。
更夜は慌てて木から飛び降りると憐夜を追って走り出した。更夜が走っていると千夜に前を塞がれた。
「おっ……お姉様!憐夜が……。」
更夜は必死の表情で千夜に声を上げた。
「ん?憐夜?憐夜がどうしたのだ?ああ、それより近くに隠れられそうな洞窟を見つけたのだ。あそこはなかなか見つかりにくいぞ。確か、ここから北の方角にあったな。村にだいぶ近いぞ。ああ、そういえば南にも同じような洞窟があったがあれは使えんな。私はあそこへはいかん。お前も……南のあそこは知っているか?大きな岩がある所でな……。」
「お、お姉様?今はそんな事を言っている場合では……。」
更夜がそうつぶやいた時、近くに憐夜の気配を感じた。憐夜は足音が近い事に気がつき、動くのをやめたらしい。近くで隠れているつもりのようだ。
「……ここから北の洞窟はお兄様たちが来る可能性がある……でも南の洞窟なら……。」
ふと憐夜の独り言が聞こえてきた。憐夜は更夜達に聞こえていないと思っているらしいが更夜達にははっきりと聞き取れた。もう憐夜の居る場所も更夜にはわかっていた。
おそらく千夜にもそれがわかっているだろう。
更夜は千夜の意図がわかった。
……お姉様も憐夜を逃がしてやろうと思っているのか?
「さて、更夜、お前はこんなところで何をしているのだ?憐夜がこんなところまで来る事ができるはずがないだろう。私が監視をしているのだから。いつもの場所で憐夜が腹を空かせて待っているやもしれぬぞ。今回は私も食事に同席させてもらおうか。今は仕事がない故な。」
千夜はいつになく饒舌に話すと更夜を促し、元の道へと歩き出した。
「……は、はい。」
更夜は千夜に促されるまま憐夜に背を向け歩き始めた。
……お姉様は自分が監視していると言った。この山から逃げたら俺のせいではなく、自分の過失にしようとお姉様はしている。そして忍がまずいかないだろう南の洞窟に行くように憐夜を動かした……。
「お姉様……これは私の過失でございます……。いますぐ憐夜を……。」
「何の話だ?」
千夜は更夜にちらりと目を向けるとさっさと先へ行ってしまった。
「お姉様……。」
更夜は千夜の背中を黙って見つめ、歩き出した。
次の日、憐夜が逃げた事はすぐに発覚してしまった。千夜は父である凍夜の元へ呼び出された。
「千夜、憐夜はどこに行った?」
更夜達と同じ銀色の髪に鋭い目で凍夜は千夜を睨みつけていた。望月の隠れ里にある集会所のような所に千夜はいた。まわりは他の甲賀望月が同席していた。この中で厳格な体制を敷いているのは三つの望月家だった。
「……憐夜がおりませぬか?私にはわかりかねますが……。」
「本気で言っておるのか?お前は居場所を知っているだろう?」
凍夜は千夜を見透かすように言葉を発した。
「いいえ。わかりませぬ。」
「昨夜、他の者がお前と更夜とそして憐夜を見ている。お前は知っているはずだ。どこへ行った?」
「知りませぬ。」
千夜は断固として認めなかった。
「認めぬ気か……。」
他の望月家の者達が立ち上がり千夜に襲い掛かった。千夜は軽やかにかわし、襲い掛かって来た者をすべて倒した。
「さすがだな。千夜。この父に逆らうとは……。」
千夜は凍夜の低く鋭い声にビクッと肩を震わせた。幼少の時からの記憶が千夜を縛る。
……父親に逆らってはいけない。
千夜ならば今の凍夜には勝てるはずだった。だが千夜の身体は何かの術にかかったかのように動かなくなった。
「……くっ……。」
「勝てると思ったか?千夜。」
千夜の頬を絶えず汗が流れる。凍夜が近づくにつれて千夜の身体の震えは大きくなっていった。
「……っ。も、申し訳ありませぬ……。お父様……。」
千夜は意思とは裏腹、凍夜に許しを乞うてしまった。
「ふむ。認めるんだな?では、憐夜はどこにいる?」
「しっ……知りませぬ。」
「なるほどな。逢夜を呼んで来い。」
凍夜は顔を千夜に近づけると他の忍に逢夜を呼ぶように言った。
「お、逢夜は……逢夜は関係ありませぬ。」
「黙れ。これは見せしめだ。」
凍夜は指で千夜の顎を持ち、クイッと上げた。
「うっ……うう。」
千夜は恐怖心で満たされて行く自分をただ受け入れるしかなかった。
……千夜の心はもうすでに狂った規律に壊された後だった。




