ゆめみ時…2夜に隠れるもの達19
深い森の中、学生服を着た一人の男が大きめの岩に座り月を眺めていた。男は学生服の袖で自身の眼鏡を拭くとそっとかけた。
「俺はノノカを助けてやらないといけないのにサスケに頼りっきりだ。……あの笛があるからいけない。あの笛さえ壊せれば……。」
「タカト君、申し訳ねィ……。笛の奪還に失敗しちまったァ……。」
「サスケ!」
学生服の少年、タカトはカゲロウのように現れたサスケに近づいた。
「すまねィ……。けっこう一筋縄ではいかねィ……。ワシの力不足だァ……。」
サスケは少し落ち込んだ雰囲気で近くの岩に腰かけた。
「という事は笛は……。」
「今は本神が持っていらァ。」
「そうか。じゃあノノカには渡っていないんだな?」
「あァ。そりゃァ問題ねィ。」
タカトの安堵の表情を見、サスケは再び口を開けた。
「だがァ、安心はできねィ。あのセイって小娘ェ、これから何かするつもりだァよ。何するのか知らんがねェ。」
「そうか。」
「じゃ、ワシはセイを追うんで見つけたら連絡すらァ。」
サスケは一言そう言うと再び消えるようにいなくなった。タカトは座っていた岩部分に戻り、また月を眺めはじめた。
花と楽譜が舞っている世界。ここはノノカの世界。ノノカは眠っている時、意識はないがこの世界に来ていた。
「またここかあ。」
ノノカは呆然と辺りを見回した。
「最近、全然いい曲できないんだよね。早く笛を手に入れてセイを操れるようにならないと。」
「ごめんなさい。ノノカ。ちょっと邪魔が入りましたわ。」
ふとチヨメがため息をつきながらノノカの前に立っていた。
「あんたね、早く笛を持って来なさいよ!」
ノノカはチヨメを見るなり怒鳴り始めた。
「ごめんなさいね。色々とありまして……。」
チヨメは頭を抱えてあやまった。
「なんとかなるの?」
ノノカが不安げにチヨメに尋ねる。
「正直にお話しますと……相手方の隙が全くありませんの。難しいと思われます。」
チヨメが話しにくそうにノノカにつぶやいた。
「そっか。でもなんとかしてよね。」
ノノカがチヨメに厳しく言い放った。チヨメが何か言おうと口を開いたがすぐにつぐんだ。そして一点を睨み構え始めた。ノノカはきょとんとチヨメの行動を見ていた。
「早いな。気がつかれたか。」
ふとノノカの背後から男の声が聞こえた。ノノカはビクッと肩を震わせた。
「マゴロク……ですね。」
チヨメは素早くノノカを引っ張ると自分の後ろに回した。
「ああ。そうだよ。」
マゴロクは相変わらずのダウンコートで茶色のオールバックの髪をしていた。
「ノノカを殺しに来たのですか?あの子に頼まれて。」
「違うよ。俺はノノカという娘と会話がしたいだけだ。」
マゴロクはチヨメの横で怪訝な顔をしているノノカに目を向けた。
「私と話?あんたと話すことなんてない。」
ノノカはマゴロクを睨みつけ、敵対心をむき出しにしていた。
「あるさ。ショウゴ君の話だ。」
「はあ?ショウゴ?なんであいつが出てくんのよ!もう死んじゃったし関係ないじゃん。」
「……君は本当にそう思っているのか?もう死んじゃったからどうでもいいと。君のせいでショウゴ君が死んだかもしれないのに?」
マゴロクの濁った瞳から目を逸らしたノノカは小さくつぶやいた。
「私には関係ない。あいつはタカトを殺して勝手に自殺したの。私には関係ないんだから。」
「関係ある関係ないではない。本当に亡くなってしまった事をどうでもいいと思っているのか?と聞いている。」
「し、知らない!そんな事!知らない!私知らない!」
ノノカはマゴロクに向かい叫んだ。ノノカの表情はどこか苦しそうに見えた。
チヨメはそんなノノカを黙って見つめていた。チヨメにも若干の迷いが生じていた。
マゴロクはチヨメを横目で見ながらさらに言葉を発する。
「まるで子供だね。君は。人の死はな、そんなに軽くないんだ。死ぬのは簡単だし殺すのも簡単だ。だが……その後だ。その後は君が想像しているよりも遥かに重いんだ。人の命はいつからそんなに軽く見られはじめた?俺にはわからない。」
「あんたみたいな人殺しにグダグダ言われたくない!私をあんた達みたいな野蛮な殺人鬼と一緒にしないでくれる?あんた達こそ人の命、なんだと思っているの?」
ノノカは表情のないマゴロクに怯えながら叫んだ。
「……人殺しか。確かにそうだけどな、俺達は殺した奴に恨まれる事も殺した奴の親族に恨まれるのもそいつの人生を奪った事も背負う事も……全部受け止めて生きていた。忍は影の者。……自責の念で狂ってしまった奴もそりゃあ多かったさ。狂ってしまうと人の命は軽くなってしまう。一人一人の死を考えていたら自分がもっと狂ってしまうからだ。……君はもう狂っていると思うぞ。好きだった子が死んで、友達が自殺したのに君は関係ないって言った。」
マゴロクは冷静に声を発した。
「だって関係ないもん!実際に私が殺したわけじゃないし!」
ノノカの言葉にマゴロクはため息をついた。
「そうだ。君は何もしていない。だけどな、彼らを追い詰めたのは君だろう?」
「そんなの私に聞かないで!あいつらの心なんて私にはわからないし関係ないの!私はセイを使って凄い音楽を生み出したいだけ!他の事なんでどうでもいい!出て行って!もう入ってくんな!」
ノノカがマゴロクを睨みつけながら叫んだ。刹那、マゴロクは世界からはじき出されるように吹っ飛ばされた。
「最後に一つだけ言う。君はあの笛を追いかけすぎている。笛が手に入ってセイをたとえ操れたとしてもそんな心では素晴らしいものは……作れないと思うよ。」
マゴロクはそれだけ言い残し、跡形もなく消えた。
「な、なんなの!あいつ!超むかつく!」
ノノカは悪態をつくとチヨメに向き直った。
「チヨメ!さっさと笛を奪って来て!」
「……はい。」
チヨメは怒鳴るノノカに戸惑いながら小さく声を発し、ノノカの世界から去って行った。
それを確認した後、唐突にノノカは壱の世界に帰り、目を覚ました。ノノカは自室のベッドで眠っていた。朝日が眩しくノノカを照らす。
「ん……。なんか変な夢見た気がするけどなんだったか忘れた。ショウゴとタカトがどうのって……今更そんな夢見るなんてね。ほんとどうでもいい夢。さて、学校行かないと。」
ノノカはベッドから立ち上がり、自室にある鏡台に立った。
「……嘘……。」
ノノカは呆然と鏡に映る自分の顔を見ていた。
……私……泣いていたの……?
ノノカの頬には涙の痕がくっきりと残っていた。
……どうして?私はあいつらが出てくる夢で泣いてたの?
……ありえない。死んで嬉しかったはずだもん。タカトには復讐ができて、あのうざいショウゴは自殺。嬉しかったはずなのに……。
ノノカは戸惑いながら制服に着替える。
……今日も独りで登校……下校も独り……。
だんだんと感じてくるもう二度と会えないという感覚が知らず知らずのうちにノノカを襲っていた。ノノカはスマホを手に取り着信を確認する。メルアドの中にタカトとショウゴのメルアドが残っていた。
……もうあいつらに連絡しても返って来ない……。
ノノカの頭に一瞬だけこの事が浮かんだが首を横に振り、二人のアドレスをスマホから消した。
メルアドを消した瞬間、言いようのない焦燥感がノノカを襲った。
……もうあの二人には二度と会えない。会えないんだ。
「……も、もう!何考えてんのよ!死んだんだから会えるわけないじゃん。そんなの当たり前のことじゃん!なに、今更。」
ノノカは独りつぶやくと制服に着替えて足早に自分の部屋を後にした。




