ゆめみ時…2夜に隠れるもの達18
ライと天記神が書物を引っ張り出している間にスズと更夜は自分達の世界に戻って来ていた。
更夜の傷は相変わらず重い。
「更夜……大丈夫?」
「まあ……な。」
スズは更夜の腕を自身の肩に乗せ、支えてあげた。そのまま瓦屋根の家に入り、畳の一室に座り込んだ。
「ね、ねえ……更夜……。」
スズはばつが悪そうに声を発した。
「なんだ。」
更夜は雰囲気をまったく変えずにそっけなく尋ねた。
「い、色々ごめんね。……えっと……ライの件はわたしが何とかするから。」
「お前はここにいなさい。俺がトケイを見つける。怪我の件は特に問題はない。」
「問題なくないでしょ。その怪我ならあんたのがここにいた方がいいよ!」
スズは表情の変わらない更夜に叫んだ。
「だが、相手は強い。お前がやつらに見つからないようにトケイの居場所を特定できるとは思えない。」
更夜は鋭い瞳をスズに向けた。
「そんな事言ったって……あんた、その怪我で動ける方がおかしいわよ。拷問だってされたんでしょ!身体中傷だらけじゃない!」
スズが更夜の視線に怯みながら声を上げた。
二人がお互い譲らない会話をしているとふと女性の声が聞こえた。
「更夜。お前は療養が先だ。判断を見誤るでない。そしてお前はときたま感情的になる所がある。」
「!」
更夜とスズの真上から銀髪の少女が降ってきた。少女は音もなく畳に足をつけた。
「お姉様……。」
更夜は突然現れた姉、千夜に少し驚いていた。
「更夜、お前は忍の感覚がやや鈍っておる。普段のお前ならば私の気を感じ取れたはずだ。」
千夜は更夜を冷ややかに見据えていた。
「……も、申し訳ありません……。お許しください。」
更夜の頬から汗が伝っていた。スズはそれを見、目を細めた。
……更夜が怯えている?
「確かに、わたし、あんたの気をまったく感じなかったわよ。」
スズは千夜を警戒しながらつぶやいた。
「スズ、お姉様をお前のモノサシではかるな……。」
すぐに囁くような声で更夜がスズに声をかけてきた。
「答えが不当である。お前は背中を斬られた事に反省の意を見せると良い。それだけの深手を負っておれば感覚が鈍るのは仕方無き事。」
千夜は感情のない瞳で更夜を見ていた。
「はい。」
「今現在、お前はたいそう困っているとの事。そのトケイという少年、私達が探して見ようか。」
「……達?」
千夜の言葉にスズは首を傾げた。
更夜がそっと目を細めた刹那、またもスズと更夜の真上から人が降ってきた。今度は男だった。少し特徴のある銀の髪に鋭い目、更夜にそっくりの男だった。
「お兄様……。」
更夜はハチガネをつけた銀髪の男を鋭い目で見つめた。
「更夜、久しいな。何百年ぶりだ?まあ、もうわからねぇがな。」
男は更夜ににやりと笑いかけた。
「……更夜のお兄さん……その冷たい目とかそっくりだね……。近寄らないで欲しいな……。トラウマになりそう。」
スズはそっと更夜の影に隠れた。
「ああ、おめぇが例の小娘か。心配すんなって。俺は今、平和に暮らしてるんだぜ。今更、現世と同じ生活しろなんて無理だからよ。おめぇに危害を加えようとも思わねぇわ。」
男はにんまりと笑った。
「逢夜、楽しき生活をしておる所、すまぬ。少し、弟に力を貸してやってはくれまいか。」
千夜は無表情のまま逢夜に目線を送った。
「はい。お姉様。わたくしは問題ありませぬ。」
千夜が話しかけたとたんに逢夜は笑みを消し、真面目に答えた。
スズは態度の違いに驚いたが一つの仮説にたどり着いた。
……なるほど。甲賀望月、更夜の家系は年齢が上の人を敬えって事かな。上下関係がしっかりしているって事。凄く厳しく徹底した家柄なんだね……。
「では更夜、私と逢夜がトケイを見つける故、ここでしばし大人しくしておると良い。」
「……申し訳ありません。お姉様、お兄様。御厚意感謝致します。……どうかわたくしをお助けくださいませ。よろしくお願い致します。」
更夜はこれでもかと丁寧な言葉を口にするとそっと頭を下げた。
「うむ。では。」
千夜は頷くと音もなく消えた。
「じゃ、更夜、見つけたら連絡すっからな。」
逢夜は軽い感じで更夜に手を振ると千夜同様に音もなく消えた。しばらく沈黙が流れた。あまりに突然の事でスズはちゃんとした思考回路になっていなかった。
「い、いやあ……びっくりしたね。凄く強そうな人達だったわ。」
スズはやっとの事で一言言葉を漏らした。
「ふう……実はあまり頼みたくなかったのだが……しかたあるまい。」
更夜は硬くなってしまっていた身体をほぐすため、少しだけ腕を回した。
「やっぱりあれだね、更夜の家系は天才肌だね……。兄姉仲良いの?」
「あまり一緒に仕事をした事がない故、よくわからん。天才肌かどうかもよくわからん。俺達は死の瀬戸際まで修行させられたからな。元々のものではないだろう。特に姉は苦労をしたように思う。姉は男として育てられたのだからな。」
更夜はふうとため息をつくと目を閉じた。
「そうだったんだね。だから更夜のお姉さんはどこか男っぽいんだね。」
「……俺達と同じ修行を受けていたからな。身体能力的に見ればやはり女は劣る。だが姉は俺と兄を抜かしていた。姉は俺達よりも辛い修行に耐えていた。姉はいつも言っていた。女は身体能力が劣る故、男の倍修練を積まなければ男と同じ場所には立てないと……。」
「……へ、へえ……凄いわね……。千夜って。」
「ああ。俺が初めて尊敬した人だ。姉も兄もどういう人生を送ったかはわからないが幸せな死ではなかっただろう。こちらの世界で幸せに過ごしている事を願っていた。」
更夜はそっと目を開けスズを見つめた。
「良かったね。幸せそうだったよ。」
スズの言葉に更夜はわずかに微笑んだ。
「まあ、そういう事にしておこうか。……とりあえず姉と兄に任せるぞ。俺は傷を癒す。お前はここにいなさい。」
「わ、わかったわよ。いるわよ。」
更夜とスズはお互い深いため息をついた。




