ゆめみ時…2夜に隠れるもの達17
ドアから中に入り、ライは天記神の事を考えながら自身で作った上辺の世界を歩いていた。たいていライが作り出す世界は色彩豊かな花が沢山並ぶ世界だった。今もよくわからない花がライを包むように咲いている。
「私は皆に助けてもらってばかりだわ。セイちゃんを助けようと意気込んでいたわりには何もできなくてトケイさんを巻き込んで……スズちゃんに危ない事させちゃって……更夜様に大怪我させて……。」
ライは独り自分の世界を歩きながら役に立っていない自分に不甲斐なさを感じていた。
少し涙目になり心は暗くなってしまったがすぐに自分にできる事を考え始めた。
「なんかこう……弐の世界を自由に動けるような方法はないのかな……。」
ライが真剣に考えているとあたりが霧に包まれ始めた。ライは立ち止り、あたりを見回した。
……天記神さんの図書館の周りを覆っている霧……かな。
ライはそう思い再び歩き出した。
「待っていたよ。絵括神ライ。」
ふと霧の中から男の影が現れた。ライはビクッと肩を震わすとその場に立ち止った。
「だ……誰!」
「鵜飼マゴロクだ。君にはまだショウゴ君の願いをかなえてもらっていないからね。」
ライの目の前に茶色のオールバックの髪の男、鵜飼マゴロクが現れた。
「ひっ!」
ライはマゴロクに怯え、声を上げた。ライは以前、マゴロクに捕まり、術にかかってしまった事がある。彼に対して良い印象はなかった。
「そんなに怯えなくてもいいよ。俺は主の願いをかなえてくれるよう頼みにきただけだからね。」
マゴロクは感情のない声でライに話しかけてきた。
「だからダメなんですって!ショウゴさんが現世に行く事は不可能なんです。あなたはショウゴさんを壊したいんですか?それに現世で生きているノノカさんに危害を加える事は許されません。」
ライは怯えながらもはっきりと言い放った。
「……だよな。あんたは神だ。あんたは嘘をついていないだろう?あんたが言うなら無理なんだろう。」
マゴロクはため息交じりにライに答えた。
「マゴロクさん……?」
マゴロクのあっさりとした返答でライは眉をひそめた。
「俺は主を説得できない。……どうしてそこまでノノカという少女を恨んでいるのか……俺にはわからない。」
マゴロクはライに助けを求めているように見えた。
「マゴロクさん……ショウゴさんの生前の最期の感情がノノカさんを恨むという感情でした。その感情のみがショウゴさんを支配している可能性があるんです。……もしかすると……あのショウゴさんはノノカさんが作ったショウゴさんなのかもしれません……。ノノカさんの心に住んでいるショウゴさんなのかもしれません……。」
ライはショウゴの記憶を思い出し、涙を浮かべた。
「……。主が負の感情から抜け出すにはノノカという少女の心を変えればいいのかい?」
「……え?」
マゴロクからそんな言葉が出るとは思っていなかったライはきょとんとした顔をマゴロクに向けた。
「どうなんだい?」
「おそらく……。」
ライはマゴロクの瞳を見、怯えながら答えた。
「という事は俺はチヨメとぶつからんとならんとね。嫌だねぇ……。あいつには俺の全部を吸い取られてしまいそうだからなあ。あいつはノノカって少女に笛を渡す事が彼女の平穏につながると思っているからね。」
マゴロクは苦笑し、頭を抱えた。
「そんなの間違ってます!笛をノノカさんに渡しても状況は変わりません!それに笛はセイちゃんのです!」
「わかってるさ。感情的にならないでくれよ。」
興奮気味に否定したライをマゴロクはうんざりした声で止めた。
「サスケさんもチヨメさんもなんでわかってくれないんでしょうか。」
ライは一呼吸おいて切なげに言葉を発した。
「あのな、あんた、色々間違ってるよ。」
「……?何がですか?」
不思議そうに見つめるライにマゴロクはにやりと笑うと口を開いた。
「正義だ。」
「正義?」
「ああ。あんたは音括神を助けたい。チヨメはノノカの心の平穏を望んでいる。サスケはノノカって少女を助けようと動くタカトを全力で助けている。半蔵と才蔵はセイの望みを叶えてやるために魂を燃やしている。そしてオレはショウゴを助けたい。……皆それぞれ正義を持っている。それをする事が正しいと思っている。あんたの考えはあんたの考えでしかないんだ。」
「でも……。」
「戦国時代を生きた俺達に道理なんて通じない。自分が持っている正義が正しいんだ。正義だと自分が思えば無関係な人間だって殺せる。あの時代はそういう時代だった。主を守る事が正義ならば主を襲ってきた者を殺す。」
「……それは正義ではないと思います……。」
ライの言葉にマゴロクは笑みを消した。
「……そうしないと自分が保てない世界だったんだ。俺達を否定しないでくれ。他人を殺してもそれは主が望んだ事だから正義だと思えば生きる希望が湧いてくるってもんさ。それともあんたは現世を死に物狂いで生きてきた俺達に自殺すれば良かったと言いたいのか?」
「ち、違います……。でもしょうがなかったとは言いたくありません。」
不安げに見上げるライにマゴロクは再び微笑んだ。
「違いない。あんたは間違ってない。少し神を困らせてみたかっただけさ。……じゃ、ショウゴ君が月に行けるか行けないかの再確認が取れたって事でスッキリしたからもう行くよ。」
マゴロクはライに軽く手を振ると消えるようにいなくなった。
「……。マゴロクさんに私の気持ち……ちゃんと届いたかな。」
ライはマゴロクが消えてしまった場所を呆然と見つめていた。
しばらくして心を落ち着かせたライは再び歩き出した。何か思う暇はなく、歩き出してすぐに霧が晴れた。
「あ!」
ライの目の前に沢山の盆栽と古い洋館が見えた。ここの空間だけ霧が立ち込めていないが上空は霧で覆われていた。
「戻ってきた!」
ライは盆栽の通路を抜け、洋館の重たいドアを開けた。
「ライちゃん!」
すぐに男の声が聞こえた。
「天記神さん……ごめんなさい!勝手に行動しました!」
「ああ……無事で良かった!心配してたのよ!」
図書館にいた天記神は涙目のライをギュッと抱きしめた。ライは少し気恥かしさを覚えた。いくら心が女であるとはいえ、見た目は高身長の男である。男に抱きしめられた事などないライは自分ではよくわからないが頬を赤く染めていた。
「あ、あの……。」
「あら、ごめんなさい。心配しすぎて気が気でなかったものですから。」
天記神は慌ててライを離した。
「ご心配おかけしました……。実は笛を捕まえた後、ダメもとで上辺の弐を出したら時神さん達の世界に行けたんです!」
「ああ、それは私の本のおかげね。ここに帰って来れたのも私の本が戻ってきただけね。とりあえず役に立ったのね。良かったわ。」
「え?」
天記神はライの後ろに手を伸ばした。ライはビクッと身体を震わせ、天記神の手の先に目を向ける。そこには一冊の本があった。本は何故かライの後ろでフワフワと浮いていた。天記神はその本を取るとライに見せた。
「ほ、本が浮いてた!」
「弐の世界の時神についての本よ。執筆者は壱の世界の時神、現代神のアヤちゃんよ。といってもこれ、アヤちゃんの日記なんだけどね。」
「よ、よくわかりませんがその本のおかげで私は時神さん達の世界に行けてここに戻って来れたって事ですか?」
どこか嬉しそうな天記神にライは戸惑いながら質問をした。
「そうね。初めて使ったけどちゃんと使えるのね。もしかすると心に深く関係する神だけ導けるのかしら?普通は反応しないもの。」
「あ、あの!もしかするとそれで平敦盛さんの所にも行けますか!?」
ライはブツブツ言っている天記神に興奮気味に話しかけた。
「平敦盛の所……って……行けなくはないと思うけど伝記でも沢山あるから個人に当たるのは難しいかもしれないわ。色んな人達が想像した平敦盛だったら沢山いるけどね。」
天記神は唸りながらライに答えた。
「私、平敦盛の所に行きたいんです!セイちゃんが平敦盛に会いたがっているって言ってたんでセイちゃんがそこに向かったかもしれなくて……。」
「わ、わかったわ。落ち着いて。ちょっとお席に座りましょう。はい。吸って吐いて。」
天記神に促され椅子に腰かけたライは息を吸って吐いてと呼吸をとりあえず繰り返した。
「……ふう。」
「落ち着いたかしら?何があったのか全然わからないから初めからゆっくり説明お願いします。」
天記神はライの背中をさすりながら自分も隣の椅子に座った。
「は、はい。ごめんなさい。……実は……。」
ライはゆっくりといままであった事を話した。天記神の顔は曇っていくばかりだったが静かにライの話を聞いていた。
「……なるほどね。笛は今、セイちゃんが持っているのね。……けっこうまずいわ。忍者さん達はどうして大人しくしててくれないのかしら……。」
「正義……だそうです。天記神さんはわかりますか?」
「……わかりますよ。あの方々の心は。しかし、それは一個人の考えよ。私は弐の世界の存続の方が心配なの。守る事は私の義務ですから。あの方々の正義が通るなら私も正義を貫かせていただきます。」
天記神は厳しい顔で冷たく言い放った。ライは天記神の表情を見ながらこれも一個人の考えなのだと思った。正義に答えはないのかもしれない。だから天記神は自分の正義を貫くと言ったのだ。
「答えはないんだ。じゃあ、私はセイちゃんを助ける!それが私の正義よ。」
「でもね、ライちゃん。無茶だけはしないでね。」
意気込んでいるライに天記神は心配そうに声をかけた。
「はい!」
ライは大きく頷いた。
「……で……あなたはこの図書館にいた方が良いと思うのだけど。さっきの話を聞くかぎりだと弐の世界の時神さん達がなんとかしてくれるって言っているんでしょう?」
天記神は一息つくとライにささやいた。
「ですが……あのすごく強かった更夜様が今、大怪我をしているんです。もうそんなに頼れません。」
ライは机の木目を見ながら小さくつぶやいた。
「弐の世界は時間の感覚がバラバラだから案外すぐに治ったりするのよ。それに彼らは魂ですからね。世界によってはすぐに全快なんて事、普通にありえるわ。」
「そうなんですか!」
「ええ。」
「でも、私もやれる事を見つけたいんです。平敦盛の書物を調べてもいいですか?」
「まあ、調べるだけならいいかしら。」
天記神は必死のライに負け、一緒に調べてあげる事にした。




