ゆめみ時…2夜に隠れるもの達16
「小娘……。泣いている暇があるのであれば術を抜け出す事をまず考えよ。」
「!?」
女の声であると気がついた刹那、スズがその場に倒れ込むように膝を折った。
「……え?」
スズは急に自由になった身体に困惑の表情を浮かべていた。ふと前を向く。更夜と同じ色である銀の髪が揺れていた。目線を下に落とすと満月を背に男装をしている少女が冷たい瞳でこちらを見ていた。背格好は子供でいる時のスズと同じくらいだ。目は鷹のように鋭い。肩先までしかない少し癖のある髪があたりの彼岸花と共に風で揺れていた。
少女は戸惑っているライを視界に入れてから更夜に目線を落とした。
「更夜……。何故寝ているか。」
「ね、寝ているって……怪我してるんです!」
ライは少女の言葉に慌てて声を上げた。
「神よ……少し横に避けていただきたい。」
「うっ……。」
少女の鋭い瞳がライを射抜いた瞬間、ライから粟粒の汗が浮き出た。ライが身体を震わせているとスズが少女に向けて蹴りを繰り出した。
「……。」
少女は軽々とスズの蹴りを避けるとスズの腕を取り、地面に叩きつけた。
「大人しくしておれ。」
「うぐっ……。更夜とライには手を出すな!」
スズは地面に押さえつけられながら少女に向かい叫んだ。
「……威勢はいいようだがいささか感情的である。少し落ち着いていてもらえまいか。」
少女はスズを離すと再び更夜に向き直った。そして更夜の顔の付近にしゃがみこんだ。
「更夜よ、何故寝ているか。このまま殺されてもよいのか。」
少女は更夜に問いかけるように話すと更夜の着物を脱がせ始めた。
「ちょ……何してるんですか!」
ライは少女に近づくことはできなかったが慌てて声を上げた。
「ふむ……。かなりの深手のようだの。まったく情けない。近くを通りかかってお前を見つけた故、寄ってみたがまさかこんな見通しの良き所で寝ておるとは。」
少女は更夜の着物を少し引き裂くと傷口の血を丁寧に拭いてから止血作業に入った。
「……。」
ライとスズは戸惑いながら少女の手つきを見つめていた。少女は止血だけではなく傷口の治療と縫合まで始めた。縫合の手つきも慣れており、速い。
「応急手当と簡易の縫合である。後は小娘達よ、いたわってやると良い。」
少女はきれいな銀髪をなびかせながら立ち上がった。
「う……うう……。」
少女が去ろうとした時、更夜が呻きながらそっと目を開けた。
「……。」
少女は何も語らずに振り返ると冷たい瞳を更夜に一瞬だけ向け、去って行った。
「お……お待ちください……お姉様……。わたくしを助けてくださったのでございますか……。……御厚意に感謝……いたします……。」
更夜がか細い声で少女の背に向かい声を発したが少女は振り向く事無く、その場から忽然と消えた。
「更夜!良かった……生きてた!」
「更夜様!」
スズとライは消えた少女に動揺しながらも更夜に声をかけ、側に寄った。
「スズと……絵括……ライか。才蔵はどうした?」
更夜は上半身裸の状態でうつぶせのまま小さくつぶやいた。
「才蔵はサスケの襲撃でどこかへ走って行ったわ。」
「そうか。すまない……。残念だが力が入らん。」
更夜はスズの報告に虚ろな目をしたまま頷いた。
「更夜様……先程の方は……?更夜様……お姉様と……。」
スズの横で不安げな表情を浮かべているライが更夜を心配そうに眺めながら声を発した。
「……ああ、俺の姉だ。」
「お姉さん!?」
「どうりで更夜に似ていると思ったわ。目つきとか。」
ライとスズは驚きの表情を浮かべた。
「普段はどこで何をしているのかさっぱりわからん。弐に来てからも一度も会っておらん。俺は三姉弟の末っ子だ。あと、上に兄がいる。」
「お、お兄さんもいるの!それ初耳だわ。」
「スズ……声を下げろ。」
更夜に注意され、スズは慌てて口をつぐんだ。
「更夜様、末っ子だったんですか……。」
「ああ。姉が千夜、兄が逢夜だ。」
「じゃあ、さっきの強い女は千夜だったって事ね。」
スズの言葉に更夜は頷いた。
「ところで……トケイはどうした?」
更夜に言われ、ライの顔から血の気が引いた。
「そうだ!あ、あの!トケイさんがセイちゃんを連れて飛んで行っちゃったんです!」
ライは興奮気味に言葉を発した。
「どういう事だ?」
「ですから……トケイさんがセイちゃんを連れて……。」
ライは涙目になりながら説明するが実際に何が起きたのかよくわからなかったので説明がうまくできなかった。
「トケイはなんでセイを連れてったの?」
スズはライを落ち着かせるため背中をさすった。
「わからないよ……。なんか急にセイちゃんの方に行っちゃったの。」
「……術にかかったか……。」
ライの説明で更夜が予想した事はトケイが何かの術にかかってしまっているという事だった。
「……伊賀忍は催眠が得意らしいからね……。簡単に解けないんじゃない?」
「スズ、お前は伊賀忍だろう?知らんのか?」
「知らないわよ。鹿右衛門様……じゃなくて才蔵とかは実際の情報が全然ないの。」
「ふむ。忍はそうでなくてはならん。影の者だからな……。有名になってしまったらそれは忍ではない。」
スズと更夜が話していると世界が急に歪み始めた。
「な、何!?」
「……絵括、音括神セイはトケイが連れて行ったと言っていたな。」
世界が歪み、崩れゆく中、更夜は冷静にライに話しかけた。
「え?は、はい。」
ライはあたりを忙しなく見ながら更夜に答えた。
「セイが望む目的地へトケイはセイを連れて飛んでいる。それでこの世界がいらなくなった。……おそらく、この世界はセイの世界なのだろう。この世界の主であるセイがこの世界はもういらないと判断したのだ。だが世界に留まっていたまま主が崩壊を望んでも世界は主を守る。主が外に出てしまえば世界は存在の意味を失くすので崩壊する事ができる。おそらくそれでこの世界は消えているのだろうな。」
「……セイちゃんはトケイさんに連れられて別の世界へ行こうとしているって事ですか?」
「そうであると踏んでいる。」
どこか必死なライに更夜は曇った顔で答えた。
「それよりも、ライちゃん、この世界がなくなるとしてトケイがいないのにどうやって動く?わたしと更夜はこの世界がなくなったら魂になっちゃうからライを運べないわよ。」
スズは崩れていく世界を見上げながらライに言葉を発した。
「あ……そっか……。と、とりあえずじゃあ……天記神さんの所に戻る事にするよ。天記神さんの所にならここから上辺の弐の世界を私が作れば行けると思う。」
ライは不安げにスズと更夜を見据えた。
「そう。わたし達はこの世界がなくなったら何もできないけど天記神の所に戻れる事を願っているわ。」
スズの横で更夜も頷いた。
「ああ。トケイは俺達で探す。次に会う時はあなたをトケイが迎えに来る時だ。……早く行った方がいいのではないか?もうこの世界はもたんぞ。」
「は、はい……。」
更夜に急かされ、ライは慌てて絵筆を取り出すとサラサラと一つのドアを描いた。
「大丈夫!トケイもセイもちゃんと見つけて助けるから!」
スズはライの背中をぽんと叩いた。
「う、うん……。ありがとう。スズちゃん。ご、ご迷惑をかけます……。」
ライは不安げな表情のままドアを開け、自身が作り出した世界へと入って行った。




