流れ時…2タイム・サン・ガールズ6
サキは足を止めた。視線を空へと向ける。
太陽と青い空が目に飛び込んできた。
そして気がつくと自宅への道にいた。
……暑い……
……あれ?あたし何してたんだっけ?なんか今まで夢の中にいた気分だ。
……とりあえず家帰って寝よう。
サキはフラフラと登山道のような道を登る。
しばらく歩くと前から小学校低学年くらいの女の子が歩いて来ていた。
赤いランドセルにリコーダーを差し、ランドセルのフタを閉めていないのかフタの部分がパカパカと動いている。
黒い髪にオレンジ色のワンピースを着た女の子……。
サキは目を見開いた。
……え……?あれはあたし?
しばらく目を離せなかった。
頬に伝う汗もそのまま空虚な目をしたその女の子はサキの横を顔色一つ変えずに通り過ぎた。まるでサキが見えていないみたいだった。
「ちょ……ちょっとあんた!」
サキは女の子の肩に手を置いた。
「ん?」
女の子はこちらを振り向いた。
「あ、あんた……な、名前は?」
「……?サキ。」
焦っているサキとは正反対に女の子は無表情で答える。
「サキ?い、家はどこ?」
「家?この上。おねぇさん誰?」
女の子はサキを空っぽな瞳で見つめる。
「さ、サキだよ。あたしもサキ!」
「ふーん。」
女の子は別に驚く風でもなくサキを見据えている。
「あ、あんた、学校?」
「うん。朝の八時になったから登校する。」
女の子は事務的に口を動かす。
「お、おかしいだろ……これ。な、なんなんだよ……あんた……なんであたしがいるんだよ……。」
「おねぇさん、頭大丈夫?病院行った方がいいよ。」
女の子は頭を押さえているサキを無表情で眺めている。
「そんな……小学生?あたしは高校生だった……はず……?え?あれ?え?」
……何これ……
サキは無表情の女の子を怯えた目で見返した。瞳同士が合った時、サキは思い出した。
……そうだ……
……あ、あたしはまだ……
……あたしはまだ……
……小学生だったんだ!
サルはすぐに見つかった。暗い空間の中、一人佇んでいた。
「サル!」
アヤの声掛けにサルは肩をビクッと震わせてこちらを向いた。
「皆の衆……と……。」
サルはアヤ達を見た後、その後ろにいるヒメちゃんに目を向ける。
「サキ殿に何をしたのでござる……。何が目的でござるか……。」
サルは細い目を見開き、ヒメちゃんを睨みつける。声は平常だが瞳孔は開いており、今にもヒメちゃんに掴みかかりそうだ。
「ワシは知らぬ。あの娘が消えたので心配になってこの空間に入り込んだのじゃ!」
ヒメちゃんはアヤの後ろに隠れながら叫ぶ。
「どういう事でござるか?そちはこの件に関して無関係だと言うのでござるか?」
「そういう事じゃないのじゃ……。」
ヒメちゃんが完全にサルにおされているのでアヤが説明をした。
「夜を止めていた元凶は彼女みたいだけどそれにはふかーい事情があるらしいわよ。何かは知らないけれど。あ、それとサキを陸へ飛ばしたのは彼女ではないわ。」
「……やはりサキ殿は陸へ……。」
サルは細い目をさらに細め、ヒメちゃんを睨む。
「ワシは知らぬぞ?本当じゃ。とりあえずここから出ようぞ?」
「出られるのでござるか?」
サルは腕を組みながら様子をうかがった。
「そこの過去神か、未来神の歴史を共有すればのう……。」
ちらりと栄次とプラズマを見るヒメちゃん。
「俺のか……。」
栄次は顔を渋らせてヒメちゃんを見返した。
「俺のは無理あるんじゃない?」
プラズマは余裕のある笑みをヒメちゃんに向けた。
「……確かにのぅ……プラズマは元が人間離れしておる……。人間としての印象深い記憶がまったくないのじゃ……。引きずらず、時に流される……一番時神らしいかもしれぬな。おぬしは時神としての才能が最初から備わっていたというところじゃな。」
「あー、そう。嬉しくないスキルだね。才がありすぎて俺より力持ったやつが出て来れないって事かな?だから俺はいつまでたってもこの世界からおさらばできないのか。」
プラズマは笑顔のまま栄次に目を向ける。
「俺は引きずる方だ。……才がないのだが過去神が現れず俺はいまだに生きている……。時神になってからも引きずっているものは多い。まあ、いい。俺のを使え。どうせ忘れられない記憶なのだから……。」
そっと目を閉じた栄次を心配そうに眺めながらヒメちゃんは手をあげた。
「ならばもらうとしようかの……。おぬしの記憶を……。」
ヒメちゃんが言葉を発した瞬間、どこからか笛の音が聞こえてきた。
それと同時に音色と重なるように女の人の声がぼんやりと耳に入ってくる。
音色に合わせて歌っているらしい。だが歌詞はない。「ラ」だか「ル」だかの声しか聞こえない。これは平安時代あたりの記憶のようだ。
……姉上……。
栄次はぼんやりとその声を聞いている。あの時の記憶が鮮明に蘇ってきた。
俺が吹いている笛の音に合せて姉上が口ずさむ歌……。
栄次はあの頃、まだ幼かった。幼かったのにも関わらず戦地へ行かなければならなかった。
それだけこの名もなき村は窮地に陥っていた。この村を取り仕切る者に従い、栄次は戦地へと向かった。これはその直前の記憶だ。
「姉上、俺の笛の音、そんなにいいですか?」
「うん。私は好き。だから、ちゃんと帰って来てまた吹いてね?約束よ。」
姉が切なそうに笑うので見かねた栄次は笛を姉に渡した。
「これ。預かっててください。戦地では邪魔なだけですし、それに……お守りとして姉上に持っていてほしいのです。」
「そう。わかった。」
栄次は姉の顔をろくに見もせずに走り去った。
自分が死ぬという事は考えていた。
だが、姉が死ぬというのは考えていなかった。
あの時の栄次は無我夢中で戦地を駆け、生き抜くことだけを考えていた。
結局、戦は大敗したが栄次はなんとか生き残った。
ボロボロの体で村に戻ったがそこに村はなかった。
騎馬の通り道だったのか戦地がここまで広がっていたのかはわからないが邪魔な村をひとつ消したという風に家々すべて焼かれていた。
栄次は姉を探した。
栄次の家があった付近で白骨化した死体がうずくまっていた。栄次にはそれがすぐに誰だかわかった。
「あ……姉上……。」
その死体は大事そうに栄次が愛用していた笛を抱えていた。焼かれずに原型を保ったまま残っていた笛はもう奇跡としか言いようがなかった。
今考えるとその笛が無事だったのは自分が無意識に笛の時間を止めていたからなのではないかと思う。あの時から自分は時神だったのだ。
そう思う故、それを人間最後の記憶にした。
「……ふう。」
栄次がため息をつく。気がつくと路地裏にいた。
「出られたわね。」
アヤが空を仰ぐ。空は相変わらず暗い。
「ここはどこじゃ?」
ヒメちゃんが不安そうな顔をこちらに向けていた。
「俺は知らないなあ。アヤ、どこだ?」
「ええと、よくわからないわ……。」
プラズマが栄次を気にしつつ、アヤに質問する。
アヤもわからず首を傾げた。
どこだかはわからないが閑静な住宅街の路地裏のようだった。
「栄次殿、大丈夫でござるか?」
「俺は問題ない。」
栄次は顔には出していないが相当まいっているようだ。
サルは平然とたたずむヒメちゃんに目を向けた。
「歴史の神、さすがという所でござるな。」
「ん?何がじゃ?」
「だいの男があんなにまいっておるというのに一緒に記憶を共有した君は大丈夫そうでござるな。」
「……!」
サルの言葉にヒメちゃんは目を見開いた後、悲しそうに下を向いた。
「申し訳ない。そんなわけないでござるな。」
ヒメちゃんの表情を見てサルは自分の発言を訂正した。
「別によいのじゃ。何度もこういうのは見ている故な。」
ヒメちゃんは表情を元に戻し、あたりを見回した。
「これからどうするの?」
アヤのつぶやきにヒメちゃんは頭を捻る。
「うーむ。あの空間はいまだにあの場所に出ておる。時神三人集まると今度はここにそれが出てしまう恐れがあるのぉ。もう一度、楔をつくる故、しばし待たれよ。」
ヒメちゃんは路地裏にあった自転車を触り、何かもごもごとつぶやいた。
「何しているの?」
「今度はこの自転車が楔になるように設定したのじゃ。時神三人が触らんかぎりあの空間は出ん。」
「なるほど。」
「時神三人の空間に歴史を織り交ぜる事でうまくこの世界の帳尻を合わせたのじゃ!だからあの空間が出んのじゃよ。」
ヒメちゃんはえへんと胸を張った。
「それはいいがサキ殿を早く探さないとでござる……。」
サルは焦りながらヒメちゃんに詰め寄る。
「わかっておる。……む!」
ヒメちゃんが何かを感じ咄嗟に後ろを向いた。栄次が刀の柄に手を伸ばす音が聞こえる。
アヤも恐る恐るヒメちゃんの方を向いた。
「元凶は君らであるな?」
暗くて顔は良く見えなかったがこの声で誰かすぐにわかった。
「あなた、天狗……。」
「見つけたのである。あの娘を使い、何を企んでいるか。歴史の神よ。」
天狗はアヤを見向きもせずヒメちゃんを凝視している。
「降参じゃ……。バレてしもうたか。じゃが、事態はもっと大きいぞい。今回は壱と陸をまたがる大騒動じゃ。そしてワシはあの娘とは無関係じゃ。だがあの娘を守り監視しておる。」
「守り……?」
「とりあえず審議のため来ていただくのである。」
ヒメちゃんと天狗の声が静かな路地裏に響く。
「彼女が連れてかれるのは今少し困るのだが。」
栄次がヒメちゃんをかばうように立った。
「よい。」
ヒメちゃんは栄次の身体を柔らかく押しのけ、天狗に向かい歩き出す。
「ちょっとあんたがいないと俺達どうすればいいわけ?あんた、なんか知ってんだろ。」
プラズマが慌ててヒメちゃんに手を伸ばした。
「どうにかして陸に行くのじゃ。もうサキもおらぬ事だしこの夜を解除する故な。そしてサル。おぬしは何を言われても太陽神の命令は聞くでないぞ。そしてなんとしてもサキを守るのじゃ。」
「……っ!」
ヒメちゃんの言葉にサルは眉をひそめた。
「まずは夜を止めていた経緯について聞くのである。ついて来ていだだこう。」
天狗はしびれを切らしている。
「わかったのじゃ。本当はこんな事をしておる場合ではないのじゃがなあ……。この世界の神達に説明しなければならぬか……。めんどくさい故、最小限でなんとかするつもりじゃったがサキが向こうに行ってしまったからにはしかたあるまい。……ブツブツ。」
後半はブツブツ言っていて何を言っているのかよくわからなかったがヒメちゃんが事件にだいぶん関与している事がわかった。
ヒメちゃんはちらりとアヤを見た後、天狗の方へ向かって歩いて行った。天狗はヒメちゃんの手を取ると跡形もなく消えた。
「……なるほど……何か太陽の方で面倒事が起きているようね。そしてサキもそれに関与している。」
アヤがサルに目を向ける。
「そのために小生をこの空間に隔離したのでござるか。小生達サルは太陽神の命令に逆らえないのでござる。だから通信を切るために小生を……。」
サルがそこまで言った時、急に光が射した。太陽が昇り始めたのだ。つまり夜明けになった。
空は黄色のような濃い蒼のような色に染まっている。
「夜明けだ。太陽がすごく眩しく感じるな。」
栄次は登る太陽を見ながら目を細めた。
「私達にとっては夜の時の方が安全だったって事よ。……歴史の神に守られていたからね。今はそうはいかない。」
「そうだな。何が起こるかわからないって事だろ?夜明けがきれいだとかなんだとか言ってらんないな。」
プラズマはアヤの言葉にやれやれと手を振った。
太陽が昇ると同時にあたりは初夏の陽気に包まれはじめた。
「太陽神の命令は聞くなと……酷な事を言うでござるな……。陸に渡るには太陽に行かねばならぬというに……。」
「でも一つだけ気がついたわ。今、陸は夜なわけよね?太陽神達が敵だとするなら今、サキは安全って事よ。向こうは月が出ている。」
頭を抱えているサルを励まそうとアヤは口を開いた。
「そうでござるな。何故、歴史の神が太陽神からサキ殿を守ろうとしていたのかはわからぬがとりあえず今は安全でござるな。あの神はなかなか頭がいいでござる。」
「とにかく太陽に行けばいいのか?どうやって?」
栄次は渋面をつくりながらサルを仰いだ。
「普通に行けるがそれには日没を待つ必要があるのでござる。早めに行っても陸に渡れるのはこちらで太陽が沈んでから……。
太陽が大変な事になっておるのならなるべく今は身を隠して渡れるべき時に渡った方がよいと小生は思うのでござる。」
「正論だな。」
「そうね。」
栄次とアヤはサルの言葉に納得した。
「それより、俺達時神は元の世界に帰れるのかい?そっちのが心配だが。」
プラズマはぽりぽりと頭をかきながらアヤを見る。
「まあ、今はこの事件を終わらせてから考えましょう?」
「まあ、いいけど。」
「とりあえず、ここがどこだかわからないけど身を隠せる場所を探しましょう?」
アヤはプラズマから目を離すとサルに目を移す。
「そうでござるな。」
サルはゆっくり頷いた。
アヤ達はお互い頷き合うと身を隠せる場所を探すため動き出した。




