ゆめみ時…2夜に隠れるもの達12
しばらく立っていたセイはふと、自分がやった事に気がついた。生きている人間の心の世界をセイは壊してしまったのだ。ノノカがどうなったのか心配になった。人を憎み始めたセイだったがまだ、人を心配する心は残っていた。
「……。」
セイはぼうっとした頭で笛を吹き、自分の世界を作り、その世界を通って天記神がいる図書館へと出てから壱の世界である現世に向かった。
ライはセイの暗い表情を辛そうに眺めていた。ライが見ているとも知らずにセイは現世の図書館から外に出た。昼ごろなのか子供連れが多く図書館へと入って行っていた。外は雪が降っており、街もどことなく暗かった。図書館は幸い、ノノカが住んでいる所近くの図書館だった。雪が降っている中、セイは袖のない着物のままただぼうっとノノカの住む家まで歩いていた。
ライは寒さを体験する事はできなかったが雪が降っている事と人々が厚着をしている事から相当寒いのだろうと予想した。時期は一月かそこらか。
セイは雪が薄く積もっている住宅街をもくもくと歩く。もう少しでノノカの家に着くという所でセイはノノカに出会った。ノノカはダウンコートを着て首にマフラーを巻いていた。顔は寝起きだった。その寝起きの顔がセイに会って引き締まる。
「セイじゃん。笛を奪う夢見たけどまさか本当に現実になるとはね。私に笛ちょうだいよ。よくわかんないけどさ、その笛がアイディアの塊なんでしょ?」
ノノカはセイの笛の音に当てられて厄を貯め込み、狂暴になっていた。ノノカは突然、セイに襲い掛かった。
「……ですから……この笛は……。」
セイの制止もむなしく、ノノカはセイに飛びかかり、笛を無理やりもぎ取った。
「これがあれば!」
「ダメです……。笛を……返して……。」
ノノカは狂気的な笑みで笛を眺め、笑った。セイは笛を奪われ、突然に意識を失った。
「セイちゃん!」
ライはセイに向かって叫んだがセイは反応を示さずにその場に崩れた。
……人が持つはずがない笛が人に渡ってしまった事によってセイちゃんの存在理由が歪んでしまっている……。
神は人とは違い存在している理由が明確にある。それが少しでも歪むと神は意識を保てなくなってしまう。『神はコンピューターのようなものだ』と言う神もいる。プログラムが狂うとコンピューターがショートしてしまうのと同じようなものらしい。
ノノカは倒れているセイには目もくれずに笛を抱えて走り去っていった。
ノノカが走り去ってすぐ、セイの目の前にカラスが舞い降りた。カラスは人間の男のような姿になるとセイに声をかけた。カラスは天狗の面を被り、天狗の格好をしていた。
……あれは導きの神、天さん。
ライは不安げに天とセイを見つめた。
「何故、戻って来たのであるか?セイ……。弐の世界にいろと言っておったのであるが……。」
天は意識のないセイをそっと抱きかかえた。
「……む……。笛が……。」
天はセイが笛を持っていない事に気がついた。そして意識を失ってしまった理由が明確にわかった。
「これはまずいのである。誰か人に笛を持っていかれてしまったのか?……このまま派手な動きをしてしまったらセイの罪が高天原にばれてしまうのである……。」
天はセイを抱えてウロウロとし始めた。天はこの件をセイの為に隠そうと必死になっていた。弐の世界にセイがいたのは壱の世界の神は弐の世界に入り込むことができないからだ。
天は高天原東に所属する神である。セイが弐の世界にいた時は良かったが今は下手に動くと東の頭であるワイズにセイの事がバレてしまう恐れがある。
天が困っている時、金髪の女が歩いてきた。その女は白い着物を身に纏っていた。遠目で見ていたライはその女を見、驚いて叫んだ。
「……!お姉ちゃん!」
肩先まである金髪をなびかせながら歩いてきたのはライの姉、マイだった。
「マイ……。」
天はセイを抱きかかえながら救いを求めるようにマイを見つめた。
「笛をとられてしまったようだな。……大丈夫だ。私がワイズにばれないように笛を取り返してやる。天はセイをそのまま弐に捨てて来い。弐にいた方がどちらにしても安心だ。」
マイは意識を失っているセイの頬をそっと撫でるとそのまま天とすれ違い、去って行った。
「マイ……本当に大丈夫なのであるか?」
天の不安げな声にマイは背中越しに軽く手を振っただけだった。
記憶はまだ続く。もう笛はこの近くにはないのだが何故か記憶は続いている。場面は激しく飛び、月明かりが照らす城の城壁の前にライはいた。近くには小さな井戸がある。
「なんで俺をハメた……。」
白い着物のマイと先程高天原で会ったみー君が月夜に照らされながら井戸の前に立っていた。みー君はとても怒っているようだ。感情が高ぶり、強い神力が滲み出ている。
「それはこないだの仕返しだ。お前の断末魔、いい声だったぞ。そしていいザマだった。こういう物語を傍観できるとはたまらなく興奮するな。お前の情けない顔がしばらくわたしのおかずになりそうだ。ははは。」
マイはうっとりとした顔をみー君に向け、そして笑い出す。マイは大きな事件を起こし、みー君に何かしたようだった。
「ふざけんな……。」
「今回は悪役を演じてみた。いいだろう?影の悪役ってやつだ。悪役の裏を操る悪役。考えただけでもドキドキするだろう?そして悪役はこうしてヒーローにすぐに見つかる。まったく滑稽だ。」
みー君は乱暴にマイの胸ぐらを掴んだ。ライにはマイがみー君をわざと挑発しているようにも見えた。
「てめぇだとわかんねぇ方が良かったぜ……。わざと糸を残しやがったな。」
「やはりそれでここにきたか。わたしはもうワイズの傘下であり、あなたの下についている者。人間に直接手は下していない。わたしが下したのは神だ。人間がダメなら神でやるしかないだろう?ふふ、悪役が最後まで逃げ切れたら悪役ではない。こうやって捕まるのが常だ。ああ、急に現実に戻されたな。物語はここまでか。」
「……てめぇは全部見てやがったのか……。サキが傷つきながらも必死で動いているのをお前は笑ってやがったのか……。」
みー君はマイの胸ぐらから手を離した。
……サキ?太陽神のトップのサキかな……?
ライはサキと言う名の女神を知っていた。彼女はアマテラス大神の力を一番受け継いでいる女神だ。つまり太陽神の頭である。
「まあ、太陽の姫はよく動いてくれた。わたしの中の評価は高い。……なんだ?怒っているのか?ふ……当然か。」
「部下の不始末を黙ってみているわけにはいかねぇ……。」
みー君の言雨がマイを射抜く。マイは震えながら笑っていた。
「あなたの顔は部下を罰する時のものではないぞ。自己の感情が入り込んだ顔だ。その表情、なかなか出せるものではないな。……ああ、いや、すまない。上司であるあなたのお仕置きはしっかりと受けよう。紳士なはずのあなたがわたしに何をするのか。」
「お前は許さない。本当はその腕を斬り落としてやろうと思ったが……やめた。俺は女には優しいんだ。お前は女であった事を喜べ。そして腕を斬り落とされるよりも遥かに辛い罰を受けろ……。」
みー君は荒々しい言雨をマイにぶつける。マイは意思とは正反対にみー君に対し、額を地面につけた。
ライには何があったのかよくわからなかったがマイが大変な事をしてサキを傷つけ、みー君を怒らせているという事は理解した。
この記憶はだんだんと流れるように消えて行った。またまた場面が飛んだ。
ライは時間がだんだんとわからなくなっていた。ふと今度は住宅街から山道を走り抜けるマイが映った。マイとみー君とサキに何があったかは知らないがまたこの三神の記憶らしい。
マイの手にはセイの笛が握られていた。
「やっとだ。やっと手に入れた。過去戻りまでしたのだ。ここまでやってセイが見つかるわけがない。」
マイは独り言のようにつぶやき、息をはずませながら山道を登る。
「待てよ。」
マイが山道を登っているとみー君と太陽神サキが待ち構えていた。
「!」
マイは驚いたように足を止めた。
「ずいぶん無茶苦茶やってくれたじゃねぇか。語括。」
みー君は怒りを押し殺した声でマイを睨みつけた。
「まさかあなたがここにいるとは……。太陽の姫だけがこちらに来たかもしくは参の壱にいるのかと思ってたぞ。」
マイはクスクスと笑うとそっと手を前にかざした。すぐさまみー君はマイの腕を掴み、木に押さえつけた。
「ぐっ!」
マイの手から糸と傀儡人形が落ちた。
「おっと。その手にはのらねぇぜ。」
みー君は低く鋭い声でマイに威圧をかけた。
「なんだ?今度は私をちゃんと殴るのか?」
「お前、俺に殴られたいのか?変わった性癖だな。殴られたらイテェだけだぞ。」
みー君はマイの挑発を軽く流した。
「あなた……なんだか少し変わったようだな。」
「……ん?なんだこれは。笛か?」
みー君はマイが持っていた笛を奪い取った。奪い取った刹那、マイの表情が変わった。
「それを返せ!」
はっきりとした怒りの感情がマイを渦巻いた。押さえられていない方の手でみー君が持っている笛に手を伸ばす。
「この笛が何だって言うんだ?」
「あなたには関係がない!」
「お前……何かを背負ってやがるのか?」
みー君はマイに笛を返してあげた。マイはみー君とサキを睨みつけると声を上げた。
「私はあなた達を上の座から引きずり下ろしたいだけだ。」
マイは不敵に笑うとみー君から逃げようとした。
「おっと。逃がさねぇよ。まったく、どこまでも反抗的な部下だ。俺はお前に情けをかけるつもりはない。お前がやった事は大きすぎる。高天原で罰を受けろ。俺から逃げられると思うなよ。」
みー君は凄味をきかせマイを黙らせた。
「ふん……屈辱だな。このまま笛を壊して果てるのもいい。」
マイがそうつぶやいた刹那、みー君が思い切りマイの口に指を突っ込んだ。みー君は焦った顔でマイを見た。
「馬鹿。……舌を噛み切ろうなんて思うなよ……。」
みー君がそっとマイの口から指をはずした。
「馬鹿だな。舌を噛み切って死ねるのはドラマだけだ。汚い指を私の口に入れるとは。」
「……っち。」
マイはケタケタと楽しそうに笑っている。みー君の頬に冷や汗が伝った。
……こいつ、本心が見えない……。やる事がすべて本当の事のように感じる……。これが演劇の神か。完璧に俺をおちょくってやがるな。
みー君は仕方なしに自身の神力をマイに巻きつけ抵抗できなくした。マイは罪神が着る真っ白な着物に変わり、鎖が身体中に巻きついていた。
「いいか。死のうなんて絶対考えるな。」
「ふふふ。あなたの表情の変化はいつみても面白い。」
みー君は顔をしかめながらマイを引っ張ってサキの所まで連れて行った。ライはマイがみー君達をわざとからかい、自分に対する憎しみを増やそうとしているのだと思った。自分の姉ながら凄いとライは感じた。記憶を見ているライもマイの本心がまるで見えない。演劇の神は演じる神、本心を常に隠しているようだ。
「マイ、あんた、ずいぶん簡単に捕まったんだねぇ……。」
サキの言葉にマイは含み笑いを浮かべた。
「さすがに天御柱に勝てる気はしない。こうなってしまったらもう負けだ。見つかった時点で負けが確定していたんだ。」
マイはどこか清々しい顔をしていた。あれだけの事をしておいて何の感情もないのかとサキは少しだけ怒りを覚えているようだ。
「なんの謝罪もないのかい?あんたのやった事は許される行為じゃないよ!」
「ふん。私はこの世界の事などどうでもいい。私は私利私欲のために生きると決めたのだ。あなたに何を言われようが知った事はない。」
マイの返答にサキは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「サキ、こいつに何を言っても無駄だ。人でも神でも何を言っても変わらない奴もいる。こいつは高天原で俺の部下として裁かれる。それでいい。それ以外の感情は持つな。面倒なだけだぞ。」
みー君はそっけなくそうサキに言い放った。
「そんなの……悲しいじゃないかい……。わからせて過ちを認めさせないとマイは先に進めない。」
サキは酷く悲しい顔でみー君を仰いだ。
「俺はこういうやつを沢山見てきた。ヒーローものみたいに世の中は簡単じゃねぇんだ。俺も昔は罪を認めさせようとあれこれやったさ。罪を認めた奴は基本、何も言わなくても自分がした過ちを悔いる。だがこういうやつは最後まで狂ってやがる。」
みー君は冷酷な笑みを浮かべているマイに目を向けた。
「あんたは……本当に何も感じていないのかい?」
サキはマイに問いかけた。
「太陽の姫が私にモノを言うのか。……別に後悔はしていない。」
「……。」
サキはどこか悲しそうだった。太陽神は人の心を照らす神だ。改心してくれることを期待したらしい。
「語括神マイは俺達が心底嫌いなようだな。しかし、何かの目的を達成したといった顔をしている。こいつもこいつなりに何かあったんだろう。」
みー君はサキの肩を叩き、おとなしくさせた。
「あたしはマイの尻拭いをしただけって事かい……。」
「そう落ち込むな。お前は被害者達を救ったんだ。あの人間達の笑顔を思い出せ。あの笑顔はお前が守ったんだ。」
「……。」
「それは俺にはできねぇ事なんだよ。俺は人から厄を起こすなと恐れられて祈られている神だから。だがお前は俺が出来ない事をやれる。お前は胸を張っていいんだ。」
サキが下を向いているのでみー君はサキの肩をそっと抱いた。
……違う……。みー君もサキもお姉ちゃんを知らない。……お姉ちゃんがやった事はセイちゃんを助けるためにした事……。みー君もサキも勘違いしているわ。
……下にいる神は自己を守るのも大変なのに、上にいる神は世界がおかしくなる事を全力で防ごうとしている。それはいいと思うけど……私達からするともっと……私達を守ってほしい。
……お姉ちゃんはきっとそれに気がつかない上に立つ神々を皮肉ってああいう事を言っているんだね。
……でもお姉ちゃんが犠牲になってくれたからセイちゃんの罪がばれなかったのは事実。
……複雑。
ライはそっと目を伏せた。
……お姉ちゃんは過去戻りをしたって言ってたね。お姉ちゃんが何をしたかよくわからないけど過去戻りも犯罪。みー君とサキは過去戻りをしたお姉ちゃんを追って過去である参の世界に入ったんだ。と、いう事はここは参の世界。
ライは唸りながら記憶の続きを見る。マイとみー君とサキは元の世界、壱に戻るために時神が出した空間を歩いていた。あたりは真っ白で何もない。その真っ白な空間でマイは笛をそっと投げ捨てた。
「ここは参から壱に続く、時神が出した道。普通は出せない幻のようなものだ。……おそらく弐の世界が絡んでいる。ここで笛を捨てれば笛は弐の世界にたどり着いてくれるはずだ。そうすればセイの手元に……。」
マイの声はかすれて消えて行った。それと同時にライも白い霧のようなものに包まれ、意識を失った。




