ゆめみ時…2夜に隠れるもの達11
……何?
ライは戸惑い目を瞑ったが再び目を開けた。辺りはよくわからないが森の中にいた。
薄暗い森で夜空に月が見えている。
「あれ?なんで私……こんなところに……。」
ライがそう言いかけた時、ライの横を駆け抜けるようにセイが通り過ぎた。セイは左手に笛を持っていた。
「!?セイちゃん!」
ライはいきなりセイが現れたので驚いたがすぐに追いかけようと走り出した。しかし、世界はライが走り出さなくても勝手にセイを追っていた。
……あれ?この感覚は……。
ライは一度こういう感覚を味わった事があった。それはついこの間、時神達が集まった時に現れた笛が見せた記憶。感覚はそれとまったく同じだった。
……これも笛が見せている記憶?
ライは勝手に動く風景を呆然と見つめた。
ライが動揺している中、セイは一つの木の前で振り返り、木の幹に背中を預けた。顔には怯えの色が浮かんでいる。何かから逃げているようだ。
「はあ……はあ……。そんなに逃げなくてもいいじゃん。」
「!」
セイは声の聞こえた方に怯えながら目を向けた。木の影から息を上げながら高校生くらいの女の子が顔を出した。ライはその女の子を見たことがあった。
「……あの子は……ノノカって女の子!」
ライは思わず叫んだがノノカにもセイにも声が届いていないようだった。
情景はどんどん先へ進む。セイは震える手で笛を持ち、ノノカを見上げていた。
「この笛は……渡せないんです。なんで奪おうとするのですか!ノノカ……。」
「何馬鹿な事言ってんの?これがあればあんたを使って素敵な曲作り放題じゃん。私にもっといい曲作らせてよ!あんたに言う事聞かせないとだから笛は私が持っててあげるよ。セイ!」
ノノカはどこか必死な顔でセイに近づいた。
「こ、来ないで下さい!私はただ、ひらめきを人に与えるだけです!あなたの奥底に何も眠っていなければひらめきを引き出す事はできないんです!」
「それはないよ。私、間接的に人を二人も殺したんだからさ、なんとかしてってば!ねえ?」
拒むセイにノノカは叫んだ。
ノノカが手を伸ばした刹那、ノノカの目の前に学生服の男の子が現れた。
「ノノカ……お前だけは殺してやる……。絶対に僕は許さない……。」
「……っ!ショウゴ!」
ノノカは目を見開いて驚いた。ショウゴと呼ばれた男は憎しみが籠った目でノノカを睨んでいた。
「ショウゴ……あんた、自殺したんじゃ……。」
「ああ。死んだ。だからこうしてお前の世界に入り込んでやったんだ。」
「私の世界?はあ?何言ってんの?」
困惑しているノノカにショウゴはナイフを突き立てた。ノノカの表情が曇った。
そんな様子をライはヒヤヒヤしながら見ていた。
……ここはノノカって女の子の世界。つまりノノカは今、夢を見ているって事だね。その心の世界にショウゴって男の子の霊が入り込んだ。……いや……呼ばれたのかもしれない。
人は心の内部で世界を作る。ここはノノカの世界のようなのでノノカが思い浮かべているショウゴになっている可能性があった。
……という事は……ノノカって女の子は……自分でも認識していない心の奥底でショウゴが自分の事を憎んでいると想像しているって事。つまりノノカは……自分がショウゴを殺したと思っているのね。
ライはノノカを見てそう思った。セイはそれに気がついておらず、ただ笛を大事そうに抱えているだけだった。
ショウゴがノノカに手を伸ばした時、ショウゴは何かに吹っ飛ばされるように倒れた。
「!」
ショウゴもノノカも何が起きたかわからず、しばらく固まっていた。
「ショウゴ……。俺はノノカを守るよ。」
しばらく経って眼鏡をかけた男の子が現れた。
「……タカト……。」
ノノカは呆然と突然現れた男の子、タカトを眺めていた。タカトはノノカをかばうように立った。
「タカト……僕達を狂わせたのはノノカだ!そこをどいてくれ!」
ショウゴは苦しそうにタカトに叫んだ。
ライはタカトの出現でノノカが何を思っているのか予想した。
……おそらくタカトって男の子はノノカの奥底では今も自分を守ってくれる存在。壊れそうな心の自己弁護のために……タカトはいる……。そしてタカトに対する罪悪感も持っているんだわ。
ライは進んでいく会話に耳を向けた。
タカトはノノカに何か小声で言葉を発していた。その内、一つだけ聞き取れた。
「こんな笛があるからいけないんだ。ノノカ。」
「はあ?あんた、何言ってんの?あの笛は私の!」
タカトはノノカを押しのけるとセイの元へと歩き出した。
……ノノカは笛を奪う事も心で迷っている?
タカトの行動を見、ライはノノカの本当の心を知った。ここはノノカの心の世界。ノノカの本心が夢となって表れている世界だ。普段の言葉は皆、ウソか心と意識がすれ違っているのか後悔している事を認めなくないのか、それはよくわからないがノノカの心に潜むものはわかった。
しかし、セイはそれに気がついていない。笛を壊そうとするタカト、笛を奪おうとするノノカ、ノノカを殺そうとしているショウゴ。自分がした事によって複雑化してしまったのは後悔していたがセイの中では人がどれだけ醜い存在かと言う疑問が生まれていた。そしてタカトが笛を奪おうとした事でセイの心で何かが切れた。
「人はおかしいです。……もう嫌です。近寄らないで!」
セイは怯えた目で三人を見つめ、咄嗟に笛を吹いた。セイはショウゴが死んだ辺りから笛の音色に悲しみが混じるようになった。心には厄が溜り、セイは徐々に厄神に近づいていた。それが笛を吹いた事でさらに増し、憎しみが笛の音に乗って三人を苦しめた。
「うう……。」
三人が頭を押さえている中、記憶を覗いているだけのライでさえも頭がくらくらとしてきた。
セイの笛の音色で夜を生きていた者達の魂を呼びよせてしまった。そしてその笛の音色で最初に壊れたのはノノカだった。
「な、何?これ!頭が……。」
ノノカが頭を押さえ倒れ込む。ノノカが倒れ込んだ刹那、ノノカが作った世界は崩壊した。世界が崩れた事により、タカトとショウゴは浮遊していた魂と共にどこかへ飛ばされてしまった。ノノカの世界は黒く染まっていき、ノノカにも何か魂がついた状態でその場から透けるように消えて行った。
真っ暗な世界に独り取り残されたセイは口から笛をはずし、虚ろな目で目の前に立つ二つの影を呆然と見つめていた。もうセイの瞳には光はなく、禍々しいモノが身体を覆っていた。




