ゆめみ時…2夜に隠れるもの達6
ライは無我夢中で走ってなんとか笛を捕まえた。
「はあ……はあ……やっと捕まえた……。」
禍々しいものを放つ笛はライの手におさまった直後、おとなしくなった。
……なんでいきなり飛んでいっちゃったんだろう?この笛……。
ライが首を傾げて笛を眺めるが笛については何もわからなかった。ひとまず安心したライはあたりを見回した。
「はっ!」
あたりは無数の世界がネガフィルムのように帯状に連なっているよくわからない場所だった。宇宙のように星が散りばめられている場所でライはフワフワと浮いていた。
そこでライは自分の能力関係なしに弐の世界の深部に入り込む事がどういう事が思い出した。
……入ったら二度と同じ場所へは戻れない……。
笛を追う事に必死でそのことを完全に忘れていた。
「ま、まずい……。」
ライは事の深刻さに今、気がついた。
「どうしよう……。あっ!そうだ!」
冷や汗が頬を伝う中、ライは一つの方法を思いついた。ライの能力、心の深部ではない、妄想、想像などがある表の弐の世界を出す能力でうまく知っている場所に戻れないか。ライはふとそんな事を思った。
「私は絵という芸術のひらめきを人々に教える神……。人間が絵に描く想像の世界なら出せる。」
ライはひとりつぶやくと大きく頷き、ライの神具である筆をポケットから取り出した。
そのまま、世界を創造し、筆を走らせる。空間に絵を描いているのと同じだ。
そしてライは一つのドアを描いた。
「ふう。このドアから私が想像した世界へと入る。」
ライは自分で描いたドアのノブを握り、一呼吸を置いてドアを開いた。
「!」
刹那、一冊の本が鳥のように飛んできてライを引っ張りはじめた。ライは重力に引っ張られるように開いたドアの内部へと吸い込まれて行った。
「えっ……さっきのなんだったの?」
ライは気がつくと白い花畑の真ん中に立っていた。しばらく何が起こったのかわからず、放心状態だったがだんだんと意識をまわりに集中させる事ができるようになってきた。
「あれ?ここは……。」
ライは周りを見回し、ここが更夜、スズ、トケイが住んでいる世界だという事に気がついた。一面に広がった白い花が優しく風に揺れている。
「時神の所に戻って来れた!すごい!奇跡だわ!」
ライは興奮気味に後ろを振り返ったり、前を向いたりしていて本当に時神の世界なのか確認していた。
……やっぱり時神の世界だ。なんで戻って来れたんだろう?
ライは首を傾げた。もちろん、ライは天記神が時神の元へ導いた事を知らない。
しばらくライは考えていたがやがて諦めた。
「まあ、戻れたんだしいっか。」
ライはほっとした顔をすると目の前に建つ瓦屋根の家に向かって歩き出した。
「ちょっ……ライ!?」
ライが歩き出してすぐ、スズの声が聞こえた。スズはライの真後ろでクナイをつきつける形で立っていた。
「うわあっ!」
ライはスズが後ろでクナイを構えていたので驚いてしりもちをついた。
「ごめん。ごめん。びっくりさせちゃったね。」
スズは現在大人の姿だ。スズはどことなく焦った感じを出していた。
「スズちゃん?」
「そうよ。」
ライは咄嗟の事でまだ、スズであると頭の中に入っていなかった。
「どうしたの?いきなり音もなく後ろからクナイをつきつけたりして……。」
「んー……実はねぇ……ちょっと言いにくいことなんだけど……って、それよりなんであんた、ここにいんの?」
スズはライがここに再び現れた事に驚いていた。
「実はね……。セイちゃんの笛が……。」
ライが声を発した時、ライの横にトケイが飛んできた。
「ライ!大変なんだよ!更夜が……。」
トケイはライの前に立つと戸惑いながらライに叫んだ。
「え?更夜様が何?」
「あーっ!もう。なんか、会話がぐちゃぐちゃしてきたからとりあえず、うちで話をしましょう!」
スズが会話の混乱を収める為、瓦屋根の家で各々の話をする提案をした。
「そ、そうだね……。」
「う、うん……。」
ライとトケイはスズの意見に賛成し、家の中に入って行った。
蝋燭が沢山置いてある地下室で更夜と半蔵は睨みあっていた。半蔵は更夜を完全に弄んでおり、両手を縛られたままの更夜は唯一自由な足で半蔵の攻撃をかわし、受けている。
「このままじゃ本当に意識失っちまいますよ。」
半蔵は冷酷な瞳で傷だらけの更夜を眺めつつ、蹴りを更夜の脇腹に喰らわせた。
「っち。」
更夜は右足を上げると蹴りを足で防いだ。
「殺しゃあしないんだから大人しく半殺しになってくれませんかねェ……。」
「半殺しになるくらいなら殺せ。そうしたら俺は元の世界に帰れる。」
「殺しちゃったらこの世界で死んだ事になるだけじゃないですかい……。ここじゃない別の世界で復活されちゃあ困るんですよ。おめぇさんを再び捕まえんのは大変そうだからできりゃあ、ここで囲っておきたいんですよ。」
半蔵はクスクス笑いながら更夜の腕を小刀で凪いだ。更夜は足を振り上げ、足の指先に挟んだクナイで小刀を受けた。
「俺としては殺してくれた方がありがたいんだがな。」
「おめぇさん、けっこう身体柔らけぇんですね。それにまだクナイなんて隠し持っていやがったんですかい……。意外にしぶといなあ……。」
「悪かったな。……俺もこんなに逃げる隙がないとは思わなかった。」
半蔵と更夜はお互い笑い合った。更夜の方には余裕はない。どう頑張っても腕の鎖が外れない。更夜が試行錯誤していた時、すぐ近くで半蔵ではない男の声がした。
「半蔵、遊んでいる暇はありません。手っ取り早い方法をとってください。」
「!」
更夜はすぐ横で風が唸る音を聞いた。咄嗟に左足を上げて防御姿勢を取ったが防御の姿勢に入る前に男の右足が更夜の脇腹に深く入り込んだ。鎖が衝撃で大きく揺れる。更夜は大きくバランスを崩したが右足でなんとか踏ん張った。
「うぐっ……。」
更夜は低く呻いた。更夜は咳き込みながら自分を攻撃してきた男を視界に捉える。眼鏡がないので視界がぼやけていたが肩先まで髪がある男が羽織袴姿で立っているのは見えた。
男は更夜に顔を近づけると目を細めた。
「私は霧隠才蔵です。」
「!」
更夜は一瞬、驚いたがすぐに顔を引き締めた。
「てっとり早く言います。お前を逃がしてあげますよ。ただし、逃げたお前を私達がつけますがね……。」
才蔵と名乗った男は更夜に向かい、不気味に微笑んだ。
……なるほど……。逃げても仲間の元へはいけないという事か。仲間の場所がバレてしまうからな。弐の世界は変動する。その個々の世界の持ち主しかその世界の帰り道を知らない。
……俺は知っているから帰れるがこいつらは俺達の世界を見つけることができない。
……俺の後をつけると言っているところからすると俺に動くなと言いたいのだな。
「更夜……どうしますか?逃げますか?頭のいいお前ならわかりますよね?私の言っている意味が。」
「逆に聞く。あなた達が俺をここに留めておいたらあなた達が持っている情報を全部持ち逃げするぞ。それでもいいのか?」
更夜は才蔵を睨みつけながら言葉を発した。
「ははは!なかなか一筋縄ではいかない返答の仕方をしますね。鎖をはずしてしまったら逃げないでここで情報を盗む可能性もありえますね。でも、こちらは安心なんです。あなたの腕と足を折ってしまえば大人しくなりますから。」
「ずいぶんと残虐な事を言うんだな。」
「お前は幼い少女の腕を折ったではないですか。どの口がそんな事を言えるのか不思議ですね。」
才蔵はため息交じりに更夜につぶやいた。
「スズの話か?そうか。あなたは現世で俺がスズを殺す所を見ていたのか。俺が気がつかないとは……俺も陰ながら動揺していたって事か。あれは本当にまいっていたのだ。さすがの俺も冷酷になり続けるのは厳しかった。」
更夜は才蔵の動きに注意しながら壱の世界で生きていた時の事を話した。
「まあ、私もあの時は嫌な役目でしたよ。スズがあの場所から万が一逃げ出した場合の抹殺係でしたからね。あの子は勇敢でした。殺人鬼の男を二人殺せという任務……幼い女の子には重すぎる業務。スズの親は忍として芽が出ない娘を殺したかったみたいですね。息子が家督を継げればいいと考えていたようですし。」
「ふむ。ではスズは何も知らずに俺と壱の世界の時神、過去神栄次を殺しに来たというわけか。確かに忍としては出来損ないかもしれんな。真っすぐすぎる。」
更夜はため息をついた。
「スズ……あの子はお前の言いつけを破り、ここに乗り込んでくるかもしれませんよ?トケイと一緒に。トケイは忍ではないので捕獲しますがスズはどうなるのでしょうね。」
才蔵は再び更夜に微笑んだ。
「俺を脅す気か?」
「ええ。もちろん。いままでのお前ではこんな事をしても意味なかったでしょうが今のお前ならば効果的だと思いまして。ねえ、半蔵。」
才蔵は横に立っていた半蔵にいきなり声をかけた。
「そこでそれがしにふるんですかい。更夜、おめぇさんは背負い過ぎちまったようですな。これからも利用されるぞ。」
半蔵は更夜にそっと顔を近づけると更夜をじっと睨みつけた。
「まさか、服部半蔵と霧隠才蔵に拷問されるとは……。珍しい事だな。つまり、あなた達は俺に動くなと言いたいのか。」
更夜はまったくブレずに半蔵と才蔵にニヤリと不気味に笑った顔を向けた。
「そういう事ですよ。お前が大人しくしていればトケイとスズがいずれここに飛び込んでくるかもしれませんから。間違って連れて来てしまったのならばそれを利用すればいいんですよ。お前には餌になってもらいます。」
才蔵は更夜の腕に手をかけた。
「とりあえず俺の手足の骨を折るのか?」
更夜はため息をつきながら才蔵を仰いだ。
「その通りです。」
才蔵がそう言った刹那、地下室のドアが静かに開いた。才蔵と半蔵は咄嗟に開いたドアの方に目を向けた。
「何をしているのですか……?才蔵さんと半蔵さん……。」
声は弱々しい女の子のものだった。更夜は眼鏡がないため、ぼやけてあまり見えなかったが金髪のツインテールの少女のようだった。
「ああ。ここに来ちゃダメってそれがし、言ったじゃねぇですかい。」
半蔵はため息をつきながら少女の肩をそっと抱く。
才蔵の方は更夜の前に立ち、少女に更夜を見せないようにしていた。しかし、少女は才蔵と半蔵を押し切り、さらに奥に目を向けた。少女の瞳に傷だらけの更夜が映った。
「……っ!何しているんですか!この人はトケイじゃありません!それに傷つけないでって言ったじゃないですか!あなた達は信じていたのに……。やっぱり人は人を傷つけるんですか?どうしてですか!もう嫌……。」
少女は傷だらけの更夜を視界に入れながら震え、涙を流した。
「申し訳ありません。もう、この者には何もしませんからお許しください。」
才蔵は少女をそっと抱き上げ、涙を拭く。半蔵は少女の頭をそっと撫でていた。それは更夜にとってただ事ではない奇妙な光景だった。
……この娘は……もしや……セイ。視界がぼやけていてよくわからんが……なんだか禍々しいものを纏っている娘だ。
更夜は才蔵に泣きついている少女を訝しげに見つめた。
……今の会話からすると……この娘がトケイを探している……。という事は、この娘が半蔵と才蔵の雇い主……。
半蔵は少女を見つめている更夜をちらりと視界に入れ、舌打ちをした。更夜に情報を探られていると思ったのだろう。
「笛もお姉ちゃんに持っていかれたまま……これじゃあ、いつまでたっても敦盛さんに笛を返せません……。」
少女は才蔵の胸に顔をうずめながら小さくつぶやいた。半蔵と才蔵の顔は渋っていた。ここで少女が目的を泣きながらしゃべってしまったらすべて更夜の耳に届いてしまう。こちらの弱みを握られ、余裕がなくなる。
二人はそれをまず心配した。
そしてやむを得ず、更夜から離れることにした。半蔵と才蔵はまわりにいる忍達に更夜を監視しておくよう言うと、少女を慰めながら外へと出て行った。




