ゆめみ時…2夜に隠れるもの達5
ライはなんとか高天原にある東のワイズ領にたどり着いた。高天原東を統括する神、思兼神、通称東のワイズは近未来風の街並みが好きなのか現世でもあまり見ないような奇抜なビルを多く建てている。
道路は歩かなくても勝手に動く自動式。そびえ立つビルはまるでオフィス街のようだ。
その中、ひときわ目立つ金色のお城がワイズの居城だ。金閣寺を悪い意味で進化させたような落ち着きがないその城は西や北、南に住む神々からはあまり良く思われていないようだ。
ライは自動式の道路を通り、金色のお城の前で呼吸を整えた。
……お姉ちゃんと面会できるかな……。
緊張した表情をさらに引き締めたライはお城の中へと入って行った。
「おっと……。」
ライが中に入った刹那、男とぶつかりそうになった。
「あ……ごめん……。って、みー君?」
ライは目の前に立つ男性を驚きの表情で見つめた。男は鬼のお面を被っており、橙の長い髪に着流しを着ていた。この男は以前、対面しているのでライはこの男を知っていた。
「ライか。そんなに驚く事ないだろう。俺もここに住んでんだからな。」
みー君と呼ばれた男性はライに呆れた声を上げた。彼は天御柱神という名の厄災の神である。知名度は高く、かなりの神格を持っている神だ。ワイズの側近についている神でもある。
みー君が本気を出さなくても少し力を出しただけでライは負けてしまうだろう。
それくらいの神格の差がある。
「みー君……。お姉ちゃんに会いたいの……。お姉ちゃんに会いに来たの。」
ライは必死にみー君に訴えかけた。
「語括神マイか。あれは俺と太陽神の頭が必死で捕まえたもんだ。面会はできない。」
みー君は素っ気なく言い放った。
「そんな!何で?面会だけだよ!」
「あれは俺の部下だ。心配するな。暴力はしていない。」
ライが罪神である姉にひどい事をしていると思い、乗り込んできたとみー君は思ったらしい。
「みー君が紳士な事は知っているからお姉ちゃんに関しては心配していないよ。」
「じゃあ、なんだ?なんで会いたいのか言ってみろ。」
「……。」
ライは話そうとしたが口を閉ざした。妹のセイの事でマイと話がしたいと言いたかったがセイは人の運命を狂わせた罪神。周りが全力で隠しているがここでライが話してしまうとみー君がセイを捕まえに行くかもしれない。ライは姉に会うための理由を探した。
「どうした?」
「ちょっとお姉ちゃんの顔が見たくなっただけだよ。」
「会うなら俺も同伴するぞ。会話も全部録音させてもらう。」
みー君は仮面の奥の鋭い瞳をさらに細め、厳しく声を発した。
「そ、それは困るよ……。」
ライは戸惑いながらみー君を見上げた。
「マイは重犯罪神なんだ。また妙な行動をとられても困る。お前達が何の話をしようが勝手だが事件の匂いがした段階で調べさせてもらうぜ。お前、何か隠しているな?」
みー君の鋭い質問にライはか細い声でつぶやいた。
「隠してない……。」
「だったらなんで俺が同伴するのが嫌なんだ?」
「それは……。」
みー君はライを警戒していた。
語括神マイは次元を歪ませ、人の運命を狂わせ、神々を狂わせと散々な事をやった罪神である。太陽神の頭、輝照姫大神とみー君が主に動き、高天原総出でマイの逮捕を試みた。
この件はまた別のお話なのでここでは省くことにする。
「言えないならば会わせられないな。……ま、お前も一応、俺の部下らしいからな。なんかあるなら言えよ。そこそこの力なら貸すぜ。」
みー君は青くなっているライに優しく言葉をかけた。しかし、ライはこの件についてみー君に話すわけにはいかなかった。
……みー君に頼ったらセイちゃんの罪がばれる……。みー君は罪神のセイちゃんをきっと助けてはくれない。ワイズが罪神を見逃すことを許さないから。
ライはため息をつき、姉のマイが言っていた言葉を思い出した。
……上に立つ偉そうな神を苦しめてやりたかった……。
マイは捕まる少し前こんな事を言っていた。芸術神のような弱小神は上からの助けも借りられず、上からの命令には逆らえない。今回のセイの件もマイは上の神に助けを求めようとしていたのかもしれない。だが助けを借りられないと気がつき、自分でセイを救おうとしたのではないか。
……そういえばお姉ちゃん……天さんとの会話で『こんな状態のセイをあれが助けてくれるとは思えない。……お前はこの事を誰にも口外するな。……私がセイを守る。ワイズに一泡吹かせてやろう。』って言ってた。やっぱりセイちゃんの件を隠すために自分でわざと大きな事件を起こしてセイちゃんの件を隠した?そして代わりに自分が捕まったの?
ライはマイの事を何も知らなかった。だがマイがわざと事件を起こしてセイの罪を隠したというのは間違いないと思った。
「お姉ちゃん……。」
ライはマイの事を思い、目を潤ませた。
「お、おいおい。勘弁してくれ。隠してる事話せば会せてやる。」
みー君は泣きそうなライに慌てて声を発した。
「それは話せないんだってば……。」
「だったら会わせる事はできない。あきらめろ。」
みー君の言葉にライは拳を握りしめ地面に目を落とした。
「……わかったわ。」
ライがみー君に勝つ事は百パーセントない。みー君と堂々と交渉できるのは幹部クラスの神か相当高い神格を持った神だけだ。ライみたいな弱小神ではまるで話にならない。
ライはマイに会う事をあきらめ、天記神の図書館に戻る事にした。
みー君は寂しそうなライの背中をただ見つめていた。
「おい。マイ。」
みー君はワイズの居城の地下にある牢獄にいた。薄暗い牢獄の中にひときわ白い着物が目立つ。みー君は牢越しにマイに声をかけた。
「なんだ?また私を殴るのか?」
「馬鹿。俺がお前を殴った事なんてあるか?でたらめ言うんじゃねぇよ。」
「あなたはいつも私の元へ訪れるな。酷い折檻でも待っているかと毎日ヒヤヒヤしているぞ。」
マイは飄々とみー君に返事をする。
「お前、マゾか?」
「ふふ。あなたにならば殴られようが斬り刻まれようが構わない。私は待っているぞ。」
「悪いが俺にそんな趣味はない。」
マイはクスクスとみー君の反応を見て喜んでいた。
「……で?私に何の用だ。」
マイは真っすぐみー君を見上げ声を発した。
「今日、ライがお前に会いたいと言ってきた。お前も何か俺に隠しているだろう?お前が弐に捨ててきたっていうあの笛の件が絡んでいるんじゃないかと俺は思っているが。」
「……さあ、どうだか。」
「お前は相変わらずだな……。そろそろ口を開いてもいいんじゃないか?」
マイはまったく話す気がないようだ。みー君は頭を抱えながら牢獄の壁に背中をつけた。
ライは沈んだ顔で天記神の図書館に戻ってきた。
「……その顔じゃあ会えなかったのね……。」
天記神が図書館に入って来たライをみてつぶやいた。
「はい。会えませんでした。」
ライは落ち込んだ顔で図書館の椅子に座り込んだ。そしてセイが持っていた笛を懐から出す。
「……え?」
ライは笛を見て目を見開いた。笛は先程まで金色に輝いていたのだが知らぬ間に古い木の笛に変貌していた。笛からは禍々しい神力が漂っている。
ライは笛の変化に驚き、咄嗟に笛を下に落としてしまった。しかし、笛は地面につくスレスレでふわりと浮き、何かに引っ張られるように飛び出して行ってしまった。
「あっ!笛が!」
ライは咄嗟に飛んで行く笛を追いかけ走り出した。
「ライちゃん!」
天記神は走り出したライを慌てて追う。ライはそのまま図書館を飛び出し、霧の奥へと走り去って行ってしまった。
……しょうがないわね……。
天記神は手を横にかざし、一冊の本を出現させる。本のタイトルは『弐の世界の時神』と書いてある本だった。
……笛云々の前に弐の世界に入ったら簡単には外に出られなくなっちゃう事、あの子必死過ぎて忘れちゃっているのね……。こちらに戻って来れるように、せめて時神の元へあの子を導いて。
天記神は念を込め、手に持っている本をライの背中に向けて投げた。
本は鳥のように羽ばたきながらライの後を追い消えて行った。




