ゆめみ時…1夜を生きるもの達23
それからしばらく経ち、タカトの頭も冷えてきた。ショウゴは喧嘩の仲裁に入ってくれたのだが自分の発言のせいで怒った。そう思えてきて一度ショウゴにあやまらなければと思うようになった。そこでタカトは休みを利用してショウゴに一度会う約束をした。
メール文は『一度ちゃんとショウゴにあやまりたい。小さい頃、いつも遊びに行っていた山にでも登ろう。』そう書いて送った。返事は少し遅れて来た。
『いいよ。』
その一言しか書かれていなかった。その後の返信で待合場所と時間を決めて送った。待合場所は登山道付近だ。登山道といっても大きな山ではない。子供が気軽に入れるような丘のような山である。
設定した時間通りにショウゴはタカトの前に現れた。
「ショウゴ……。いきなり呼び出して悪かったな。」
「今日は暇だから別にいいよ。」
二人は重々しい雰囲気の中、山を登り始める。
「ショウゴ、ごめんな。喧嘩の仲裁に入ってくれたのに俺、カッとなっててさ。」
タカトは素直にショウゴにあやまった。
「ああ……。別に。」
ショウゴはどこか投げやりな態度で頷いた。
「こうやってこの山に登るのも……久しぶりだな。」
タカトはぼそりとつぶやく。それを聞きながらショウゴは質問を投げかけた。
「なあ、タカトはノノカにあやまったのか?」
「……あやまってない。あれはノノカが悪い。」
ショウゴはタカトの返答に腹が立った。
……全部お前が悪いんじゃないか。自分勝手すぎるだろ。なんでノノカのせいにしてんだよ。
ショウゴはノノカの相談役をやっている内、タカトの心がまるで見えなくなっていた。ノノカが憂さ晴らしに話していた嘘を鵜呑みにし、タカトを勝手に作り上げていた。
あれからショウゴはノノカに頼られる事が多くなり、少しヒーローになった気でいた。タカトを悪者にする事でノノカに頼られる……それを行っている内、ある事ない事が本当の事のように思えてきてタカトを恨むようになってしまった。
「ちょっと、大人が行くような登山道に行ってみようか。」
タカトは分かれ道の真ん中に立つと少し険しそうな緑地の方を指差してショウゴに微笑んだ。子供達はこの分かれ道の先には行かない。ここから先は大人が登山を楽しむための道になっているからだ。
「別にいいよ。」
ショウゴはまた投げやりな返事をするとタカトに続き、険しい山道に足を運んだ。
二人は何も話さずに黙々と山を登った。
お昼だが登山客はいない。森のざわめきと鳥の鳴き声のみが二人の耳をかすめていく。もうずいぶんと高い位置に来たはずだ。気がつくと隣は深い谷のようになっていて、下の方に小さい川が流れていた。かなり高い。そろそろ山頂かと思いながら山を登っているとタカトが急に声を上げた。
「何?」
ショウゴは突然声を上げたタカトに呆れた顔を向けた。タカトは崖の下をしきりに見ている。
ショウゴがタカトの見ている方向を向くと崖下の手の届くところにスマホが落ちていた。木の枝にひっかかっている。タカトがスマホを取り出そうとした時、手が滑ったかなんかで崖下にスマホを落としてしまったらしい。
「スマホをポケットから取ろうとしたら落とした。木の枝に引っかかって下に落ちなかったから取れそうだ。」
タカトは恐る恐るしゃがむと崖下に手を伸ばした。タカトは今にも崖から落ちてしまいそうだった。
……このまま、押したらタカトは崖から落ちて死ぬな……。
ショウゴは呆然とそんな事を思った。
……押したら……殺せる……。こいつがいなくなれば……。
考えている事はおかしな方向へ行き、気がついたらショウゴはタカトを思い切り押していた。前かがみになっていたタカトは踏ん張る事ができず、そのまま谷底へ落下した。
「……っ。」
ショウゴはその時の感情で動いてしまった。そのまま恐る恐る遥か下の谷底を覗き込んだ。タカトは遥か下の岩に頭を打ちつけたのかまったく動かず、頭からは血が流れ出ていた。
……殺した……。僕がタカトを殺した。殺してしまった。
ショウゴの手足は震え、怯えの表情が浮かぶ。突発的にやってしまった事に恐怖していた。
……ぼ、僕は悪くない。悪いのはタカトだ。
ショウゴは震える足を押さえながら動揺した頭で山を降りて行った。
山をフラフラした足取りで降り切った時、公園で遊んでいる子供達が目に入った。
……僕達は昔、この公園でこの子達みたいに楽しく遊んでいたな。なつかしい……。またこんなふうに三人で遊ぶ事があればー……。
そこまでぼんやり考えた時、ショウゴはもう二度とタカトには会えないという事に気がついた。
こんな事をすれば人は死ぬ。そんな事は知っていた。理解はしていた。だが頭でタカトがいなくなった後の現実を思い描けていなかった。
……僕は何をしてるんだ!タカトを……崖から突き落としてどうする?
やってしまった後にショウゴはジワジワと湧いてくる恐怖に苛まれる事になった。
……もしかしたら……まだ助けられるかもしれない!
ショウゴはそう思い、慌てて救急車を呼んだ。殺そうと思ったはずなのにタカトにもう二度と会えないという現実を受け入れる事ができなかった。
……タカト……頼む……。生きていてくれ。
自分が何をしたかったのかよくわからなくなり、足は震え、頭が正常に働いていない。目から涙が溢れた。しかし、涙を流しても現実は変わらない。
世界は不変に回っているが自分の世界だけ狂ったかのように日常から離れていった。
救急車はすぐに来てショウゴは震える声で友人を落とした場所を説明した。タカトの救助最中、ショウゴの目には何も映らず、あたりは真っ暗闇になったようだった。
しばらくしてタカトが死んでしまった事がわかった。崖から落下し、頭を岩に運悪くぶつけ即死だったようだ。救急隊の人達はショウゴのメンタルケアに努めたがショウゴの耳には何の言葉も入って来なかった。まわりの大人達は友人を不慮の事故でなくしてしまったかわいそうな男の子だと思っているのだろう。しかし、ショウゴは声をかけられるたびに狂いそうなくらい心をえぐられていた。
やってしまった事は消せない。死んでしまった人は生き返らない。それは常識だ。
知っていた。わかっていた。わかっていたはずだった。
……僕がタカトを殺した……。殺してしまった……。なんでこんな事を……。
誰かにこの事を話す事で心にのしかかった重りが少し軽くなるような気がしたがこの事を誰かに話す事はできなかった。
ふとショウゴの視界に金髪の女の子が映った。
「……あの子は……。」
女の子はセイだった。セイとショウゴの目は一瞬合ったがセイの方がその場から逃げるように去って行った。
ライは記憶を見ながら本を閉じたいと心から願ってしまった。これから先の記憶が幸せな記憶であるはずがないからだ。これから先程更夜達と見たあの記憶へと移っていくのだろう。
嫌な思いをしたが本のページは無情にも進んでいく。
場面がまた変わり、日付も変わった。気がつくとライはショウゴの部屋にいた。
部屋の窓から夕陽が差し、橙色になっている。暗くなっていく部屋でショウゴは明かりもつけずにただ茫然と椅子に座っていた。
「あ……あの……。」
ふいに女の子の声がした。ショウゴは驚く元気もなく、虚ろな目で金髪の女の子に目を向けた。ショウゴはその女の子をぼんやり眺めながら幻覚を見ているような気になっていた。通常、自分の部屋に突如女の子が現れたら声が出ないくらいに驚くだろう。
しかし、この時のショウゴはまともな思考回路になっていない。
「……君は……えーと……誰だっけ?」
「セイです。」
セイは表情暗く名前を名乗った。
「そうだったっけ?で?人の家に入り込んでどうしたの?親は?迷子だろ?」
ショウゴの言葉にセイは首を大きく横に振った。
「違います。これを渡しに来たのです。タカトの日記帳……。」
セイはタカトが毎日つけていた日記帳をショウゴに差し出した。
「これ……タカトの?」
ショウゴはタカトの日記帳をセイから受け取る。よく見るとセイの手が震えていた。セイは今にも泣きそうな顔でフローリングの床を見つめていた。
ショウゴはセイに質問を投げかける前に日記が気になった。なぜこれを持っているのかなどの質問は後にしてショウゴはとりあえずタカトの日記帳を開いた。
『動画の酷いコメントも学校の噂も全部ノノカが原因だった。ノノカ……どうしてこんな事をしたんだ?俺には理解できない。ノノカは俺の事が嫌いなのかな。喧嘩の仲裁にショウゴが入って来た。俺は大切な友人に酷い言葉をかけてしまった。ちゃんとあやまんないといけないと思う……。ショウゴ、ノノカの相談役になっていたって言ってたな。俺はノノカも傷つけていたのか。最低だ。ノノカにも早い時期に会ってちゃんと話し合わないと。俺は人を傷つけてばかりだ。
ほんと……子供の時はこんな事で悩んだりしなかったけどな。あの時みたいに三人でまたー……』
日記はそこで切れていた。ボールペンのインクが滲んでいる。ショウゴの部屋はもう暗くなってきており、タカトの日記もほとんど文字が読めない状態だった。
「うっ……うう……。」
ショウゴの瞳から涙がポタポタと落ち、タカトの日記帳に染み込んだ。子供の時、公園のベンチに座り、ポケットゲーム機片手によく三人で対戦ゲームをして遊んだ。「外で遊びなさい」という大人に対し、ちゃんと外で遊んでいるのだと得意げに話していたタカトの姿が思い浮かぶ。「まあ、確かに公園でゲームは外で遊んでるよね。」とクスクス笑っているノノカ。そのノノカの表情が次第に変化している事にショウゴは成長していくにつれて気がついた。ノノカがタカトを見る目は自分を見ている時の目とは違う。自分自身もノノカを普通に見る事ができなかった。それが恋であると気がついた時、大人でも子供でもない中途半端な階段をショウゴは登り始めていた。おそらくタカトもノノカもこの中途半端な階段を登っている最中だったのだろう。
こういう気持ち、こういう考えは後に笑い話としてお酒を飲みながら語り合ったりするものだ。しかし、ショウゴの場合、もうこの思い出は笑い話にはならない。笑い話として話す相手もいない。
彼の選択肢は一本道へと急速に動き始めた。




