ゆめみ時…1夜を生きるもの達22
またまた場面が飛び、今度はタカトの部屋に飛んだ。タカトはベッドに横になり生気を失っていた。名門の音楽学校でも噂が飛び交い、ネットはもう怖くて見ていなかった。
動画もすべて削除し、学校にも行けなくなっていた。
「タカト……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。なんでこんな事になったんだ。ネットだけじゃなくて学校にも……。」
タカトの暗い瞳が一瞬、見開かれた。
「まさか……。ノノカの女友達があらぬ嘘を……。あの動画を俺が作っているって事を知っているのはノノカだけだ。俺に対する嫌がらせかもしくはノノカに対する嫌がらせか。俺の事でノノカも酷い目に遭っているかもしれない。」
タカトはノノカを疑わず、ノノカの女友達を疑った。タカトはノノカが酷い事をされていないかノノカと直接話そうと思い、ノノカにメールを入れた。
……小学校の時に遊んだあの公園に今から来る事ができるか?
メール文は質素になってしまったがノノカの状況をいち早く知りたかったのでこれで送信した。返事はすぐに来た。
……いいよ。今から向かうね。
ノノカのメール文もかなり質素で一言しか書かれていなかった。
タカトは不安な気持ちを抱えながら急いで支度をし、外へ飛び出した。セイも恐る恐るついていった。セイは自分が起こした事だとは考えていなかった。なぜ、タカトの曲が支持されないのか理解ができず、タカトの側から離れられなくなっていた。
タカトの家から例の公園はすぐだった。錆びたブランコと砂場しかない質素な公園のベンチに一人座り、ノノカを待っていた。二人で話したいからと言われ、セイは遠くから見守る事にした。セイが草木に隠れているとノノカが公園内に入って来た。
ノノカは部屋着のまま外に出てきたのか上下ジャージだった。
「何?いままで全然連絡よこさなかったくせに。」
ノノカは苛立ちを隠す気などなく、タカトにきつい言葉をかけた。
「なあ、お前の女友達から何か酷い事されていないか?」
タカトはノノカの言葉に返答する前に聞きたい事を聞いた。
「はあ?されてないし。連絡をよこさなかった謝罪はなしかよ。」
「俺が他人に音楽を作らせているっていうのは嘘だから。ノノカは気にしなくていいから。」
タカトはノノカをまっすぐ見つめ、言い放った。
「何言ってんだかわかんないんだけど。それ言ったの私だし。」
「……!?」
ノノカの言葉にタカトは耳を疑った。
「だってあんた、セイって子に音楽作らせているんでしょ。間違ってないじゃん。」
「それは違う。あの子は俺の作る曲を聞きに来るだけだ!」
「嘘つき。私もセイに凄い音楽作ってもらったし。あんた、それ認めないわけ?やっぱり最低だね。」
タカトとノノカの雰囲気が徐々に悪くなっていく。
「だからってネットにも学校にも変な噂吹き込むなよ!」
「だいたい、まったく連絡してくれないし、会う約束もしてくれない!あんた、私をなんだと思っているの?別れたいならはっきり言えば!きれいに別れてあげるよ!」
「それは今、関係ないだろ!」
タカトのこの発言でノノカは酷く傷ついた。
……関係ない?私はそこをはっきり聞きたいのに!
ノノカは目に涙を浮かべ、タカトを睨みつけた。タカトはタカトで自分の曲を汚された事とノノカがなんでそんな事をしたのかという点で話し合いたかった。タカトはノノカの行動を知りたいと思い、ノノカはその行動に至った経緯を知ってほしかった。二人の心はすれ違い、噛みあわない歯車となった。
遠くで見ていたセイは二人の状況が険悪になっていったので慌てて仲裁に入ろうとしたがタカトの言葉を思い出し、留まった。
……そうです。いつもノノカと一緒に帰っているあの男の子を連れて来れば……。
セイはショウゴを頼る事にした。ショウゴを探すべく林から抜け出し、住宅街へと走って行った。
映像はセイを追う形となり、ライが走っていなくても風景が流れていった。
「待つのである!セイ!もうこれ以上あの子達と関わるでない!」
ふとセイの前に立ちはだかったのはカラスになっていない人型の天だった。
「天様!どいでください!私、急いでます!」
セイは天の横をすり抜けるように通り過ぎた。しかし、天に手を掴まれた。
「待て!もうやめるのである!」
天の声が鋭く低くセイに突き刺さる。
「……天様、ごめんなさい。」
セイは肩を落としてあやまると片手で笛を吹き始めた。
「……っ!?」
天の周りはなぜか竹林に変わり、セイも湯煙のように消えた。これはセイの特殊技だ。笛を吹き、その者の心を音楽に変えて演奏する。演奏されると自身の心の幻が目の前に見え、上辺だけ弐に連れて行かれる。幻なので肉体は壱に存在している。
天は自身の幻に囚われ、セイを見失ってしまった。
「……セイ。これ以上は……。」
天の叫びもむなしく、セイは走り去って行った。
記憶の進行は天を置いて行き、セイを追いかける。セイはひたすら住宅街を走っていた。セイはショウゴを見たことはあったがどこに住んでいるかまでは知らなかった。ノノカとショウゴがいつも別れる通学路の分かれ道でショウゴが進む方向に進んでいけば会えると信じ、住宅街の角を曲がった。
「うわっと!」
セイが角を走り抜けた刹那、驚く男の声が聞こえた。セイは幸運か不運かたまたまショウゴに会ってしまった。
「あなたはショウゴ!私が見えますか?」
セイの問いかけにショウゴは戸惑いながら答えた。
「ん?み、見えるって?見えるけど……君、誰?僕と会った事あった?」
「私の事を見えない人の方が多いんです。私、音括神セイと申します。」
「……は、はあ……。」
ショウゴは必死のセイに困惑の色をみせた。
「それよりも、タカトとノノカが喧嘩しているんです!止めに入ってくれませんか?公園にいます!」
「!?……なんでタカトとノノカを知ってんだ?」
「とにかく止めて下さい!喧嘩は良くないです!」
「……?なんだか知らないけどわかった!」
ショウゴはセイに押し出されるように足を進めた。状況はまるでわかっていないが三人で昔よく遊んでいた住宅街の中にある公園を目指し走った。
喧嘩しているというセイの一言がショウゴの不安を煽っていた。それと同時にどこか嬉しい気持ちも沸き上がっていた。今度こそノノカが自分に振り向くかもしれない……そう考えると不安よりも喜びの方が強くなっていた。
ショウゴは息を上げながら公園にたどり着いた。セイの言っていた通り、ノノカとタカトが激しく言い争いをしていた。
「喧嘩はやめろよ。」
「ショウゴ!?」
突然ショウゴが現れ、タカトとノノカは驚きの声を上げた。
「ノノカが泣いているだろ!だいたいお前がノノカを放っておくから……。」
ショウゴは喧嘩の内容はよくわからなかったがとりあえずノノカの味方をする事にした。
「お前は関係ないだろ!俺とノノカの問題だ。入ってくんな!」
タカトは性格に似合わずショウゴに怒鳴った。ショウゴはなんだか気分が悪かった。自分でもよくわからない感情だ。羨ましいから妬んでいるのか自分だけ蚊帳の外に置かれている状況が嫌だったのかわからないがタカトに反抗したくなった。
「関係ないだって?ノノカのお前への相談をずっと聞いていたのは僕だ。何にも知らないくせによく言うよな。」
「お前だって何も知らないくせに。」
タカトはタカトで気分が荒んでいた。学校でもネットでもあらぬ噂を流され、ノノカともうまくいかず、何も知らないはずの友人から腹の立つ言葉をかけられる。タカトはその怒りをショウゴにぶつけはじめた。ショウゴとタカトは激しく言い争い、お互いを掴みあう勢いになってしまった。ノノカは男二人が声を荒げているのが怖くなったのか二人の仲裁に入った。
「もういい。なんであんたらが喧嘩してんの?あたし、もう帰る。」
ノノカは一応二人の喧嘩を止めると目に涙を浮かべながらどこかイライラした表情で去って行った。
「ノノカ!まだ話が……。」
タカトがノノカを追おうとしたがショウゴに止められた。
「行くなよ。これ以上、ノノカを傷つけんな!」
ショウゴは一言そう言うと自分も公園から去って行った。一人残されたタカトはノノカを傷つけてしまった理由もショウゴが怒っている理由もよくわからず、ただその場に呆然と立ち尽くしていた。




