ゆめみ時…1夜を生きるもの達18
セイは狭い部屋にいた。見た感じ女の子の部屋だ。花柄のベッドにクマのぬいぐるみが座っている。そしてこの狭い部屋に大きなグランドピアノが置かれていた。
椅子に座ってピアノを弾いている女の子がふとセイに目を向けた。
「セイ?」
「……ノノカ……タカトもショウゴも亡くなってしまいました……。ごめんなさい。」
セイは酷く切ない顔で女の子、ノノカを見上げた。
「いや、ちょうどいいよ。邪魔は消えたし、お姉ちゃんは悲しむかもね。まあ、お姉ちゃんは漫画描くのに忙しいから気づくのに時間かかるかもだけど。」
ノノカは何とも思っていないのか滑るようにピアノを弾きはじめる。
「……何言っているんですか?タカトもショウゴも死んでしまったんですよ!」
セイは必死にノノカに叫ぶ。
「だから何?別にいいでしょ。私に罪はかからないし、ショウゴは自殺なんだから。」
「……!」
ノノカはどこかイラついた表情でセイに向かい言った。セイは言葉がなかった。
「友達と恋人が死んだのに……そんな……。」
「はあ?あっちが勝手に言ってた事でしょ。私、知らないし。お姉ちゃんが描く少女漫画みたいな展開ってふつーないから。むしろ、あいつらには死んでほしかったところだし。」
「……死んでいい人間なんていない……。……そうだったんですか。ノノカがタカトとショウゴを間接的に殺したんですね。」
迷惑そうな顔をしているノノカにセイは小さくつぶやいた。セイは楽しそうにピアノを弾いているノノカにそっと背を向けると足取り重く消えて行った。
……一体、あの人間達と何があったの?セイちゃん……。
ライは去って行くセイの背中を苦痛の表情で見つめた。
夕闇が近づく中、セイは誰もいない神社で笛を吹いていた。
「きれいな音が出せない……。」
セイは笛を吹きながらぼやける視界できれいな夕焼けの街並みを眺めていた。頬を伝う滴は地面に吸い込まれて消えていく。
「きれいな音がでないよぅ……お姉様……。」
セイは嗚咽を漏らしながら泣いていた。
……私は人を悲しい気持ちにさせる曲しかできなくなりました……。どうしたらいいのでしょう……お姉様……。
最後にセイの声が風に流れて消え、風景は元の更夜達がいる部屋に戻った。
「……セイちゃん……今、どこにいるの……。セイちゃん……何があったの?」
ライは手で顔を覆い、つぶやいた。
「ライちゃん……落ち着いて。しっかりしなさいよ……。大丈夫。わたし達が頑張って探すの手伝うから!」
スズがライの肩を優しく抱く。ライはスズにすがった。
「……うう……。スズちゃん……。」
「……ライ、何があったかわからないけど僕もセイを探すよ!」
トケイもライを慰め始めた。
「……とりあえず、絵括、あなたは一度壱に戻りなさい。」
その中更夜は淡々と言葉を発した。
「更夜、ちょっと冷たいよ!」
トケイは更夜に向かい声を荒げる。
「……いいか、弐の世界は霊が自由に動ける世界だ。ここに奪い合っていた笛があると絵括が危険だ。笛と絵括は壱にいた方がいい。霊は壱には普通はいけんからな。」
更夜は表情なく言葉を発するとスズを呼び戻し、手当てに入った。
「……なるほど……そうだけど……んん……。」
トケイはどこか複雑な表情をしていたが更夜の言葉に納得したようだった。
「……更夜様の言った通りです。私、一度壱に戻ります。」
ライは息をふうと吐くと笛を握りしめた。
「壱に戻らなくても神々の図書館にいればいいよ。壱に行っちゃうと連絡とれなくなっちゃうし。」
トケイが表情なく頷く。神々の図書館とは弐の世界にある図書館だが弐の世界とは微妙に違う。人間達が利用する壱の図書館から神々にしか見えない霊的空間に入り、そこにある白い本を開くと神々の図書館に繋がる。弐の世界にあるが壱の世界の神々も利用できる空間になっている。弐の世界で唯一、壱の神、使いの動物だけが入れる空間で弐の世界の者はこの空間に入る事はできるが人型をとれず、魂の姿になってしまう。魂の姿になってしまったら何もできないので弐の世界の者は神以外、図書館のある空間に入ろうとはしない。
「天記神の図書館だね?」
この図書館の館長を務めているのは天記神という神である。
「そうそう。いいアイディアでしょ?けっこう強い神だから守ってくれると思うよ。」
トケイの表情はないが声が嬉しそうだった。
「そうだね!じゃあ、そうする!」
ライも大きく頷いた。
「僕、送ってくよ。」
トケイはライを促した。色々いきなりだが移動するなら早い方がいいだろうと思い、ライは素直に従った。
「あの……ありがとうございました。これからも迷惑かけます……。」
ライは声を震わせながらスズと更夜を見た。
「いいよー!私はライちゃんの役に立てるように頑張るからね?ライちゃんも頑張って。」
スズはニコリとライに笑いかけた。
「……何かあったら報告するようにするから安心して帰りなさい。」
更夜はライを一瞥すると「早く行け」と目で合図をしてきた。
ライはお辞儀をするとトケイと部屋を出て行った。
「……あの子、きれいな目をしていたね……更夜。」
ライとトケイがいなくなってからスズは更夜に一言そう言った。更夜はふと手を止めた。
「……そうだな。」
「あの子は人を傷つけた事……ないんだろうね……。」
「そうだろうな。」
更夜はスズの言葉に淡々と答える。
「ちょっと……うらやましいね……。」
スズは切なげに微笑んだ。
「……そうだな。……腹にも打撃を食らっているな……。」
「さっ……触らないで!」
更夜がスズの腹の様子を見ようとした刹那、スズの表情が一変した。更夜を激しく拒み、恐怖がスズの顔に浮かんだ。更夜は素直に手を引いた。
「……すまぬ。トラウマか……。」
「……ご、ごめん。あの時の記憶が出てくるから……触んないで。」
スズは小さくあやまり目を伏せた。
「……そうだな……。俺のせいだからな。スズは俺が怖かったのか。」
「当たり前でしょ!実力差が凄かったんだからね。あんたを殺せって言われたけど殺せるなんて思ってなかったよ。……今だってけっこう怖いんだし。」
スズはふうとため息をついた。
「……そうか。」
更夜はまた短く言葉を発した。
「あんたはわたしを拷問にかけないでそのまま斬り殺したね……。それ、更夜なりの優しさなわけ?」
「……どうしようもなかった。一番、お前にとっていい選択を俺はとっただけだ。拷問をして目的を言わせても何も意味はないと考えた。というのと……さすがの俺も子供にこれ以上手はあげたくなかった。」
更夜の表情が少し曇った。
「……お互い、辛かったって事だね……。」
「……。腕の治療をするぞ。腕ならいいだろう?」
更夜はスズのつぶやきには答えなかった。スズは小さく笑うと腕を差し出した。
「あんたの怪我はわたしが手当てしてあげるよ。外科の知識なら少しあるから。」
「お前にやらせると色々恐怖だ。俺は自分でやる。お前はここで大人しくしてなさい。」
更夜はスズの腕に素早く包帯を巻く。
「ほんとつれないねー。」
「もう無理はするな。あいつらとは交戦するな。忍術は教えてやるがその忍術を使ってまずは逃げる事を考えろ。絶対に戦うな。」
「するな、するなばっかりだね。ま、でも更夜の言った通りだね。あの人達、強いから全然かなわなかったしぃ。はあ……。」
スズは大きなため息を漏らした。
「……俺もだ。やつらと出会うのは今後俺も怖い。しかし、もし戦闘になったら俺は闘う。だが、お前は絶対に俺の真似をするな。俺がトケイとお前と絵括を守る。」
更夜はそう言うと救急箱を持ち、部屋から出て行った。
「馬鹿ねー。そりゃあ、背負い過ぎでしょ……。ま、いいけど。ほんと、固い爺さん。けっこう無理している癖に。……手先は器用なくせに性格は不器用な男。」
スズはふふっと笑って腕に巻かれた包帯を眺めた。
……トケイはともかく、わたしはライを守らないといけないね。あの子は色々と危ういし、わたし自身、あの子の事が好きになっちゃったしー。
スズはふうともう一度深いため息をついた。




