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ゆめみ時…1夜を生きるもの達16

 「ノノカちゃん、あなたは現世にお帰りなさい。笛はあなたの世界に隠して誰も入らせなければいいですからいますぐ行きなさい。使いの女忍をよこします。」

 チヨメはノノカにそう言うとそのまま走り去るように指示を出した。

 「わかった。後、よろしく。」

 「……!」

 スズがノノカを追おうとしたがチヨメが立ちはだかった。

 「追わせませんよ。」

 「トケイ……あの子を追って!」

 スズはチヨメをこの場に留めてトケイにノノカを追ってもらう事にした。

 「無駄ですよ。そちらの殿方はもう私のモノですから。」

 チヨメはいつの間にかトケイの側にいた。トケイの頬をそっと撫でた後、指でトケイの身体に触れる。

 「あっ……あの!」

 「目を……逸らさないで……私を見て……。あなたは素敵な男性……。」

トケイが顔を赤くし、目を逸らそうとしていたがチヨメの指により目線を戻させられた。艶やかな香りがトケイの意識をさらにおかしくしていた。

「……。」

チヨメはトケイの胸にそっと顔をうずめる。そしてチヨメは怯えた雰囲気の表情でトケイをゆっくり見上げた。この表情を見てトケイは妙な気分になった。

……か……かわいい……守ってあげなくちゃ……。

「あなたのあたたかい腕で私を抱きしめて……。」

チヨメは頬を紅潮させたまま、トケイの手を動かし自身の太もも付近を触らせる。

スズはそんな情景を見ながら固まっていた。片手にクナイを装備したままチヨメを睨みつけていた。

……こいつ……わたしが攻撃できないようにトケイを盾にしながら動いてる……。

これは相手の父性を引きずりだし、体を触らせてその気にさせる技。さりげなく男を立ててあげ、守らせる、抱かせるなどの行為をさせる。男の性格によって演技を変える事もある。

「トケイ!目を覚ましてよ!」

スズはぼうっとしているトケイに叫んだ。しかし、トケイの表情は変わらない。

トケイを置いてスズ一人でノノカを追う事なら今は可能だった。しかし、スズは動かなかった。女忍は男をその気にさせるだけが技ではない。その気にさせた後、何をするかわからない。忍はビジネス以外で何かする事はないがスズはトケイが心配でその場から動かなかったのだ。

……っち、下手に動けないね……。ほんと、良い事ないし、わたし、忍として弱すぎ。

スズが頭を抱えていると何かが倒れる音がした。

「!?」

チヨメとスズは音のした方向を向いた。ノノカを守るためにつけた女忍が無残に転がっていた。刀で斬られた傷があり、その傷から血が流れ出ている。もうすでに息はない。

絶命したと思われる女忍はその場からホログラムのように消えていった。

弐の世界に絶命も何もないがこの女忍はこの世界にはもう二度と入る事はできない。この世界で死んだことになっているからだ。

「は、放してよ!あんた誰?なんなの?」

次に暗闇からノノカの声が響いた。

「主?」

チヨメはパッとトケイから離れた。トケイは魂が抜けてしまったかのようにその場に座り込んだ。

「更夜!」

スズが歩いてきた銀髪の男に叫んだ。男はノノカの腕を後ろで捻り、歩かせていた。

「スズ、無事か。トケイは……まあ、いいだろう。なるほど。小娘、この笛が本物か。」

更夜はノノカの手から簡単に笛を奪ってみせた。

「ちょ……なにすんの!」

ノノカは更夜が怖かったのか小さい声で抵抗した。更夜はノノカをそっと離してやった。

「……望月……更夜……ですか……。あなたに色香は通じない事は知っています。昔一度会った時、術にかかりましたがあなたはクナイを腕に深く刺し、痛みで術を飛ばした。あの時は驚いて私は術を解いてしまいましたがね。」

「……。」

更夜はチヨメに対し、何も言わなかった。

……更夜がチヨメの術にかかった事があるって?あの女の色香に流されたって事?

スズはふと更夜を仰いだが更夜の表情は変わらなかった。

「望月チヨメ……会場でクナイを投げて俺の意識を逸らさせて笛を偽物とすり替えたな。あなたは何故、笛を求めている?」

更夜の質問にチヨメはクスクスと笑った。

「私に質問をして普通に答えるとでも?まあ、いいです。笛を求めていたのは私ではなく、主の方です。」

チヨメは更夜に流し目をおくる。どこか色っぽく、更夜の視線が不思議とチヨメの瞳と唇に向く。

「っち。」

更夜は咄嗟にクナイをチヨメに向けて投げた。チヨメは軽く避けたが視線が更夜からはずれた。

……流されかけた……。やはりさっさとこの世界から退場してもらうしかない。チヨメは色香に特化した忍。油断したら俺が死ぬ。

更夜はチヨメに向かい走った。八身分身を使い、チヨメの背後をとる。

「速いですね……。」

チヨメは更夜の蹴りを脇腹にくらい、大きく飛ばされ、倒れた。更夜が刀を抜き、チヨメに向かい構えたが振り下ろせなかった。

「本当に忍は忍にたいし容赦がないですね……。更夜……すごく痛い……。」

チヨメは更夜をじっと見つめながら甘えるような声でつぶやく。チヨメ以外であれば更夜は普通にトドメを差していただろう。だが、チヨメの仕草、表情、艶やかな匂いが更夜をとどまらせた。手を上げてしまった事に後悔すら覚えさせられた。

……奴は俺の蹴りをわざと受けたのか……。また目をそらせなくなった……。

更夜に一瞬の隙ができ、その隙にチヨメは更夜の懐に飛び込んだ。

……っち……動けん……。

チヨメは更夜の頬をそっと触る。そしてそのままチヨメの指が更夜の身体を滑るように動いていった。チヨメはちらりとスズを妖艶な瞳で見た。

「……。」

スズはまるで動けなかった。スズは子供の時に死んでしまった忍。女忍というものがどういうものかまだよくわかっていなかった。魂年齢も変えられ、心も弐の世界で大人になれたスズは自分が壱の世界で生きていたならいずれ、こういう姿になっていたのだろうと想像した。

……凄い……更夜が動けないなんて……。これが本当の女忍……男に戦う意欲を失くさせる。

 「……くっ。」

 更夜は動かない身体を無理やり動かし、チヨメの肩を拳で殴った。チヨメはふらりとよろけながら更夜を引っ張る。更夜はチヨメに引っ張られて地面に背をつけた。チヨメがその上に覆いかぶさる。

 「酷い男ですね……。今、顔を狙いましたね。」

 チヨメの吐息がそっと更夜にかかった。耳元にかかる吐息に更夜の頭がぼうっとしてきた。

 ……無意識に急所をはずしてしまったか……。俺は顎を狙ったはずだが肩の方にいった……。

 このままでは完璧に術にかかると考えた更夜はクナイで自身の足を思い切り刺した。血が勢いよくチヨメ目がけて飛んだ。チヨメの意識が一瞬だけ別の所に移動した。その隙に更夜はチヨメの腕にクナイを刺した。そのまま怯んだチヨメの腹を膝蹴りし、チヨメをどかすと顎に一撃を喰らわした。

 「ごほっ……っぐ……。」

 チヨメは更夜と距離をとると苦しそうに喘いだ。

 「……危なかった。」

 更夜は足に刺さったクナイを無造作に抜いた。

 「更夜様!」

 ふと更夜の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

 「……。」

 「ライ?」

 スズは声が聞こえた方向を向いた。林の影からサスケに抱えられたライが怯えた表情でこちらを見ていた。

 「忍はやるかやられるかだァよ。諜報している最中に敵国の忍と鉢合わせする事もあらァ。普段は闇に隠れる忍も相手が忍だと分が悪いだァろい?そうなったらお互い闇の中で殺し合うしかねィ。敵国に自分がいる事を知られねィように相手を殺す。敵国に情報をもらされねィように相手を殺すとなァ。だから普通はぶつからねィように動くんだが今回はちぃと違ったなァ。」

 サスケはライに微笑み、ノノカに目を向ける。

 「……っ。」

 ノノカは怯えた目で一同を見回していた。

 「サスケ……絵括に何をした……。」

 更夜が鋭い瞳でサスケを睨みつけ、静かに言葉を発した。

 「別に。マゴロクにひでェ事をされていたんでちょいと助けてやっただけよォ。」

 「更夜様……。」

 ライがサスケを振り切り更夜の元へ行こうとしたがサスケに止められた。

 「おおっと。動くなァよ。」

 サスケはライに小刀を向ける。ライは震えながら立ち止った。

 「上月サスケ……ですか……。まいりましたね……。笛も更夜にとられてしまって……良い事ないですよ。更夜の身体から笛を探しましたが見つかりませんでしたし。」

 チヨメはサスケを見て深いため息をついた。

 「……あんた、タカトのとこにいる忍者……。」

 ふとノノカが小さくサスケに向かい声を上げた。

 「主のため、その笛が必要なんだァよ。更夜。笛を渡せばこの神は解放してやる。あんたが逆らえば……。」

 サスケは更夜に向かい笑みを浮かべ言葉を発した。しかし、サスケの笑みはすぐに消えた。

 「なっ!」

 サスケは突然飛んできた何かに驚いて目を丸くした。

 「危なかったね……ライ。」

 「……え?トケイさん……?」

 トケイはライを抱きかかえながらウィングを広げ空に浮いていた。トケイはしばらく術にかかっていたが目を覚ましていた。そしてまわりの視線が自分にいっていないことを確認し、ライに近づいていた。そのままライを抱き、鳥のように空を飛んだのだ。

 「あー……交渉の人質が……。」

 サスケは残念そうに上空を見上げた。

 「トケイ!よくやったね!」

 スズはトケイにブイサインを送った。トケイは無表情のままスズに頷いた。

 「忍者さん達、何をしているかわからないけど弐の世界を脅かすような事になったら僕のシステムが稼働しちゃうからやめてね。これは警告。」

 トケイは一言、忍達を見回し警告をした。

 「システム……。」

 ライはトケイのいうシステムがなんだかわからなかった。

 「ああ、弐の世界がおかしくなると僕、感情がなくなって鎮圧システムになっちゃうからさ。弐の世界の時間管理は僕と更夜とスズがやっているけど僕だけは元々ここにいるからか時神以外に弐を中から守る使命を持っている。僕は弐の世界を監視しているコンピューターのようなものなんだよ。」

 トケイはライに丁寧に説明した。

 「……そ、そうなんだ……。」

 ライは弐の世界の事はほとんど知らない。トケイ、スズ、更夜の他に弐の世界に神がどれだけいるのかもわからないがトケイが重い使命を持っている事はわかった。

 それを確認した後、ライはこちらを見上げている忍達に目を向けた。

 ……今、更夜様が笛を持っているんだっけ……じゃあ私達に戦う理由はないかな。皆、怪我したらかわいそうだし……逃げた方が……。

 ライはそう思ったがどうやって逃げればいいかわからなかった。

 ……こういう時は……。

 ライは人差し指を立てそっと目を閉じた。動揺していた心が静かになっていく。まわりの音が聞こえなくなり感覚もなくなる。押し寄せていた波が一気に引いたようだった。

 更夜から教えてもらった精神統一の動作だ。

 ……凄い……。

 心が安定したライは目をすっと開き、キッと鋭い瞳で忍達を見下ろした。

 「……!?」

 ライの偽物の威圧がサスケ、チヨメを突き刺した。

 「な!?絵括神がこんな威圧をォ!?」

 これは神力なのか威圧なのかわからなかったがサスケとチヨメの動きがピタリと止まった。

 動きが止まった二人を見ながらライは思いついた事をしてみた。

 「忍法!トロンプルイユ!」

 ライはそう叫ぶと筆をサラサラと動かした。もともと絵のような世界なのでこの世界では普通に絵を描くことができた。林を新しく描き換え、弐の世界の中にライの世界を入れてみた。

 「しめた!」

 スズがそうつぶやき、走り出す。更夜もそれにならい走り出した。

 「トケイさん、スズちゃんと更夜様を足にしがみつかせてあげて。」

 「え?う、うん。」

 ライの指示に従い、トケイは高速で下降し、スズと更夜が走っている側まで寄った。

 「なんかよくわかんないけど足に捕まって!」

 トケイはウィングを動かし、更夜とスズに足に捕まるように言った。

 「わかったよ。」

 スズと更夜はトケイの足に手をかけ捕まる。

 「そのまま上がってまっすぐ進んで!」

 ライはトケイに叫んだ。トケイは頷くと空へ舞いあがった。

 「スズ、更夜、大丈夫?」

 トケイが心配そうに足に捕まっている二人に目を向けた。

 「大丈夫だ。」

 「衝撃は凄いけどね……なんとか……。」

 二人は必死でトケイの足にしがみついていた。

 サスケとチヨメは更夜を追おうとしたが行き止まりが多い迷路に閉じ込められていた。

 「っち!なんだィ?これは……絵かェ?」

 サスケは追うのを諦めるしかなかった。本物か偽物かわからない絵に囲まれ、進む事も戻る事もできない。

 「もう絵なのかこの世界の風景なのかわからないですね。こうなったらもう追えない。」

 チヨメも追うのを諦め、ノノカを連れてどこかへ消え去った。

 トケイはただ、まっすぐに空を進んでいる。夜だった世界はだんだんと明るくなっていた。

 「……で……さっきのはなんだったの?」

 少し余裕が出てきたスズがトケイに抱かれているライに質問をした。

 「トロンプルイユだよ!スズちゃん!うまくいったよ!」

 ライは嬉しそうにスズを見た。

 「とろんぷなんとかって何?」

 「トロンプルイユは騙し絵だよ!絵と風景を同化させたりするの!私流の忍術作ってみた!」

 「へぇ……なるほど……。忍術というより幻術?」

 スズはクスクスと笑った。

 「とりあえず世界から一度出るよ。更夜、笛あるよね?」

 トケイが更夜に確認をとる。

 「ああ。ある。まあ、こうなるとは思っていたが……優勝云々ではなくただ盗んだようになってしまった。ここまで忍が関与し奪い合いになるとは思わなかった……。一体、この笛がなんだと言うのだ。」

 更夜は懐にしまっていた笛を取り出す。笛は傷一つなく金色に輝いていた。

 「セイちゃんの……笛……。」

 ライは笛を見つめ、小さくつぶやいた。

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