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ゆめみ時…1夜を生きるもの達9

次の日、トケイが指定した時間より少し早い午前三時にライは叩き起こされた。


 「あんたね、だらしなく寝ている場合じゃないよ。」

 「ふ、ふわっ。あ……もう朝?は……はぃいい!」

 ライは寝ぼけているのか大きく謎の返事をした。


 「起きなさいって……。」

 スズは隣で眠っているライを大きく揺する。


 「ん……んん……。あ……おはよー。」

 ライは何度か揺すられてやっと身体を起こした。


 「のんびりしている時間はないよ。早く準備!」

 スズはライの布団を素早く片付けた。またスズが何時に起きていたのかわからなかった。


 「ああ……。う、うん。」

 ライは布団を少し恋しそうに見ていたが、すぐに目的を思いだし、スズから借りていた寝間着からいつもの服に着替えた。


 「入るよ。おにぎり作ってきた。」

 トケイが襖ごしに声をかけてきた。


 「はーい。いいわよ。」

 スズが言葉を発した後すぐにトケイが襖を開けた。


 「はい。おにぎり。」

 トケイは眠たそうでもなく、いつもと同じでお皿に乗ったおにぎりをスズとライの前に置いた。


 「朝ご飯!おいしそうなおにぎり……。この何も染まっていないきれいな白に正反対の黒い海苔が……。」

 ライはうっとりとおにぎりを見つめていた。


 「ライ、食べるよ。」

 「う、うん。」

 スズに急かされライは慌てておにぎりを受け取る。


 「味覚大会はこのお城でやるみたい。」

 トケイはスマホを取り出すと写真を画面に映した。


 「ふーん。」

 スズはおにぎりを食べながらじっくりと城を観察する。城は西洋風の城で、あんまり大きくはないが昔からある感じの城だった。この世界を作り上げた人間は西洋美術が好きなようだ。写真のはずだが油絵のように見える。味覚大会を開くくらいなら、西洋美術好きの料理人というのもありうる。


 「きれいな写真……。まるで絵みたい。」

 ライはうっとりとスマホの映像を眺めていた。


 「ここに忍がいるんじゃ、なんか不つり合いね。」

 スズはおにぎりを食べ終わると、トケイが持って来たフキンで口元を拭く。

 ライもおにぎりを食べ終わり、一息ついた。


 「入口は一カ所。たぶん、僕がエントリーするために入った扉しかない。そんなに観察してないけど中はちょっと古そう。」

 トケイは腿についているウィングの調子を見ながらつぶやいた。


 「後は行って確認するしかないねー。更夜にはそのまま味覚大会に出てもらって、わたし達は襲ってくる怪しい奴らを見つけ、排除。世界自体はけっこう広いみたいだから、とりあえず城付近だけよ。」

 スズがビシッとトケイに人差し指を向ける。


 「うん。」

 トケイは大きく頷いた。

 しばらく準備に専念したライ達はまだ暗い空の下、外へ出た。最後に外に出てきたのは更夜だった。


 「よし。では行くぞ。ライ、あなたはトケイに連れて行ってもらえ。俺達は走って行く。」

 更夜は隣で準備体操をしているスズに目を向けつつ指示を出した。


 「は、はい。」

 「では。」

 ライの返答に一言返した更夜は地面を軽く蹴った。


 「……っ!?」

 刹那、風がライの頬をかすめ、気がつくとそこにトケイ以外誰もいなかった。


 「もう行っちゃったんだね。じゃあ、僕達も行こうか?」

 トケイが呑気に声を上げた。

 「スズちゃんもいなくなっちゃった……。」

 「彼らは忍で魂だから、消えるようにいなくなっちゃうんだ。」

 「へ、へえ……。」

 ライが驚きつつ返答をした時、トケイが背中を向けた。


 「僕がおぶっていくから乗って。」

 「乗ってって……。」

 ライが戸惑っているとトケイから「はやくー」と声が上がったのでしかたなしに背中に手をかけた。


 「よっと。」

 トケイは軽々とライを背負った。


 「重くない?」

 「へーき。」

 ライは少し顔を赤らめてトケイに聞いたが、トケイは軽く一言言ったのみだった。


 急に腿の付け根についていたウィングが半分開き、靴の裏から爆風が噴き出した。


 「わーっ!」

 ライは叫びつつ、目を強くつむった。風が縦に流れていく。目をつむっていてもトケイが勢いよく上昇している事がわかった。


 「いきなりでごめん。もう大丈夫だよ。」

 静かにトケイの声が聞こえた。風はもうない。ライは恐る恐る目を開いた。


 「!」

 ライは目を見開いて驚いた。自分達がいた場所が遥か下にあり、あたりを見回すと沢山の世界がネガフィルムのように帯状になり絡まっていた。


大雪の世界の隣は常夏の海の世界と様々だ。


 「弐の世界はこんな感じ。ここが真相の世界かもわからない。今見えているこの世界は嘘で固められた妄想の世界かもしれない。生きている者が創り出す心の世界は、創った本人しかわからないんだ。今見えている一つ一つの世界が本当の世界の人もいるし、この世界の中に世界を隠している人もいる。だから僕もわからない。」


 トケイは話しながらウィングを最大限広げ、バランスをとる。


 「……。」

 「この一つ一つの世界の中に霊魂は住んでいるんだ。人の心の中でその人を見守りながらね。」

 「心を持つ者にはそれぞれの世界がある……。神の心もここにある?」

 ライの質問にトケイは軽く頷いた。


 「あるよ。神も夢をみるから。」

 トケイはつぶやきながらゆるゆると進む。場所はわかっているようなのでライは任せる事にした。


 同じような風景がしばらく続いた。ずっと風景を眺めていたはずなのに、知らぬ間に帯状の世界はなくなっていた。真っ暗な空間に変わり、キラキラと輝く星が眩しく、トケイとライを照らす。


 「宇宙みたい……。きれい。」

 「案外壱の世界の宇宙だったりして。」

 「ええ!」

 トケイがぼそりと無表情でつぶやいたのでライは急にドキドキしてきた。


 ……次元が違いすぎるけど……宇宙だったら怖い……。


 「ん?」

 トケイが突然声を上げた。


 「な、何?」

 「ライ、君、もしかしてこの世界に入れない?」

 「な、何?何?」


 トケイは真黒な空間に吸い込まれるように入って行くが、ライは何か壁が目の前に立ちはだかっているような気がして進めなかった。


もう二人は浮いた状態で、まるで宇宙の中にいるようにふわふわとしている。トケイと手を繋ぎ合って浮いているがトケイの下半身はもう黒い空間に入り込んでいて見えない。


 「そっか。ライは魂でもなければ僕のようにこの世界に存在する神でもないんだ。ライは壱の世界の神。芸術神は上辺の弐しか出せない。あ、僕達がいたあの世界は少し特殊でさ、弐の世界なんだけどまた別っぽいんだ。だから君は入ってこれたんだね。」


 「そ、そんな事はいいんだけど、わ、私はどうなるの?」

 ライは吸い込まれて行くトケイに向かい、困惑した声で叫んだ。


 「まいったなあ……。こう引力みたいに吸われるともうそっちに出られない。……ごめん。ちょっと待ってて。」

 無表情の顔が最後でトケイはライの前から姿を消した。


 「うわーん!こんなところで一人にしないでー!誰か―!」

 ライはワンワン泣きながらトケイが吸い込まれてしまった空間を叩く。その空間はライにはただの黒い壁にしか見えなかった。


 ―助けて……―


 「!?」

 ライがひたすら壁を叩いているとどこから声がしてきた。


 ―助けてー


 空耳かとも思ったが確かに誰かが助けを求めていた。


 「だ、誰?」

 ―助けて……。締め切りに……間に合わないよー……―

 声はこの暗い空間から聞こえた。


 刹那、ライの目に眩しい光が入り、あたりは黒色から真っ白に変わった。


 「!」

 ライはふと気がつくと見知らぬ空間に立っていた。あたりは真っ白だが、目の前に一枚の画用紙が浮いていた。その画用紙の前に力なく女性が座っている。


 「……。」

 ライは不思議とこの時、自分のすべきことがわかっていた。これは芸術神の本能なのか……。それはわからない。ライは無言でその女性に近づいていく。


 「何にも思い浮かばない……。締め切り……明後日なのよ……。どうするのよ。」

 若い女性は一枚の画用紙の前で苦しんでいた。


 「ねえ、私が見ててあげるから思ったままに描いてみなよ。」

 ライがそっと後ろから声をかけた。女性は驚きの表情でこちらを振り向いた。目にはクマができており、悩み、疲れた顔をしている。


 「……。」

 女性の手には知らぬ間に鉛筆が握られていた。ふと横を見るとその女性の横には水彩絵の具も散らばっていた。


※※

 

 私は『クッキングカラー』という少女マンガを描いている。いつも扉絵に使われるものは私が描くおいしそうな料理の絵。


毎回カラーで描いていた。アンケートでもおいしそう、きれい、作ってみたいなどの評価をもらっている。


はじめは私自身、料理好きという事もあり、美術的にカラフルにおいしそうに料理を描いていたが、最近はマンネリ化して描いていても楽しくない。きれいでカラフルでおいしそうな料理を描かなければと必死になればなるほど私の作画は酷くなっていく。


 苦肉の策で美術館巡りをし、色彩の本なども読んだが、読めば読むほど同じようなものになっていく。料理好きだった私がいつの間に料理がトラウマになり、好きだった絵はただの仕事の道具に成り果てた。そりゃあ、仕事なんだからしかたないけど、あの時の方が楽しかったな。

 ……自分で作った料理を描写していたあの時代がなつかしい……。


※※


 「それで色彩の勉強している最中に眠ってしまったんだね……。」

 ライはそっとつぶやいた。


 「どうしたらいいの……。今日のお昼にダメ元で神社行ってきたの。なんか漫画の神かなんかが降りてきたらいいのになあって。」

 女性は鉛筆を握りながら後ろに立つライを見上げる。


 「あちゃー……、あなたが行った神社、調べると食物神の神社だね……。いっぱいご飯は食べられるようになると思うけど……。」

 「食物神?ああ、なんだかお腹が空いてきた。おいしいラーメン食べたい。」


 「ラーメン、いいね。やっぱりラーメンはネギが入っていた方がいいな。色合いもきれいだし、あとはナルト、茶色のスープに白色とピンクって映えるよ。それとアツアツな白い湯気。」

 ライは今、女性が頭に思い浮かべているラーメンの中身を言っているだけだ。


 「……!」


 「後……スープは上から当たっている光も入れると、よりおいしそうにみえるし、色合いもきれいになるよね。」

 「……!」

 ライは別に絵を描いてあげるわけではない。その人が想像している奥深くの物を外に引っ張ってあげるだけだ。それをひらめきと呼んでいる。


 「やっぱり、描いてて楽しい方がいいよ。シンプルな料理でもあなたが思ったように描けばきっと素敵な絵になる。今のそのおいしそうなラーメン、絵にしてみてよ。あなたが今、食べたいと思うラーメン、私に見せて。」

 ライの言葉を聞き、女性は少女のように顔を輝かせ頷いた。彼女は夢中になって絵を描きながらすっと消えて行った。


 「……あれ?消えちゃった……。壱に帰ったのかな。」

 ライは真っ白な空間の中、ただ佇んでいた。


※※


 「はっ。夢!?」

 私は目を覚ました。机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。机の上は相変わらず散らかっている。窓から外を見るとまだ暗い。夜中のようだ。絵具やら、コミックマーカーやらが散乱している机から身体を起こし、広げられた紙を見つめる。普段、漫画はパソコンで描いているが、この扉絵だけはパソコンに頼らず描きたかった。


 ……ラーメン食べたいなー……。


 おいしそうなラーメンが目の前にある夢を見た気がする。シンプルだったかかなりおいしそうだった。ラーメンがやたら輝いて見えた。今ならおいしそうなラーメンが描けそうな気がする。この空腹の状態で一つ、食べたいラーメンを描いてからラーメン食べにいこうかな。


夢で誰かが一緒に隣でラーメンをすすってたような気がするけど誰だったんだろう。友達?

なんかその子がスープにうまく光を当てるととか言ってたな。


※※


 人間が見る夢なんてこんなものだ。実際は絵を描いていたのに都合よく変換され『誰かとラーメンを食べていた』に変わっていた。


 「まあ、それでもいいんだけど。」

 ライはふうとため息をついた。気がつくと白い空間は消え、西洋画のような世界にいた。


 ……中に入れたっぽい。この人、コックさんでも絵描きさんでもなかったんだ。料理好きの漫画家さん。ただ、西洋画とかも勉強していたから世界がこんなふうに……。


 ライはファンタジー風の世界を眺めながら歩く。さすが絵を描いているだけあり、風景は色彩豊かだ。


 ……更夜様とかがいる所はどこなんだろう?


 あたりが暗いのでライは怖くなり身を縮ませた。木はまるで描いたかのように風に揺れる。何かが出そうな暗い道をライは進んだ。かろうじてあたりが見えたのは空に眩しい月が浮いているからだ。


 ……あの月がなかったら私、歩けなかったよぅ……。


 そんな事を思っていると大きなお城がうっすらと見えてきた。

 とりあえず、ライは目の前に見えるお城に向かい足を動かす事にした。

 

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