流れ時…2タイム・サン・ガールズ3
「今日は泊まらせていただいてもいいでござるか?」
「え?ちょっといやよ……。見ず知らずの男性を泊めるなんて……。それに今、朝でしょ?」
「ここでは夜でござる。別に小生に下心などないでござるが……。」
「別にいいんじゃん?あたしは別に男がいようがいまいが寝るとこがあればいいや。」
サキはさっさとアヤの部屋へと向かう。
「あなたの家じゃないんだけど……。えっと、それからうちは狭いから寝るところないかも。」
アヤは遠ざかるサキを呆れた目で見た後、サルに向き直る。
「大丈夫でござる。」
サルはそう言うと人型から猿に変わった。
「猿になれるのね……。じゃあ大丈夫だわ。」
「基準がよくわからぬが……よろしくたのむでござる。」
サルを連れたアヤはマンションの中に入って行った。
アヤが部屋に入った時にはサキはもうベッドに横になっていた。
「あー。あたしのかわりにお風呂入ってきてー。」
「それは私がさっぱりするだけじゃない。お風呂入りたいの?」
「お湯いれてくれたら入る―。」
サキの言動にアヤがまた怒った。
「自分で入れなさい!風呂自動のボタンを押すだけじゃない!しかも自分の家みたいによくくつろげるわね!私の方が肩身狭い気がするわ……。」
「ごめん……。自分でやるよー。冗談だよー。」
サキはフラフラと立ち上がるとお風呂場へと向かった。
「まったく。一体何なのよ。」
「あの子には謎が多いでござる。」
猿になっているサルは机の上に座っていた。
「人間がいきなり神になる事なんてあるわけ?」
「死んでからはあるが……生きているうちにというのは聞かんでござるな。」
「うーん。」
「太陽の神達は皆、元凶は彼女だと言っているのでござるが小生は……うーん。」
「元凶は彼女?ありえないわ。彼女は何にも事態がわかってないわ。」
「無意識にという事もあるという事でござる。」
サルの目がアヤに注がれる。アヤは唸った後、頭をかいた。
「で、あなたは何のためにうちに来たのよ。」
アヤ達が話しているとサキが戻ってきた。サキはそのままベッドに直行すると横になった。
「うむ。太陽神達が監視役として小生を遣わしたのだが小生はお嬢さん達がなんかしたとは思えん。ので、事件解決の拠点としてお嬢さん……アヤ殿の家を拠点として……その……。」
サルは急にごもりはじめた。
「何が言いたいのかはわかったわ。ここにしばらくいるって事ね。」
「うむ。そのかわり、お嬢さん達を守るでござる。」
「……そう。あの天狗にまた襲われた時にあなたがなんとかしてくれるわけね?」
「うむ。A bargain is a bargainでござる。」
「は?ばーげいん?」
サルがまじめに英語をしゃべったのでアヤは驚いて目を見開いた。
「ア バーゲイン イズ ア バーゲインでござる。武士に二言はないでござる。」
「あ……そう。ふつうに日本語で言いなさいよ。呪文かと思ったわ。」
アヤは買ってきたおにぎりにパクついた。
「小生、最近こういうのにこっておるのでござる~。」
「サルさんだっけ?あたし何なんだい?」
サキが話に入ってきた。サルはサキに目をむける。
「何……とは?」
「このままこう……ゴロゴロしてちゃいけない気がするんだけど。」
「なんの神だかわからぬうちはしかたないでござる……。」
「明日学校どうすればいいのさ?」
サキは寝返りをうつとつぶやいた。
「ああ、人間が行く学び舎の事でござるな?お嬢さんはもう人には見えないから行っても……。」
アヤはサルの言葉にドキリとした。
アヤもいつかサキに本気で言わねばならないと思っていたが言いだせなかった。
いままで普通の生活をしていたサキがもう人間には関われないと知ったらどうなるか怖かったからだ。
さっき、サキには言いかけたがとっさに出た言葉だったので聞いていなくてよかったと心から思っていた。
「ああ、そうなんだ。」
しかしサキはあっさりそう言うと身体を丸めた。
「あなた、ショックじゃないの?」
アヤは恐る恐るサキに聞く。
「……ん?別に。」
「本当に?」
「学校なんて行っても浮いてるだけで自分がいないみたいだから。」
サキが何を言いたいのかアヤにはよくわからなかった。
「いじめられてたとかそういうの?」
「いじめ?そんなのないよ。そんなんじゃなくて……うーん。自分はここにいてはいけない存在だとそう感じる?っていうのかなあ。」
サキがまた寝返りをうった。今度はアヤ達の方を向く。
「その話、詳しく聞かせるでござる!」
サルがその話に喰いついた。
「大した話じゃないけどさ、……うん。記憶がめちゃくちゃなんだよ。なんで高校に行っているのかもよく覚えてない。それこそ電波だと思われるかもだけどさ、自分はこの世界にいままで存在していなかったんじゃないかって思えるのさ。」
サキは空虚な目をアヤ達に向けた。サキは自分を捨てている。彼女の人間としてのやる気がまるでないのはこのせいなのか。
「神の前兆があったって事かしら?」
アヤはサルに目を向ける。
「それは違うのでござる。自分の存在がないと言っておるという事は世界から異物扱いをされているのか違う世界から来てしまったのか……?」
「何よそれ。映画みたいね。でもサキには人間の歴史があるって歴史の神が言っていたわ。」
「そうでござるか……。」
サルはため息をついた。
「別の世界って何?」
サキがまた会話に入り込んできた。
「別というより、この世界の他にもう一つ平行に通っている世界があるのでござる。壱の世界がここでもう一つの世界を陸の世界と呼んでいるでござる。壱と陸はまったく同じ世界と言ってもいいでござる。ただ、昼夜が逆転しているだけでござる。」
「昼夜逆転?」
「こちらで太陽が出ていればむこうでは月が出ている時間帯という事でござる。小生らは陸と壱を行き来する事ができるのでござる。」
サルの話を聞きながらアヤはアナログ時計に目を向けた。現在は八時。月が出ているが朝の八時。
向こうでは太陽が出ていて……夜の八時?
こういうアナログの時計を見ているとわからなくなる。外を確認しなければ時間がわからない。
でも今は外を見ても時間がわからない。
「まいったわね。」
アヤがため息をついた時、風呂場からメロディが聞こえた。風呂が沸いたようだ。
「じゃ、風呂借りる~。」
サキはよろよろと風呂場へと向かった。
アヤはもう一度深くため息をつくとサルを見た。
「壱と陸は同じなんでしょ?別世界から彼女が来たとしてなんでサキが壱の世界にいない事になっているのよ。同じ世界ならサキが二人いてもおかしくないんじゃ……?」
「それを確認したいのだが太陽が消えてしまった今、陸に行く事は不可能でござる。小生達は太陽の力で向こうへと行っているのでござる。太陽の加護を受けている日の神、使いのサルしか向こうへ行く事は許されないのでござる。
それと小生らは一人しかいないのでござる。太陽と共に動く故、月が出ている時はその世界にいないという事になるでござるな。逆に月が出ている時は月の神がおる。」
「……ふーん……。つまり、日の神、月の神は基本二つの世界に一人ずつなわけね。ひょっとするとこれは……。」
「別の誰かが意図的に陸へ行けないようにしているという事でござるな。サキ殿に関してはよくわからぬが。」
「とりあえず、もともとこちらの世界にいるサキを探せばいいのよね?」
「うーん……今、風呂に入っているサキ殿が陸の世界から来たとするならばこの世界にいるサキ殿に会える可能性はある……。」
サルが困った顔で頭をかいた。
「なんかよくわからなくなってきたわ……。」
「うむ。わからない所すまぬがもう一つ。ここ周辺だけ陸にいっている可能性もあるでござる。」
「ああ……そうよね。あなたはここ周辺だけ時間のゆがみがひどいと言った……。ここが夜になっているという事はここ周辺だけ陸?つまり、ここ周辺から出れば太陽は……。」
アヤが考え込むように下を向いた。
「……ここら周辺から出られないようにされたかもしれないでござる……。小生らを誰かが隔離しておるのか、サキ殿が無自覚でやっているのか……ともかく他の太陽神と連絡が取れんことが痛手でござるな……。」
サルは細い目を少しだけ開いてアヤを見つめる。
「え?連絡とれないの?」
「太陽がない今の段階では小生、連絡がとれんでござる。小生らは常に太陽と共に動いておるから太陽がないと何にも……はあ。困ったでござる。」
サルはそっと窓に目を向ける。外は変わらず真っ暗だった。
「うっわあああああ!」
しばらくして静かな沈黙を破ったのは叫び声だった。風呂場から聞こえる。おそらくサキだ。
「サキ!」
アヤは咄嗟に走り出した。サルはどうしようか少し迷ってからアヤの後をついて行くことにした。
サキは風呂場で素っ裸のまま涙目でこちらを見た。風呂からちょうど出た所だったらしい。
「ああああ!アヤ!何この人!」
「人?」
アヤは慌ててサキが指差している方向を見た。湯煙の中から茶色の髪をポニーテールにしている若い男が目に入った。緑色の着物に黒の袴を着ている。
「……あら?」
「アヤか。」
侍っぽい男は腰に差した刀をなでながらこちらに歩いてきた。
「ななな……何?知り合い?彼氏?やめろよ。いきなり彼氏を風呂に投入すんのは!あたしこう見えても一応恥じらいは持ってんだから!」
サキは顔を真っ赤にしながらアヤに抗議している。
「彼氏?そんなんじゃないわ。なんであなたがうちの風呂にいんのよ。……時神過去神。」
「知らん。気がついたら目の前で娘が湯につかっていた。」
男は盛大にため息をついた。
「どういう事よ?」
アヤが眉をひそめた時、隣でサキが怒鳴り出した。
「だあああ!何?あんた、あたしの身体見て何にも思わなかったわけ?それ超失礼なんですけど!少しは顔を赤くするとかなんかできないわけ?」
「娘、恥じらう気があるならばそんな素っ裸で俺に掴みかかるな。」
「うっさいな……。変態。」
サキは頭を抱えたままタオルを身体に巻いた。
「俺は時神過去神。人間の時間、過去を守る神だ。名前は白金 栄次。」
男は丁寧に名乗った。その時、サルが控えめに風呂場に入ってきた。
「女性が風呂に入っている時に顔を出すのは心苦しいが……栄次殿、過去からどうしてここに参ったのでござる?」
「俺は江戸時代あたりにいた栄次だ。平安あたりから生きているが……ここはいつだ?」
「ここはたぶん、栄次殿の時代から二百年以上はたっていると思われるでござるな。」
「ふむ……。」
栄次は再び深いため息をついた。
「あなた、ここだけ時間のゆがみがひどいって知ってる?」
「確かに俺の時代でも時間が狂っている所があった。俺はそれを目指して歩いていてこんなところに来てしまった。」
「こんなところって……私のうちなんだけど。」
「すまん。語弊だ。俺もいささか動揺しているようだ。」
栄次は顔には出ていないがかなり戸惑っているようだ。
「つまりあれでござるな?栄次殿が目指していた場所は『ここ』ということでござるな?」
「ああ、そういう事か。あの時代での『ここ』は風呂ではなく叢だった。」
サルと栄次の会話を聞いていたアヤは一つの結論に至った。
「つまり、時神過去神、栄次は時間が狂った空間に入り込んだ途端にこの時代にタイムスリップしたのね?」
「そういう事になるな。」
栄次は草履を履いていた事を思いだした。ここが家の中であるとわかると慌てて草履を脱いだ。
「すまん。ここはお前の家だったんだったな。汚してしまった。」
「いいのよ。あれ?サキは?」
気がつくとサキが消えている。アヤ達はいつまでも風呂にいるわけにはいかないので部屋に戻った。サキはアヤの服を着てベッドに横たわっている。
「あんたねぇ……。」
「あれ?話終わったの?」
呆れているアヤにサキはだるそうに口を開いた。
「うむ。少なくとも明日するべきことは決まったでござる。」
サルはぴょんと机に乗るとサキを見る。
「そういえば、そこのしゃべる猿はなんなんだ?」
後から現れた栄次はサルを不思議そうに眺めていた。
「反応遅いわね……。あなた、普通に会話してたじゃない。えっと彼は太陽神の使いのサルよ。今は部屋が狭いから人型になるのはやめてもらっているの。」
「ふむ。太陽神の使いか。そこの娘といい、何かよからぬことが起きているのではないか?」
栄次はサキをちらりと横目で見た後、サルに目線を合わせる。
「まあ……話せば長いのでござるが……。」
「じゃあ、ちょっと説明よろしくね。私はお風呂入ってくるわ。」
アヤは説明をサルに任せて風呂へと向かった。脱衣所で服を脱ぎ風呂場へのドアを開けた。
「うおっ!」
男の声がした。アヤはギョッとして身体を固くした。
「だ、誰?」
「あ、アヤ……。うひょー!」
男はアヤの顔を見た後、下に目を向け素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ……。やだ……。時神未来神……湯瀬プラズマ?」
アヤは顔を真っ赤にしながら急いでタオルを巻く。
「いやいや……いいもん見た……。もうちょっと胸がなぁ……。」
未来神湯瀬プラズマは真っ赤な髪を肩先で切りそろえており、ところどころはねている。
目の下に赤いペイントをしており紺色の上下ジャージだ。
「なんで時神はこんな変態ばかりなのよ!なんでうちのお風呂に出現するわけ?栄次もそうだったけど……。」
「ん?栄次もいるのか?なんで……。」
アヤの言葉にプラズマは首を傾げた。
「説明がめんどくさいからとりあえず出て行って。今、あっちで栄次が説明受けているから一緒に聞いて。」
アヤはニヤニヤしているプラズマを風呂場から追い出した。
……ふう。
それにしても……とアヤは思う。
そんなに時間は簡単にゆがませられるものではない。
時をゆがめることができる神は少ない。故に犯人は簡単に見つかる。
まさか……。
アヤにはもうすでに一人の少女の顔が浮かんでいた。




