ゆめみ時…1夜を生きるもの達6
次の日、ライはスズと共に寝、スズと共に起きた。さすがに更夜とトケイが寝ている部屋では寝る事ができなかった。どういう仕組みか、ライは壱の世界の神のはずだが弐の世界で寝起きができた。普通の神は弐の世界で寝ようとは思わない。弐の世界自体が心の集合体であり、夢の世界にも繋がっているからだ。壱の世界に戻れなくなる可能性がある。
そもそも普通の神は弐の世界に入らない。ライは神の中でも特殊で弐の世界、つまり人間の心の世界に直接語りかける神であるため、弐の世界にあまり抵抗がない。
ライに深い考えがあったわけではないが監視されている身なのでここに泊まったのだ。
朝日が差し込む部屋でライは大きく伸びをした。隣ではスズが布団を片付け始めている。
スズがいつ起きたのかはライにはわからなかった。
……スズちゃん……いつ起きたんだろう?まさか……寝てないとか……?弐の世界の人って寝るのかな……。
「おはよ。」
「あ、おはよう。スズちゃん。」
スズが笑顔でライにあいさつをしてきたので、ライも笑顔で答えた。
「手は大丈夫?」
スズは敷いていた布団を丁寧に畳みながらライに声をかけた。
「うん。もう大丈夫。痛くないよ。」
「そう。良かった。」
スズはライの手の事を心配し、ライの布団も一緒に片付けてやった。
「あ、スズちゃん、ありがとう。」
「いいわよ。」
「あ、あのね……スズちゃん。」
「何?」
ライはスズにある提案を持ちかけた。
「私も忍になりたい!味覚大会に更夜様が出てくださるっていうのに私が何にも手伝いができないなんでそんなのイヤだもん。あの大会、忍さんも沢山出るんでしょ?」
「味覚大会って去年やってたあれね……。更夜が出る……?はあ……。」
ライの言葉にスズは大きなため息を漏らした。
「だ、ダメかな?」
「ダメじゃないと思うけど。無理だと思うわ。」
そう言うとスズは薄い紙をライに手渡した。
「ん?」
ライが不思議がっている中、スズは近くの布で目隠しをした。
「ほとんど畳に触れるくらいで紙を持ち上げて好きな時にその紙を落としてみなさい。」
ライは畳から二センチくらい離して紙を構えた。スズは黙ってライに背を向け座っている。ライはしばらく経ってからそっと紙を落とした。落としたと言うよりも置いたと言う方が近い。紙は音もなく畳に乗るように落ちた。
「今、落としたね。」
スズがすぐに声を上げた。
「ええ!なんでわかったの?」
ライは驚きの表情でスズの背中を見つめた。スズは目隠しを取るとライの方を向き、ニコリと笑った。
「こういう事。あなたにこれがすぐできたら忍になれるかもね。普通は血反吐はくくらい訓練しないと身につかない。」
「……無理。」
ライがスズに即答した。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。トケイも忍じゃないから。忍なのはわたしと更夜だけ。あんたは神としての能力を使って更夜を助けてあげなさい。」
「そっか!うん!」
スズの言葉にライは大きく頷いた。
「入るよ。」
スズとライが話していると襖の奥からトケイの声がした。
「いいわよ。」
スズが返事をするとトケイはさっと襖を開けた。
「味覚大会だっけ?更夜からエントリーして来いって言われたからエントリーしてきた。やっぱり去年と同じだね。開始は明日の午後九時から。」
「夜なの?」
トケイの言葉にスズが質問を投げた。
「そうみたい。僕の時計で見るとここの世界が午前四時の時に例の世界は午後九時のよう。」
トケイが無表情のまま頷いた。
「ほんと、あんたって便利よね。さすが弐の世界の時を長年守っている神。」
「どうも。」
「弐の世界を守る時神……。」
スズから神だとは聞いていたが時神だとは知らなかった。
「で?それまで何してる?暇よねー?」
スズは柔軟体操をしながらトケイとライを見る。
「うーん……。どうしよう?スズちゃん。」
ライも一緒になってとりあえず柔軟体操をしてみたが身体が固すぎたのですぐにやめた。
「とりあえず大会まで大人しくしていろ。お前達がサスケに出会ってしまったら色々とまずい。」
部屋に更夜も入って来た。相変わらず音がなく、いきなり現れたのでライはビクッと肩を震わせた。
「ねえ、そのサスケって人に見つかったらまずいんだ?」
トケイがのほほんとした顔で更夜を見上げた。
「敵か味方かわからん忍に会ってしまった時の怖さはない。特にサスケはな……。」
「サスケって忍を知っているのー?更夜は。」
スズは仏頂面でこちらを見ている更夜に質問をした。
「スズ、甲賀のサスケを知らんのか。」
「んー……わたしはどちらかと言えば伊賀だからねー、知らない。鹿右衛門様だったら知っているけど。」
「ああ、今は霧隠才蔵とか名乗っている男か。」
スズは「ああ、そうそう。」とどこか嬉しそうに声を上げた。
「で?そのサスケって名前の忍者って誰よ?」
「上月サスケだ。今は猿飛サスケと名乗っているようだな。何代目のサスケで何人目のサスケだかは知らんがサスケとは一度仕事を共にした事がある。」
更夜は壁に寄りかかりながらスズに答えた。
「じゃあ、更夜も甲賀の人って事?」
スズの問いに更夜は小さく頷いた。
「一応な。俺の本当の名は望月更夜。家柄は甲賀望月だ。」
更夜の声を聞いたスズはさっと顔を青ざめさせた。
「甲賀望月って……甲賀の中でかなり上の家柄じゃないの……。さすがのわたしだってそれは知っているわよ。」
スズは「ねえ」とライとトケイに意見を求めてきたがライとトケイはポカンと口を開けたままだった。さっぱり話についていけない。
「あ、あの!」
ライは一番気になった事をとりあえず質問した。
「そのサスケって人がまた襲ってくるって事はあるんですか!?」
「それはない。警戒している俺の目を潜って入っては来れまい。これで入って来られたら俺が何の為に童の頃から死ぬ思いで修行をさせられていたかわからんからな。」
「そ、そうなんですか……。」
ライはトーンのない更夜の声を聞き、安心とまではいかなかったが落ち着いた。
「とりあえず、あなたには自身の身を守れるくらいにはなってもらう。」
更夜はライを鋭い瞳で一瞥した。
「そ、それって……。」
「修行だね。修行!」
ライが震えた声を上げた刹那、トケイが静かに言葉を発した。




