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ゆめみ時…1夜を生きるもの達5

 特に何事もなく夕方を迎え、スズとトケイは居酒屋の準備をはじめていた。居酒屋の名前は『Q―ROCK(クロック)』だ。ちなみに更夜は板場、キッチンの方で料理をしているらしい。


 「ああ、あんた、客神じゃなくて居候みたいになったから一緒に働きなさい。」

 スズがオドオドとこちらを見ているライに声をかけた。


 「は、働くのはいいんだけど……私、初めてでよくわからないよ……。」

 ライはてきぱき動いているトケイを見ながら困惑した顔を向ける。


 「はじめからそんな大変な事をさせようとは思わないわよ。お客さん対応はわたし達がやるからあんたは更夜にビシビシやられてきなさい。」


 スズがいじわるな笑みを浮かべてライを見た。


 「酷いよ……スズちゃん……。こういう風に不本意に怒られるのは好きじゃないよ。」


 ライが暗い顔でスズを仰ぐ。スズは不敵な笑みを浮かべると素早く机を拭き始めた。


 「ライ、更夜からひどい事されたら言って。僕が更夜にチョップしといてあげるから。」


 知らぬ間に近くに来ていたトケイが無機質な目でライに語りかけた。


 「チョップって……。」

 ライはクスリと笑った。


 「とりあえず、更夜のとこに行ってお手伝いしてきてよ。もう、お客さん来ちゃうからさ。更夜は今、常連さんの為に煮物を作っていると思うから。」


 トケイはライを暖簾の奥にある板場、キッチンに押し込んだ。ライは素直にキッチンへの廊下を歩き始めた。


 ちらりとキッチンを覗く。


 更夜が煮物を作っている最中だった。意外に家庭的な料理だったが細やかな野菜の切り方だった。


じゃがいもやニンジンはまったく同じ大きさに切りそろえてある。包丁さばきもとても早い。物を斬る事に慣れている手つきだ。


 ……更夜様は忍……。当然、人もあんな風に斬ってきたんだろうな……。

 少しの恐怖心がライの顔を青くさせた。


 「なんだ。」

 ふと冷たい声がライの耳に届いた。更夜はライがこちらを凝視しているのが気になったようだ。


 「あ……何か手伝います!」

 「別に何もする事はない。」

 更夜は作りたての煮物を皿に盛っている。ライは何気なくその煮物に目を向けた。


 ……色のバランスが悪い……盛り付けも色のバランスが……。


 ライはそわそわと盛りつけられたものを見、直したい衝動に駆られていた。


 「なんだ?」

 更夜がライの視線に気がつき、ため息をついた。


 「更夜様!ごめんなさい!ちょっと……。」


 ライは芸術関係、特に色彩になると分け隔てなく入り込む癖があった。ライは更夜から煮物をさっと取ると菜箸を使い煮物を動かしはじめた。


 「……。」

 更夜はライの行動に驚きつつも、菜箸を操るライを眺めていた。


 「うん!こっちの方がいい!絶対いい!じゃがいもの白はここで、ニンジンの赤はここ、そしてきぬさやの緑は真ん中にそえる!」


 ライは独り言のようにつぶやき、満足げに頷いた。それを黙ってみていた更夜だったが美しく盛り付け直された煮物を見、初めて驚きの表情を浮かべた。


 「……うむ……。なんだかわからんがすごくきれいに見えるな……。」

 更夜の言葉でライは我に返った。


 「はっ!ごめんなさい。なんだか勝手に身体が動いて……。」


 「芸術の神、絵括神か。これは助かる。俺は目が悪く、そして色の事はよくわからん。あなたにはこういう仕事を頼もう。」


 更夜がふと柔らかい表情を見せ、盛りつけられた煮物を眺めていた。


 ……ああ、この人はこの仕事が今、すごく楽しいんだな……。


 ライは直感でそう思った。


 「更夜、いつものやつくれって。」

 「後、炒飯!」

 スズとトケイが同時に顔を出した。


 「ああ、できている。持ってけ。」

 更夜は再び冷たい表情に戻ると煮物をスズとトケイに渡した。


 「ちょっと!何よこれ!更夜、あんたこんなにきれいに盛り付けられたの?」

 「まるで別人……。」

 スズとトケイが目を見開いて渡された煮物を眺める。


 「俺じゃない。絵括だ。……後、炒飯だったな。」


 更夜は短くそう言うと次の料理に取り掛かり始めた。ライはなんだか少し嬉しくなり顔をにやけさせていた。


 「ライちゃん、凄いのねぇ……。」

 「うん。凄い。」

 スズとトケイは各々感動しながら暖簾の奥へと消えて行った。


 「あ、あの……。」

 ライはすぐに元に戻ってしまった更夜に再び話しかける。


 「なんだ。」

 更夜は一瞬だけ仮面をはずしたがそれは本当に一瞬だった。


 「こ、ここに来るお客さんって……幽霊ですよね?」

 「そうだ。」

 オドオドと質問をしたライに更夜は一言そう言っただけだった。


 「霊ってどういう仕組みでここに来ているんですか?」


 「……色んな世界から来ている。弐は個々、生きている者が創る心の世界。世界は無数にある。その無数の世界からここに来ているだけだ。


ちなみに……今いる世界でもし、殺されたならその魂はその世界に入る事は二度とできない。だが魂は死ぬ事はない。その世界に入れなくなるだけで他の世界には入れる。」


 ……なんで殺す殺さないの話になっているの……?壱とは世界が違いすぎて怖い。


 更夜の話を聞き、ライはガクガクと震えた。


 「これもあなたの勘で盛り付けて持っていきなさい。」

 更夜は知らずのうちに炒飯を作っていた。ライに皿に盛った炒飯を無造作に渡す。


 「え……は、はい。」

 ……油とか最新の調理器具とかはそろっているんだ……。なんだか不思議。


 ライは良い匂いがする料理を見つめながら菜箸で付け合せを動かし、きれいに仕上げた。


 更夜はすでに違う物を料理しはじめている。ライはとりあえずスズとトケイに炒飯を持っていく事にした。


 お客さんが沢山いるのかガヤガヤと店の方で声が聞こえている。

 ライはそっと暖簾をくぐった。店には沢山の人が机を囲んで楽しそうに飲み食いしていた。


 「いつの間にこんなに……。」

 ライはぼんやりとその場に突っ立っていた。


 「あ、ライ?それ、あそこの机に座っている人のだから運んどいて。」


 「わ、わかった。」

 忙しそうにお酒を持っていくスズにかろうじて返答をしたライはドキドキしながら料理を運んで行った。


 「お、おまたせいたしました。」

 ライは机を囲んで話し込んでいる男達の中へ入り込み、料理を恐る恐る置いた。


 「ああ。ありがとさん。」


 どこの世界からきたのかよくわからないがその男達は髷を結い、着物を着ている。ライはいけないと思いながらも男の内の一人が持っているチラシを覗き込んでしまった。


 ……味覚大会?……優勝賞品……これは……。


 「ん?ねぇちゃん、これに興味あるのかい?」

 若そうな男がライに声をかけてきた。


 「え……?あ……その……。」


 「料理好きの奴の世界で味覚大会が行われるんだとさ。たぶん、この世界からそんなに離れていないんじゃないかな。ちなみに明後日だ。」


 なんだか次元の違う会話にライはどう反応をしたらいいかわからなかった。


 ……壱の世界の人間の夢を予言してこういうチラシが出ているって事?


 「でもなあ、優勝賞品が笛なんじゃなあ……。俺はそそらねぇ……。」

 「笛!そう……この笛!」

 ライは興奮気味に男に詰め寄った。


 「笛がどうかしたかい?」


 男はクスクスと笑いながら必死な顔をしているライを見る。ライの目はチラシの下の方に載せられている笛の写真に釘づけだった。この笛は間違いなくライの妹セイの笛だ。


 「セイちゃんの……笛……。あの……これって誰でも参加可能なんですか?」


 「可能だと思うがやめた方が良いと思うぜ。これ、毎年やっているみたいだけどよぉ、忍者やら料理人やら調味料を全部当てられる奴とかがわんさか来るって聞いた。」


 男の言葉にライはしゅんと肩を落とした。参加して妹のセイの情報を少しでも集められるかと思ったが話を聞くかぎりでは勝てる気はしない。


 「あっ!」

 ライは更夜の顔を思いだし、声を上げた。


 「ん?どうしたよ?」

 男が何やら楽しそうにライを見ている。ライの表情の変化が面白かったらしい。


 「いえ、なんでもないです。あの、そのチラシってどこにあったんですか?」


 「ん?これかい?ああ、ほしいのかい?いいよ。これをあげよう。どうせ、俺らは出ないからさ。」

 気前の良さそうな男はライにチラシを渡してきた。


 「くれるんですか?ありがとうございます!」


 ライは嬉しそうな表情でチラシをもらうと男達にお辞儀をして足早に走り去った。後ろで男達がまた騒ぐ声が聞こえてきた。


 「あ、あの!更夜様!」


 ライは再び板場、キッチンに戻り決死の覚悟で更夜に話しかけた。更夜は忙しなく料理を作っている。料理担当は更夜一人のようだ。


 「様をつけるなと言っているだろう。……なんだ。」


 更夜は冷たい声で再び返事をした。更夜はこちらを見てもくれない。


 「あの!これを……!」

 ライは先程もらったチラシを更夜に見せた。


 「味覚大会?だからなんだ?」

 「これ、出てくれませんか!明後日なんですけど!」

 ライが深々と頭を下げたが更夜は呆れた目を向けた。


 「なぜ、俺がこれに出なければならない。」


 「妹のセイちゃんの笛が優勝賞品なんです……。セイちゃんが大事にしていた笛がこれの賞品なんておかしいんです!セイちゃんが笛を手放すとは考えられなくて……。更夜様は凄い舌の持ち主だし……。」

 ライは必死に声を発した。


 「……もちづき……夜?おい。破って今すぐ捨てろ。」

 「……そんな……。」

 更夜の冷たい一言にライがしくしく泣き出した。更夜は意味深な言葉を発していたがライはそれどころではなかった。


 「更夜!」

 お酒の瓶を沢山抱えたトケイがキッチンに入って来、泣いているライの側に寄り添った。


 「トケイ。あの子が持っているチラシを今すぐ破れ。」

 「更夜……。ライ、泣いているよ。」


 トケイの表情は無表情だが声は心配している風だった。更夜はトケイを横にどかすとライの手からチラシを奪い取って破り、火で燃やしてしまった。


 「トケイ、さっさと酒を運んでやれ。」

 「更夜!なんかよくわからないけど酷いよ!」

 トケイから怒りの声が上がった。


 「声を上げるな……。ライ、あなたはこれを誰からもらった?」

 「え……?」

 突然の更夜からの質問にライは戸惑った声を上げた。


 「だから誰からもらったと聞いている。」

 「えっと……中にいるお客さんですけど……。」


 「……客だと……俺の監視を抜けて潜り込んだのか。」

 更夜から少しの殺気が渦巻いた。ライはビクッと肩を震わせる。


 「ん?どうしたの?更夜。」

 トケイは更夜の様子がおかしい事に気がつき、声を発した。


 「このチラシの最後に俺宛に暗号が書かれていた。」

 更夜がそうつぶやいた時、ライが手を押さえてうずくまった。


 「痛い……手が痛い!」


 更夜はライを無理やり立たせるとライの手を開かせた。ライの手には火傷のような傷跡が残っており、よく見ると『さる』と書いてあった。


 「望月の夜……。望月家か……。夜は俺か。俺に何の用だ……。サスケ。」


 更夜は一人言のようにつぶやくとライの手を無表情で見つめた。


 「更夜……。」

 トケイは不安げな声を上げる。


 「……俺はこの子の手当てをする。トケイは料理にまわれ。……スズ、聞いているだろう?監視しとけ。」


 更夜は小声でスズに話しかけた。スズはその場にいないのだが会話ができているのか。


 ―あの人達、もう帰っちゃったわよ。―


 トケイとライには聞こえていないが更夜にはスズの声が聞きとれた。


 「っち……。」

 更夜は小さく舌打ちをするとライを連れ、先程の部屋へと向かった。


 「味覚大会だったか?出てやる。去年もやっていたから場所はわかる。」


 更夜はライの手を丁寧に治療しながらつぶやいた。傷は薄皮一枚剥がれるくらいのたいした事のないものだった。


 「あの人の外見、私覚えてます……。」

 ライはグシグシ泣きながら更夜に言葉を紡いだ。


 「外見など変えられる。意味はない。あなたは奴らから忍だと思われたみたいだな。奴らは忍以外に手出しはしてこない。……やはりあなたは忍なのか?」


 更夜に問われ、ライは必死で首を横に振った。


 「違います!うう……。」


 「まいったな。奴ら忍も誰かに雇われている可能性がある。この味覚大会とやらに関係して、さらにあなたとも繋がっている。静かに暮らしたいのだがな。やはりそうはいかぬようだ。」


 更夜が冷徹な笑みを浮かべそっと立ち上がった。ライの手には丁寧に包帯が巻かれていた。


 「ありがとうございます!」

 「よい。」

 更夜は一言そう言うと部屋を後にした。


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