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ゆめみ時…1夜を生きるもの達4

 「更夜、少しお茶を飲みたいそうだから上げるよ。」


 スズは畳の部屋でちゃぶ台を置いて座っている更夜に声をかけた。部屋はかなり広い。玄関はどうやら裏口のようだ。何故裏口から通されたのかはわからないが表の方は何か商売でもやっているらしい。廊下を挟んで広いキッチンもある。


 「茶か?たいしたものはないが。」

 更夜は相変わらず鋭い瞳でライを一瞥した。ライはぼーっと更夜を見つめていた。


 「なんだ?」

 「あ、いえ……。」

 ライは慌てて目を逸らした。


 「更夜、なんか怒っている?彼女、お客さんだよ。あ、そうか。スズの件で……。」


 「わーっ!」

 トケイの言葉を慌ててスズが遮る。


 「どうしたの?」

 「馬鹿!思い出させてどうすんのよ!」

 トケイとスズはこそこそと秘密の会話をしていた。


 二人が秘密の会話をしていると、虫の居所が悪い更夜がバンっと突然ちゃぶ台を叩いた。


 そして無言でスズを睨みつけた。


 「くわばら……くわばら……あんたはホント怖いわよね……。」

 スズはライの影にこっそり隠れた。


 「隠れるな……。子供の姿になった方が俺は情けをかけてやれると思うがな……。その姿だと容赦は……。」


 更夜から漏れ出る殺気が手前にいるライにも突き刺さる。ライはスズ同様、ガタガタと震えた。しかし、ライには同時に不思議な感覚が襲っていた。それは変態的なものだ。


……更夜様に……お仕置きされたい!


 「こ、更夜様……。私にお仕置きしてください!」

 ライが後先考えずに発したこの発言に、その場にいた一同は凍りついた。


 「ん?」

 「ん?」

 スズとトケイはわけがわからず、お互いの顔を見合い固まっている。一番わけがわからないといった顔をしていたのは更夜だった。


 「あ……。」

 ライは顔を真っ赤にしてうつむいた。


 ……わ、私は何を言っているのー!?恥ずかしい!死にたい!


 しばらくしーんと場が静まり返った。その沈黙を破るようにトケイが呑気な声をあげた。


 「ああ、そうか。ライは優しいんだね。スズの代わりになるって言っているんだ。つまりかわいそうだからやめてあげてってオブラートに包んで言ったんだね。」


 「え?」

 トケイの言葉にライは真っ青な顔で三人を見回す。若干顔が引きつっている。


 「オブラートに包むっていうか……変な部分が包みきれてないよ?」

 スズは呆れた顔をライに向ける。


 「うう……。」

 ライは半分泣きそうな顔で畳の目を見ていた。


 「はあ……もういい。スズ、夜までに台所、なんとかしておけ。」

 ライの姿を見た更夜は疲れてしまったのか大きなため息をつき、スズに命じた。


 「それだけでいいの?わーい。楽になったわ。うふふ❤」

 「あ、僕も手伝う。」


 スズは鼻歌を唄いながら楽しそうにキッチンへ向かって行った。トケイもスズの後を追う。


 「まったく……調子がいい女め。」

 更夜は苦虫を噛み潰したような顔で去って行くスズの背を見送っていた。


 「あ、あの……」

 ライが控えめに声を上げた。もう何を話せばいいかよくわからない。


 「……好きにくつろげ。」

 更夜は慌てているライにそっけなく言い放った。


 ……そんな事を言われても……。


 「あ、あの!更夜様……。」

 「なんだ?……その更夜様っていうのはやめろ。」

 更夜は睨んでいないようだったが、ライはビクッと肩を震わせた。


 「更夜様は更夜様です!」

 ライは自分が意味不明な事を言った事に気がついた。


 「あー……いや……そのえっと……。」

 「あなたはなぜ弐の世界をうろついていた?」

 更夜が表情なく聞いてきた。


 「妹が行方不明なんです……。」

 ライは恐る恐る更夜に言葉を発する。


 「ふむ。」


 「三姉妹なんですけど姉の方は罪神で今、罰を受けています。悪い事をしていた姉が捕まった以前から妹が行方不明なのでとりあえず弐の世界を探そうと……。」

 更夜は軽く頷くとライを見据えた。


 「あなたの姉が何をしたか知らないが、妹は姉の関係でいなくなった可能性があるとあなたは思っているのか?」


 「……は、はい。」

 「……。」

 更夜は黙り込んだ。しばらく静寂が部屋に流れた。ライはこの雰囲気に耐える事ができず、何か話そうと必死に考えていた。しかし、何も思い浮かばない。


 「あ、あの……。」

 「しっ!」


 ライがとりあえず声を上げたところで更夜に止められた。更夜は鋭い瞳であたりの様子を伺う。そして突然立ち上がると、どこから出したのか刀を持ち、何もない空間を袈裟に斬った。


 「!?」

 ライは何が起こったのかわからず戸惑い、声を上げる事すらできなかった。


 「っち。」

 更夜は軽く舌打ちすると、いつ抜いたかわからない刀を鞘にしまった。


 「あ、あの……?」

 ライがかろうじて声を上げた刹那、カランと手裏剣が畳に落ちた。


 「もう気配が消えている。忍か?」

 「に、忍者?」

 更夜の冷静な発言にライは戸惑った。


 ……今の当たってたら怪我してたのに……冷静すぎる!

 かっこいい!


 ライの戸惑いは変な方向へいっていた。

 更夜はやれやれと立ち上がると、スズの様子を見に台所の方へ向かっていった。

 ライは一人残されたので、興味本位で手裏剣を拾い上げた。


 ……けっこう重い!こんなの当たったら死んじゃうよ……。更夜様が守ってくれた?

 ……私、更夜様に守られちゃった!


 ライはきゃーと言いながらひとりで無駄な動きをしていた。刹那、畳がパカッと開いた。


 「うわっ!」

 ライは驚いて謎の動きを止めた。恐る恐る開いた畳の中を覗いてみると下に続く階段があった。畳の裏側には『立ち入り禁止』と書いてある。


 ……なんだろう?


 ライは「ちょっとだけなら」という気持ちでそっと中を覗いた。そしてなんとなく階段を降りはじめた。


 ……立ち入り禁止って書いてあるけど少しなら大丈夫かな……。


 ライは恐々地下に続く階段を降りた。階段は暗くて見えにくかったが、その先の部屋は松明が灯っており明るかった。火事にならないかと心配したが、この炎は不思議と熱くなかった。ここは弐の世界、普通の炎ではないのだろうとライは納得し、部屋を眺めはじめた。


 「……ここは……書庫?」

 真ん中に質素な机のみ置いてあり、その机を囲むように本棚が置かれていた。


 ライは机に置いてあった一冊の本に目を向ける。どうやらその本は日記帳のようだ。


 「……日記帳?」

 ライはあたりをちらりと見るとドキドキしながら少しだけ開いた。


 ……この弐の世界を自由に動くことができる者がいる。それは人形やネズミといった神ではない者達だ。彼らはKと名乗る者の使いだそうだ。Kという者は何者なのか私はそれが知りたい。


 「……K?」

 ライがぼそりと言葉を発した刹那、首筋に何かが当たっている事に気がついた。


 「ひっ!」

 ライはビクッと肩を震わせた。後ろから強い殺気を感じた。そういうのに詳しくないライでもこの威圧には耐えられなかった。額が汗で濡れる。


 「やはり、諜報が目的か。」

 鋭く低い声が後ろから聞こえた。


 「ち、ちがっ……。」

 ライは怯えながら咄嗟に言葉を口にしたが、何かを首筋に当てられたまま階段を登らされた。


 ライの後ろから首筋にクナイをつきつけていたのは更夜だった。更夜は地上に出るとライを畳に押さえつけ腕を捻り上げた。


 「い……痛い!」

 「あそこで何をしていた?」

 冷たい声がライに突き刺さる。


 「に、日記帳読んでいました!」

 ライは涙目になりながら叫んだ。


 「あなたはどこからの使者だ?」

 更夜はさらにライの腕を捻る。


 「うう……ただ弐に落ちちゃっただけですぅ……。ごめんなさい!許してください!」


 「……このまま吐かなければ腕を折るぞ。……その前に拷問にかけるか。」

 更夜の冷徹な瞳がライをさらに怯えさせた。


 「ご、ごうもん!?」

 「忍は捕まったら終わりだ。拷問で吐かなければあなたは死ぬだけだ。」


 「しっ……。」

 更夜はライを忍だと思ったらしい。ライ自身、先程から怪しい行動ばかりしていたため、そう思われても仕方がなかった。


 「盗んだものなども調べさせてもらうぞ。」

 「ぬ、盗んでいましぇん……。」

 ライはグシグシ泣きながら更夜と会話をしている。


 「忍相手にそれは通じない。お前の潔白は身体をみればわかる事だ……。」

 「わああん……。」


 「泣いても無駄だ。情けの方面には俺は動かない。俺は冷たい男だからな。」

 更夜は冷笑を浮かべライの耳にそっとささやいた。


 「更夜?何して……ってうわ!」

 トケイが部屋に入ってきたと同時に驚きの声を上げた。


 「トケイ?何よ?大きな声出して……。」

 スズもひょっこり顔を出すと目を見開き、一瞬だけさっと顔を引っ込めた。


 「スズ、トケイ。この女は忍だ。書庫をアサっていた。」

 「……ライちゃんが?」


 スズは真面目に答える更夜に首を傾げた。スズはライを見る。ライは絶望しきった顔でわんわん泣いていた。スズは呆れた顔で更夜に再び目線を映す。


 「違うでしょ?これ。ねえ?」

 「うん。」

 スズの言葉に隣にいたトケイも大きく頷いた。


 「これから拷問に入るつもりだ。」


 「拷問って……更夜、やめなさいよ。その子、本気で泣いているよ。間違いなく忍じゃないって!そんなどんくさい忍いないからね。」

 スズは更夜をバッとどかすと、ライをそっと座らせてやった。


 「ずずぢゃん……。」

 ライはスズに涙でグジャグジャな顔を向けた。


 「だから言ったよね、わたし。更夜はこういう男だからって。」

 「ずずぢゃん……。ごういうのいいがもぢれない……。」

 ライはグシグシ泣きながらスズにすがった。


 「はあ?いいかもしれないって……やっぱりあんた、ぶっ飛んだ変態だね。……ねえ、更夜、この子なんか知らないけど喜んでいるよ。」

 スズはやれやれと更夜を仰ぐ。


 「喜ばせたつもりはない。」

 更夜はため息をつくと持っていたクナイをどこかに消した。


 「あ、更夜、居酒屋の御品書きに追加してほしいものがあるんだ。試作で作ったんだけどアイスクリーム。溶けちゃうから早めに食べてほしい。」


 空気を読んでいなかったのか、トケイがそっとガラス容器に盛りつけられたアイスクリームを更夜に差し出した。


 更夜は無言でアイスクリームを受け取ると一口食べた。


 「っむ……。ほどよい甘さでうまいな。牛の乳と砂糖は控えめ、卵黄、それから……わずかな塩と後は酒か。ほんの少しラム酒でも入っているか?これはうまい。品書きに追加だ。」


 「うわー……隠し味共に全部入っているもの当てられた……。嬉しいけど複雑。」

 トケイは無表情のまま頭を抱えた。


 「更夜は舌もいいからね。一体忍としてどれだけ訓練してきたんだか。」

 「居酒屋?」

 「え?ああ、うちは表稼業で居酒屋やってんのよ。」

 ライの質問にスズはにこりと微笑み言葉を返した。


 「居酒屋……。」


 「で、更夜、なんか甘いものが好きみたいでね、甘味の御品書きも増えちゃって。」

 「おい。」

 スズがクスクス笑いながら更夜を見る。更夜はあからさまに嫌な顔をした。


 ……更夜様……甘いものが好きなんだ……。なんかかわいー。


 ライもクスリと笑った。先程の事はもう頭から消えてしまったらしい。


 「っち。トケイ、スズ、その女を監視しとけ。しばらくここにいてもらう。それから先程、どこからか手裏剣が飛んできた。お前達も用心しておけ。」


 「手裏剣?」


 「そうだ。八方手裏剣……だな。甲賀者か?まあ、今は気配を感じない。とりあえず用心しろ。」

 更夜は深いため息をつくと足音なく去って行った。


 「用心しろってどう用心すればいいのよねー?あー、あの爺さんは風呂に行ったのかな。もう夕方だからね。ホント、生活が爺さん。」

 スズは呆れた顔をライに向けた。


「でも若いんだよね?スズちゃん……。」


 「まあ、魂年齢は若いと思うけどね。もう何百年もいるからよくわかんなくなってきたわ。まあ、この世界に何百年とかそういう時間はないのだけれど。一つ一つの世界が別々に毎日不変にまわっているから時間とかあんまりないみたい。」


 「……へえ……。」

 スズの言葉にライは圧倒されながら答えた。


 「なんか色々良かったね。君、ここにいたかったみたいだし。」

 トケイが頷きながらライを見ていた。


 「え?う、うん。」

 ライは戸惑いながらトケイに答えた。


 「あんな思いしたのにまだここにいたいって思うの?」

 スズがライの肩をぽんぽん叩きながら質問してきた。


 「うん。いたい!いたいよ……。は~……更夜様。」

 「あーあーあー、ダメだこりゃ。」

 ライがうっとりとした表情を見せていたので、スズはもうライの好きなようにさせようと決めた。


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