流れ時…2タイム・サン・ガールズ1
冷たい風が住宅街の路地裏を駆ける。
「サキ!大丈夫か?」
橙色の長い髪をなびかせた青年が隣に佇む黒髪の少女を気遣っていた。
「うん。大丈夫だよ。みー君。さあ、行こう。あっちのサキが何か知っているかもしれないし。」
サキと呼ばれた少女は男に優しく声をかけると閑静な住宅地をゆっくりと歩き出した。
……お母さん……今行くよ……。
黒髪の少女、サキはそっと目を閉じ、白い息を吐いた。
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虫の鳴き声とギラギラと輝く太陽が夏の訪れを予感していた。
「あーもう……。」
サキは唸った。美容院でやってもらったパーマがうまくいかなかったからだ。
髪は日本人のポリシーとして黒を推奨しているため染めたりはしない。
肩先まである髪をパーマしてもらったが髪の量が多いため爆発した髪になった。
ちりちりとまではいかないが友達に見せたら笑われてしまうだろう。
「ったく、こんなんじゃ学校いけないじゃん。」
サキはぼそぼそとつぶやいた。
彼女は上下ジャージと今はオシャレではないが高校二年生だ。まわりは山ばかりでほとんど遊ぶ所はない。こうやって美容院に行くのだけで三十分は歩く。
「あーあー、帰って寝よ。」
サキは最早登山と呼べる道を歩きながら大きく伸びをした。今日は日曜日。
よく考えたら土曜日何をしたのか思い出せない。一日中寝ていたような気がする。
今は初夏なので寝心地は抜群なのだ。
虫の鳴き声や鳥のさえずりを聞きながらサキは山の中の自宅へと入って行った。
自宅には誰もいない。父も母も生まれた時からいなかった。どこにいるのかは知らない。
物心ついたとき近くの家の人に育ててもらっていた事に気がついた。
それも今となっては曖昧な記憶。
まあ、そんな感じだ。
サキは自室に布団を敷き、横になった。まだ午後二時だと言うのに眠くてしかたなかった。
「今日もあったかくていいなあ……。昼寝。昼寝。今日は七時前には起きる~……。」
七時とは朝の七時ではなく夜の七時である。彼女の昼寝は長い。ほぼ一日寝ている。
今日も昨日と同じくすぐに眠りにつけた。
しかし、昨日のようにぐっすりは寝むれず、途中で変な声で起こされた。
「おぬしはこれから神じゃ!」
「あーはいはい。」
サキは夢の中で返事をした。
「聞いておるのか!ええい!起きるのじゃ!」
サキは急に一回転した。
「んおう?」
何者かが布団をひっくり返したのだ。サキは寝ぼけ眼で眠りを邪魔した者をぼうっとみつめた。目の前には幼い女の子が立っていた。
格好からすると奈良時代の人だ。
赤色のからぎぬ、大袖はワインレッドで小袖は金色。帯は黄色でそえも(袴のようなもの)は白色である。髪は奈良時代にはこだわっていないのか黒のロングヘアーという今どきの髪型。
ある意味、マニアからはうけそうな格好だ。
「ええと……電波な人、こんなところにもいるんだなあ……。」
サキはそれだけ言うとまた布団にくるまろうとした。
「電波の人て……。あ!待つのじゃ!寝るのではない!」
女の子は素早くサキから布団を奪う。
「ああ……安眠妨害……。ん?」
しばらくしてサキは目がさえてきたのか今度は驚いて言葉を発した。
「って!あんた誰?」
「今頃そんな反応かえ……?」
「ちょっと、なんで勝手に入って来ちゃってんの?ここうちなんだけど。」
「うむ!お邪魔したのじゃ!あ、ワシは流史記姫神!ヒメちゃんじゃ!」
ヒメちゃんとやらは腰に手を当て胸を張った。
「うわー……自分でヒメちゃんとか言っちゃってるよ。こりゃあ、相当いってるねぇ。君。」
「とりあえずヒメちゃんじゃ!」
……ごり押しだよ……。まあ、いいけど。
「てか、何の用?おばちゃんとかが勝手にうちに入り込んで涼んでいる事はあるけどこんなガキンチョはなかったわ。」
「が……がきんちょ……。おぬしはおなごとしての品がないの……。」
ヒメちゃんとやらはあきらかに落ち込んでいた。がきんちょが効いたらしい。
「ああ。えっとごめんよ。お子様ね。お子様。で?何しに来たの?お菓子はないよ。」
サキはまだだるいのか横になりながら質問をする。
「おぬしはどんだけ干物なのじゃ……。まあよい。おぬしはこれから神様になったのじゃ。じゃが何の神だかわからぬ。この世は八百万の神がおると言われる。実際信仰のなくなった神は消えてしまうが生まれる神も多い。おぬしは生まれた神じゃ。」
ヒメちゃんはまじめにサキに言葉を紡ぐ。
「ごめん。なんのアニメだかわかんない。ネタがさあ、わっかんないんだよね。何?ずいぶんコアなファンなの?そっちの友達つくりなよ。うちなんか来ないでさ。」
「おぬしの言っている事の方がワシにはわからぬ……。」
「うーん……そう?」
サキはまたウトウトし始めた。言葉も支離滅裂になってきている。焦ったヒメちゃんは両手を前にかざした。すると横になっていたサキがふわりと浮いた。
「うわああ!」
サキは驚いて目を覚ました。
「寝るなと言っておろう!この高天原最新機器の腕輪でおぬしなど……。」
「何これ!何これぇええ!て、手品……じゃないっすよねえ……?」
サキは目を見開いて手をバタバタさせている。
「ワシは歴史を守る神、流史記姫神!ヒメちゃんじゃ!」
「も……もうわかった!そのネタはわかったから!降ろして!」
興奮気味のヒメちゃんを見ながらサキは懇願した。
「うむ。」
ヒメちゃんはサキをゆっくりと下に降ろした。
「あーびっくりした。で、結局君は何しにきたんだい?」
冷や汗をかきながらサキはヒメちゃんに質問をする。
「ワシはおぬしを守りにきたのじゃ。おぬしはなぜか神様になってしもうた。じゃがなんの神だかわからぬ。ワシが心配しておるのはそれ故に信仰が集まらずそのまま消えてしまうのではないかという事じゃ。」
「消えるって何?まさか死……」
サキはちょっと顔を青くした。
「人間では死ぬというが神々は消えると言う。」
「え?じゃあ、何?あたしは人間じゃなくて神だって事?」
「先程からずっと言っておろう……。正確に言えば今から神じゃ。」
「……は?」
ヒメちゃんの心配そうな顔を見ていたらなんだか気が遠くなってきた。
「しっかりせい!まだ消えるでない!神になったばかりだと言うに!」
もうヒメちゃんの声は届かなかった。サキは完全に落ちた。
なんだかわからないが気絶した……。
「うーん……。」
アヤは唸った。目の前にはヒメちゃんとアヤと同じくらいの歳だと思われる女の子がいる。
女の子は寝ているのかなんなのかベッドに横たわったまま起き上ってこない。
「で?あなた達は私の部屋になんの用なの?」
「なんの用って……実はこのおなごの事でなのじゃが……。」
ここはアヤの部屋。ベッドと机と棚くらいしかない。なぜか部屋中に時計が置いてある。
「あなた、あれでしょ?人の歴史を守る神様でしょ?」
「おお、知っておるの!さすが人の時間を管理する時神じゃ。」
ヒメちゃんは得意げに笑った。
アヤは時の神である。時の神は過去、現代、未来にそれぞれおり、アヤはこの三つのうちの現代神にあたる。
外見は一般の女子高校生。今は学校から帰ったばかりなのか制服を着ている。ストレートの茶色の髪はきれいに肩先で切りそろえられていた。
「で、彼女は?」
「ええと、よくわからんが神になってしもうたらしいんじゃ。自分が何の神だかよくわからんらしい。での、ワシが歴史をみて見たのじゃが彼女は人間としての歴史はもっておる。じゃが神としての歴史はまっさらだったのじゃ。……つまり、彼女は今いきなり神になってしもうたという事じゃ。前触れもなくの。おかしいと思うたのじゃがワシには打つ手がみつからぬ。と、いう事で時神に任せてみる事にしたのじゃ。」
ヒメちゃんは胸を張ってうなずいた。反対にアヤは大きなため息をついた。
「つまり……あれね。丸投げね。」
「うう……まあ、そう言わずにの……。ワシもやる事があって忙しいのじゃ……。よろしく頼む!」
「ああ!ちょっと待ちなさい!丸投げはやめなさいって!」
アヤの叫びもむなしく、ヒメちゃんはえへへと笑いながら跡形もなく消えた。
……勘弁してよ……
アヤは再び深いため息をついた。




