かわたれ時…最終話時間と太陽の少女〜タイム・サン・ガールズ6
「で……。また剣王の城に呼ばれたんだけど……なんだい?」
サキはまた剣王の城の会議室にいた。真新しい畳にふかふかの座布団が置かれており、サキはそれに尻を乗せる。権力者は皆そろっていた。相変わらず冷林はぐったりとしている。
今回はみー君も一緒にいたのでサキはなんだか心強く、ガツガツ行けそうな気がした。
「実は……竜宮が動き、参の世界が開いてしまったんだYO。」
ワイズが言いにくそうに言葉を発した。なぜか剣王とワイズの顔色が悪い。
「なんだって?天津は何やってたんだい?」
「私は先程の会議に出ていたぞ。」
隣に座っている天津が表情なく返答した。
「あんたが見てないといけなかったんじゃないのかい?竜宮が動いたんだろう?」
サキは隣にいる天津に慌てて言葉を発した。
「我が竜宮の管理体制の間違いはない。私に従う龍神達は参の世界を出す危険を知っている。私の傘下にいない龍神は竜宮を動かす事はできない。動かし方を知らない。しかし、一神だけ私の傘下におらずに竜宮を動かせる龍神がいる。」
天津はそこで言葉をきり、青い顔をしているワイズを睨む。
「ああ、私は彼にそんな指示だしてないYO!あいつは元々天津の傘下だった龍神だから開け方は知っているみたいだったがお前を困らせるためにやったわけではないYO。だいたい、無理に事件を起こして別の権力者に罪をなすりつけるのは私達で禁止してた事だろうがYO。」
ワイズは早口で言葉をまくしたてた。天津はワイズが自分をハメたと思い、非常に怒っているようだった。
「それに関してはこれからじっくり話を聞くことにしよう。」
天津はゆのみに入っている緑茶を一口飲むとゆのみを乱暴に置いた。サキはその音に肩をビクッと震わせた。
……うわー…すげー怒ってるよ……。こんな天津はじめてみた……。
サキは横目で天津を視界に入れながら緑茶を一口飲んだ。
「確かに龍雷水天は竜宮を動かしてしまったYO。だがその前に歴史神、流史記姫が何故か竜宮でマイに遭遇しているんだYO。地下の竜宮制御室でNE。」
「なんだと!地下の竜宮に歴史神と語括が?それはない!あそこは龍神と私以外入れないようにしているのだぞ。」
「落ち着け。天津。すべて話すからさあ。」
ワイズの隣に座っていた剣王が天津を落ち着かせる。天津は一呼吸置くと黙り込んだ。
「それがしのとこの歴史神が勝手に動いた。彼女は今回動くかと思い、監視をしていたのだがそれを抜け、あの七夕に起きた巻き戻し事件の少年少女の歴史がおかしい事に気がつき、独自に語括を探していたようだ。
そして歴史をたどり語括にたどり着いてしまったんだねぇ。流史記姫はそこで語括にその件を問い詰めた。」
剣王がそこで言葉をきり、緑茶を飲む。
「そして語括は流史記姫にこう言ったそうだ。『もう一度歴史を見なおしてみろ』と。流史記姫は慌てて少し前にあった歴史を見返した。
そこではじめて彼女は秋ごろにあった少女の件と厄に侵された少年の件を知った。それは語括が起こした『人間にはおこるはずのない歴史』。それがしはあの少年の件ではっきりとわかった。あの少年がため込んだ厄は本来人間がため込める厄の量をはるかに超えていた。
つまり語括が少年、少女が本来歩むべき道を消し、その消した道に勝手に道を作り、その上を歩かせた。語括が歴史を作ってしまった。」
剣王は深いため息と共に言葉をきった。
「語括のした事は大きな禁忌よ。でもね、彼女は厄神じゃない。」
サキの隣に座っていた月子が呆れた顔を向けた。
「まあ、最後まで話を聞いて。」
剣王の言葉で月子は「はいはい。」と返事をすると黙り込んだ。
「語括が勝手に作った歴史は語括が動かせるようでその歴史を流史記姫が具現化して見ていた時、語括が奪っていったらしい。その部分を切り取られた流史記姫は意識を保つことができず倒れた。流史記姫が言ってたのはここまでだねぇ。」
そこからは……と剣王がワイズの方に目を向ける。ワイズはため息をつくと話しはじめた。
「あー、な・ぜ・か……流史記姫を心配していた龍雷水天が、な・ぜ・か、竜宮に現れ、な・ぜ・か流史記姫を人質に取られ、な・ぜ・か本気で竜宮を開いたんだYO。
この際、あの二神の関係は聞かないでほしいYO……。流史記姫から奪った歴史を媒介させて語括と共に動いていた謎の女の記憶を歴史にし、龍雷水天が参を開き、彼女達はその歴史の中に消えていった様子。
その媒介にした歴史は流史記姫に戻ってきて流史記姫は今、元気な様子だYO……。」
ワイズは頭を抱えながら言葉を発した。
「その人がたどってきた本来の歴史は大丈夫だったのかい?あたしが道を照らして頑張ったんだけどさ。」
サキは不安そうな顔でワイズを見ていた。コウタとシホ、真奈美とセレナ、そしてトモヤ……彼らの歴史が壊れていないか心配だった。
「大丈夫だYO。歴史は過去の事。本来歴史は表に出てこないものだYO。人間の中には記憶というものがあるからNE。パソコンでいうと歴史はバックアップのようなものだYO。予備、予備。
だから多少、壊れても記憶があれば大丈夫だYO。歴史神はそうはいかないけどNE……。しかも今回は語括が奪った歴史を流史記姫に返している。だから大丈夫だYO。」
ワイズはサキに丁寧に説明した。
「そ、そうかい。良かったよ。じゃあ、あたしが道を照らしてしまった事により歴史が変わってしまうって事はあるのかい?」
「それはない。太陽神は道を照らすだけだ。そこから進むかは人間が決める事。」
サキの質問に答えたのは天津だった。
「そ、そうなのかい。」
サキはどこかホッとした顔で天津を見上げた。
「で?さっきの語括と一緒にいた謎の女って誰よ?わかっているのかしら?」
月子が気になる事を質問した。
「龍雷水天がアマテラス大神の力を持った厄神だと言っていたんだYO……。参を開いた時に見えた歴史も輝照姫のものだったようなと……。」
「はあ?」
ワイズの言葉に権力者達はそれぞれ驚きの表情をしていた。サキは慌ててみー君を仰ぐ。障子戸の所にただ立っているだけのみー君は曇った顔つきで畳に目を落としていた。
「一体どういう事だ?そんな事ありえない……。」
天津が震えた声を出しながら隣に座っているサキを見る。サキは慌てて首を振った。
「あたしは知らないよ!」
「天津、輝照姫、落ち着くんだYO!」
ワイズが天津とサキをなだめる。
「その隣にいた厄神がアマテラス大神の力を持っていたとしたらあんたの力も持っているってことなんじゃない?天津。」
月子が蒼白の天津をじっと見つめる。天津彦根神はアマテラス大神の第三子だ。
「だから竜宮に入り込めたって言いたいのか?」
天津は月子に静かに言い放った。
「そう。それに流史記姫も本当は龍史記姫とかなんじゃないの?ねぇ?」
「あの女の子、龍神なのかい?」
月子の言葉にサキがまた驚きの声を上げた。
「ふっ。それはないYO。あいつはれっきとした歴史神だYO。」
ワイズは軽く笑うと月子にそう言った。
「じゃあ、どうやって流史記姫は竜宮の地下に入り込んだのよ?」
「それは知らないYO。だいたい、龍雷が嘘をついている可能性もあるからこれから調べる事にするYO。だがその女に関しては本当のようだYO。」
ワイズが言葉を濁したので月子は目を細め、怪しんだがサキが声を発したのでその他は何も言わなかった。
「ねぇ、その女の件なんだけどさ、一度太陽の門が勝手に開いた事があったんだよ。太陽神も猿もその門を開いてなくてなんで勝手に開いたのかって皆で話し合ったなんて事があったよ。」
サキは厄を受けた少年の事件で関わりを持っていたイクサメという武神を保護していた時があった。
イクサメを連れてきたのは三姉妹の人形でその人形達は太陽の門が開いていたから入り込んだと言っていた。後で調べてみるとその時、太陽神、猿達が門を開いていなかった。
門の開閉は記録をとるようにしていた。サキは門が勝手に開いた事を疑問に思っていたがそこまで気に留めていなかった。
だがその女の事を聞き、太陽神の力があれば門を開けるので、もしかしたらその女が門を開いたのではと思い始めた。
「本当か?」
天津に問われサキは大きく頷いた。イクサメと人形の件を知っているのは剣王だけだ。そこにマイの糸が残されていた事を知っているのも剣王だけだった。この件は隠密に終わらせたため、ここで口にするわけにはいかなかった。
「その女、もしかしたらあたしの中の厄と関わりがあるかもしれない。……というか、もう目星ついているんだ。あたし。」
サキは静かにそう言った。
「やっぱりあんたに関係すんの?」
月子は腰に手を当て勝気な瞳でサキを見た。サキは静かに頷いた。
「きっとあたしのお母さんだ。あたしのお母さんは人間の巫女さんだったんだけど、交通事故で身体が動かなくなってさ、
お医者さんはリハビリすれば治るかもって言ってたのに、お母さんは巫女さんの力を使ってアマテラス大神をその身体に宿してしまったんだ。
アマテラス大神は今、概念だからお母さんは纏うって感じになってたけど半分神になったお母さんはアマテラス大神の力を使って一瞬で身体を治してしまった。その後、生まれたのがあたしなんだ。」
サキは深く深呼吸をすると暗い顔で再び話しはじめた。
「お母さんはあたしを憎んでいた。時間をなくそうと時神を消そうとして時神から罰を受けた。力を全部剥奪されて再び現世に落ちたんだ。」
「ああ、あれか。あれは時神に任せていたねぇ。」
剣王はなつかしむようにサキを見ていた。
「時間がおかしくなってて太陽と干渉ができなかったんだYO。あの時は。」
ワイズは眉を寄せてつぶやいた。
「そしてお母さんはあたしを人間にしようとしていたんだ。もともとあたしは人間として生まれたんだけど五歳くらいから太陽神の力が出てきてしまって太陽神になったんだ。
で、あたしは太陽神としての神格を放棄していたから、あの時は壱と反転の世、陸にあたしが二人いた。
お母さんがあたしの神権を握っていたから、お母さんはあたしの神権を奪い続けて、あたしの力を弱くしてたんだ。あたしの中の厄はたぶん、陸にいた人間の方のサキが持っていた厄かもしれない。」
サキは苦渋の顔で皆を見回した。
「なるほどね。よくわからないけど、だからあんたは過去に行きたかったわけね。」
月子は納得したと大きく頷いた。
「……マイとその女が参に入ってしまったなら……サキにそれを追わせればいいんじゃねぇか?」
ふといままで黙っていたみー君が会話に入って来た。
「何を言っている!もう竜宮を動かすのは……。」
天津が反論をしたがみー君が止めた。
「そんな事言ってる場合じゃねぇだろ?その女が歴史にした記憶とやらはサキが関わっているんだ。サキ以外誰がマイを捕まえられるんだ?あいつらはもう参に行っちまったんだぞ。これから歴史が変わって流史記姫が壊れたらどうするんだ。なあ?」
みー君がワイズと剣王をちらりと視界に入れる。剣王もワイズも困惑した顔をしていた。
「で、剣王、あんた、流史記姫に責任を取らせたらどうだ?サキと一緒に参に行ってもらうとかな。」
みー君の言葉に剣王は呆れた顔を向けた。
「あのねぇ……流史記姫を参に連れて行くのはちょっと……。」
「俺も部下の不始末はちゃんと責任を取るつもりだ。俺は全力でサキを助ける。そしてマイを必ず捕まえる。」
みー君は剣王をじっと見つめた。ワイズは特に何も言わなかった。
「ま、まあ、でもしかたないねぇ。いまの状況だとさ。どちらにしろ流史記姫にも罰を与えないといけなかった所だし。……もうしかたない。それがしも輝照姫に乗る。」
剣王が頭を抱えて呻いた。それを見たサキの顔は逆に輝いていた。
「本当かい!」
「ああ。しかたないからねぇ。参に渡ったら歴史を変えてはいけないよ。君は影の役回りをして人間の頃の君が持っていたっていう厄の回収をするんだ。そして入り込んだ語括を捕まえる。」
剣王は念を押すようにサキに言った。
「わかったよ。で?どうやって戻ればいいんだい?この世界に。」
サキの質問に冷林が答えた。冷林はぐったりしていたがワープロのような文字がサキ達の頭に届く。
―トキノカミガ……オマエタチヲ……モトノセカイニ……モドス。―
「後は流史記姫が歴史を動かして綻びを治す。だがこれは君がその母親と関わった期間だけしか戻れない。流史記姫が開く歴史の扉がそこまでだからだよ。
だから君の母親がアマテラスを手放すときまでが期限だ。それまでに戻らないと君の中の歴史も流史記姫もそれがし達も皆、狂う事になる。
いや……もっと大きいな。壱の世界がおかしくなるんだよ。だからそれがしはできればこの方法はとりたくない。だがしかたがないので輝照姫を信じる事にするよ。」
剣王の言葉にサキはごくんと唾を飲み込んだ。自分がしくじって期限内に戻ってくる事ができなかったら壱の世界自体がおかしくなる。
「剣王はずいぶんと参に詳しいみたいだNE。」
ワイズがお茶を飲みながら剣王を見た。
「まあねぇ。流史記姫といい、歴史に関わる神も多いからねぇ。それがしの所は。」
剣王もため息をつきながらゆのみに口をつけた。
「サキ、やるからにはちゃんと解決して戻ってきなさいよ。」
月子がサキに向かい声をかける。
「わ、わかったよ!」
サキは不安げな顔をしていたが月子に大きく頷いた。
「じゃあ、剣王、ワイズ、冷林、天津、月に助力してほしい時がきたら教えてね。じゃ、私はお暇するわ。」
月子はそう言って微笑むと立ち上がった。
「ふん。偉そうな月の神め……今回自分は関係ないからってYO……。」
ワイズが苦虫を噛み潰したような顔で残ったお茶を飲みほした。
「天津、あんたはどうなんだ?竜宮開く気になったか?」
みー君の言葉に天津は難しい顔をしていたが静かに頷いた。
「皆、ありがとう。あたし頑張るよ。」
サキが権力者達を見回しお礼を言った。月子はふふんと微笑みながら障子戸を開け去って行った。
「頑張るじゃすまされないYO!まあ、こちらの過失は認めるけどYO……。」
ワイズは肩を落としてつぶやいた。
「私は大きな罪を犯す事になる……。龍神達になんと説明すればいいか……。」
天津は眉を寄せ、気難しい顔でそっと立ち上がり、部屋の外へと足を進めた。
「じゃあ、それがしは流史記姫を竜宮に呼ぶ事にするねぇ。」
剣王は重い腰を上げだるそうに去って行った。
「天御柱。お前がしっかり輝照姫を見張っていろYO。むしろお前が一緒に行かなければ私は輝照姫を参に行かせないYO。」
ワイズは壁に寄り掛かっているみー君を鋭く睨みつける。
「ん?ああ。心配するな。おそらく剣王も俺が行くからサキを参に連れて行く事を許したんだろうな。厄神とマイは俺が見つける。サキは自分の中にある厄を取る事に専念させる。」
みー君はワイズにそう答えた。
「そうかYO。」
ワイズはそれだけ言うと「必ず戻って来いYO。」と言い残し、去って行った。
冷林はサキを一度見ると何も言わずに部屋を後にした。
「さて。うまくいったな。これで参に入れる。まあ、あの女とマイも参に入ったって事は過去のお前に何かするつもりかもしれないからな。俺も行くぜ。」
みー君はサキにそっと微笑みかけた。
「みー君!ほんと心強いよ!」
サキの顔がいくぶん明るくなった。みー君とサキはすぐに竜宮に向かう為、鶴を呼び、剣王の城を後にした。
記憶は初夏だったため、半袖の黒いボーダーのシャツと青いスカートを履いておいた。今は冬だからはてしなく寒いが少しの辛抱だとサキは我慢を決めた。




