かわたれ時…最終話時間と太陽の少女〜タイム・サン・ガールズ5
サキとみー君が図書館に来る少し前、歴史神、流史記姫神、ヒメは芸術神、語括神マイを見つけていた。ヒメは幼い容貌で紅い着物を着ており、黒い長髪をなびかせた少女である。
ヒメは厄の事件で狂わされた人間達の歴史をマイに問いただすべく、彼女をずっと探していた。
ヒメは狂った人間達の歴史、記憶をたどり、マイがいる場所までたどり着いた。こっそり動いていたため、剣王には言っていない。まわりを欺くため、年間行事にはしっかりと出席した。
マイは竜宮にいた。テーマパーク竜宮の地下、アトラクションを動かず機械が蠢いている部屋にマイはいた。
「来ると思っていた。流史記。」
マイは肩先で切りそろえられた金髪を払い、ケラケラと笑いながらヒメを見つめていた。
「んー……ワシは狂わされた人間達の歴史についてお主とお話ししたいと思い来たのじゃ。狂わされた人間達の歴史を見るとお主ともう一神がいつも視界にはいる。」
ヒメはマイを睨みつけながら静かに言葉を紡いだ。
「残念だな。お前は私を追うのに夢中で私がお前の管理している歴史を壊していた事に気づかなかった。」
マイの一言でヒメの顔色が変わった。
「どういう事じゃ?」
「言葉通りだ。お前が守っていた歴史を見返してみるといい。」
マイがヒメをまっすぐ見据えて言い放つ。ヒメは慌てて自身が管轄している歴史を見つめた。
……なんじゃ……これは……。
ヒメは絶句した。いままでこんな歴史はなかったはずだ。
「あなたがいままで見ていた歴史は私がいじったウソの歴史。本当の歴史をここでみるといい。」
マイがクスクスと笑いながら絶望的な顔をしているヒメを仰ぐ。
まず、七夕に起きた少年少女の事故の件だった。ヒメはこの事件後、歴史を元に戻すべくマイを探しはじめた。この件は知っていたのでヒメは衝撃を受けなかった。その後からだ。井戸に落ちるはずのない少女がマイの糸にやられ落下し……最後に映ったのはトモヤという少年。
彼は武神がわけありで渡した力の使い道に悩んでいた。そこに現れたのはマイと水色の長い髪をしている女。水色の髪の女が学校の帰りを狙いトモヤに接近した。そしてトモヤの中に元々あった負の感情を暴走させ、増やした。
ヒメはそれを見て身体が震えた。ヒメがマイを探している間、マイはヒメが管轄している歴史に割り込み、起こるはずのない事を起こさせていた。
「馬鹿な子だ。七夕の件はわざと大きな事件にしたのだ。お前がそちらの歴史を元に戻そうと必死になると思ったからな。」
「そんな……。」
「私が操った人間達の歴史は私のものだ。お前が管轄している歴史は私が刻ませてもらった。お前自身も闇に落ちるといい。」
マイがケラケラと笑った刹那、すぐ隣に水色の長い髪をした長身の女が現れた。眼力が強く、口に赤い口紅をしている。青い着物を着ており、禍々しいものが溢れ出ていた。
「流史記が落ちるのも計算通り!」
女は高圧的にヒメを見ると手を前にかざした。ヒメが守っていた偽りの歴史が女によって斬り刻まれ、本物の歴史も斬り刻まれた。そしてヒメは女が発した強い厄の力をもろに受けた。
「うう!」
ヒメは膝をつき、苦しそうに喘いでいた。マイはヒメが管轄していた歴史を塗り替え、すべて消してしまった。元々マイが動かしていた人間達の歴史である。マイは歴史神が歴史を見るために具現化したタイミングを狙い、マイが作り上げた部分の人間達の歴史を簡単に消して見せた。
プツンと何かが切れる音がし、歴史を持っていかれてしまったヒメは気を失いその場で倒れた。
「ふふ。神は必ず何か目的を持って生きている。その根本、存在理由を少しでも壊せばコンピューターのようにすぐにエラーが出て電源を押してもつかなくなる。歴史の一部を壊しただけだから死にはしないだろう。後はこいつを盾に……。」
女が不気味に笑っていると血相を変えた龍雷水天神、イドが現れた。
「ヒメちゃん!」
イドは気を失っているヒメを戸惑った表情で見つめていた。
「ワイズ軍、龍雷水天神。イドさんというあだ名で呼ばれている男神。ずいぶんと西の剣王軍の流史記を心配するんだな。」
マイはせせら笑い、蒼白のイドを見つめる。
「ヒメちゃん……間に合わなかった……。」
イドはマイと女を睨みつけた。
「睨みつけたって変わらんよ。彼女を元に戻してほしければ竜宮を動かせ。お前は東の軍だが龍神だ。竜宮ぐらい動かせるだろう?お前が竜宮を動かせば参の世界の扉が開き、過去に戻る故、私が奪った歴史も元の歴史に戻るだろう。そしてその歴史はこの歴史神の元へ帰る。」
マイはヒメを乱暴に立たせた。ヒメは光のない瞳で口は半開き、まるで死んでいるようだ。
「ヒメちゃん……。あなた達は僕を脅す気ですか?そうは……」
「待ちなさい。」
イドが咄嗟に動こうとしたがマイの横にいた女に止められた。
「動いちゃダメよ。ちなみにあんたが私達を殺しても意味はないわ。むしろマイが持っている歴史が消えるだけ。マイは好きなように今持っている歴史を消せる。この歴史はマイが作ったものだからね。マイが歴史を消せば歴史神を元に戻すのは難しくなる。……ふふふ。」
「……!」
イドは戸惑いながら動きを止めた。他の龍神に助けを求めようと思ったがヒメの事を思うと変な行動はとれなかった。
「さあ、あんたは竜宮を動かすだけでいいの。動かして私達を参に連れて行ってくれれば流史記も元に戻る。」
イドは女から漏れ出る力をわずかに感じ取った。
「……。あなたはアマテラス大神ですか……?」
イドは女にそう尋ねた。女からわずかに太陽の力を感じたからだ。
「さあ、どうだか。で? どうする気なのよ?え?」
女はクスクス笑いながらイドを見下す。
「しかたありません。……わかりました。……開きましょう。」
イドが怒りを押し殺した声でつぶやいた。イドは目をつぶると手を前にかざした。かざした刹那、あたりの機械が忙しなく動きはじめ、あたりを白い光で覆った。
「よし。参が開いた。後はあなたの記憶を取り出し、参に落ちる。」
マイは女をちらりと視界に入れた。女は大きく頷いていた。
マイは参か壱か曖昧な世界の中、弐の世界を開き、女が演じた記憶を見つけ出した。女の記憶は歴史神と結ばれ歴史となり参の世界を作っていく。その参の世界に吸い込まれるようにマイと女は消えて行った。
そしてマイが奪った歴史はヒメに戻って行った。白い空間は徐々に消えて行き、気がつくとあたりは元の竜宮に戻っていた。
「ヒメちゃんから奪った歴史を間に置いて記憶をその歴史に組み込み……参に入り込んだんですか……。竜宮を開いただけでは参には入れませんし……。」
「ん……。」
イドが困惑した顔をしているとヒメが目覚めた。
「ヒメちゃん……。大丈夫ですか?」
「イド殿?」
イドがヒメを慌てて抱き起す。イドは安堵の表情を向けていた。
「無茶しちゃダメです! ああ、あなたが無事で良かった……。」
イドはきょとんとしているヒメをあわあわと抱きしめる。
「今回、イド殿には見つからんと思ったのにのぅ……。」
「僕を欺こうとするのはやめなさい……。ろくな事にならないでしょう……。」
イドがヒメに鋭く言い放った刹那、騒ぎを敏感に感じ取った龍神達、使いの亀達が慌てて集まって来た。
「ワイズ軍と剣王軍がここで何をしている? 竜宮を動かしたのか?」
龍神の一神が慌てて言葉を紡ぐ。顔には焦りの表情が浮かんでいた。
「オーナーがいない時に……。」
龍神達は動揺し、不安げに声を上げ始めた。
「ここに芸術神語括とアマテラス大神の神力を持った厄神の女が現れました。報告をワイズ達にしたい。」
イドは頬に伝う汗をグイッとぬぐった。龍神達はすぐに連絡を取ってくれた。
……竜宮も大きく変わりましたね。皆、キビキビ動く。……一体、竜宮を動かした罪は僕の場合どうなるのでしょうか。ワイズ軍ですから天津に処刑される事はないと思いたいですね。
イドは暗い顔をしているヒメを見つめながら唸った。
……しかし、先程一瞬流れたあの記憶……輝照姫の……。
「龍雷、何があったかわからんがワイズの元へ帰る駕籠を用意したぞ。今、天津様とも連絡を取る。」
イドが途中まで考えを巡らせたところで龍神の一神から声をかけられた。
「ありがとうございます。ヒメちゃん、あなたも一緒に来なさい。」
イドに手を引かれたヒメは目に涙を浮かべた。
「イド殿……うう……。ワシ、剣王に何も言わずに……。」
「大丈夫。大丈夫だから。」
ヒメは内緒で勝手に動いた事を後悔しているようだった。イドは頭を抱えながらヒメを慰めていた。




