かわたれ時…最終話時間と太陽の少女〜タイム・サン・ガールズ4
サキは疲れた顔で剣王の城を後にした。待機していた鶴の駕籠に乗り込む。鶴は神々の使いだ。サキは主に移動する時に使っていた。
「よよい?お疲れだよい!」
鶴が心配そうにサキに話しかけた。サキは軽く言葉を発すると落ち込んだ顔で席についた。
「おい?大丈夫かよ?サキ。」
隣にはみー君がいた。みー君はただならぬ顔のサキを心配そうに見つめていた。
「大丈夫じゃないよ……。みー君……。交渉、全然うまくいかなかったよ。おまけにマイを捕まえる約束までしちゃったし……。」
「マイを捕まえる約束だと!あいつはどこにいるかわかんないんだぞ!手がかりもないしな!あいつらに協力を仰がずにどうやって捕まえるつもりなんだよ!ワイズは確か、その交渉をするために今日、会議に出たんだぜ?お前、ワイズにいいように使われただけじゃねぇか。」
みー君は驚きの声を上げた。
「うん……だよねぇ……。一度、天記神の所にでも行ってみようかと思っているんだ。」
「天記神?なんでまた?」
「マイは弐の世界にいるみたいなんだ。だから天記神の所で何か聞けないかなってねぇ……。」
サキはかなり自信を喪失していた。天記神の所に行っても望みは薄いような気がした。
「そうか……行かないよりはいいかもな。俺も行くぞ。」
みー君はサキに何があったのか深く聞いてこなかったがなんとなくわかっているようだ。サキの肩をポンと叩き、「元気出せよ」とつぶやいていた。
しばらくのんびり駕籠が進んだ。サキはぼうっとしていたがふと鶴に声をかけた。
「あ、忘れていたよ。鶴、天記神の図書館まで行っておくれ。」
「人間の図書館までしか行けないよい!」
鶴がサキに呑気に答えた。
「それでいいよ。」
サキはため息交じりにつぶやくとみー君に目を向けた。
「ん?どうした?」
「みー君、マイの件でみー君もワイズに罰せられるかもしれないよ。」
サキは暗い顔つきでみー君を仰いだ。
「ああ、そうだな。あいつは俺の部下にしちまったからなあ。」
みー君が呑気に言葉を話すのでサキは逆に拍子抜けをした。
「そんな呑気な感じでいいのかい?」
「ああ、問題ないな。さっきワイズと話してな。お前を全力で守れと言われた。その制約で俺の神力で作った鎖を巻いている。お前を守れなかった場合、その鎖がちぎれて俺は耐えがたい苦痛を味わう。それが罰だと。正直怖いがお前が無茶しなけりゃ問題ねぇ。」
みー君はしれっとサキに言い放った。サキの顔は蒼白に変わった。
「いつの間にそんな話を……。ちょっとみー君……。」
「そうか。お前がマイを捕まえる事になったからワイズは俺に全力でサキを守れと言ってきたのか。納得だ。」
「ちょっとみー君……。あたしのためにみー君が傷つくかもしれないのかい?」
サキは青い顔で声を上げた。
「いや、そうじゃねぇよ。ワイズはお前に無茶されるのが嫌なんだよ。お前は優しいからな、俺が傷つくって知ったら大人しくなるだろう?あれはそれを狙ったんだ。ついでに俺も罰せる。」
「とりあえずあたしが無茶をしなければみー君は大丈夫なんだね?」
「そういう事だな。」
会話が切れた刹那、鶴が一声上げた。
「ついたよい!」
サキとみー君はすぐさま駕籠から降りた。場所はどこだかはわからないが小さい図書館だった。昼間なのである程度は暖かいがやはり冬なので寒い。
「鶴、ありがとう。」
「よよい。」
サキの礼に鶴はそう返すと翼を広げ空高く飛び去って行った。
サキとみー君は去って行く鶴を眺め、近くにある小さい図書館に入って行った。
図書館に入り、キョロキョロあたりを見回していると素早くやってきた図書館の人が左に向かってくださいと言葉を発してきた。サキとみー君はそれに従い、歩く。
奥の方の棚に一冊だけ真っ白い本が置いてあった。その本の背表紙には天記神と書いてある。
「本当にどこでもあるんだな。この本……。」
みー君は呆れながらその本を手に取る。
「そうだねえ……。図書館ならどこでもあるって天記神言ってたけど本当だねぇ。」
サキと一度目を合せてからみー君は白い本を開いた。
眩しい光が包んだ後、二人は大きな洋館の前にいた。前も来た事があるがここは洋館ではなく図書館だ。あたりは霧で覆われており、なぜか盆栽があちらこちらに置いてある。
盆栽についているコケは勝手についたのかつけたのかはわからないが手入れはしっかりされていた。
「とりあえず、行くぞ。」
「うん。」
みー君はサキを促して図書館への扉を開けた。扉は重たくてかなりの年季物のようだった。
中に入るとすぐに男の声が聞こえた。
「いらっしゃーい。どうぞこちらへ。」
星がモチーフの帽子をかぶった青い長髪の男性が甲高い声で近づいてきた。この男性は心は女性である。女のサキよりも女性に磨きをかけている。
「天記神今日は話があって……。」
サキが天記神に声をかけた刹那、サキの視界の端で茶髪のショートヘアーの少女が映った。
「……アヤ?」
サキはその少女に向かい驚きの声を上げた。茶髪の少女はかわいらしい顔つきをした少女でサキを見ると呆れた表情に変わった。
「やっと来たわね。」
アヤと呼ばれた少女はため息をつくと天記神の図書館にある椅子に座るように目で合図した。
アヤはサキと同い年の神で時の神である。人間の時間を管轄するのが仕事だ。
「アヤ!やっと来たってどういうことだい?」
サキはアヤの側に素早く寄ると椅子に座った。目の前には長机がある。普通の図書館とあまりつくりはかわらないようだ。ただ、本が天高く積まれており、上の方はどうやって取ったらいいかわからない。
「ええ。冷林からここにサキが来るかもしれないからって言われてね。」
「冷林から?」
サキはアヤの発言に驚いた。会議の時は何も話さなかった冷林だったがサキの要求を聞いていたのかこっそり時神を派遣したようだ。
「なんでまた冷林が……。」
「冷林はあなたの中にいる人間に反応したんじゃないかしら?」
アヤはサキをじっと見つめながらつぶやいた。
「あたしの中にいる人間かい……。なるほどね。」
「冷林はサキに協力的だって事だな。」
みー君はサキが座っている近くの席に腰を落ち着けた。
「天御柱神……。す、素顔をみるのは初めてだわ。」
アヤはみー君に怯えていた。
「アヤ、みー君はそんなに怯える神じゃないよ。」
「あなたね……。この神の神格わかっているの?」
きょとんとしているサキにアヤは青い顔でつぶやいた。
「とりあえず大丈夫だって。」
サキはアヤにそっと笑いかけた。アヤはみー君をちらりと見るがみー君の瞳を見て震えた。
「サキ、あなたはなんでこの神とこんなに親しくできるわけ?私なんか天御柱神を視界に入れるだけですごく怖いわ……。」
アヤの言葉にサキは首を傾げた。いままでのみー君を見る限りだとそこまで怯えるほどの男ではない。
「神格の違いだな。」
みー君はアヤにそっけなくつぶやいた。アヤはまだ弱小神だ。高天原にすら入れない。みー君との神格が違いすぎてみー君が存在しているだけでアヤは恐怖を感じるようだ。反対にサキはかなり高い神格の持ち主だ。みー君と話していてもなんとも感じない。
その違いだ。
みー君が普通に話しかけてもアヤは酷く威圧をかけられたように感じる。
「えー、アヤだったか?お前は俺が声を発するだけでかなり怖いと思うからな。お前とはあんまり話さないようにする。」
みー君は素っ気なくつぶやいた。感情を入れて話すと余計アヤは恐怖を感じる。
アヤは不思議とサキとだけは通常の会話ができた。
「ふう……で?サキ、あなたは私に何の用なの?」
アヤは一呼吸置くとサキに目を向けた。アヤが質問をしている最中、天記神が紅茶とクッキーを持って来た。机に優しくそれらを置き、会釈をして去って行った。
「うん……。実は参に渡りたいなと思ってたんだけどね、先に芸術神マイを捕まえないといけなくなってしまってさ……。」
サキが顔を曇らせて言葉を発した。
「参?私は渡れないわよ……。時神はこの世界の時を見ているだけなんだから。」
「そうだよねぇ……。流史記姫神、ヒメちゃんも追加したら弐の世界と竜宮使って参に渡れないかな。あたしは漠然とだけどそんな事を考えていてさ……。」
サキはボソボソと計画を話しはじめる。ちなみにみー君は頬杖をつきながら二人から目をそらしていた。
「だいたい竜宮使うのって禁忌なんじゃないの?天津彦根神が許すとは思えないんだけど。」
「そうなんだよ。超反対された……。」
サキが肩を落とす。アヤは呆れた顔を向けた。
「それはそうよ。だいたいヒメだって歴史をからめれば遠い時代から時神を呼んだり、元の時代に返したりはできるみたいだけどそれは時神限定だし……。」
アヤがそう言って紅茶を口に含んだ刹那、図書館の重い扉がゆっくりと開いた。
「ん?」
サキとアヤは開いた扉の方を見る。素早く天記神が入って来た神を誘導していた。
「栄次!」
その神を見て驚きの声を上げたのはアヤだった。
「アヤ?……それと太陽神か。」
栄次と呼ばれた男は鋭い目を持つ男で茶色の髪を後ろでひとまとめにしており、袴を履き、腰に刀を差している。江戸時代あたりにいそうな侍の格好をしていた。
サキが不安そうにアヤを見た。
「ああ、ええと……前もどこかで話したと思うんだけど栄次は時神過去神、つまり参の世界を守っている時神なのよ。」
アヤが丁寧に答えてくれた。それを聞いたサキは一つの希望を持った。
「あんた、過去に戻る事ってできるのかい?」
「……?なんだいきなり。過去に戻る?それは難しい。俺は過去になったこの時代から来た者だ。別に前の時代から来たわけではない。」
栄次はちらりとみー君を見たが近くの席に何事もなかったかのように座った。
「どういう事だい?」
サキは首を傾げて栄次を見つめた。栄次に代わりアヤが口を開いた。
「この図書館はね、人間の図書館と繋がっているでしょう?つまりリンクしてるの。この時代を平成だとしている世界が壱、平成はもう過去の世界だとしている世界が参、平成を未来だとしている世界が肆。つまり平成の時代が三つの世界にあるって事よ。過去でも現在でも未来でも壱と同じ時代なんだからある物も同じでしょ?ただ世界が違うだけで。だから人間の図書館からこの弐の世界にある図書館はリンクしちゃっているのよ。つまり、栄次は過去になってしまった平成から図書館を通ってここにきたわけ。私達は平成を現代だとしている世界からここにきたの。わかるかしら?だから栄次は参の世界から来たってだけで別に江戸時代とかそういう過去からここに来たわけじゃないのよ。」
「……なるほど……。」
アヤの説明を聞き、サキは残念そうに唸った。
「で?時神過去神、あんたはなんでここに来たんだ?」
いままで話さなかったみー君が声を上げた。栄次はみー君に威圧を感じてはいたがアヤよりは神格が高いので普通に会話をはじめた。
「参でなぜか時間が歪んだ。俺一人ではどうすればよいかわからなかった故、この天記神の図書館で他の時神が来るのを待とうと思っていたのだ。アヤが先にいたのには驚いたが。」
栄次はぶっきらぼうに言葉を紡いだ。
「時間が歪んだ?それはマジか。」
みー君はアヤを横目で見る。
「私は知らないわよ。時間が歪んでいるなんて今知ったわ。壱はそんな事はないけど。」
アヤは責められると思ったのか慌てて声を上げた。
「雪が降るくらい寒い冬だったはずだが初夏あたりの季節に変わった。時間が巻き戻ったような感覚が襲った。」
「時間が巻き戻る……。」
サキは栄次の言葉で一つの仮説にたどり着いた。サキはそっとみー君を仰ぐ。みー君も何かに気がついたのか真剣な顔でサキを見つめていた。
「竜宮だ……。竜宮を使った奴がいるんだ。参が関わっていて時間を戻すと言ったらもう竜宮しか思い浮かばない。」
みー君がサキと同じ考えを口にした。
―天御柱!近くに輝照姫はいるかYO!―
ふいにワイズの声が聞こえた。サキは突然の事で驚いていたがみー君は腕にはめていた高天原最新の通信機に目を向けた。
「ワイズ?ああ、サキはいるが……。」
―すぐに剣王の城に来いYO!輝照姫も一緒にNE!―
ワイズの声はどこか焦っているようだった。
「ああ、なんだかわからないがわかった。すぐ行く。……なあ、サキ、いますぐ剣王の所に来いってよ。」
「剣王?一体なんだい?」
サキは不安げな表情で頭をかいた。
「例の参の件かもしれねぇ。」
「そうだね。……あ、アヤとえーと、過去神はここにいておくれ。ちょっと行ってくるよ。」
サキはアヤと栄次にその場に残るようにいうと嵐のように去って行った。
「いっちゃったわね……。上に立つ者は大変ね。」
「そうだな。」
アヤは紅茶に口をつけ、クッキーを口に運んだ。栄次は目を瞑り瞑想を始めた。
「クッキーのおかわりはいっぱいあるからね。気長に待ちましょうか。」
天記神はうふふと楽しそうに笑うと自分用の紅茶を持ち、アヤの横に座った。




