流れ時…1ロスト・クロッカー最終話
気がつくとアヤは自室にいた。
「……?」
なんだか自分の時間が止まっているような錯覚にとらわれていた。
いや、実際止まっているのだろう。
歴史は人間が動かす。
自分の中にある歴史も自分で動かす。
いずれ歳をとり、死ぬという歴史。
しかし、時神は自分の歴史であっても動かせないし関われない。
つまり……時の神が外見変わらず生きられるのは歴史の管轄からはずれてしまったという事だ。
私は……もう……人ではない。
アヤはその場で崩れ落ちた。
「アヤ?どうした。」
栄次が心配そうにアヤを覗き込んだ。
それを見てプラズマが口をはさむ。
「過去神、たかだか十年足らずしか生きていないこの子にはこの現実は酷なんだよ。」
「……。ああ、そうだな。」
二人は座り込んでいるアヤの横に何も言わずに腰をおろした。
「私……」
アヤが誰にともなく話出す。
「もう……普通の生活できないの?結婚して子供が生まれて……みたいな生活。」
「できんな。時の神は人と生殖する事はできない。」
栄次はまっすぐ時計を見ながらぼそぼそ話す。
「……そう。あなた達が劣化始めたら……殺さないといけないの?」
「いや、俺は自分で消えるから問題はない。」
「俺ももう自分で消えるよ。なんか……本当はもう疲れているんだ。」
二人は声のトーンを変えずにつぶやく。
「お前はどうする?アヤ。」
「……。私は時の神が楽しく生きられる道を探す。だから劣化しても消しに来ないで。」
アヤは涙声で膝を抱えてうずくまっている。
「……。」
二人は黙り込んだ。
アヤは続ける。
「それから、歴史をもとに戻す。あなた達がなんて言おうと私が戻す。」
「その方がいい。戻そう。もともと俺らは歴史を動かしてはいけないのだ。歴史を消そう、歴史を後回しにしようという事はやってはいかん事だ。」
「そうだな。歴史は俺らが責任もって移動させるから君はそこで落ち着いてな。友達の歴史神に相談してくるから。」
二人は複雑な顔をアヤに向け一言付け加えた。
「俺も楽しく生きられる道を探す。」
「俺も探してあげるよ。だから……その……元気だしな。」
二人の言葉にアヤは無表情で
「ありがとう。」
と言ったのみだった。
そんな事、彼らが微塵にも思っていない事は彼女にはまるわかりだった。
そしてロストクロッカーは次の新しい時神をはやくむかえたいがためにさっさと殺されるという事もわかっていた。
だから最後まで彼らに心を許せなかった。
自分は今、タイムクロッカーから現代神になったばかりなのだが……。
二人をもとの時代に戻した後、自室に戻ってきたアヤはひどく疲れていた。
時の神はこういう仕組みで動いている……。
私は泣き叫ぶ彼を躊躇なく殺してしまった。
それは仕組みだから仕方ないのか……。
それとも殺す必要はなかったのか……。
あの時の自分の判断は正しかったのか……。
自分は彼に殺された方が幸せだったのか……。
もう……
わからない……。
彼……現代神もひどく疲れているように見えた。
私も劣化を始めたらああなってしまうのか……。
他人を騙してまで生きたいと思ってしまうのか……。
それとも未来神過去神のように早く消えたいと思ってしまうのか……。
どうなっているのだろう。
確かに時や歴史をずっと見守りたいとは思っていた。
だが、時や歴史を背負う事がこんなにも重荷だとは思わなかった。
そっと見守っているだけだと思っていた。
私は甘かったんだ。
アヤの頬から涙が零れ落ちた。
時と共に生きたい……
けど……
怖い……
これから自分がどうなってしまうのか……
劣化を始めたら彼のように皆から疎まれて死んでいくのか。
あれではまるで使い捨てではないか……。
今、時を守る神になったばかりだというのに唐突に悲しくなった。
アヤは泣いた。
「ああ……ああああ!」
泣き叫んだ。
誰にも助けてもらえない。
話す事などできない悩みを抱えてアヤはさみしさと孤独と恐怖に押しつぶされて泣きじゃくった。
泣いてもしょうがないと思った。
私はもう、時の神だ。
現代神だ。
現代を守らないといけないんだ。
一生懸命そういう使命感を出したが
涙は止まらなかった。
ここから永遠と続く道。
孤独。
恐怖。
アヤはこれを背負い、現代の時を守るのだ。
殺された方がましだったかもしれない……
そっと落ちていたナイフを拾い、見つめる。
死んでしまおうか。
ダメだ……私は生きる。
生きなければいけない。
私が殺した現代神の為に。
生きたいと願った自分の為に。
……しばらく……泣いても……いいよね。
ずれていた時計はもとに戻り、同じ刻みで秒針がまわっている。
静かな部屋の中で時計の音とアヤの嗚咽が鳴りやむ事なく響いていた……。
少女は果てしなく続く道のりをゆっくりと歩き始めた。
過去を振り返ることなく……
未来にたどりつくことはなく……
これから少女の神生と世界と運命は大きく変わることになる。
ここからすべてが始まる……。
※※
誰かがおかしいと言っている。
こんな歴史はみたことがないと。
時神はこんなシステムではなかったと。
別の世界の誰かはこう問いかける。
「スサノヲ、ツクヨミ、アマテラスは知っているか?世界は改ざんされている」と。




