かわたれ時…最終話時間と太陽の少女〜タイム・サン・ガールズ1
「おかーさん、あたし、誰にも気づいてもらえないよ……。」
幼い女の子は母親と思われる女に抱きついた。
「そう……大丈夫よ……。」
女は少女の頭を撫でながらそっとつぶやく。その女はなぜか目元がはっきりしない、曖昧な顔つきをしていた。目があるはずの部分だけ黒い影のようなものが覆っている。
ここは山の中腹にある小さな家。裏庭には小さな祭壇があり、鳥居もある。
「サキ、あなたは人に見えなくなってしまったようね。でも大丈夫よ。お母さんがいるからね。」
女は少女をそっと抱くと近くにあった椅子に座らせた。
「おかーさん……。」
「大丈夫よ。お母さんはアマテラス大神よ。あなたはその娘だもの。人になんて見えなくても問題ないわよ。さ、ご飯にしましょうか。」
女は幼い少女にそう言うと光差し込むキッチンで料理を始めた。
しばらく静寂な時が流れた。気がつくと幼い少女、サキは燃え盛る炎の中になぜか立っていた。
「私はアマテラス大神をその身に宿した巫女よ!もうアマテラス大神なのよ!あなたはね、私のすべてを壊すかのように太陽神になった……。私の力を奪って太陽神になった!あんたが憎い!あんたなんか生まれてこなければよかったのに……。あんたなんか!」
怒りを露わにする女がサキを見下ろすように立っていた。女はサキを思い切り蹴りつける。サキは泣いていた。
……何故自分は太陽神になってしまった?お母さんとの関係を崩してしまった。お母さんはあたしを憎んでいる。お母さんがなれなかった太陽神にあたしがなってしまったから。
サキが頭を抱え込む形でうずくまる。またしばらく静寂が包んだ。サキはまたふと顔を上げる。
目の前には時神が出す時間の鎖に身体を蝕まれている母が力なく立っていた。
「お母さん!」
サキが母に向かい手を伸ばした刹那、あたりの空間は突然真黒に染まった。
「お母さァん!」
「おいおい、大丈夫か?サキ。」
すぐ近くで男の声がした。サキは全身汗まみれのまま浅い息を何度もつき、視点を男に向けた。男は青い着物を纏い、橙色の長い髪をなびかせ、キリッとした鋭い目つきでサキを心配そうに眺めていた。
「あ、あれ?み……みー君?」
サキは自分が寝ている事に気がついた。どうやら先程のは夢だったようだ。サキは目から溢れ出る涙をぬぐい、ゆっくりと起き上った。
……そうだ。あたし、今仮眠をとってて……
サキはぶんぶんと頭を振った。
みー君と呼ばれた男は困惑した顔をサキに向けた。
「大丈夫かよ。悪夢でも見たか?だいぶんうなされていたぞ。あまりにもひどいんで声をかけたんだが。」
「ふぅ……。大丈夫だよ。みー君。ごめんね。」
サキはふうと大きく息をつくとそっと目をつぶった。
サキは十七歳の少女だ。猫のような愛嬌のある目元が特徴であり、ウェーブのかかった長い髪をオシャレのポイントにしている。見た目、一般的な少女だが彼女は太陽神をまとめる太陽のトップである。
名は輝照姫大神という。
ここは神々が住む霊的太陽の中の暁の宮と呼ばれるお城の中だ。太陽神やその使いの猿は皆、ここで生活をし、仕事をしている。サキは現在、自身の寝室で布団を引いて眠っていたようだ。
そしてそのサキについてまわっているのがみー君である。彼は天御柱神という有名な厄災の神であり、今はワケありでサキと共に行動をしている。
「みー君……あたし、高天原の権力者に力を貸してもらって自分の中にある厄を払うよ。あたし、厄の根源がわかったんだ。」
サキは静かにそうつぶやいた。太陽神は人間を厄から守り、道を照らす神のはずだがなぜかサキが厄をかぶっていた。いままでみー君と共にその厄の根源を探していたのだ。
「高天原のあいつらが協力してくれると思ってんのか?また無茶な事を言いだしやがって。」
みー君は呆れた声を上げた。高天原は神々が主に住む所である。
それぞれ東西南北に権力者がおり、住んでいる神の種類もそれぞれの地域で固まっている。
東は東のワイズと呼ばれる知恵の神である思兼神が神々をまとめており、西は西の剣王と呼ばれるタケミカヅチ神が武の神々を守り、北は北の冷林と呼ばれる縁神が人の心に影響を及ぼす神々をまとめ、南は特に権力者はいないがその中にある竜宮で龍神達をまとめている天津彦根神がいる。
後は高天原ではないが太陽神の頭、サキと同様に月には月神の頭、月照明神の姉妹がいる。
「大丈夫だよ。あたしがなんとかしてみせる。」
「お前なあ、剣王に弱みを握られたまんまなんだぞ。」
みー君は深刻そうな顔をしているサキに向かい静かに声を発した。
「そうだねぇ……。でもなんとかするよ!」
サキは剣王とのトラブルにより、剣王に『要求を飲めば許してやる』と言われたばかりだ。
「なんとかってなあ……俺は何度も言っているが計画がねぇもんはいつも失敗するんだよ。」
「……いままであの神々達にしてもらった援助を全部投げてもいい勢いでいく。太陽はまだ発展途中だけどあたしの中に厄があっては太陽にいくら援助してもらっても意味がないんだ。」
サキは力強く言葉を発し、みー君を仰いだ。
「……まあ、それはあるかもしれねぇな……。お前は本当に自分についている厄の目星がついているのか?」
みー君の問いかけにサキは大きく頷いた。
「うん。まだ解決しなければいけない事があったんだ。そしてあたしのやりたい事も決まった。」
「計画か?いままでにないくらい真剣だな……。そこまで確信持ってるなら内容にもよるが乗っかってやる。」
みー君はサキの状態が落ち着いたのを確認すると部屋から出て行こうとした。
「待って。みー君。」
「なんだよ。」
みー君は立ち止り、サキに振り返った。
「ちょっとここにいてくれないかい……。」
サキの不安げな顔を見たみー君はポリポリと頭をかきながらサキの側に再び座った。
「別にいいぞ。こんな時だけ女の顔になんじゃねぇーよ……。ったく。……さっさと寝ろ。」
「ありがとう!みー君!あたしはみー君のそういうとこ、大好きだよ!」
サキは心底嬉しそうな顔でみー君を見つめていた。みー君は調子が狂ったのか不機嫌な顔をサキに向けた。
「お前は感情表現がストレートすぎんだ!ま、まあ、悪い気はしねぇが……なあ。俺はここで寝るぞ。なんかあったら起こしていいからな。」
みー君はそっぽを向くとサキに背を向けてごろんとその場に横になった。サキはみー君の優しさに感動しながら再び布団の中にもぐりこんだ。




