かわたれ時…4人形と異形の剣最終話
「あれは何だったんだろう?」
名門高校に通う少年はふと家への帰り道に、ある記憶を思い出した。少年は手には手袋をはめており、首にはマフラーを巻いていた。雪が降っていてかなり寒い。
「おい、トモヤ? なにぼっとしてんだよ。」
「いてっ!」
隣にいた男子高校生に腹を突かれトモヤは身体を九の字に曲げた。
「ん? ああ。別になんでもないんだけどさ、急に子供の頃の事を思い出してさ。」
「お前はいつもいきなりだなあ。頭脳明晰な奴は何考えてんかわかりゃしねー。」
男子高校生はトモヤを見て笑う。
「あ、でもこれはかなり曖昧な記憶なんだけどな、僕、人形と昔話せたらしい。」
「ぶはっ! おいおい。こりゃあ、ずいぶんとでっかい笑い話が来たな。」
男子高校生は腹を抱えて笑っていた。
「いや、これはマジだ。つーか、僕も狂ってた。」
トモヤは困惑した顔で男子高校生の肩に腕を乗せ、顔を近づける。
「なんだよ。」
「その人形、近所のじいさんの所にまだあるらしい。あの人形、一回僕の所に来たんだよ……。それでずっと会話してたんだ。」
「うわっ、なんかこえーな……。そういう曖昧な記憶ってのはな、だいたい夢からくるもんなんだとよ。昔見たアニメとかの記憶が夢に出てきてそれが大人になってから記憶に変換されることがあるんだってよー。お前のはそれだろ。」
男子高校生は若干怖くなっているのかペラペラとよくしゃべる。
「かもなー。やっぱ夢なのかなー。でも、僕が人形に話しかけていたのはマジらしいけどな。」
「こえー、こえーからもうやめろ。お前は高校入ってからずっと思ってたが不思議ちゃんだよなー。まあ、今はバリバリ働く皆に憧れの生徒会長さんだもんなあ。」
男子高校生がトモヤを揶揄するように言う。
「お前はもっと勉強頑張った方がいいよ。このままじゃ落ちるとこまで落ちるぜ。」
トモヤも負けじと声を上げる。
「お前、そういえばモテモテだな。バレンタイン何個もらったんだよ? お前にあげらんなくて泣いてた女子いたぞ。ははは!」
「そんなにモテる事なんてやってないけどなあ。僕はただ、昔、誰かに言われた、自分が生きたいように生きるって言葉をそのままやっているだけだ。僕は人に優しくする事が一番良い事だと思っている。まあ、チョコは好きだしありがたく食べるけど、手作りはちょっと重いなあ……。お返しどうしよう。」
トモヤは戸惑った顔を男子高校生に向けた。
「あーあー。モテるやつはこういう心配するんだよなー。お前がコレクションしているテディベアでもあげればー。」
男子高校生は投げやりに言うとくしゃみを一つした。
「テディはあげらんないね。あれは僕の集大成だ。」
「女子がトモヤの収集癖を知ったら、かわいートモヤ君かわいーってなるか、テディベア? きもっ! になるかどっちだろうなあ。俺はお前はちやほやされる方だと思う。女子に優しい、カッコいいを連呼させる男だからな。またそれが悔しい。ああー、悔しい。」
男子高校生の悔しがる姿を見、トモヤは微笑んだ。
「てめぇ、何笑ってんだよ。あー、もういいや。暇だしゲーセン行こうぜー。」
「お前は少し勉強しろよー。」
トモヤと男子高校生はお互い笑い合いながら暗くなりつつある町に溶け込んで行った。
雪が舞う街路樹のすぐそばでイクサメがトモヤに話しかけていた。
……人間の記憶なんてこんなものだ。私の事を忘れてしまったとしてもそれは構わない。君はもう大丈夫そうだ。私は安心したよ。トモヤ……。
あの時の記憶……笑い話に変わるところまできたか。……これからもそうやって楽しそうに笑っていてくれ。そうしたら私も心から笑える気がする。
イクサメは去って行くトモヤの背をじっとみながら優しく微笑んだ。トモヤは一瞬、後ろを振り向いたが冬の寒さに身を縮め、友達だと思われる男子高校生と楽しそうに暖かい店内へと姿を消した。
それを見届けたイクサメはわずかに見える太陽の光に目を向け、『ありがとう』と晴れやかな表情でつぶやき、どこへともなく歩き去って行った。




