かわたれ時…4人形と異形の剣23
「輝照姫、あんたはもっと自分の事を心配した方がいい。今の高天原の頭は皆、なかなか話のわかるやつが多い。
だから平和的な解決ができるがその内、こんな事できなくなる。一言が命取りで泣いたって何も変わりはしない。それをよく覚えておけ。
あんたがイクサメを助けたいって思っていてもそれがしはそういう考えではない。それがしは西を背負っている。
厳格な管理体制を敷いてしまったので罪を犯した神を許すなんて特例はないんだよ。ここで彼女を許したら他の神の体制にも響く。それがしも見逃したくてもできない。」
剣王は真面目な顔で優しく語った。
「わかっているさ。でも、一回目にイクサメを殺せなかったのはあんたが殺したくなかったんじゃないのかい?」
サキは袖で涙を拭くと剣王の目に自身の目を合わせた。
「それがしも厄を渡したって所で引っかかっていたんだよねぇ。それで迷いが刀に出てしまった。」
「迷っていたのになんで斬ったんだい?」
「……もう計画は一応成功したから言うけど……。」
剣王はそこで一端言葉をきった。
「成功って何の話だい?」
サキはきょとんとした顔を剣王に向ける。
「君についている厄の事だ。」
「?」
剣王の言葉にみー君の眉がピクンと動いた。
「輝照姫、君には厄がついているんだよ。天御柱は太陽神の力のせいで見えなかったみたいだけどねぇ。」
「気づいてはいたぞ。」
みー君はぶっきらぼうにつぶやいた。
「そういえば風渦神にそんな事を言われたような?」
「そうだよ。その厄をつけた神を探していたんだけどねぇ、たまたま、あの少年の厄が君についているものと同じだと気がついてねぇ、イクサメを処刑するという段階で何か仕掛けてくるかと思ったもんでイクサメの処刑を早めたんだよねぇ。それがしはいつもこういう事はしっかりと原因究明してやるんだけど今回はそういう感じではなかった。」
剣王がサキの涙を見て呆れるように答えた。
「あたしのためだったのかい?」
「勘違いしないでほしいねぇ。アマテラス大神のためだよ。ちなみにワイズも独自にあんたについている厄を調べている。天津はアマテラス大神の子供だからあんたと一緒で厄をかぶると迷惑だから口を挟まないよう言ってある。天津も見えない所でちょくちょく動いているみたいだがもう放っておく事にしている。月照明神はもう厄の被害者だ。」
剣王が再び言葉をきった。サキとみー君は話がまったく見えず首を傾げるばかりだった。
「月照明神の月子の方だねぇ。あの子を助けた時、一瞬だけ厄を感じた。あの厄はつもりに積もった感情からきていたものだろうねぇ。『思い通りにならない気持ち』が厄に変わった。」
「!」
サキとみー君は驚き、言葉を失った。
「その次に起こった少年少女の交通事故、あの二人にもおそらく厄が降りかかっていたようだ。それも『思い通りにならない気持ち』からくるものだ。
ワイズの話を聞く限りだと語括がぐちゃぐちゃにし、天御柱が事を収めたという事で後に、語括が厄の処理をした。その厄が『思い通りにならない気持ち』が変化したものだったらしい。その次に起きたのは冷林の過失。あの少女達にも厄が降りかかっていたんだろう?」
剣王の言葉にサキは一カ月ほど前の事を思い出した。
「そういえば、あの子達にも厄がついてた。てっきり風渦神がつけたものだと思っていたけどあの神はみー君を元に戻したかっただけだったみたいだし違ったのかねぇ。」
「その厄も『思い通りにならない気持ち』が変化したものだろう。」
「わかんないけどそうなのかもしれないねぇ。」
サキの言葉に剣王は頷いた。
「それは君が関わった後から皆、瞳を赤くしている。それに気がついたワイズは天御柱を監視役として君の側に居させた。言っている意味がわかるかい?」
剣王が困惑した顔でサキを見た。
「何言ってやがる。サキが厄をつける事なんてできねぇだろ。」
みー君が剣王を睨みながら声を上げた。
「わかっているよ。疑ってはいない。それがしは輝照姫の身辺で何かあると踏んでいるんだけどイクサメが構ってた少年の厄ではっきりとした。
あの少年は輝照姫が関わる前から厄を持っていた。君はその厄を落としてやったが今度は君がその厄をかぶっている。
他の件も君が解決するごとに君の中にどんどんその厄が入り込んで行っている。今回はあの少年と君を引き合わせるのが目的だったようだねぇ。
イクサメを斬った後、そのまま放置しておけばすぐに死んでいたのにわざわざ延命させてさ。三姉妹はそれがしの意見に納得してなかったみたいだけどあの後ちゃんと一緒に一度壱に帰ったんだ。
その後、イクサメを助けに行っちゃったみたいだけどねぇ。……で、主犯が三姉妹を輝照姫に会わせたってわけだよ。」
剣王がすぐそばにいる三人に笑顔を向ける。三姉妹は引きつった笑顔を向けそっと目をそらした。
「イクサメを延命させた奴がいるのか。」
みー君が鋭く剣王に質問をする。
「ああ。糸が残ってた。……語括のねぇ……。あの神はシミュレーション能力がある。弐の世界だから何度でも戻せたんだろう。そういう延命の仕方だよ。」
「なんだと……。またマイか!」
静かに語った剣王にサキとみー君は怒りと不安の感情を渦巻かせた。
「でも、語括が主犯じゃない。あれは厄神じゃないからねぇ。だが語括が主犯に従っている事は間違いなさそうだねぇ。それがしが確認したかったのは今回の件も輝照姫を巻き込むかだった。
輝照姫に会う前にイクサメが死んだらどうなるかそれを試したかっただけだったんだよねぇ。どちらにしても罪神だったから容赦しないつもりだったけどやっぱり腕が迷ってしまったようだねぇ……。」
剣王はちらりとイクサメに目を向けた。イクサメはまっすぐに剣王を見据えていた。
「剣王、覚悟ならできている。輝照姫様は私が助けを求めたが為にああ言っている。武神で罪神だというのに助けを求めた私に生きている価値はない。」
イクサメはサキを必死でかばっていた。サキが何かを言おうとした刹那、剣王がふうとため息をついた。
「なんだかやる気がなくなっちゃったなあ。調子を狂わされたっていうかねぇ。今回はそれがしの早とちりで君に変な汚名を着せてしまったし、こちらの落ち度も含めて罪を軽くしよう。……高天原追放で。神力をぎりぎりまで剥奪する。」
剣王の言葉にイクサメは納得がいっていない顔をした。
「剣王!あなたに落ち度はない。私は罪を犯しながらもあなたのお役に立てた事を心より幸せに思う。私に情けをかけるならやめてくれ。」
「情けなんてかけてないよ。君はあの時、幸運か不運かそれがしから生き延びた。つまりなんだかんだ言って生き残ったわけだ。
生き延びたら逃げればいいんだが君はしっかりと罪を認識し、もう一度それがしの罰を受けにきた。武神としての誇りを持った……殺すのには惜しい神だと思っただけだ。二度殺すのがかわいそうだとかそういう理由ではない。」
剣王は憂いをおびた目でイクサメを見た。
「納得ができない!」
イクサメは剣王に向かい苦しそうに叫んだ。
「……それがし一人だったら間違いなく君を斬っていた。輝照姫がそれがしのやる気をなくさせた。
こんな気分で君と闘ったら君に失礼だろう?生き物も神も命は軽くない。それがしは戦闘狂じゃないんだ。君は生き延びた事を喜ぶべきだと思うね。怒るならそれがしにではなく、輝照姫に怒ったら?」
剣王はイクサメにふふっと不敵に笑うと背を向け歩き出した。平次郎が慌てて弐の世界を解除する。
「あ、それから輝照姫。」
剣王は少し歩いてから呆然としているサキに声をかけた。
「君、今回の件は水に流す。それがしがどうでもよくなっちゃったからねぇ。そのかわり、こちらの要求、色々とのんでもらうぞ。」
剣王は背中越しにそう言うと地を蹴り、消えて行った。その後を無言のまま平次郎が追って行った。きぅ、りぅ、じぅの三姉妹はその場に残っていた。




